Cendrillon | ナノ


▼ *赤い靴 *01
異人さんとも童話とも関係ないです。でも見ようによっては怖い話かも?


 ゆったりとした時間の流れる、ある午後の喫茶店ポアロ。そこでは三人の客がコーヒーを楽しんでいた。だが、そのうちの一人が切り出した。

「菫さん、先ほどから心あらず……ですね」
「確かに。どうしたんだ菫ちゃん?」
「え? そうでした?」
「ええ。何回か溜息もされてましたよ?」
「悩み事か?」

 菫は首を傾げる。片側には沖矢に扮する秀一が、もう片側には潜伏中の幼馴染の景光が陣取っており、菫を不思議そうに見つめていた。菫は両隣の男性をそれぞれ見やり、問われた質問とはつい異なる事を考えてしまう。

(あぁ、零くんもいればなぁ……)

 久しぶりに三人が揃っているところが見たい……と、菫は微妙に残念な気持ちだった。しかし、三人が揃う可能性は限りなく低い。何故なら秀一は一方的にだが零にポアロへの出入り禁止を言い渡されているからだ。

(でも秀一さん、零くんの出禁、守ってないけど)

 拘束力のない零の言い分を秀一が律儀に守るかというと、やはりそうでもない。零が出勤する日には店に顔を出さないだけで、不在の日にはそれなりに出没している。哀の監視も学校帰りの午後が主体になるため、早い時間帯は秀一も比較的身体が空くようなのだ。

 本日も零の留守を見計らってコーヒーを飲みに秀一は訪れており、今回は偶然にも景光があとから入店してきたためカウンター席で横並びに相席していた。

「……ちゃん、菫ちゃん? 聞いてるか?」
「あ、ごめんなさい。えっと、悩み事ってほどじゃないんですけど、気になってる事があって……」

 ぼんやりしていたところを景光に引き戻され、菫は思わずポロっとそれを口にしてしまう。

「何か厄介事ですか?」
「相談に乗るぞ?」

 だが菫の発言に秀一も景光も心配そうな表情を浮かべる。菫はそれを見て大慌てで首を振った。そこまで深刻な話ではないのだ。

「あ! 違います! そんな大げさな話じゃなくて……あの、買おうかどうか迷ってる物があって、どうしようかなって、それで……」

 ちっぽけな悩み過ぎて、菫は途中から声がどんどん小さくなってしまう。

「本当に大した事のない話で、すみません……」

 大仕事を抱えている秀一と景光に打ち明けるには居た堪れない内容であった。しかし、二人は優しげに笑う。

「いいえ。大きな問題ではなくて良かったです」
「そうそう。そういうの聞くとなんかホッとするな。でも、買おうか迷うって何か高い物なのか?」
「それが、私も何が欲しいのか、よく分からないんです……」
「「はい?」」

 男性二人のキョトンとした表情に、菫はさらに恥ずかし気に俯くのだった。


 ・
 ・
 ・


「……つまり、先日街ですれ違った女性の纏っていた赤いコートがあまりにも似合っていて、自分も赤いコートを着てみたくなったんですね?」

 菫は実に一週間も前から悩んでいる事を躊躇いながらも秀一と景光に打ち明けた。
 話は単純で、外出先で見かけた赤いコートの女性に菫は目を奪われてしまったのだ。その鮮やかな色を着こなしモデルのように颯爽と歩く女性が菫にはとても自信に溢れているように見えた。
 自分にはない物を持つ者に対する憧れのような感情を抱くのはとても簡単で、真似をしたいと思うのもごく自然な事だった。それからというもの赤いコートが菫の頭から離れない。

「でも実際に赤いコートを着るのはハードルが高くて、何か赤い服飾品を買うか迷ってる――という事か」
「はいぃ……すみません……」

 つい菫は肩をすぼめて縮こまった。すると景光が宥めるように背を撫でてくる。

「おっと、別に悪いって言ってる訳じゃないぞ? 菫ちゃん、いつもモノトーンでまとめてるから、ファッションにはカラフルな色はあまり取り入れないタイプかなって思ってたんだよ」
「確かに菫さんは落ち着いた色のシックな装いが多いですね。赤い服なんて着た事もないでしょう?」

 しっかり自分の傾向が把握されている事にも羞恥を覚えつつも、菫はこの際だと二人に全て話してしまう。

「そうなんです。赤い服は一度も着た事がなくて、勢いで赤いコートなんて買っても着れないような気がして……。だからいきなり赤い服じゃなくて、何か小物から赤い色を取り入れようか迷ってたんですけど――」
「その小物も何を選べば良いのか思い付かない、と……」
「はい……」

 秀一の確認に菫は肩を落とす。すると景光がコートでもいいのではないかと、色の提案をしてきた。

「赤が菫ちゃんに似合わないとは思わないけどな? 赤って言っても暗めの色とかもあるだろ? ワインレッドとか。普通の赤が派手だなって思うなら、そういう大人しめの色のコートはどうだ?」
「そうですね……茶色がかった赤のカーディナルや黄みがかった赤のスカーレット。少し彩度が高いですが、クリムゾンだって菫さんには似合いそうですよ?」
「そうですか? でもやっぱり、赤いコートは気後れしちゃいます……」

