Cendrillon | ナノ


▼ *02



「……なんで私が座ってるの?」

 菫は自分の買い物だというのに、店に設置されているスツールに腰掛けさせられ待機状態である。というのも訪れたセレクトショップで、菫にぴったりの靴を探してくる、と景光と秀一に靴の選択権をやんわりと取り上げられたからだ。だがさほど待つ事なく二人は一足の靴を持って戻ってきた。

「菫さん、これはどうです?」
「俺達二人のお勧めだ」

 秀一が景光の手にしている靴を指差す。菫はそれを見て両極端な反応を見せた。好意的な笑顔を浮かべたあと、あ……と気付いたように一瞬眉を下げている。

「これ……そうですね、とっても可愛いと思いますけど、ただ……ちょっとヒールが高い、かな?」

 それは本日の第一条件を満たした赤いパンプスであった。ラウンドトゥでかかとの部分には少し大きなリボンがあしらわれた女心をくすぐるデザインだ。しかし、菫が普段選ぶ事がないようなハイヒールでもある。菫の抵抗感を察知はしていたが、景光と秀一は何食わぬ顔でプレゼンを始める。

「女性の脚が一番美しく見えるのは7cmのヒール……って、よく言うだろ? 菫ちゃん」
「でも僕達はさらに1cmプラスして、8cmのヒールをお勧めします」
「8cm……! 私、パーティーとかで履くとしても7cmのヒールですよ? あの……景光さんに昴さん? 普段使い出来るのが良いなぁ……」

 7cmのヒールですら持て余しているから……と、困ったような菫の声にまず秀一が海外を例に挙げた。

「イギリスやアメリカでは9cm、10cmのヒールの女性が闊歩してますよ? まぁ、それは正直凶器にも近いのですが……。菫さんも7cmのヒールは履いた事があるんですよね? ここは一つ上の高さに挑戦してみましょう」
「でも私、ヒールが高いのは苦手です。足が痛くなっちゃうし……」

 未経験の高さに怖気づいている菫に、景光が秀一にハイヒールの片方を預けると、もう片方を菫に見せるようにして説明した。痛みの原因の部分を指し示す。

「菫ちゃん、足が痛くなるのは多分ヒールの位置が悪いんだよ。ハイヒールってつま先側に体重が掛かって、それが痛みの原因なんだろう?」
「足の重心がどこに掛かるかが重要なんです。かかとから垂直にヒールがつけられている物だと足が痛みにくいですよ?」
「これのヒールの位置は俺達で確認したから大丈夫。それにインソールにクッションが入ってるから前底が厚めだぞ。きっと今までのより楽に歩けると思うな」
「ほんとう?」

 疑わしげな菫に、本当だって……と景光は言いながら実際にインソール部分を触らせてみる。菫も触れてみてだいぶクッションが効いてる事に納得したような表情を浮かべると、景光は再度菫からそのヒールを受け取り床に膝をついた。

「菫ちゃん、ちょっと履いてみてよ」
「それではこちらは私が……足をどうぞ? 菫さん?」
「え!?」

 景光と秀一に床に跪かれ、菫はギョッとしたように慄いた。しかもやや離れた所からキャーという店員の声が聞こえてきて余計に慌てる。
 落ち着いた雰囲気の店内のそれに見合う店員がそのような反応を見せるという事は、自分達――というより景光と秀一が注目されていた事に他ならない。男性二人を侍らせてるも同然のこの状況を観察されていると思うとかなり居た堪れず、菫の返答は一つしかなかった

「履きます! 履きますから、二人とも立ってください〜!」


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 何だかんだと丸め込まれ結局菫は景光と秀一にそれぞれ靴を履かされてしまう。それだけで疲労困憊だが、二人に用意された靴に足を入れた菫は秀一に手を引かれ立ち上がると恐々と床を踏みしめた。サイズは当然の事ながらぴったりである。そして試しに何往復か歩いてみるが、ヒールの高さのわりに想像したような痛みが襲ってこなかった。

「あれ……痛くない。それに意外と歩きやすい?」

 普段ハイヒールを履く度に感じる、足の裏の一点に掛かる圧力が分散しているようだと菫は思う。

「それが足に合っている靴だという事ですね」
「なんだか背筋が伸びるような? 足に合うだけで、こんなに違うものなんですねぇ……」
「菫ちゃん、鏡を見てみなよ。良く似合ってる」

 景光に促されスツール横に置かれた鏡を見て、菫は少し嬉しそうな声をあげた。心なしか足がほっそりとして見えたのだ。

「あ、手持ちのヒールより、ふくらはぎのラインが綺麗に見える、かな?」
「菫さんがお持ちの物よりヒールが高いみたいですからね。よりつま先立ちに近い状態になるので、筋肉が盛り上がり、足首が引き締まるんですよ。……確かに綺麗です」
「今日は菫ちゃん、ひざ丈のスカートだからヒールが映えるな。すごくいいと思うぞ」

