Cendrillon | ナノ


▼ *08


「菫と以前から知り合いだというのは、何も赤井だけじゃない。僕とヒロもだよ。菫と僕達は幼馴染なんだ」
「ああ。俺とゼロは菫ちゃんとは子供の頃からの付き合いなんだよ。ついでに赤井もな」

 零に続いて景光もそれを肯定した。コナンに自分達は幼い頃からの知り合い――幼馴染であると告げる。

「菫さんと幼馴染……」

 ああ、だからか……と、コナンは菫の潔さを通り越して不健全と紙一重な献身の理由が腑に落ちた。互いに、互いを守り合っていたのだ。
 だが菫の幼馴染を守るのと同時に痛みをも残す捨て身な行為には賛同できなかった。

(大切な人間を、幼馴染を失いたくない気持ちは分かる。でも……)

 残される幼馴染たちにどれだけの傷を与えるのか菫に想像できない筈がない。

(それすらも承知で選ばずにはいられない状況ではあったけど……。いや、菫さんは薬でまともに物事が考えられないんだったか――)

 思わず詮無き事を考えずにはいられなかった。しかしコナンの推察を阻んだのは、零たちのさらなる身の上話だった。

「あとは……僕は組織に潜入している公安の人間だとしか説明してなかったね。君はゼロに引っかかってたみたいだったかな? それはヒロもさっきから口にしているから分かっているだろうが、公安というより名前だよ。降谷零が本名なんだ」
「俺は諸伏景光。今使ってる名前は本名の読み替えだな。俺も組織に潜入していたけど、公安だってバレてね」
「景光さんもノックだったの?!」

 この場に三人目の潜入捜査官がいるとは流石のコナンも予想外だった。コナンの驚きように景光は苦笑して頷く。

「そう。スコッチと呼ばれていた。情けないけどこの中で一番に戦線離脱だよ。死んだ事になってる。今は基本的に後方支援の裏方」
「そして菫は彼ら、公安の協力者なんだ」
「え? 菫さんは赤井さんの協力者なんでしょ? 公安の協力者も兼任できるの? ちょっと無理がある気がするけど……」

 そんな事がまかり通るのかとコナンは不思議そうだ。零もイレギュラーな対応である事は認めた。

「かなりの特例ではあるね。だが菫はそれぞれの幼少期からの知人という事で信頼性が他と比べて段違いなんだよ」
「身辺調査もきちんとしてるよ? もちろん組織との関連はなく真っ白。公安とFBIのお墨付きさ」
「ついでに言うとFBI・公安の両者に個人的な繋がりがある人間は稀でな。連携を取らなければならない時の橋渡し役を期待されている所があるんだ」
「……あのさ、三人とも、どうして幼馴染を協力者にしたの?」

 コナンは少し眉を顰めて言った。蘭を危険に巻き込みたくないコナンには考えられない選択だ。また零と秀一に至っては、菫を巻き込みたくないとも言っていた。矛盾しているように感じる。そしてその矛盾は本人たちも認識している。零は苦しそうに胸の内を明かした。

「僕は……僕達は菫を協力者にはしたくなかった。安全な世界にいてほしかったよ。でも菫は、少し変わっていてね……」
「元はと言えば俺が原因ではあるんだ。俺の正体がバレた時、問題が噴出したって言うのかな?」
「菫は俺達が何をしているのか理解していた節がある。だいぶ前からな……」
「え? それって……」

 秀一の言葉にコナンは今までの会話も忘れ、菫が組織に連なる人間ではないかと早合点する。それを察したのか、コナンの想像はすぐさま景光に否定された。

「いや、コナン君が考えたような事じゃない。菫ちゃんは何ていうか……こう、先を読んでるんじゃないかって、まるで未来が分かるんじゃないかって思わされる事が度々あったんだよ」
「えぇ?」

 コナンの困惑げな声に景光は再び苦笑いを浮かべた。ここでオカルト発言が飛び出れば聞かされた側がそのような反応をするのは承知の上だった。ただこの三人にとっては一笑に付す事が出来ないだけである。

