Cendrillon | ナノ


▼ *Green-eyed monster *01
引き続きモヤモヤ期間中。


「うぅ〜、昴さ〜ん……」
「……どうしたんですか、菫さん」

 沖矢に扮する秀一は泣きそうに目を潤ませている菫を玄関で出迎え、珍しく虚を突かれたように目を瞬かせた。

「コナン君が、コナン君が!」

 次いで告げられた己の協力者でもある少年の名前に、秀一は微かに眉間にしわを寄せる。

「……菫さん、話は伺います。まぁ、まずは中へどうぞ」

 驚きはしたものの突然自分が居候する工藤邸に訪れた菫を秀一は勝手知ったる我が家のようにして招き入れる。菫を待たせひとまず歓待のコーヒーを用意し、場を整える事にした。
 秀一が二人分の飲み物を手にリビングに戻ると、ソファでは一人菫が憂鬱そうに項垂れている。秀一は眉間のしわをさらに深くしながら菫へと近づいた。

「お待たせしました菫さん。コーヒーでも飲んでリラックスしてください」
「昴さん……いきなりお邪魔してすみません……」

 取りあえずコーヒーで一息つかせ、落ち着いた雰囲気になった所で秀一は水を向けた。

「さて……あのボウヤの話でしたか?」

 しかし、話題が秀一の潜伏生活にも一役買っている正体不明な少年に戻った途端、菫は大人しくカップに口をつけていた顔を忙しなく上げ、再び最初と同じ状態になってしまうのだった。

「そうなんです! コナン君が……!」

 菫は溜め込んでいたものを勢いよく吐き出し始める。切羽詰まった様子で秀一に訴えた。

「私、コナン君に嫌われました! もう仲良くできないかもしれないです〜!」

 本日、出先でばったりと出会ったコナンとのやり取りを思い出し、菫は泣きたくなった。


 ・
 ・
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「――んー、ないね……」

 菫は買い出しで訪れた家の近所のスーパーマーケットで一通り必要な物を買い終えた後、そういえば……と、少し気になっていた商品の存在を思い出した。出掛ける直前にテレビの情報番組で取り上げられた物だった。
 その商品を探しに菫は会計を済ませていたにもかかわらず、普段はあまり近づかない一角――リカーコーナーに足を運ぶ。

「名前忘れちゃったけど、ボトルの中に葉っぱ? 茎? が入ってるから見た目は分かりやすい筈だし、このお店じゃ取り扱ってないのかな? ちょっと飲んでみたかったなぁ……」

 探し物が見つからず、棚の前で行ったり来たりしながらブツブツと呟く菫の独り言に反応する者がいた。

「菫さん、何を探してるの?」

 背後から掛けられた声に菫はビクッ! と身体を跳ね上がらせる。バクバクと急激に高鳴った胸を押さえながら振り向くと、やはりそこにはメガネを掛けた少年が佇んでいた。

「あ、あ、コ、コナン君……こんなお酒の売り場でどうしたの?」
「菫さんの姿が見えたから、ちょっと話したくて追いかけて来たんだ」
「え?!」

 もしかしてどこからか尾行されていたのか、それに全く気付いていなかったのか、と菫は一瞬身体を硬直させた。
 だが、挙動不審な菫を気にした様子もなく、コナンは小首を傾げて再度同じ質問を重ねる。

「ね? 菫さん、何かお酒を探してるの?」

 コナンのここ最近にはない態度に菫は、あれ、なんだか普通だな、と思いながら答えた。

「あー、えっとね、桜餅の香りのするお酒があるって聞いたから、それを探してたんだけど……」
「あぁ……多分それはフレーバードウォッカのズブロッカだね。ウォッカにバイソングラスを漬け込んであるやつでしょ?」
「そう! テレビでもそう言ってた! 聖牛が好んで食べる植物で、淡い緑色のお酒なんだってね? お花見の季節だし、桜の香りなんて何だか気になっちゃって」

 テレビでは花見に託けてその桜の香りのする酒を取り上げていたのだ。
 恐らく今は皆で花見を楽しむ時間などないだろうと菫はぼんやりその番組を見ていたが、日本人の大多数が好むであろう桜絡みの、その珍しい酒には食指が動いた。
 菫はあまり酒は嗜まないが、家へとやって来る者達の中には酒飲みがいる。試しに飲んでみて、美味いようなら勧めるのもいいかなと思ったのだ。

 しかし、菫は何事もなかったかのように自分に話しかけてくる目の前のコナンを、少し不思議そうに見下ろす。

(今日はコナン君、前みたいに普通に声を掛けてくれたけど、私、警戒対象から外れたのかな? 零くんもそのうち元に戻るって言ってたし?)

