Cendrillon | ナノ


▼ ∴カードは切った ∴01


 警察学校の貴重な休日。零、景光、松田、萩原、伊達の五人は菫の家に酒やら何やらを持ち寄り、何度目かの泊まり込みで羽を伸ばしていた。
 昼は菫宅に訪れる前に近所のレンタル店から円盤化したばかり映画のDVDを借りてきており、それを鑑賞。夕食を済ませ酒が入った夜にはトランプに興じていた。しかし、その途中で待ったがかかる。

「ねぇ、勝ち負けのあるゲームは一旦やめない? 陣平ちゃんとゼロがヒートアップしてきたしさ」

 酒の影響もあるのか零と松田が少しばかりピリピリし始めていたのを萩原が察知した。

「そうだな。お前らちょっと熱くなり過ぎだ。菫がすげーオロオロしてるぞ」
「賛成。手が出る前に何か違うので空気抜こう。良いだろ、ゼロも松田も」
「それがいいと思う! あの、二人ともちょっとクールダウンしよ? ね?」
「……分かったよ」
「ちっ」

 伊達と景光の言葉に菫がここぞとばかりに乗っかり、トランプは一度中断となった。自分が言いだしたという事もあって、萩原が新たなゲームを提案する。

「じゃあ、今度は王様ゲームね〜。ちょうどいいからこのトランプを使おー」

 萩原はそれまで使っていたトランプから、スペード、ハート、クラブ、ダイヤの4枚のAとジョーカー、キングのカードを抜き出した。これを使って王様ゲームに切り替えるという。

「あれ? こういうのって、割り箸とかの棒を使うんじゃ? 割り箸ありますよ?」

 絶対にないとは言わないが、菫はカードを使用するとは聞き馴染みがないと目を瞬かせた。すると伊達が苦笑いを浮かべる。

「菫。俺達の間じゃそれはダメだ」
「? 何でです? 皆の間でダメって、どういう事?」

 純粋な疑問の目で見つめられ、男達はグッ……と怯む。薄々気付いていたが菫はやはり自分達とは違い、お綺麗な遊び方しか知らないようだと何となく申し訳なかったのだ。バツが悪そうに松田が端的に答えた。

「あー、菫。俺たち、棒っきれなんかだと目印付けて判別するぞ?」
「え?」
「使い捨ての割り箸だと、どうせ捨てるしって簡単に傷とか入れちゃうもんねー。結構見分けがつくよ?」
「えぇ?」
「このトランプだって普段なら例外じゃないよ? ただ菫ちゃんの持ち物だからね。自重してるの」
「そうなの?」
「そうだな。菫が混ざっている今日は、一応みんな自制してる」
「……そうだったの」

 普段このメンバーでトランプに興じようものならイカサマ前提のゲームになるため、かなり殺伐としたものになるようだ。今回はそれをやると菫の一人負けが確定するため、暗黙の了解でまっとうに行われているだけである。

「分かったろ? つまり、イカサマが横行するから、このままトランプを使おうって事だ」
「未来のおまわりさん……」

 伊達の言葉を聞いて菫は、皆何してるの……と警官の卵たちに若干呆れたような目を向けた。

「う〜ん、菫ちゃんの物言いたげな眼差しが心にクるね。まぁそれは置いといて……ご存知の通り今日は菫ちゃんもいるし、今日の王様は体力が物を言う競争要素のある命令はなしよ?」
「あ、それは結果が見えてるので、私からもお願いします!」

 取りあえずイカサマはないという事で菫はそれを流し、また萩原の後半の備考のような発言には菫自身も納得できたため、自らも重ねて願い出る。そうでもしないと間違いなく菫にお題が回ってきた場合、敗者のようなものが明らかなため面白味がないだろう。

「という事で、ゆるめの命令でよろしくねー」

 そんな風に始められたゲームは当初、何ら問題はなかった。しばらくは和やかに盛り上がっていたのだが、その最中にやらかしたのは最初に菫を気遣っていた萩原であった。


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「――つ、疲れたぁ……」
「菫ちゃんお疲れ。記録は23回ね。うん、成人女性の平均ってとこだな」

 床にぺしょりと倒れ込み息切れしている菫に景光が声を掛ける。

「お疲れ様ー。菫ちゃん、はい、お茶だよ」
「あ、りがとう、ございます、研二さん……」

 ゆっくり起き上がった菫に萩原がコップにお茶を入れて手渡してきた。それを受け取り菫は荒い息を落ち着かせながら目の前の光景に目を向ける。松田と伊達が猛然と腕立て伏せをしていた。

「菫はしばらく休んでろ。この二人の記録だと、もうしばらく掛かる」
「はーい……。伊達さんと陣平さん、すごいね」

 現在のお題はハートとクラブ、スペードを引いた者が腕立て伏せ、さらに自分の過去の最高記録を塗り替える――というものだ。
 これでも菫が命令を実行するかもしれない事を念頭に、普段彼らがお題にする内容よりマイルドになっている。菫がいなければ容赦なく、腕立て100回、一番遅かった者は追加で50回などという命令が飛び交うが、まず菫が無理だ。そのせいか今日に限っては体力を使う命令は“自己記録を更新する”というようなお題が多かった。