「理由を説明するのはちょっと……難しいな。だが、菫ちゃんをこっちの世界に引きずり込んだのは、俺達にとっても苦渋の選択ではあったよ」
「菫さん、本当に何かを知っているの?」

 コナンの問いに零は首を振った。

「それを確認するとなると、必然的にこちらの情報も菫に伝わってしまう。菫が何かを知っているという僕達の推測が見込み違いだった場合、不要な情報を知り得てしまった菫に不利益がある。それは避けたい。だから僕達は菫にあえて何も聞いていないし、概要以外の詳しい事は告げていない」
「菫ちゃんは何かに感づいている……そう思うのは、俺達三人のこれまでの経験上の感覚だけが根拠なんだ。それだけを頼りに込み入った話をすると、菫ちゃんが後戻りできないところまで関わる事になる。それは本意じゃないんだ」

 零と景光は菫を取り込むにしても、あくまで一般人に近い協力者枠に据えている。秀一も菫がどういう経緯で協力者の立場に納まったのか一部補足した。

「二人の言い分は保守的だとは思うが、菫を協力者にするのは悪くない案だと判断したんだ。無論、俺達の感覚的な話など本来の所属先には通用しない。故にFBIにも公安にも、ノック同士に共通の知人がいる事からその人物を協力者に推薦する、という事で俺達の保護下に入れた訳だ」
「……菫さんは不安要素じゃないかな? 協力者にしない方が、彼女にとっても安全だったんじゃない?」

 菫はこの危険極まりない組織犯罪の包囲網に関係者として加わるには、何かが決定的に欠けているような気がコナンにはした。何らかの事を知っているかもしれないという菫への追及がどうにも生ぬるい。また菫に与えられる情報にしても、公安側の二人の様子では協力者としては少ないと思われた。コナンにはそれらが中途半端な対応に感じられたようだ。

「言いたい事は分かるよ。だが菫が何かを知っているとしても、僕達に仇をなす事はないと知っている。反対に菫が何も知らなかったとしても、無関係のまま接触を断ち続けるのも不安があったんだよ、コナン君」
「否が応にも菫ちゃんがこのヤマに関わってくるかもしれないという懸念が、俺達三人の中で消せなかったんだ」
「確かにその点は俺も否定できなかったな。これも感覚的なものだ」
「そう、なんだ。う〜ん……?」

 今まで危険な場面を潜り抜けてきたであろう潜入捜査官の男達がこぞって勘を訴えている。ギリギリを生きる者達だからこそ、それを蔑ろには出来ないのだろう。その感覚を軽視すべきではないとは、何となくだかコナンにも分かった。完全に納得した訳ではないようだが、コナンはあえて幼馴染の菫を関係者に仕立て上げた件はそれ以上の詮索を止めた。



 * * *



「だけどさ、赤井さん。安室さんと協力関係なら、ベルツリー急行の事件前にバーボンの事を教えてくれても良かったんじゃない?」

 菫の件をコナンはまだ消化しきれてはいなかったが、三人の話を無理矢理飲み下しついでに話を変えた。どうしても流せない事が思い出されたのだ。恨めし気にコナンは秀一へ視線を向ける。

「あぁ、あれか……」

 バーボンの正体をミステリートレインの事が起こるその時まで知らずにコナンが気を揉んでいた事も、その後も警戒し続けるはめになったのも秀一が一言共有してくれれば不要であったのだ。しかし、秀一はコナンに言い聞かせるようにして肩を竦めた。

「組織……特にベルモットも欺く必要があるからな。知らないままの方が警戒して張り詰めているボウヤの振る舞いや言動がより自然で、ベルモットには違和感を覚えられないと思ってね。今後はそれを念頭に振る舞ってくれ」
「ああ、うん。それは気を付けるけど、でもさ……」
「ボウヤ。秘密を知る者は少なければ少ないほどいいんだ。ボウヤもそれは分かっているだろう?」
「それは、分かってるんだよ……。ただ、踊らされた感が強くて、自分が情けない。はぁ……」