 黒のプリーツスカートにストッキング越しの白い足、そして真っ赤なハイヒールのコントラストが美しかった。男性二人の称賛に照れながらも満更ではない菫は、これなら買ってもいいかなと乗り気になってくる。元々ヒールの高さを除けば菫好みのデザインなのだ。この時点で菫はほぼ購入を決めていたのだが、話はここで終わらなかった。

「――さて、それでは他にも足の痛まないヒールをピックアップしますね?」
「他にも菫ちゃんに似合いそうなのがあったんだよなー」
「え? あの、私これ、買おうかなって……」

 もう目的は果たしたと足元のパンプスを目を落としながら菫は景光と秀一を引き止めるが、二人は揃って首を振る。

「気に入ってもらえたのは嬉しいけど、一足目で決めちゃうのは時期尚早ってやつだよ、菫ちゃん」
「ええ。比較検討は大事です。他の靴を見てからでも遅くありませんよ?」
「でも、本当にこれでいいと思ってるよ? もう、いいよ?」
「いいじゃないか。物は試しだよ? せっかく店に来てるんだからさ」
「そうですよ。色々試してみましょう」
「う、うぅん?」

 当の本人が疑問符を浮かべる中、景光と秀一は菫は再びスツールに座らせると店内へと散っていった。



 * * *



「あの、私のお買い物なのに、買ってもらっちゃってごめんね? しかも二足も……」

 あくまで買い物の主体は自分で、景光と秀一は付き添いだったのだが、いざ菫が商品を買おうとした時には会計が済んでいた不思議である。さらにショップの紙袋を一足目は景光、二足目は秀一にそれぞれ持ち運ばれていた。

「両方とも俺達が選んだようなものだから気にしないでよ」
「しかも二足目に関しては私達が押し付けたも同然ですから」

 あの後、菫は何足かの靴をあれよあれよと試し履きさせられたが、最終的に購入に至ったのは最初のかかとリボンのパンプスとTストラップのパンプスだ。ただTストラップの方は赤い靴を求めていたにもかかわらず黒いものだ。だが、その靴底だけは赤い。いわゆるレッドソールで少し捻りがある。しかしこの二足目のパンプスが菫にとっては扱いに少し困るものであった。

「Tストラップのパンプス、すごく大人っぽくてカッコイイなって思うんだけど、9cmのヒール……!」

 秀一も凶器と評した筈の9cmのヒールのパンプスが何故か二人から猛プッシュされ、菫は戸惑う。
 試着済みのため足に合わないという事はないのだが、単純にヒールの高さに気後れした菫には使用機会に恵まれないのではないかという懸念があった。

「ストラップがあるから足首が固定されるだろ? そんな怖がるようなものじゃないよ菫ちゃん。それにストラップのおかげか、すごく華奢に見えて綺麗だったぞ」
「景光さんの言う通りです。とてもお似合いでしたよ? ぜひ普段から沢山履いてほしいですね」

 景光と秀一に交互に褒められるのは嬉しかったが、菫はやはり少し思案顔だ。一足目のパンプスは辛うじて許容範囲であったが、二足目の方はどうにも自分が使用しているところを菫は想像できなかった。

「でもあんな高いヒール、履き慣れてないから実際に外で履いたら転けちゃいそう。そもそも一足目のパンプスだって、私が普段履くものよりヒールが高いし……」

 菫としては本来、かかとがフラットな靴を購入するつもりだったのだ。今更になってハイヒールという選択自体にも疑問が芽生えてきたようだ。しかしそうは言っても折角の贈り物である。履かないというのは贈ってくれた相手に失礼だろう、使わないのは申し訳ない……と菫は思う。困り顔の菫に景光が慰めるようにポンポンと肩をたたく。

「試し履きの時も普通に歩けてたのに、菫ちゃんは心配性だなぁ」
「ですが、菫さんの不安も最もです。慣れるまでは介添えがいる時に履かれた方が良いかもしれないですね」
「それなら介添えには俺と沖矢が立候補するからさ」
「ええ。責任をもってお付き合いしますよ?」
「え? そんな……」
「プレゼントしたのは俺達なんだし気軽に呼んでよ」
「ですから菫さんも安心してそれを履いてくださいね?」

 まるで打ち合わせでもしたかのように、息もつかせぬテンポで立て板に水のごとく菫にそう言った二人だったが、その実まさに打ち合わせ済みの発言であった。


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 座らせた菫をショップの店員に任せ、景光と秀一は菫のお眼鏡に適いそうな二足目の赤い靴を探し店内を物色していた。

「これはどうですか、景光さん?」

 秀一が手にしていたのはTストラップのパンプスだ。こちらはポインテッドトゥで色は黒。底だけが赤い。赤い靴という前提から少々外れるが、二足とも赤で揃えるより使い勝手はいいかもしれない……とは思う。しかしそれを見て景光は少し唸る。ヒールに当てた指でその高さを大体測れたのだ。