 今回は零が王様で、腕立ては菫と松田、伊達であった。菫は元々の記録自体が貧弱な回数のため早々に記録を更新できたが、松田と伊達の両名の腕立て記録は軽く100回を超える回数らしいので、それを塗り替えるのには時間が掛かりそうである。

「はぁ、まだ腕がプルプルする……あ、おつまみ無くなりそうだね? 私、新しいの持って来る」
「あ、菫ちゃんありがとー」
「悪いな、菫」

 お茶を飲み終え息も整った菫は、テーブルの上の酒の肴が残り少なくなったのを見て取ると立ち上がった。

「次のゲームにいきそうなら最後の余ったカードでいいからね? すぐ戻れると思うけど、遅くなったら途中まで進めててもらえる?」
「オーケー、菫ちゃん」

 恐らく腕立てが終わったとしても松田と伊達の休憩を挟むと思われた。次のターンになる前には戻れるだろうと思いつつもそう言い残し、菫はキッチンへと一人移動するのだった。


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 菫がリビングをあとにして数分後には伊達と松田の腕立て伏せも完了し、さらに数分のインターバルで二人は回復していた。早速次のお題に取り掛かるかと零たちはカードを引く。菫が始めても良いと言っていた事もあって、菫用のカードをテーブルに残し、萩原の掛け声でそれぞれ自分のカードを確認する。

「王様だーれだ! ……あ、俺だ! キングのカード、今日初めて回ってきた!」
「あ? 萩原かよ」
「碌でもない事を言いそうだ」
「萩原のお題は色んな意味でいやらしいのが多いんだよなぁ」
「心理的に躊躇するやつを繰り出してくるからな、萩原は……」

 萩原が王様という事で、皆一様に過去に出されたお題を思い浮かべ嫌そうな表情を浮かべる。

「え〜、ひどくな〜い? でももう一通り皆が命令しちゃったよな。お題決めてなかったー……」

 それに萩原はケラケラと笑いながら首を捻った。しばらく考え込んだあと周りを見渡し、テーブルの上とテレビを見て萩原はそれを口にする。

「ん〜……じゃあ、酒も残り少なくなってきてるし、お使いに行ってもらおっかなー。ダイヤはお酒を追加で買ってきてよ。あとジョーカーはこのDVDを返して来る事! 明日の返却だけど、見終わったしもういいでしょ?」

 昼に借りてきたのは最新作のDVDだったためレンタル期間が最短の商品なのだ。明日の学校への帰還時に返却でも良かったのだが、そこは罰ゲーム感覚で本日へと繰り上げられた。

「萩原にしては、まぁ……まともだな」

 松田が思わず呟く。菫がいるから遠慮したのかと皆最初はそう思った。割と普通な内容の命令に零と景光、松田、伊達が警戒心を緩めた瞬間である。萩原は無駄に周囲の予想に応えたのか、いらぬ一言を付け足してしまう。

「ん? 期待外れ? あ! それならついでにジョーカーは帰りがてらに、お勧めのAVは何ですか! って店員に聞いてAV借りて……」
「お待たせしまし――」

 楽し気に笑いながら言い掛けていた萩原は、ちょうどつまみを載せたお盆を持ってリビングに入って来た菫と目が合った。そして菫が丸く目を見開いたのを見て、間違いなく聞かれてるな、と微妙に冷静に萩原は悟る。

「あ〜……」

 男だけではなかった事を萩原は思い出すが、遅すぎた。酒が入っていた事もあり、席を離れていた菫の存在を一瞬失念してしまっていた故の失態であった。

「……皆まで言ってないからセウト?」
「アウトだ!! おいコラ! 萩原!!」
「ハギ!! 余計な事言うな!」
「菫ちゃんいるのに!!」
「萩原、それはヤバい」

 萩原がやってしまった……と表情を歪めるのとほぼ同時に、他の男四人から怒りや制止の声があがる。男だけでのゲームだったならばそれなりに盛り上がったであろうが、今この場ではそぐわない事は誰もが理解していた。
 もちろん発言した張本人も異性がいる状況では不適切だったという認識はあり、珍しく慌てた声で弁解する。

「ごめん! マジ普段のノリで言っちゃった! うわ〜、菫ちゃん、ほんとごめんね? 今のなし!」

 居た堪れなさそうにしている菫に萩原は慌てて自分の言葉を撤回する。だが、ソロソロと皆のいる場所まで戻って来た菫は、テーブルにお盆を置き腰を下ろして首を振った。

「いえ……その、私がいるからってテーマを変えられちゃう方が微妙に……悲しいので、あの、気にしないでください……」

 自分がいる事で違う対応をされたり、話題が変わってしまう方が何となく仲間外れというか、壁があるように感じられて菫はむしろ傷付く。それならば多少恥ずかしくともこのメンバーの通常通りのやり取りに参加できる方が心は軽い。
 菫はテーブルの上に残っていたカードに手を伸ばして、ぎこちなくゲームの続きを促した。

