Cendrillon | ナノ


▼ ・奇術師=マジシャン=魔術師
小学校低学年くらいのお話。


 菫はちょうど前日、新しく覚えたばかりのある事を零に見せてやりたくて仕方がなかった。
 常人では普通なし得ない事を、菫は見事習得したからだ。
 翌日の休日、零と遊ぶ約束をしていた菫は、いつもより早く家を飛び出した。

「ねぇ、零くん、見て見て!」
「? どうしたんだ?」

 挨拶もそこそこに、菫は早速その場で零にソレを披露してみせた。

「タネも仕掛けもありません。でも……ほら!」

 菫は何もない手の平を数回クルクルと裏返して零に見せたあと、手を握り込んだ。そして次の瞬間、開いた手の上にビー玉を出現させてみせた。

「?!」
「えへ、ヴィオレさんに手品、教えてもらったの!」
「すごいな! どうやったんだ?」

 珍しく興奮したように零が菫に詰め寄る。掴みは上々だった。
 しかし、ヴィオレとの約束もあり、零の問いには答えられない。

「え、ごめんね。ダメなの。ヴィオレさんに教えちゃダメって言われてるから」
「ムッ。それなら別にいいよ。どうしたらできるか、考えてみせる。どんなタネがあるか、見つけてやるからな!」

 菫の持っていたビー玉を零は取り上げると、同じ事ができないか試行錯誤し始めた。

「零くん……難しいと思うよ?」
「ボクだってできる!」

 菫の振る舞いは、零の探求心に火を点けるきっかけとなってしまったのかもしれなかった。

 しかし、菫が無理だろうと判断した事は、結果としては間違いとなった。しばらく時間が経過した頃だった。
 零は何故か菫とは別の手段で、何もない手の平の上にビー玉を出現させる事に成功する。普通に手品の技を自身の力で編み出したようだ。

「えぇ…………零くん、規格外すぎる」
「どうだ! 菫はこうやってビー玉を出して見せたんだろ?」
「うぅん、そうだねぇ……」

 その零のやり切った顔があまりに可愛くて、菫は否定する事もできず、曖昧に頷いた。
 自分が先ほど披露したソレが、ちょっと霞んでしまった、と菫は内心苦笑した。



 * * *



 それは菫がリビングで本を読んでいた時の事だった。
 
「菫、これをちょっと見てくれる?」
「ヴィオレさん? ノアさんも?」

 ヴィオレに突然声を掛けられ、菫は首を傾げる。ヴィオレはノアを伴って菫の座るソファへ腰掛け、ノアは真向いのソファに腰を落ち着けた。

「お二人とも、どうしました?」
「まぁ見てなさい」

 ノアが面白そうに口角を上げた。疑問顔の菫にヴィオレはおもむろにその手を菫に差し出す。

「これ、菫にあげるわ」
「え?」

 それは手品のようだった。
 ヴィオレは寸前まで何も持っていなかった筈なのに、いつの間にか美しく瑞々しい赤いバラを手にしていたのである。
 菫は瞬きする間もなかった。唐突にバラは現れていた。

「わ! 何ですか、どうやってコレを? 手品ですか?」
「ふふ、菫。忘れてもらっては困るわ。私は、魔術師よ?」
「魔術!? え、じゃあ、これ、手品で出したんじゃないんですか……こんな事もできるんですか?」
「えぇ。簡単だから、これくらいなら菫に教えてあげられるの。覚えると便利よ?」
「はい?」

 そう、それが始まりだった。
 菫はその場でヴィオレ達から魔術の一種を伝授される事になる。

「え? え! む、無理ですよ」

 最初は菫も引け腰だった。だが、言葉巧みにヴィオレから言われるがまま試しているうちに、さらにノアの助言を聞いているうちに、ソレができそうな気がしてきた。
 そう思ったのが良かったのか、程なくして菫は人間離れの技術を会得してしまっていた。

「……実はこの世界、魔術師の人、一杯いるんですか?」

 菫はパッと自分の手にバラの花を出現させたあと、それをどこかに消してみせる。同じ事を何回か繰り返し、ぽつりとヴィオレにそう尋ねた。

「そんな訳ないじゃない。一握りよ」
「だけど、私にも使えてます。魔術がこんな簡単とは、思ってもいませんでした」

 菫は自分が苦労する事無く習得できたため、まさかこの世界では誰でも可能な技術なのかと訝しむ。もちろんそんな訳はない。

「実は前から、菫にも魔術が使えるのではないかと、ヴィオレと話をしていたんですよ」
「ほら、菫ってエルピスの石に選ばれたじゃない? こういった事の素養はありそうだなって思ってたのよ」

 どうやら菫は一般人よりは魔術的素養を持ち合わせていたらしい。
 そして菫が会得したのは、魔術師の初歩技術として、「ポケット」と呼ばれるものだ。簡単に言えば異次元収納である。
 収納の大きさは魔術師の能力に比例するらしいので、菫が実際に使える収納能力は生粋の魔術師と比べると微々たるものである。
 だが、それでも一般人が一人では持ち運べる筈のない量を収納できる程度には容量があった。

「でも、菫。これは曲がりなくとも魔術だからね。あまり突飛な物を出して、注目だけはされないようにするのよ?」
「人目に触れる時に取り出すのは、小物程度にしておきなさい。身体や服に仕込めそうだと思われる物ですよ? 子供でもやろうと思えばできる程度の事……そう認識させなさい」
「わ、分かりました。でもすごいですね。……私の世界で有名なロボットの四次元ポケットみたいです」