「う〜ん……9cmヒールはさすがに動きづらくないか?」
「何事も慣れだと思いますけどね?」

 菫が歩きやすい靴という条件を元に選ばれてはいるが、そのヒールは最初に菫に見せた物よりさらに1cm高くなっている。今回まず景光と秀一が選ぶ靴に関しては、菫をポアロで怒らせた詫びも兼ねて自分達でプレゼントするか、と内々で確定していた。しかしそのせいか、選ばれる靴には多大に二人の趣味嗜好が反映されている。

「だが今更だけど、オシャレの一種とはいえ女の子って大変だな」

 景光は秀一の選んだヒールに手を伸ばし自分でも触って確認しながらも、感心したような声を漏らす。もちろん秀一に対してではなく、このような靴を履く女性に対してだ。秀一もまた色々な商品が寄り集められたショップ内を見渡し同意した。

「選択肢が多いですよね。この女性の服飾品の多さを目の当たりにすると、つくづく男は楽だと思います」
「なあ沖矢、このパンプスは良いと思うけど、8cmでも引き気味だった菫ちゃんが履いてくれるか?」
「これに限らず、ヒールを履く時は私達がそばにいてフォローすればいいだけの話です」
「ん?」

 首を傾げた景光に秀一は、自分達が付き添えばいいのだとあっさりしたものだ。

「隣に立つ人間が腕を貸すだけですよ。ハイヒールの時は私達にお呼びがかかるように、今回で刷り込ませてしまいましょう」
「刷り込みって……」
「おや? 覚束ない足取りの女性に腕を組まれたら嬉しいじゃないですか? 頼りにして身を預ける菫さんの様子はきっと可愛らしいと思いますけど」
「頼らないといけない状況を自分で作り上げるあたりが沖矢、結構歪んでんな……と言いつつも採用。確かに菫ちゃんのそれは見てみたい」

秀一を非難したその口であっさり景光が同意する。だが、幼馴染の思考を読んだのか、景光にはすぐに一つの未来を予想できた。

「ただ怖がってあまり履いてくれなさそう――と思ったが、それはそれでありか」
「ホォー? どうしてですか?」

 何となく景光の腹の内は読めつつも秀一は一応尋ねると、景光は菫の性格ならば極力贈られた靴を履いて出かけようとするだろうと断言する。そしてこれらのヒールの靴を履くとならば、近場での外出、もしくは外出自体を躊躇するようになるかもしれないと言った。

「高いヒールだと遠出ができない、ついでに活発な行動を制限できる」
「……その心は?」
「最近物騒だし、俺達の関わる事件もどんどん核心に迫ってるし、菫ちゃんを家に閉じ込めておきたい」

 外に出したくないと景光は、真顔で何に憚るでもなく言ってのける。

「監禁願望ですよね。つまり景光さん、あなたも充分歪んでます」
「うるせ。安全な所にいてほしいと思ってどこが悪いんだよ。外は危ないだろ」
「悪いとは言いませんが、それなら付き添って外出する方がまだ健全ではないですかね」
「自分の意思だと錯覚させて誘導する事の、どこが健全だ」

 五十歩百歩の者同士で互いに相手を責めつつも、9cmのヒールも密やかに会計が済まされるのであった。
 菫がいないところでこのような会話がなされていたのは、当然の事ながら菫は知らない。



 * * *



 翌日、赤い靴を勧めた張本人のいるポアロへと菫は早速訪れていた。ドアベルを鳴らして入店してきたのが菫だと気付いた梓も、昨日の今日という事もあって菫の足元に注目すると即座に歓声をあげる。

「あ! 菫さん! それ、昨日言っていた赤いパンプスですね? 可愛いです! 似合ってますよ〜」
「梓さん、ほんとですか? 嬉しいです!」

 最初はその赤い色に少し恥ずかしそうにしながら街を歩いていた菫だったが、しばらくすれば苦手意識を抱いていたヒールを履いている事など忘れたかのように、その足に赤い靴は馴染んでいた。痛みなどの煩わしさのない靴を選ぶという点では、景光も秀一もその選択眼は確かだったようである。

「素敵な靴を選んでくれてありがとうございます。景光さん、昴さん」

 梓からのお墨付きも得て、菫は後ろを振り返ると何の疑いもなく、本日の同行者でもある二人に礼を述べる。

「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
「菫さんのお役に立てて幸いです」

 そこにはしっかりエスコートの任を確保し、ある意味重石のような、足枷のような靴を履いて喜ぶ菫を見て、満足げに妖しげな笑みを浮かべる男達がいるのだった。



後日この話を知った降谷さんからは赤くない9cmヒールのパンプスをプレゼントされてそう。降谷さんも仕舞っておきたい派。でも保守的な感じもするのでローヒールかも?

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