▼ *02
「もう駄目です! コナン君に線を引かれちゃいました!」
「あぁ……それは――」
店で出会ってしまったというコナンと菫の話を聞いて、秀一は内心ため息をつく。コナンの猜疑心がある程度理解できるからだ。
秀一も面と向かっては言えないが、菫には単純に一般人だと断じれない何か不思議な面を感じている。それを知る者はわずかだが、目聡い少年はその何かが敵方に通じるものだと誤解してしまったようだ。
秀一は菫があの組織とは微塵も関係がない事を経験則的に理解していた。これはコナンよりも遙かに菫とは付き合いが長い事による信頼関係の賜物だと秀一は思っている。
(ボウヤは情報が足りな過ぎたな)
そのせいか秀一はコナンに同情的であった。少し掴みどころのない菫とあのいくつもの顔を持つ零の関わりは、どこか思わせぶりだ。コナンの目を曇らせるには充分な組み合わせではある。
今回のコナンの誤解も致し方ない。だが、そのまま放置するのも問題がありそうだ。この黒の組織の包囲網で多少なりとも共同戦線を張るには、彼らに少しばかり方向修正を掛けないと今後差し障りがあるな、と秀一は思う。
「……あのボウヤならきっと菫さんが怪しい人物ではないと、最終的には気付いてくれますよ」
菫と零の関係――というより、零のバックボーンを果たしてコナンに伝えられるだろうか……と頭の片隅で模索しながら、秀一は菫を慰める。
だが、秀一の言葉は菫にとって気休めにはならなかった。
「透さんもそう言ってました!」
菫は既に似たような言葉を掛けられ、そしてそれは結果的に裏切られたからだ。
「透さんも、そのうち誤解も解けて元に戻りますよって言ってたのに、言ってたのに〜……」
菫は零の言葉に絶対の信頼を寄せていた。いずれコナンの警戒も解けると期待していた。ただそれは多大なる希望的観測だったようだ。菫はウジウジと秀一に不安を吐露する。
「透さんも昴さんも問題ないっていう結論なのに、コナン君の態度は軟化しませんでした。私、一般人以外の何者でもないのに! 私ってコナン君が見逃せないほど怪しいですか……」
「そう、ですね……」
「え……探偵さんには何か引っかかるであろう所が、私にはあります?」
即答で否定してもらえない事に菫は素で驚いた。秀一もらしくなく口ごもっている。
「う〜ん……」
「そんな、どこです? どこがいけないんです? うぅ〜コナン君、私おかしい所があるなら直すから、冷たい目で見ないでぇ〜!」
わぁん! と菫は両手で顔を覆う。こちらで生活するようになってからというもの、運良く優しい人間関係ばかり築けていたせいか、コナンによる久方ぶりのどこか寒々しく厳しい視線が菫には思った以上に堪えた。
改善できるならばとつい漏れ出た己の言葉であったが、菫はすぐにそれはもう無理な段階だと気付く。
「……あぁ、でももう手遅れ? 私、もうコナン君の中ではあっち側……敵だって思われてますよね? そして私が無駄に疑惑を深めるから、余計に透さんの立場が厳しくなって……透さんとコナン君、敵対関係になりつつありますか?」
顔を隠していた手を力なく落とし、放心にも近い表情で菫が呟くと、秀一が首を振った。
「それは気にし過ぎでは? 現状ボウヤが彼と分かり合えないのは、菫さんの事がなかったとしても変わりませんよ。まずボウヤが彼の正体に気付かない限りこのままでしょう。また彼が一般人だと思っている小学生に所属を明かす事もあり得ませんし、菫さんにはどうしようもありません」
「……そうでしょうか」
秀一が肩をすくめて言う事はある意味一般論だ。だが本来の展開ならば、来葉峠の真実を零が暴こうとする事に端を発し、工藤家と秀一にやり込められコナンに零の所属がバレてしまう事で、その関係は変化すると言っても良い。
しかし現状ではコナンと零の関係はその展開で変化する事を望めない。菫の介入による良くない変化とも言えた。
(公安とFBIの丁々発止が起こりようもないんだよね。うぅ! 緋色シリーズが私のせいで始まらないなんて、ここまで零くんと秀一さんが事前に知り合う事の弊害が大きいなんて思わなかった……。このままじゃ、零くんが本当の意味でコナン君と知り合えない!)