 見抜けなかった事は悔しいが理解出来るからこそ強く反論できず、コナンは眉間にギュッと眉を寄せる。それを一瞥して秀一が他の二人に問い掛けた。コナンの質問は菫にも当てはまる状況だった。

「だが、零君に景光君。この杯戸町の事件の犯人が組織の一員だったと彼女に知らせているのか?」
「情報は知る必要がある者に対してのみ与え、 知る必要のない者には与えない」

 零は無表情に言い切ったが、秀一のそれに対する返答は少し非難交じりにコナンには聞こえた。

「Need to knowの原則だな。つまり菫は杯戸町での事件に少なからず組織が絡んでいるとは知らないのか……」
「赤井。俺達のスタンスは変わらない。菫ちゃんに余計な情報は与えない」

 景光も零と同様に菫への情報制限は適切であったと疑わない様子で言い返す。秀一は腕を組み首を振った。その態度でもって二人の対応に不服を示した。

「だが情報は武器にも盾にもなる。以前から伝えていた筈だ。彼女に……菫には情報を与えるべきだったと思う」
「菫をこれ以上巻き込めるか!」
「赤井。お前もさっきコナン君に言ったじゃないか。秘密を知る者は少なければ少ないほどいいってな」
「あの、三人とも……?」

 零達は座っていたソファから立ち上がり、公安対FBIの様相で睨み合っている。コナンが口を挟めずオロオロと視線を彷徨わせるが大人達は言い争いを止めない。

「ボウヤと菫では同じ協力者でも立っているフィールドが違う。ボウヤは静と動なら動。我々と一緒に動けるパートナーだ」
「菫ちゃんは静だと言いたいんだな?」
「そうだ。サポートに徹している」
「それのどこが問題だ」
「菫は自らは動けない。君達が嫌がるのが分かっているからだ」
「赤井、お前何が言いたい?」

 零は唸るような声で秀一を睨み付けた。秀一はというと歯牙にもかけぬ様子で全く怯みもせずに意見を違える二人に突きつける。

「裏方には裏方なりに動くための情報が必要という事だ。必要最低限の情報すら菫には与えられてないのではないかな?」
「……必要最低限ですら危険な情報なんだ」
「それはどうだろうな? 例えば今回の件にしてもマッドヒプノティストが組織の人間だと聞いていれば、ボウヤに呼び出されたとはいえ、話が済み次第早々に菫は杯戸町を離れる事もできた筈だ。下手に巻き込まれないよう、菫ならばそう判断したのではないかな?」
「……」

 硬い表情で零と景光は口を閉ざす。二人が反論しないため秀一は発言を続けた。

「ボウヤは自分で情報を収集した上で取捨選択できるが、菫は君達の領域を犯せない。現に余計な事は一切聞かないだろう? その代わりに菫は判断の要になる情報がほとんどない。これは危険じゃないのか?」
「俺達は余計な情報を教えて菫ちゃんに危険な事に関わってほしくないだけだ!」
「そうだ。僕達は菫にこれ以上の働きは求めていない!」
「だがこれでは菫が――」

 互いに譲らず舌戦は止む様子はなかった。コナンはいきなり始まった三人の言い合いを呆気に取られながら見ているしかない。
 ただ話を聞いていると秀一と公安側――零と景光の間で意見の相違があるようだ。菫にどこまで情報を与えるか、という事が争点で秀一は菫により情報を与えるべきだと主張し、零と景光は反対に情報を与える事に否定的らしい。

「――知らないままだからこそ身を守れる事もあるだろう? それは赤井も否定しないよな?」
「だが景光君。知っていれば今回のような危機に菫自身が対処できるのも確かだ」
「今回に関してはむしろ危険だ。菫はさっき死にかけた。薬の影響でだ。無意識の行動でこれだ。菫は意識があったとしても同じ選択をするんじゃないか?」
「あ……」

 コナンはハッとした。人間は基本的に自分の命を守るように行動する。催眠状態で例えば自殺を命じられても抗うものなのだ。犯人の男が作成した薬の効果がどれほどのものか知りようはないが、命じられた訳でもないのに本能に逆らってまで菫は沈黙を選んでいる。菫の行動力には恐るべきものがあり、確かに零の推測には一理あった。