 コナンから怪しむような視線を向けられていない事に菫は、安心しても良いのだろうか……と恐る恐るその様子を窺う。その菫の探りに気付いているのかいないのか、コナンはニコニコと菫の話にもう少し付き合うようだ。

「ちなみにズブロッカとアップルジュースのカクテルはシャルロッカって言うんだよ?」
「へぇ? 桜の香りにリンゴは合いそうだねぇ? 飲んでみたいな」

 桜とリンゴの組み合わせは美味しそう、と菫がコナンから提供された情報に意識が向いたその次の瞬間だった。

「ねぇ、菫さん?」
「ん? なあに?」
「菫さんはバーボンについて、どう思う?」
「っ?!」

 菫はその不意打ちに思わず目を見開き、声の主を見つめる。その菫の視線の先には、先ほどまで無邪気に首を傾げていた小学生はいなかった。
 そこには、まるで心の奥底まで見通そうとするように菫を見つめ返す、怜悧な瞳の少年がいた。



 * * *



 無防備に気を抜いていた菫に、コナンの一言が突き刺さる。菫はそれにすぐに対応が出来なかった。

「……え? コナン君?」
「菫さん、バーボンの事、どのくらい知ってる?」

 菫の動揺を見抜いたのか、容赦なくコナンは新たな質問を繰り出してきた。鋭い視線のおまけ付きだ。
 菫は心を落ち着かせようと一度大きく息を吸うと言葉通りの返答をした。

「あの、私、ウイスキーは前に一度飲んだきりで、あまり詳しく、ない……」

 コナンが聞きたい事はそれではないと分かってはいたが、そう答えるしかない。だがそれで切り抜けられるとも思えず、どうやってこの場を離れようとあまり回らない頭でグルグルと考えていた。
 まさか自分にここまで直球にコナンが追及してくるとは菫も思っていなかった。考え事と並行して菫は怯えたようにコナンの次の一手を待ち構える。

「そう……」

 コナンは菫が身構えたのを察したらしくバーボンについてはさらっと流した。しかしその内容はさほど変えずに更に問うてきた。

「そうだ、菫さんって安室さんとお仕事で付き合いがあるんだよね? 菫さんのお仕事を時々安室さんが手伝ってるって話だったかな?」
「う、うん」
「それじゃ、反対に菫さんが安室さんのお仕事を手伝う事はある?」
「それは――」

 公安の仕事を本当にささやかながら手伝っている事が菫の頭に思い浮かんだのがいけなかったのかもしれない。コナンはその反応から安室の仕事に菫が何らかの関わりがあるのだと確信してしまったようだ。

「何か覚えはあるんだね? 安室さんのどんな仕事を菫さんは手伝ってるの? 教えてほしいな?」
「その……お手伝いって言っても、たまに忙しい透さんの代わりに、届け物をするだけだよ?」

 コナンに嘘は通じなさそうだ。虚偽は見破られ、余計に怪しまれるだろう。かと言って沈黙も通用しない相手である。咄嗟に菫は幼馴染間で行われるやり取りを告げた。コナンはもちろん食いつく。

「届け物? 誰に?」
「か、景光さんに?」
「景光さん? ……景光さんって何でも屋だよね? あの人も仲間?」
「えっ?!」

 コナンが怪しむような黒の組織を思わせる行動ではないと示唆するつもりで言った発言は、見当違いの方向へ勘違いされてしまった。仲間といえば仲間だが、そっちではない。菫は驚きのあまりすぐさまそれを否定した。