何かイレギュラーが発生でもしなければ二人の平行線は続くだろう。菫は自分が原因で変わった未来に責任を感じてしまう。だがどれだけ考えても、本来のコナンと零にとってベストな関係に至れる道筋が、菫には思い付けなかった。
さらに菫はもう一つの悪化した状況を思い出してしまう。
「あ! そういえばノーマークだった景光さんまで、コナン君の警戒対象になってしまったと思うんです……」
「おや、そうなんですか?」
「私が不用意に景光さんの名前を出しちゃったからなんです……もうやだ〜! 私、迷惑ばかり掛ける!!」
菫はそう言って、座っていたソファのひじ掛けに突っ伏してしまうのだった。
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秀一もグズグズしている菫を困ったように見つめるが、ふと抱いた疑問を口にした。
「――そもそも菫さんがあのボウヤを恐れるのは何故ですか? あの子は小学生ですよ?」
「昴さん、私、コナン君を恐れている訳じゃ……」
秀一の指摘に菫は慌てて伏せていた顔をあげる。
「コナン君ってすごく洞察力があるじゃないですか? 私、ボロが出るかもしれないって思って。コナン君も、透さんより私からの方が情報を得やすそうって考えてそうですし。私のせいで色々バレちゃいそうで……」
菫はコナンに零の正体を知ってもらいたいとは思っているが、自分からそれが漏洩する事は避けたかった。公安の協力者として不適格という判を押されるのが怖く、菫は自ら泥が被れない。自分に都合のいい矛盾した考えに内心嫌気が差す。それでも自己嫌悪を隠しつつ菫は秀一の言葉を否定した。
だが秀一はそれを信じず、またさらに少し踏み込んだ質問をする。
「……それだけではないですよね? 菫さんはボウヤと事を構えたくないようだ」
秀一はこれまでのコナンとの協力態勢もあって小学生の少年の類稀なる知性を理解している。ただ、それは菫には知りようがない筈の話だ。
「でも、小学生一人をどうしてそこまで気にするのでしょう? 菫さんはこれまでも端々であのボウヤに並々ならぬ期待をしているようでしたよ」
以前にも秀一がこの工藤邸に居候する事になるだろうと仄めかした時も感じた事だった。自分達の接点など知らない筈の菫が、その時点でコナンの事を頭に思い浮かべていたのだろう事を思い出しながら秀一は尋ねる。
「ひいては彼――安室さんと懇意になって欲しいとも取れる発言をしているも同然ですよ? 何より、菫さんはこの件――FBIと公安が絡むこの一連の組織犯罪に、あのボウヤが関わる事に一切疑問を感じていませんね」
秀一を中心としたFBIとコナンの秘密裏の関係はもちろん菫には伝えられていない。だが、菫はそれを諸々理解している節があると感じていた。今まではそれを追求してこなかった秀一だが、この機会に突いてみるのも面白そうだと好奇心が疼いた。
「さて、何故でしょう?」
「え、あの、だってコナン君は……」
いつの間にか秀一の普段は隠すように細められている目が菫を捉えている。
菫はそれに困惑したように言いよどみ、続きを口にできない。それでも心の中では大いに主張していた。
(コナン君は……きっとこの世界のヒーローだって、私は知ってるから)
菫が家族以外には頑なに黙しているが、コナンは事態を好転させるキーパーソンだ。菫が待ち望む未来をもたらしてくれる可能性を最も秘めた最重要人物だ。
恐らく公安の――零や景光の力を存分に引き出してくれるのも、きっと彼だろう。そしてコナンと幼馴染たちが協力し合えば、互いにより良い結果が得られる筈だ。それを菫は疑っていないが、それは菫の秘密を知る者にしか納得できる話ではない。
(そんな荒唐無稽な話をして気味悪がられたり、よしんば信じてもらえたとしても、嫌われる事が確実な話なんてしたくない)
今まで秘めてきた詳細を菫は話すつもりがなく、またその詳細を明かさずして菫の確信を説明する事は難しい。
だが、コナンを特別視しているのは、何も菫だけではない。
「――コ、コナン君は昴さんや透さんも一目置いてる男の子、ヒーローみたいな子、だから?」
菫などよりもむしろ優秀な人間がこぞってあの少年を注視している事を逆手にとって、菫はもっともらしい理由を述べた。
「ヒーローですか……まぁ、今はそれで騙されてあげましょう」
「ありがとうございます?」
居候時の件が頭をかすめるものの、秀一は取りあえずはそこであっさりと手を引く。せっかく自分を頼ってやって来た菫のへそを曲げさせるのは避けたい。
菫も菫で、秀一がそれ以上の質問もなしに引き下がった事にドギマギしながらも疑問顔で首を傾げて礼を言うのだった。
* * *
「しかし……」
「はい?」
