Cendrillon | ナノ


▼ *ターニングポイント? *01
ミストレも桜が咲く頃の話だったんですね……。


「菫姉、群馬に桜を見に行かないか?」
「はい?」

 菫は真純から掛かってきた電話の、挨拶もそこそこのその発言に思わず首を傾げた。どこかの駐車場から電話をしてきているようで、真純の声と共に車やバイクのエンジン音が聞こえてきていた。
 相手が不思議そうな声を出しているのは真純も承知しつつ、あるキャンプ場の住所を菫に告げる。自分は既に向かっているので、至急追いかけてきてほしいと真純は言った。

「どうしたの真純ちゃん。突然だねぇ?」
「急にごめんよ。まぁ、桜は口実なんだけどね」
「口実?」
「実はコナン君たちが今言った所でキャンプするみたいなんだ。そこに自然に合流したいから、菫姉、ちょっと付き合ってくれないか?」

 真純が現在コナンの動向を調べているのは知っていたため、菫もそれに協力するのは吝かではない。

「コナン君たちのキャンプに混ざるの? 私は暇だからいいけど……」
「本当かい?! サンキュー菫姉、助かるよ! 取りあえず菫姉とはあっちで待ち合わせているって事で、話を合わせてくれるか? あとは臨機応変で! それじゃまた後で!」
「あ、真純ちゃ……切れちゃった」

 慌ただしく真純から電話を切られてしまい、菫は苦笑しながら受話器を見つめる。取りあえず急いで自分も出掛けねばと、菫はアウトドアに相応しい服装へと着替え始めた。だが途中で気付いてしまう。

(あ、でも、コナン君たちがキャンプすると、大体事件に遭うんだよねぇ……)

 もはや自然の摂理とも言えそうな現象が待ち構えているのではないだろうかと、菫の背中に冷や汗のようなものが流れる。しかもキャンプ時の事件も相当数あった筈であり、何が起きるのかが全く見当もつかない。また自身の記憶力の頼りなさからして、菫も事件が起きたとしてもきっと詳細は思い出せないだろうというのが少し不安だった。
 しかし、すでに約束してしまっている菫は諦めて準備を整える。あまり利用しない自家用車に乗り込むと、菫は真純から伝えられたキャンプ場まで車を走らせるのだった。



 * * *



「え?! 子供達が行方不明? しかも殺人犯に追われてるんですか!?」
「そうなんじゃよ、菫さん。コナン君以外の子供達が今、山の中に……」

 キャンプ場の駐車場にパトカーが数台停まっているのを目撃した時点で、菫には嫌な予感が増大していた。そして案の定、彼らは事件に巻き込まれていたようである。
 真純を探してキャンプ場内を歩き回っていた菫は、ちょうど遭遇した阿笠から事の次第を伝えられる。

「菫さん、世良の姉ちゃんと約束してたって本当だったんだ……」
「ああ、コナン君。真純ちゃんとは、桜が見たいねって話をしてたんだよ?」

 あとから現れた菫にコナンも少し驚いていたようだが、今は子供達の安否確認の方が重要なのだろう。菫の登場をさほど気にした様子ではない。コナンの傍らにいる真純に菫はそっと尋ねた。

「真純ちゃん……子供達、どんな事件に巻き込まれちゃってるの?」
「菫姉、どうやら子供達は殺人犯が被害者を埋めているところを目撃してしまったようだね」
「そんな……。この状況でまだ見つかってないって事は、電話も通じないんだろうね……。さっき真純ちゃんに連絡しようとした時も、すごく繋がりにくかったし」

 山中という事もあってか、あまり電波状態がよろしくないのだ。菫は青褪めながらも念のため自分のスマホで哀に連絡を試みるも、それはやはり無情なアナウンスが流れるのみだった。

「大丈夫だよ、菫さん。あいつらには灰原がついているから、最悪な状況は避けられる筈だし」
「そう――だよね。哀ちゃん、しっかりしてるもんね。早く見つかるといいんだけど……」

 しかし、ここまで話を聞いていても菫にはどんな事件が起きているのかが思い出せない。

(コナン君と知り合ってからはなるべく昔の記憶を洗い出そうとしてるけど、全然成果がないんだよね……)