「えっと、研二さんの命令内容は聞こえてました。ダイヤがお酒を買ってくる人で、ジョーカーがレンタルショップに行く人ですよね? それじゃお題をする人は誰で、しょ、う……」

 取り繕うようにそう言いつつ、自分に宛がわれたカードに菫は目を落とす。ただそのカードを見た瞬間、菫は固まった。それを見てその場にいる男達は嫌な予感を覚える。

「おい菫、待て。その反応……」

 ヒクッ、と顔を引き攣らせて松田が言う。ちなみに引いたカードはスペードである。

「まさか……確立は五分の一だぞ。そして僕達四人の誰かに当たる割合の方が高い――筈なんだが……」

 最初は否定していたが、菫の様子に片手で顔を覆い項垂れながら零が言う。カードはハートだ。

「え、菫ちゃん、酒を買ってくるダイヤだよな?」

 せめてもう一つのお題の方であってくれ、と一縷の望みを掛けて景光が言う。カードはクラブだった。

「残念だがヒロ、ダイヤは俺だ……。マジか……菫、ここでそれを引くか」

 景光の希望を打ち砕き、肩を落としながら伊達が言う。同期達の様子を見れば、誰もババを引いていないのは判然としている。

「……菫ちゃん、そのカード、もしかしなくても……ジョーカー?」

 そして、萩原は息も絶え絶えな声で菫に最終確認をする。しかし実際のところ、問うまでもなかった。徐々に顔を赤く染めさせプルプル震えている菫を見れば、皆答えは分かっていた。
 AVを借りてこなくてはならないのは菫であった。



 * * *



「もう夜遅いし、危ないぞ菫……」
「大丈夫、明るいところを通って行くから! それに零くん、まだ8時!」

 何とも渋い顔の零が引き止めるかのような発言をするが菫は首を振る。

「俺もついて行こうか?」
「ヒロくん、むしろ一緒に借りに行く方が恥ずかしいからね?!」

 景光が心配そうに問い掛けてくるも、保護者同伴でAVを借りる方がよほどしんどい。

「菫ちゃん、やっぱりDVDの返却だけでいいよ?」
「俺もDVD返却でお題クリアでいいと思うぞ? 後半は萩原が悪ふざけで付け足したやつだしな」
「そうだな、むしろ萩原に行かせろ」
「もう! 研二さんも伊達さんも陣平さんも、特別扱いしないでください! 相手によって態度を変えるのは良くないと思います! 私だってお使いくらいできます! それが……それが、AVレンタルでも!」

 これが同期の五人だけならば、きっと喜々として囃し立てながらババを引いた者を店へと送り出していた筈だ。同性だけの時に生じるノリというのも重々理解できるが、自分では混ざれないというのがやはり微妙にどこか悲しくて菫も意地になっている。しかし菫から飛び出た言葉に萩原がテーブルに突っ伏した。

「あぁ〜……菫ちゃんの口からAVとか。俺って何て罪深い……」
「本当にな! 調子に乗り過ぎなんだよ!」
「ハギは悔い改めろ」
「萩原。二度目はないからな?」
「今回ばかりは俺もフォロー出来んわ」

 落ち込む萩原に他の四名は追撃を掛けるが、その中でも腹をくくった菫は淡々と外出の準備を整えていた。返却予定のDVDと萩原のレンタルショップの会員カードを預かりカバンに入れたところで、菫はハッと気付いたようにある事を五人に念押しする。

「あ! そうだ、あの……ついてこないでくださいね? さすがに借りてるところを見られてるのは恥ずかしいので……」

 微妙にあり得そうな展開を読んで菫が釘をさすと、男達はスッと顔を逸らしたり、身体を揺らす。いざとなれば店で止めようとしていたのがバレバレであった。

「本当にそれはやめてくださいね? 居た堪れなさすぎますから! それでは行ってきます!」

 これ以上引き止められぬうちにと不安そうな男達に菫はそう言い逃げして、パタパタとリビングを出て行く。それを何とも言えない顔で見送った面々は、玄関の扉の閉まる音がするとおもむろに元凶へとその怒りをぶつけた。

「萩原ぁ! てめぇのせいで変な空気になったじゃねーか!! つーか下ネタは金輪際やめろ!」
「悪かったってば! 今日ばっかりは、自分でも失敗したって思ってるよ〜」
「考えなし過ぎる! お前は何だってそんなに詰めが甘いんだハギ!!」
「萩原はこのままだと、ここぞという時に致命的な事をしでかしそうで不安だよ……」
「はぁ……お前ら、菫が帰ってくるまでにはケリつけとけよー」

 ワーワーギャーギャーと傍目にはじゃれている四人を見て、伊達は付き合いきれないと匙を投げる。また伊達も自分のノルマを遂行すべく、酒を調達に騒がしい者達を置いて出掛けるのだった。



続く!

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