 二人の代わる代わるの提案に菫が躊躇していると、景光が少しからかうように問いかけてきた。

「でも、菫ちゃんも結構ミーハーだったんだなぁ? 人が着てる服を着てみたいだなんて、ちょっと意外だ」
「うぅ……お恥ずかしい」

 思えば現在グレーの服を纏う事が多いのも零の影響である。自分の行動原理がかなり単純だと再認識し、菫は頬を赤らめた。

「あら、景光さん。ミーハーなんて、菫さんはとっても一途ですよ? 今日だってライトグレーのコートですもんね!」
「おや? 梓さん、どういう意味ですか? 一途とは?」

 洗い物をしていた梓だったが、それも終えたのか三人の会話に参加してきた。秀一が梓の言葉に首を傾げると、梓は楽しそうに説明を始める。

「ふふ、沖矢さん、菫さんは可愛いんですよ! 昔からある人を真似て、菫さんは今でもグレーの色の服を着てるんですもんね〜?」
「あ、梓さん! シー! それ秘密ですよ〜!」
「あ、そうでしたね! 女子だけの秘密でした!」

 それ以上話題が広がらぬよう菫が人差し指を口元に当て梓の発言を食い止めたが、景光はそれに関して既に情報があるようだった。

「それ……そういや安室から聞いた事があるな」
「景光さん、ご存じなんですか?」
「あぁ、どうも菫ちゃんには憧れの君がいるようなんだよ」
「ホォー……」

 微かに緑色の瞳を覗かせながら秀一に興味深げな視線を向けられ、菫はビクッと身体を揺らす。話題になった時点で何となく嫌な予感はしていたが、ダメ押しとばかりに幼馴染もそれに触れてきた。

「グレーのスーツが似合う人物らしいぞ。な、菫ちゃん? ……で、相手は誰なんだ?」
「僕も気になりますね」
「!! その話はやめてっ! 掘り下げないで〜……」

 にっこりと微笑む公安とFBIに挟まれた菫は、このままでは唄わされる! と青褪める。そして追及を逃れようと菫は耳を塞いで聞かざるに徹した。



 * * *



 菫が追い込まれる事態になるかと思われた状況は意外な方向に進む。

「ごめんって、菫ちゃん。もう聞かないからさ……」
「今回は諦めますので、機嫌を直してください」
「やです!」

 景光と秀一の質問責めにイヤイヤと首を振っていた菫だったが、しつこい詮索に業を煮やしぶんむくれていた。こうなってくると菫の方が強い。
 ぷりぷりと機嫌の悪そうな菫の様子に、引き際を間違えた……と景光と秀一も追及はとりあえず断念したらしい。二人がかりであの手この手で菫を宥めすかしていると、梓が苦笑しながら助け舟を出す。菫の一番最初の悩みであった、赤い服飾品についての助言だった。

「そうだ、菫さん。赤い小物を探しているなら、パンプスなんてどうです?」
「赤い、パンプス?」

 両隣の男性を知らんぷりで首を傾げた菫が呟くと、梓は満面の笑みでそれを推す。

「はい! 足元に赤があると華やぎますよ? お二人が言うように菫さんってモノトーンが多いですし、差し色にちょうど良いんじゃないですか? 実は私も赤いパンプスを持ってますけど、意外と何にでも合うんですよ〜。あ、もう赤いパンプスは持ってらっしゃいます?」
「持ってないです」

 梓の問いに菫は考えるまでもなく首をプルプルと振った。

「ならおすすめですね! 一足あるとコーディネートの幅が広がりますよ! 素材もエナメルとかスエード、形もヒールがあるのやバレエシューズみたいにフラットなものと色々選択肢が多いし、どれか一つくらいは気に入る物があるんじゃないかなって思うんですけど……どうです?」

 窺うような梓に菫はキラキラとした視線を送る。景光と秀一からはコート自体を勧められていたが、さすがの梓は同性という事もあってか菫の意図を汲み取り、赤い小物を具体的に提案してくれた。

「梓さん、ありがとう! すごく参考になります! そうですね、足元ならコートほど目立たないですし、私でも取り入れやすいです! 今日探してみます。赤いパンプス!」
「買ったら見せてくださいね〜」
「はい!」

 高揚した様子でそのような宣言をしている菫の背中越しに、景光と秀一がコソコソと言葉を交わし合う。

「おい、沖矢。梓さんに良いところを持ってかれたぞ」
「ええ。僕達のアドバイスは的外れだったようです」
「しかも俺達は菫ちゃんを怒らせたままだから、株が下がってるよな?」
「残念ながらその通りでしょう。少し挽回しないといけませんね」
「――それじゃあ、コーヒーも飲み終わりましたし、私、靴屋さん巡りをしてみますね」

 早速菫は赤い靴を探しにポアロをあとにするようだ。会計のために席を立った菫とほぼ同時に、景光と秀一も立ち上がる。

「菫ちゃん、俺達もついて行っていいか?」
「靴選びのお手伝いをさせてください」
「はい?」

 唐突な二人の同行発言に、菫は思わず首を傾げるのだった。




2020年は(サンデー1月1日号によれば)「赤い」年ですよ! あと赤井さんのお話が少ないなーという事で、友情出演ヒロさんと二人で次回貢ぐお話。

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