 いくら己の中心が零だからと言って、コナンが主に解決するような事件に関して記憶が薄すぎる事に、菫は自分自身にため息が出る。菫は辺りを見回し、記憶を掘り起こせる取っ掛かりになりそうな情報がないかを探した。
 記憶があればもっと役に立ったのに……と、一瞬菫は考え、そしてその考えの思い違いと思い上がりに自嘲する。

(そもそも記憶が多少ある零くんが関わる事件だったとしても、記憶だけの私じゃ何の役にも立たないんだけどね……)

 零が関与する事件だからこそ危険が段違いなのだ。そのような事件はまず黒の組織の介入がほぼ決定的で、また菫の知る結果に至るまでの経緯も様々な人間の思惑が交差し複雑に絡み合って成り立っている。菫が簡単に手を出してその均衡を破れば、どのようなしっぺ返しが来るか全く予想がつかない。
 結局、菫には余計な手出しをしないという選択肢しか残っていなかった。

(幸い、零くん達が窮地に陥って挽回不可能……なんて事件は今のところない。でもそれって、私の知識が途中までしかないって事の言い換えでしかないんだよね。今更だけど、最後まで見届けてからこっちに来たかった……)

 零の仲間たちの未来は辛うじて変えられたが、肝心要の零の未来が不確かだった。しかし同期の彼らを前例にすると、零にも致命的な事件が降りかかる事は十分に考えられ、それが菫の胃を痛ませる。知らず頭が項垂れてしまう菫は途中でハッとした。

(違う違う! 今はそれについて考える時間じゃないでしょ! まず今は子供達のために、少しでもこの事件について思い出すの! そしてもし可能なら、私も助けるために動かなきゃ!)

 一度は確実に目を通した物語なのだ。菫は頭をプルプルと振ると情報を求めて、コナンや真純のそばへと歩み寄るのだった。



 * * *



「この冬名山は我が群馬県警の庭のような物! 子供達も殺人犯もすぐに見つけて御覧に入れてくれちゃいましょう!!」

 コナンがジト目で見上げる刑事は、ヘッポコ刑事と名高い山村ミサオ警部である。

(ふ、不安すぎる!)

 目の前の刑事には申し訳なかったが、菫は珍しく頼りにならなそうな警察関係者に顔を引き攣らせる。微妙に子供達の危険度が上がってしまった気がした。もちろん捜索隊が子供達を探してはいるようではあるが、この辺りの山は入り組んでいるらしく捜索は一筋縄ではいかないそうだ。

「名前とかはわからないけど……多分、この人保育士さんだと思うよ!」
「え?」

 刑事はいまいち当てにならなそうな厳しい状況ではあった。しかし、現在この場には頼りになるコナンと真純がいるため、解決まではそんなに時間はかからないだろうという好条件でもある。
 現にコナンが被害者の遺体から、着実に真実を導き出していた。

「ほら! ヒザ小僧にアザがついているでしょ? 保育士さんって子供と目線を合わせる為によくヒザ立ちしてるから……」
「じゃが、それだけで保育士さんと決めつけるのはどうかのォ……。ヒザを良くつくスポーツもあるし……」

 阿笠が疑問を呈すると、すかさずコナンは説明を付け加える。

「スポーツやってたらヒジとか手とかにも何か跡が残ってるはずだよ! よく正座する人なら、スネや足の甲にも跡が付いてるだろうしね!」
「それにこの人の髪……ストレートなのにサイドが不自然にふんわりしてるし……。髪の毛長いのに後頭部の生え際までしっかり日焼けしてる……。これは普段、髪を両サイドで束ねてて……外を歩いている証拠だよ!」

 三十代前後の女性が子供っぽい髪型をしているのは、子供の相手をする保育士だと真純が結論付けた。そのコナンと真純の二人がかりの説明に山村刑事も、確かに……と納得を見せる。

 そうやってコナン達が山村刑事を誘導しながら情報をどんどん整理していく中、被害者の女性は不自然な手の形を残していると菫の耳に届く。菫は真純に遺体を見なくて済むようにと気遣われ、少し後方からその三人の話を聞いていた。

(あ、れ? このダイイングメッセージ……何か既視感があるというか、覚えがある様な気がするんだけど……。なんだろう? この事件、やっぱり作中にあった事件で間違いないよね?)

