Cendrillon | ナノ


▼ *07


「菫さん! 服が!?」
「え? 服? ……きゃ、きゃあー!!」

 顔を赤らめた風見の言葉に菫は自分の格好を見下ろす。そしてその惨状に菫は悲鳴を上げた。
 本日の菫の装いは黒のスキニーパンツとヴィオレお手製、グレーの襟ぐりのゆったりしたニットである。既製品と見まごうばかりの完成度なのだが、今はそのニットの後ろ身ごろの裾部分が猛烈な勢いでスルスルとほつれていた。ヒヤリと冷たい空気に背中が晒されていっている。
 そしてほつれた一本の毛糸の先は宙へと繋がっており、その糸を辿っていくと菫を風見に託して消えたと思われたキッドが、何故か再びこちらに向かってきているのが見えた。

「菫さーん! わりー、セーターの毛糸、ベルトの金具に引っかかってたみたいだー」

 菫の元に戻ってきたはいいが、高度がある所から話しかけてくるためか少し間延びした声だった。

「そんなの一目瞭然だよ!! キッドのカバッ!! しかもこれ、ヴィオレさんからのプレゼントなのに―!」

 胸の前で両腕を交差しニットの前身ごろを押さえつけるようにしながら、菫は顔を真っ赤にして叫ぶ。だが辛うじて残っているのはその程度で、この時点でニットの大部分はその体を成さぬほどに消失し、上着の役目を果たしていなかった。

「何でさっきからカバなの。いや、言いたい事は分かるけどー。取りあえず今はこれだけ返しとくわー」
「わわっ!!」

 菫と風見のいる場所の上空を旋回したキッドから、ポンッと放られたのは綺麗に丸められた毛糸玉だった。それを風見が慌ててキャッチする。

「これだけ返されて、どうしろって言うの〜!」
「菫さんに似合いそうな服一式、後日贈るからさ! 許してくれよ! 今は勘弁! でも菫さん、俺の予告状の裸婦みたいだぜー? 身をもって体現してくれてる感じー?」

 キッドは夜空のオリオン座を指差したあと、あられもなく肌を晒している菫も指差す。どこか冗談めかしてキッドが言う事に菫は噛みついた。

「裸婦じゃないし! まだ服着てるし! 痴女でもないんだからね!」
「そうそう! 今時キャミ着てるならセーフだって!」
「反省してない! もぉ〜キッドなんてどこか行っちゃってください!!」

 菫もニットの下にキャミソールを身に付けてはいたが、菫の感覚で言えば下着と同等だ。もはや羞恥も極まって菫は涙声だった。前かがみになり、なるべく人目に触れないようにするしかない。しかし現役高校生のキッドからすればキャミソールは必ずしもインナーという認識ではないのだろう。女性の服を剥いでしまったという焦りがあまり見受けられなかった。
 子供の癇癪のような菫の声にキッドは苦笑しながら謝りつつ、風見にも声を掛けた。

「ほんとにごめんって! そこのお兄さん、ジャケットか何か、菫さんに貸してやって〜」

 キッドはそう言い残し、方向転換すると今度こそ本当にその場を去って行く。それに遅れて公園上空のヘリがキッドのあとを追っていくのも菫達は見送った。

「……はっ! 菫さん、とりあえず! 今は自分の服で悪いのですが、これを着てください」

 風見は菫とキッドのやり取りを呆気に取られながら見ていたが、去り際のキッドのその言葉にハッとすると着ていた上着を脱ぎ、菫の肩に掛けてやる。

「うぅ……風見さん、ありがとうございます。すみません……」

 羞恥に震えながら菫はその大きすぎるジャケットを羽織るようにして身体を隠していると、いきなり、ドンッ! という爆発音がどこからか聞こえてきた。

「え?! 今度は何ですか?」
「菫さん、あれでは?」

 辺りを見回す菫に、風見が腕を伸ばしてキッドが飛んで行った方を指差した。
 菫が上を見上げ遠くの空に見つけたのはキッドを追いかけ飛んで行った筈のヘリコプターだった。バランスを微妙に崩しながら、プロペラから灰色の煙を上げている。徐々に高度も下がっているようだ。

「? 機体の整備不良でしょうか? あの様子では飛行不可能でしょうから、どこかに不時着すると思います」
「あ、それじゃ、あのヘリの人達、捕まえられますか?」
「地面に降り立ったところで確保できるかもしれません。すみません、菫さん。他の者達に指示してきますので、少しお待ち頂けますか?」
「も、もちろんです! お仕事を優先してください!」
「ありがとうございます! すぐ戻りますので!」