コナンとの確執の話は一度脇に置き、淹れ直すかと聞かれて断った冷めきったコーヒーに口を付ける菫に、秀一は含みのある視線を向けた。
作り込まれた沖矢昴から透けて見える秀一の、その突拍子もない所謂流し目に菫の心臓が音を立てる。
「今日、安室さんでもなく、景光さんでもなく、私の所に来てくださったのは嬉しいですね?」
どこか色気を感じるその目配せに落ち着かない気分になった菫は言い訳をしてしまう。
「あ、だって……コナン君とあんな話をした直後に、透さんとも景光さんとも会えないですよ? コナン君、尾行が得意そうですし」
付け加えるならば盗聴も得意な小学生だ。しかし今回は警戒されていたせいかコナンに接近はされていないので、盗聴器のついたシールはつけられていない筈である。一応菫はそれは確かめてあった。
「もし後をつけられてて私が話題になった二人に会おうなんてしたら、黒だって確信されちゃうじゃないですか〜」
「おや。私が選ばれたのはどうやら消去法でしたか」
「しょ、消去法だなんて! 昴さんなら話を聞いてくれると思ったんですよ? 本当ですよ?」
尾行もされていない事は確認済みだったが、幼馴染には言えないショッキングな出来事のはけ口を求め、頼りになる人――という人選の下、菫はこの場に押し掛けている。しかしそう思われても仕方ない状況なだけに、菫も気まずそうにモジモジしていた。
「まぁ、甘えられているのだとポジティブに受け取りましょう」
気分を害されただろうかと、伺うような目で見てくる菫に真向かいに座っていた秀一は苦笑した。その様子に菫もほっとした様子で再びカップを口に運ぶ。
「あぁ、そうだ。ヒーローといえば……」
「え……まだ、何か?」
話は終わったのかと息をついたばかりの菫に、秀一が今まで全く話題になっていなかった話を振ってきた。
「菫さんの憧れの灰色の君についてなんですが……」
「ぐっ……」
口元のカップの液体が大きく揺れた。口をつける直前で飲み込んでいなかったが、口にしていれば気管にでも入って咽ただろう。菫は恨めしげに秀一を見つめる。
「……ひどいです昴さん。いきなり。しかもそれ今、関係ないじゃないですか……」
「そうでもないですよ? 彼の方は、グレーのスーツが似合う人物……でしたよね?」
「前にも黙秘しますって言いました! それ以上は秘密です!」
以前この問答を秀一と景光として、大いに気分を損ねた事も思い出したのか菫が毛を逆立てた。また前回は偶然話が変わり追及を逃れたが、今回もそう都合よくいくとは限らない。今まで通りそれに関する質問は受け付けないと菫は通告する。それは結果として見ると大間違いな対応だった。
「ええ。ですのでポアロに集うお嬢さんたちにも聞いてみました。乙女の秘密だと言われてしまいましたけどね? ですが、秘密は暴きたくなる性分なんですよ。とても興味がありまして辛うじて確認出来たのが、さっき言っていたヒーローです」
「や〜め〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!」
そんなところで持ち前の好奇心と捜査能力を発揮しないでほしいと心の底から菫は思う。しかし、抗議の声は相手に届かなかったようだ。秀一は保有している情報を次々に披露する。
「菫さんにとってヒーロー的存在。且つグレーのスーツが似合う人物。菫さんのこれまでの言動。そして交友関係。私の知る限り菫さんの世界は意外と狭いんですよね。人とのお付き合いが限定的というか消極的です」
秀一の指摘に菫は眉を寄せた。個人的にはかなり人間関係は充実していると思っていたからだ。正直前の世界で生活していた時より、スマホのアドレス帳の登録数は多いんだけどなぁーと少し納得が出来なかった。秀一は淡々と続ける。
「――これらを踏まえると、私はどうしてもある人を思い浮かべてしまうんですよ」
「……身近にいる人とは限らないと思いますよ?」
「菫さんの場合、態度に出ます。今まで会話にも挙がらないような赤の他人に憧れているというのは、しっくりきませんね。でも、過去に何回かスーツ姿のある人物を見ていなかったら、気付けなかったかもしれません」
菫の遠回しの主張は通じない。秀一は菫の表情なども確認しながら言い切る。
人脈とは違う、菫が気にかける者――菫にしがらみかける人物は少数だ。
「憧れの君は……彼でしょう? 菫さんは彼の事、とても神聖視してましたからね?」
答え合わせに秀一はあえて名前を言わなかった。だが今この時、名前を出せない人物こそがその人だと菫には問題なく通じた。だからこそ菫は無理矢理浮かべたアルカイックスマイルで首を傾げるしかなかった。
(うぅ……子供の頃から憧れている――っていう情報が伝わってないから、零くんだって誤解されてる。実際のところ誤解じゃないけど!)