 それを耳にして菫は無意識に眉を寄せる。それでもまだはっきりとは該当の事件は思い出せそうになかった。
 また、その合間に制服警官から報告が入った。捜索隊が山の中で一人でうろついていた男を三人発見したらしく、その男達がこれから遺体発見現場まで連れてこられるようである。
 その時、コナンがふと呟いた。

「煙……」
「ん?」

 コナンが遠くを見つめている。真純もコナンの視線の先に目をやり、菫も遅れてそちらに目を向けた。

「かなり遠いけど煙が上がってるよ!」

 背の高い木々の合間から確かに煙が上がっているのが菫にも確認出来た。

「あれはきっとキャンプファイヤーだよ! ホラ、あっちにも見える……。最近、でっかい矢倉組んで昼間っから盛大に盛り上がっちゃってる若者が多くてねぇ……。注意してるそうなんだけど……後をたたなくて……」
「ほー……」

 山村刑事の説明に阿笠が相づちを打つが、菫はさらに眉を寄せた。遠くに立ち昇る黒い煙を見ると、ひどい焦燥感が生まれてくるのだ。まるで虫の知らせのようだと思った。

(あの煙、気になる。こういう場合ってあの煙と子供たち、関係あるんじゃ……? でも、私の記憶もポンコツだし……)

 コナンが指摘する煙は何か特別な意味がある気がした。だが、どうやら日常茶飯事らしいという山村刑事の情報もあり、菫は迷ってしまう。何本も上がる煙は珍しくないような気もしてくる。探偵でもなんでもないズブの素人である自分が、変に一つの事実だけに固執しすぎては行方知れずの子供達の事件から遠ざかってしまうのではないかと、そんな懸念も菫にはあった。

(あぁ、何なの……何で思い出せないの! 子供達が危ない目に遭ってるかもしれないのに!)

 思い出せそうで思い出せないのが、苛立たしく感じられた。何より自分の記憶に自信がない菫は、今自分に湧き上がる焦燥感でさえも信じられない。また、もしかすると今回の事件は菫の知らない、物語では触れられてもいない事件の可能性がある事にも気付いてしまう。
 コナン達の周辺では事件が起こるという自身にとっての常識のようなものが、柔軟な思考を阻害しているように思えた。

(私、無意識に記憶に頼り過ぎて、正常な判断が出来なくなってるの?)

 菫は不安になってくる。頼りになる筈の記憶――という情報が自分の目を曇らせているのではないかと。思わず目をギュッと瞑り、額を押さえる菫に目を留めたのが真純だった。

「菫姉、どうしたんだ? 頭が痛むのか?」
「あ、真純ちゃん……ごめんね? なんでもないよ……」
「そうか……?」

 真純が顔色の悪い菫を心配そうにのぞき込んできた。だが菫がすぐに取り繕ったような表情を浮かべたため、疑問はあるようだが真純もすぐに引き下がった。
 するとその直後、今までいなかった別の警官が現れる。

「山村警部!! 先程報告にあった三人の男、連れて来ました!」
「おお! そうかそうか! では一人ずつ、名前と職業と……ここへ来た目的を言ってくれちゃってくれたまえ!」

 山村警部の促しでその場に連行された三人の男達は、自己紹介とこのキャンプ場にいる経緯を説明し出した。

(え? あっ!?)

 その男たちの一人の顔を見て、菫はやっと思い出した。事件の詳細自体は思い出せていなかったが、犯人の顔だけは覚えていたのだ。また連鎖反応で犯人の男が被害者の女性と恋人関係だった事を菫は思い出す。

(確か……恋人同士の二人が山小屋で事件を――ん? 不慮の事故だったかな? って、とにかくそういう話だった! ……え、待って。これ火事が関係してた事件だった気が……。山村警部のキャンプファイヤーって発言はやっぱり……)

 そこまで記憶が目まぐるしく復活したところで、菫は顔色を変える。バッと振り返って見上げた、遠くに見える黒い煙の勢いは増していた。

(そう山小屋!! 子供たち、山小屋に閉じ込められてるんだった! そして火をつけられる! この犯人、最初の事故は故意じゃないわりには、目撃者を消そうとして結構悪質だった!)