 類似の技能を持つ道具を思い出して、菫は思わず呟いた。
 誰にも通じない筈だったが、意外な事にヴィオレは日本の風俗に通じていたようだ。正確ではなかったが――。

「あぁ、あの青い狸ね」
「っふふ……わざとですか。あれは猫型です」
「あら、違ったかしら?」
「ナチュラルに間違えすぎですよ、ヴィオレさん。でもよく知ってますね?」
「あれは有名だったもの。伊達に何十年も居なかったしね」
「お二人とも。仲間外れは嫌ですよ」

 共通の話題に分かる者同士で盛り上がってしまったが、ノアの苦笑交じりの声に菫はヴィオレと共に早々に謝った。



 * * *



 それからというもの、菫は事あるごとにその技を至る所で披露している。練習すれば……利用回数を増やせば、ポケットの容量が大きくなると聞いたからだ。

 ある時は休み時間の学校の教室、ポケットから取り出す素振りで。

「痛ってー……指切っちゃった」
「あ、絆創膏、あるよ」
「おー、ありがとう、菫ちゃん」

 ある時は外で遊んでいる時、やはり服のポケットから。

「なぁ、何か切る物ないか?」
「ハサミで良いなら、あるよ」
「……ヒロに聞いたつもりだったけど、ありがと。でも菫、手ぶらだったよな?」
「ポケットに入れてたの!」
「……そうか?」
「菫ちゃん、君の服のポケット、そんなに物を入れるスペースないよね?」
「え、これくらいなら入るよ? (うーん……次からはなるべくカバンを持ち歩くようにしよう)」

 またある時は幼馴染達と一緒の帰り道、ケンカをしている幼稚園児を見つけて。

「ほら、ケンカしないで、泣かないでね? あのね、お菓子があるよ? 仲直りしたらご褒美にこのお菓子あげちゃう」
「……待てゼロ。あのサイズなら、カバンに入っていてもおかしくない」
「……サイズ的にはおかしくないけど、あんな用意周到にラッピング済みのお菓子が、今ちょうどよく出てくるのはおかしくないか?」
「そうかも……」
「あの子たち、仲直りできてたよ、偉いね! あ、二人もお菓子食べる?」
「(菫ちゃん他にもまだ持ってるの?!)」

 そしてある時は遊び疲れた公園で、カバンから取り出す素振りで。

「あー、疲れたー」
「のど渇いたな……」
「お水ならあるよ。はい、ヒロくん。零くんもどうぞ」
「おー……もう驚かないよ、ボクは。でも菫ちゃんありがとう」
「……ちょっと待て。いくら350mlのペットボトルだとはいえ、やっぱりそのカバンに3本も入れるのは難しくないか?。しかもそれだと相当な重さになるだろ。それを菫は持ち歩いてたのか?」
「えっ! ……でも、現に入っていた訳で。重さも気にならなかったし……。零くんの気にしすぎだと思う、よ?」
「いや、菫ちゃんは欲しいという物を、良いタイミングで出してくれるよね……準備良すぎかな?」
「たまたまだと思う、よ?」

 その時は何とか誤魔化したが、かなり無理矢理に収めた。何度か怪しまれる事も増えていたが、概ね菫の行いは受け入れられるようになる。
 しかし、成長するにつれて洞察力が向上している目聡い幼馴染と共にいる時は、菫も取り出す際に細心の注意を払うようになった。



 * * *



 いかにも手品です、と認識されるよう、菫はポケットから取り出す時の仕草を研究を始めた。
 それに併せて、何か仕込んでいてもおかしくない服装だと見られるよう、菫はあまり体の線が出ないような服も身に付けるようになる。

 そんなささやかな努力と訓練に精を出していた時、菫にとって大変参考になったのは、かの若き天才マジシャンだ。若干二十歳で奇術師のオリンピックである大会でグランプリを獲得したと、すでに世界にその名を轟かせている黒羽盗一だ。

「やっぱり、存在しましたか。キッドのお父さん。まだ快斗くんは生まれてないけど」

 ビデオを見ながら、この人も亡くなるんだよねぇ……と、菫は少年探偵ではない方の怪盗ものの作品を思い出す。
 一方的にだが手品の勉強をさせてもらった身として、黒羽氏に親近感を覚えていた菫はしんみりとしてしまう。

「おや、菫。自然な手品の見せ方はマスター出来ましたか?」
「……ノアさん。はい、マジックショーのビデオで、真似できそうなものがいくつかありました」
「ふむ……黒羽氏ですね。純粋な奇術であれだけの事をして見せるのは、我々魔術師から見ても驚嘆に値する方です。いいお手本でしょう」
「あの、実はノアさん。この黒羽さんなんですけど……」

 他力本願ではあるが菫はノアに懸念事項を伝える事にした。

「――黒ずくめの組織とはまた違う、怪しげな輩に狙われて命を落とすのですか、彼は。そうですね……奇術師と我々魔術師は似て異なりますが近しい存在です。黒羽氏の近辺も探っておきましょう」
「ノアさん! ありがとうございます!」

 ノアが軽く請け負ってくれた事に菫は安堵の息をつく。菫は心配の種が一つ消えたとあって、さらに熱心にマジックの練習に没頭するのだった。



ちょっとだけ夢主に個性を。キッドみたいな人もいるので、突出して目立つスキルではない筈……。ポケットのイメージは某バーのマスターの「あるよ」。何でも出てくる。でも夢主はそこまで万能ではなく、事前に用意して入れていた物しか出てきません。たまご酒は出せない。一般人に入手不可な禁制品は無理ですが、内容物は後年、かなりバリエーションが増えているでしょう。そして節操なく救済フラグだけ立てておく。


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