上手い具合に真実に辿りついている秀一に菫は冷や汗を隠せない。目くらましの情報を告げて修正を試みようとも思ったが、前もって黙秘すると宣言してしまっているので今更新たな情報を与えても怪しまれそうだ。
つまり絶対に白状はできない菫は沈黙しか選択肢がない。グレーのスーツの人物――憧れる人が零ではないと言うのは簡単だが、そこを否定するのは嘘でもしたくなかった。
だが菫は気付いていない。ここで否定しないという事は肯定したも同然である事に。
「菫さん……」
秀一はいつの間にか菫の隣に座っていた。ソファの背もたれに腕を回し、何やら囲まれているように菫には感じられる。逃がさないぞ、という圧迫感があった。
その上先ほどまでの薄っすらと見えるような細目ではなく、鮮やかな色がしっかりと覗いていた。輝いて見える瞳に囚われ、菫は固まる。
「私の中の緑色の目をした怪物が目を覚ましてしまいそうですよ」
「す、既にガッチリ綺麗な緑の瞳に見つめられてます! この状況はまさしく蛇に睨まれた蛙ですね! ……ん? あれ?」
どことなく緊張が切れるような菫のとぼけた声が響いた。
緑色の目という事で目の前の人物だと菫は早合点したが、他にも意味がある言い回しだと気付く。それが指し示すものに、菫はそちらの意味かと視線を宙に彷徨わせる。話が通じないというか脈絡がないように思えた。
「昴さん、今のってどういう――」
秀一を見返し菫が問い返そうすると、ちょうど無機質なコール音が部屋に鳴り渡った。
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「あ、透さん用の着信音です」
「……すごいタイミングだ」
秀一は今日はここまでだな、と溜息をつく。全く根拠はないのだが、この電話の主は恐らく彼だろうと鳴った瞬間に直感し、そして間違っていなかった。
いそいそとカバンからスマホを取り出そうとしている菫に、秀一はここで出ても構いませんよと声を掛ける。菫もまた場所を移動しなくても良いと判断したらしく、秀一に頭を軽く下げるとそれに応答した。
「はい、もしもし? 透さん?」
「菫さん、今どこにいますか」
感情を押さえた平坦な声が聞こえてきて、菫は首を傾げた。
「えっとね――」
「沖矢昴が居候している工藤邸ですよね」
菫が答える間もなく、零は断定した。何で知ってるんだろうと思いはしたが、そういえば発信機……と腕時計に視線を落とす。だが、じゃあ何で聞いてきたの? と疑問符を浮かべて再び菫は首を傾げた。
「そうですけど、どうしたんですか、透さん?」
「先程コナン君に会ったんですよね? 大丈夫ですか?」
この時ばかりは零も心配そうな口ぶりだ。だが、いくらなんでも情報が早すぎないかと菫は呆気に取られる。
「え? どうして知ってるの?」
「ご丁寧にコナン君が菫さんと接触した事を教えてくれましたので」
恐らくコナンは菫との会話を足掛かりに、零の反応を確かめに行ったのだろう。そしてブリザード吹き荒れる探り合いが発生したと思われた。菫は申し訳なくて情けない声で謝罪する。
「あ……ごめんなさい、透さん……。私、下手を打っちゃいました。コナン君怒ってたかな? コナン君、なんて言ってたんでしょう?」
「怒る? いえ、要約するなら、一般人を巻き込むなと言われました。詳しい事は知らされていない協力者だと思っているようです。知らぬ存ぜぬで通しましたけど」
「そうなの? すごく意味深な事聞かれて、慌てちゃったけど……」
「菫さんをあの組織と関連付けるには、やっぱり迫力が足りなかったんでしょうね?」