 無数に上がる煙の一つはキャンプファイヤーなどではなく、山小屋からの出火によるものだ。菫はあちこちに立ち昇っている煙を交互に見やる。あの煙のどれかの下にある山小屋に子供達の閉じ込められているのだ。しかし全てを確認する時間はない。

(あの煙のどれかに子供達がいるのに……。そうだ! 山小屋の場所を調べれば……)

 思い立った事を確認するため、菫はキャンプ場の管理人室へと一人駆け出すのだった。


 ・
 ・
 ・


「あ、ダメダメ近づいちゃ!!」

 山小屋に子供達を閉じ込め火をつけたと犯人から知らされ、コナンや真純が現場へ駆けつけた時にはもはや火は小屋全体に回り切っていた。それでも小屋に近づこうとするコナンをその場にいた捜索隊の一人が押しとどめる。

「離せ!! 中に……中にまだ友達がいるんだ!!」
「ええ!!」
「離せよ!! 元太!! 光彦!! 灰原!! 歩美ィ!!」

 コナンは押さえつけられながらも、声の限り叫んだ。

「はーい」
「え?」
「コナンくーん、ここだよー!」

 森の中から手を振って現れた歩美、元太、光彦にコナンはぽかんとした様子だ。子供達は煤で汚れてはいたが大きな怪我はないようだった。コナンはすぐに子供達の下へと駆け寄る。

「オ、オメーらどうやって?」
「知らない女の人が急に出て来て助けてくれたんだよ!」
「斧で扉をぶち破ってよ!」
「あの山小屋の屋根裏に住んでたらしいですけど……」
「それとね、小屋から出たすぐ後に菫お姉さんも来てくれたの!」
「え? 菫姉が?」
「……菫さんが? 先にここに来てたのか? でも今はいないぞ?」

 コナンと真純が辺りを見回してもどこにも菫の姿は見当たらない。また、共に現場に来ていた阿笠が姿の見えない哀について子供達に問い掛ける。

「哀君はどうしたんじゃ?」
「その女の人が先に助けて、安全な所まで逃げるように言ったって……」
「さっき灰原さんから電話が来ましたから無事なのは確かです!」
「その女、どっちへ行った?」
「あっちの方に……」

 光彦が手を伸ばして森の奥を指差すと、元太がさらに付け加えた。

「菫姉ちゃんはその最初に助けてくれた姉ちゃんを追いかけて、森の中に入って行ったぞ」
「コナン君達が来るまで隠れているようにって言ってました」
「あ! 菫お姉さん帰ってきた!」

 ちょうど光彦が指を指した方角から菫が姿を現した。

「あぁ、皆、合流できてたんだね」
「菫さん……」
「菫姉! 一人で森の中を行動するなんて危ないじゃないか! それに……どうしてここに子供達がいるって分かったんだ?」

 真純がやや強い口調で菫に注意をする。また少し訝しげに真純に詰め寄られ、菫は困ったような表情で首を傾げた。

「え、と……子供達がいるのが分かってた訳じゃないんだよ? ただこの火元に子供達がいたら危ないなって思って、様子を見に来たらちょうど小屋から皆が出てくるところだったの。私より先に助けてくれた人がいたんだよ。お礼が言いたくて、その助けてくれたお姉さんを追いかけたんだけど、追いつけなくて戻ってきちゃった……」
「菫さん、その女の人とは会えなかったの?」

 コナンの問いに菫は、うん、と首肯する。菫の顔をまじまじと見つめたあと、恐らく引き止められないようにするためだろう、コナンは喋りながらも駆け出していた。

「菫さん、ボクもお礼が言いたいからちょっと探してくるね? オメーらはそこで待ってろ!」

 そう言い残し、菫が戻って来た道なき道へとコナンは向かって行く。

「コナン君、一人で行っちゃったね」
「まぁ、コナン君なら心配ないじゃろォ……」
「そうですね。コナン君なら迷子にはならないでしょうね……ふぅ……」

 走っていくコナンを子供達や阿笠と見送り、一仕事を終えていた菫は大きく息をつく。取りあえずコナンから怪しまれる事はなかったように思えた。
 真純は子供達から何やら携帯で撮ったらしい動画を見せられている。それを横目で見ながら、何か穴はないだろうかと菫はつい先ほどまで交わしていた哀との会話を反芻する。そして、少し喋り過ぎたかもしれない……と菫は奥歯を噛み締め、胃のあたりを押さえた。



続きます。次回、微妙にシリアス。

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