「敵の……組織の手に落ちたと菫ちゃんが気付いた時、同じ事を仕出かさないって言えるのか? 菫ちゃんは俺達の迷惑になるくらいなら、と天秤の軽い方――絶対に自分の方を犠牲にするんだ」
「事前に情報があったとして何になる? 菫の場合、早まった選択をする可能性が排除できない」
「助けに行くまで耐えろとは、君達は言えないのか?」
「そもそも! 危険な状況に巻き込まない事が前提なんだよ!」
「さ、三人とも落ち着いてよ!」

 ついには零が秀一に掴みかかり、コナンは慌てて二人の間に割り込んだ。腕を突っ張り二人の距離を保とうとしながら叫ぶ。

「今は菫さんの救出が先でしょ?!」

 小さな子供に身体を張って止めに入られ、零と秀一も互いに握り込んでいた相手の上着をゆっくりと放した。

「確かにボウヤの言う通りだ。この件は取りあえず……後にしよう」
「……そうだな。確かに今一番にしなければならないのは菫の救出だ」
「あー、手掛かりがなくてイラついていたな、俺達……」

 三人は脱力したようにソファに座り込んだが、見事に切り替えをして見せた。景光などは自分達の状態を客観的に振り返っている。
 もう大丈夫だろうとコナンは早速今後の動きについて確認した。

「そういえば赤井さん。組織の裏切り者が関与してるしFBIにも協力は頼めると思うんだ。この件はジョディさん達には? やっぱり赤井さんの生存は明かせないかな?」
「あぁ、それならジェイムズに情報を開示して問題ないか返事待ちだ。恐らく許可は下りるだろう」
「そっか……。それなら今後ジョディさん達と協力して動けるね。……安室さん、公安の方は? 菫さんが協力者だっていう情報をジョディさん達に共有するのは難しい?」
「こちらも上の許可が必要だが、多分問題ないと思う――チッ……別件だ」

 話している途中で連絡が入ったらしく、零は座ったばかりだったがポケットからスマホを取り出し立ち上がった。景光は現在公安で取り組んでいる職務についてだろうとあたりをつける。近々開催される首脳会議、国際会議場の警備の件だ。

「例の警備計画か?」
「ああ。すまない、少し席を外す。ついでに菫の件も確認しておくよ」
「安室さん。組織はもう男の所在を掴んでいるんだよね? 裏切り者を始末に、組織の人間がやって来ると思うけど、猶予はどれくらいあるかな?」
「男に仲間がいないか裏取りをしていると聞いている。それが済み次第男は消されるらしい。時間は……早ければ今日。夜が更けてからだと思う」

 零の予測に秀一が口を挟む。零の組織内の立場から何らかの働きかけは可能なのかと問うた。

「このマッドヒプノティストの件に、零君はバーボンとしてどの程度ならば介入出来る?」
「この件はほとんど外野だ。正直今から僕が手を出すのは厳しい。公園で今日コナン君達に接触したのは、ベルモットにFBIが裏切り者について把握しているか探りを入れるよう指示されていたからだ。それにこの件を主導しているのはジンなんだよ」
「ジン!?」

 驚きに目を見開いたコナンを横目に景光が眉を歪めた。

「ジンが動いているからこそ、こちらも迅速に動かなければ取り返しがつかない事になる」
「裏切り者からの情報漏洩の危険がないと踏んだら、ジンはすぐにでも抹殺に動く筈だ」
「ええ。そしてあの男なら裏切り者と共にいる人質など躊躇なく、共に消そうとするでょう」
「菫さんだけでも一刻も早く救出しないと!」

 男の身柄確保はこの際二の次でいいと、この時ばかりは意見が統一される。また再び零のスマホに催促の連絡が入ったようで、零は溜息をついて今度こそ出口の扉に足を向けながら言った。

「ヒロ、風見に最新情報がないか連絡してくれ」
「了解」

 景光の返事を聞くや零は慌ただしく部屋を出て行くのだった。





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