「……嬉しくない」
コナンの最上級の警戒網からは外れたようだが、その判断をされた根拠が微妙に悲しい。ただ正確ではないが協力者だとバレているのもあまりよろしくないだろうと、菫は零に尋ねた。
「でも、透さん? 私、協力者だってバレちゃって、このお仕事、もうクビかなぁ……」
コナンを置いて逃げ去ったあと考えないようにしていたが、その存在を知られてはいけない協力者としてはお役御免ものの失態だ。もういらないと言われてしまうのかと思うと、菫は目に涙が滲んでしまう。しかし零からは思ってもいない返答が来た。
「まさか。そもそもコナン君もFBIの何らかの関係者、もとい協力者ですよね?」
「え? え?! 透さん、コナン君が協力者だって知ってたの?」
零のコナンへの認識に菫は動転した。零れ落ちそうだった涙も引っ込んだ。零は何でもない事のように言う。
「情報共有されている訳ではありませんので、どういった協力関係なのかは不明ですけど。今の状況は言ってみれば、あちらとこちらの協力者同士の連携が取れていないだけの事です。組織も違いますし、あり得ない事じゃないですね」
「だけど情報共有していないなら、コナン君にバレちゃダメですよね?」
「それはお互い様でしょう。あちらはコナン君の存在。こちらは菫さんの存在。まぁ、菫さんはあちら側にも協力関係があるようですが、ほんのサポートで非公式だと聞いてます。コナン君にも共有されてないんでしょうね。通常、協力者だとは互いに知らされる事はないですから……」
FBI間の協力者同士の連携については公安では関知しないそうだ。ちなみに守秘義務があるので、FBIも零が公安だという事を一部の人間にしか明かせないらしい。
そういえば公安の協力者同士も個々に繋がってはいなかったな、と菫は思い出す。
「そうなんだ……?」
「そうなんです。――ところで! 菫さんは何故そちらに尻尾を巻いて逃げ帰ってるんですか?」
「え? はい?」
話が急に変わり、菫は目をパチパチとさせた。今までの話もはもういいのかとも思ったが、何やら零は菫の行動にお怒りのようだ。尻尾を巻いたのは事実であるが、致し方なかったのだと菫は反発心が芽生える。
「あのコナン君に立ち向かえって言うんですか透さん! 私じゃ返り討ちにされます! 三十六計逃げるに如かずですよ!」
「そっちじゃありません。何故! 沖矢昴の下へ行くんです!?」
え、そっち? と菫が思ったのも致し方ない。
「だってあの後に透さんの所に行ったら、コナン君の思うつぼですよね?」
「だからって沖矢昴の所はないでしょう?!」
「そんな……でも誰かに話を聞いてほしくて〜」
「僕だって聞けますよ! せめて景光さんの所に行ってください!」
「あ! そうだ! 透さん、景光さんの事もコナン君に――」
途中から余りの大きさで漏れ聞こえてきた零の声に、フッと秀一は軽く笑い声をあげるも零との会話に夢中な菫は気付かなかった。秀一は立ち上がり菫の意識を自分に戻そうとその肩に触れる。
「菫さん、もう一杯、コーヒーを用意しますね?」
「あ、ありがとうございます――え? 長居しないで帰れ? でも昴さんのコーヒー……」
名残惜しげな菫の声に、僕が淹れてあげます! とかぶせるように聞こえてきた。このまま帰られてはたまらないと、秀一はコーヒーを淹れに足早にキッチンへと消えていくのだった。
白が純潔を意味するように緑には嫉妬の意味があるようです。赤井さん、夢主が幼馴染を特別視し過ぎだなとたまに苦く感じている。でも降谷さんも夢主が真っ先に頼る年上の男が苦くて仕方ない。