「そ、そういうのじゃないよ?!」
「そういうのって、どういうの? 何だと思ったの、菫さん?」

 間髪入れないコナンの切り返しに菫は泡を食いながらも言い訳がましく言い返す。

「え? えー? だって、コナン君が仲間なんて言うから……」
「じゃあ、菫さんは届け物って、何を届けてるの? おかしい物じゃないなら僕にも言えるでしょ?」

 コナンのもっともな疑問だったが、菫はこれに関しては躊躇なく答える。堂々と言える理由があった。

「そんなおかしな物は届けてないよ? ポアロの新メニュー候補のデリバリーかな? 景光さんって時々食事を疎かにするのね? それで透さんがお店に出すメニューの試食も兼ねて、景光さんにご飯を配給してる感じなの」

 零がポアロにバイトで潜入する前ならばこのように取り繕える理由になるものなどはなかった。しかし、現状では良い隠れ蓑になっているのが菫が言った通り、実際に行われているこのデリバリーであった。

 ちなみこのデリバリーの何回かに一回は、公安のメールなどでは扱いたくない情報の受け渡しが含まれている。そのため必ずしも菫が白い行動をしているとは言えないのだが、その情報媒体は本当にデリバリーのついでに渡される事が多く、自分の公安での立ち位置からするとそこまで重い情報は任されていないだろうというのが菫の認識だ。
 だからといってその仕事を軽く見ているという訳でもない。

(我ながら、こういう仕事は適任だよね? 絶対に足が付かない気がするもん)

 菫のポケットは難攻不落なため、菫自身この運び屋の仕事は自分にぴったりだとすら思っていた。その事からこの点に関してだけは隠し通せる自信があり、菫としても探られたとしても痛くも痒くもなかった。

「景光さんだとお世辞とか言わないで、忌憚のない感想をくれるんだって。私はそれの橋渡しだね。あの二人は単純にご飯と意見の交換をしてるだけだよ? でもコナン君。どうしてそんな事聞くの? 透さんの事、調べてるの?」

 聞かれっぱなしでは分も悪いので、菫は尋ね返す。だがコナンは引かない。菫を見据えながらもその問い質そうとする姿勢は揺るがなかった。

「景光さんって情報収集が得意って言ってたよね? 安室さんも景光さんも仲が良さそうだったし、きっと色んな仕事を一緒にしてるんだろうね?」
「あー……仕事に関してはあの二人、私に関係ない事は何も教えてくれないの。だから本当に教えられるような事はないんだよ。……ごめんね?」

 公安の協力者になった今も、菫は馴染みの二人から最低限の情報しか与えられていない。ともすれば協力者という関係すら形だけなのでは菫は思うほどだ。橋渡し役など、言ってみれば公安の誰か――風見が担えるものだからだ。外部の人間をわざわざ登用する必要性もないように思えるが、菫はそれを指摘できない。この協力関係をなくしてしまえば、今の菫では幼馴染たちとの繋がりはいとも容易く絶たれてしまう。

(公安がどういう意図で私に協力者という立場を与えてくれたのかは分からないけれど……)

 もしかするとこれは幼馴染の温情なのかもしれないと考えながら、菫はこの幼馴染たちとの簡単に切れてしまう事も可能な関係を不必要に注目するコナンに、中断してほしいという気持ちを込めて問い掛ける。

「コナン君? あの二人――透さんがコナン君にとって、何か引っかかるのかもしれないけど、透さんはとても真っ直ぐな人だよ。コナン君が心配するような事はないと思うよ?」
「菫さんは、ボクが何を心配しているか分かるっていうの? 菫さんはどうして安室さんを信じられるの?」
「え、あ……」

 どこかギラッとした、相容れないものを見るかのような少しばかり攻撃的なコナンの視線に、菫はぎくりとした。

(しまった。コナン君にとっては、零くんは今はまだ、敵だった)

 そしてその敵を擁護する菫にコナンは苛立ちを隠しきれなかったようだ。向けられた負の感情を菫は寸分違わず理解してしまう。急激に体温が冷えていくように感じられた。

(そして私も、疑わしき一人)

 良い関係だと思っていた少年からの疑いの目は、菫の打たれ弱い心を直撃した。

「菫さんも、もう分かってるよね? 菫さんもやっぱり関係者だ。だからボクが何を言っているのか、そして何を聞きたいのか……分かるよね?」
「……」
「ボクは菫さんの事を信じても良いの? ねぇ、菫さん。菫さんは、ボクの味方? それとも――」

 コナンからのさらなる問い掛けに、菫は何と答えればいいのか分からず、ただその場を逃げ出したのだった。



Green-eyed monster/オセロ

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