 頭を下げて小走りで離れていく風見を見つめながら、菫はぽつりと呟いた。

「こんな状況でヘリに故障が出るって偶然? もしかして灰羽さん、何かした? でも飛んでるヘリに細工は出来ないよね? んん〜?」

 疑問は残るものの、不敵な笑みを浮かべていた灰羽を思い出し、菫はあり得る……と独り言ちた。



 * * *



 屋上から博物館裏手まで発信機の情報を頼りに遅れて駆け付けた零と景光は、菫の格好を見て目を剥いた。

「菫ちゃん! 無事か!? ……え?! その格好どうしたの?!」
「ヒロくん……ヴィオレさんからのプレゼント、毛糸玉になっちゃった……」
「いやいや……毛糸玉じゃなくて、風見の服を着てるのは何でなの、菫ちゃん……」

 菫はサイズが合っていない上着の袖口から何とか出している手で、落ち込んだように灰色の毛糸玉を抱えていた。男物のスーツを着る幼馴染を見て零は、それを貸し与えた張本人に問い質す。

「風見、何があったか説明しろ」
「は、はい! 降谷さん! 実は……」

 他の公安のメンバーにヘリコプターの乗組員を拘束するように指示したあと菫の元に戻って来た風見は、上司のいつも以上に冷徹な視線に射られ、事の次第を説明させられる。
 そして部下からの報告内容に幼馴染二人が真顔で物騒な事を言った。

「――つまりキッドのせいか。これはきっちりお礼をしないとな……」
「菫ちゃん。この仕返しは俺達がきっとするからな」

 本人に代わって雪辱を誓っている二人をよそに、菫は喉元を過ぎてすっかり熱さを忘れたのかぷるぷると首を横に振った。

「え? いえ、そこまでは……。それに後日お詫びはするからって言われたので……。ね、風見さん、キッドはそう言ってましたよね?」
「はい! 菫さんに似合いそうな服を一式、後日贈ると言っていました!」
「えー、菫ちゃん。こんな状態にされたのに、それで許しちゃうつもりなの?」
「菫、碌に知りもしない男からの服を受け取るのか?」

 景光と零からまるで非難するかのような目で見られ、菫はたじたじとなる。

「え? だって、それで話が収まるならそれでもいいかなあーって……ごめんなさい。服はお断りします」

 なあなあにしようとしていた菫は幼馴染たちの物言いたげな視線に屈した。掘り下げると面倒そうな予感がしたので菫は話を変える。何より気になっていた事もある。

「あの……そういえば、灰羽さんは?」

 屋上では一緒だった零たちと共にいた灰羽がこの場にはいない。

「彼なら不時着すると思われるヘリの方へと喜々として向かっていきましたね」
「俺は見た。ヘリから爆発音がした時、灰羽さんが笑っていたのを」
「あの人もやっぱりヴィオレさんの関係者だと、つくづく実感しますね」
「まぁ、念願のお礼参りらしいし。邪魔はしないさ。それより菫ちゃん。今着ている風見の服、悪いけど俺のと交換だ」

 景光が着ていたジップパーカーを脱ぎながら言う事に菫は不思議そうに問い返した。

「え? どうして?」
「風見は本来、この場にいない事になっている。これから博物館に僕達は戻るだろ? 菫の格好は、まぁ必ず指摘される筈だ」
「その時に風見の上着じゃ絶対にコナン君辺りに、それは誰の服だって言われるぞ。あの子、目聡いからな」

 零と景光が交互に説明され、菫も納得してしまった。

「そ、そうだよね。コナン君なら絶対に言いそう!」
「僕の服を貸しても良かったんだが……」

 その言葉に菫は零の格好を凝視する。見た限りではタートルネックのニットを一枚しか着ていない。

「え……零くんの今日の格好、普通の服だから、それを脱がせるのはちょっと……。羽織物なら気軽に借りられたんだけど……あの、それじゃヒロくん、服、貸してね?」
「ああ、はい」

 ジャケットやパーカーならば楽に着脱できるが、零の普通に着込んでいる服をわざわざ脱がせるのはかなり躊躇する。菫はおずおずと景光から既に脱いであったパーカーを受け取り、木陰に移動し服を取り換えた。


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「風見さん。上着、本当に助かりました。ありがとうございます。あと、ごめんなさい。多分私を受け止めてくださった時に、背中の部分汚れちゃったと思うんです。クリーニングしてから返したかったんですけど……」

 景光のぶかぶかのパーカーに着替え終わった菫は、風見の服の背中部分にスレ傷や汚れを見つける。自分が原因である事は明らかだった。しかし服を預かろうにも、今の状況ではポケットにも隠せず、また持ち歩くとなるとそれこそ着替えまでしたのに、その見覚えのない服は誰のだと聞かれ本末転倒だ。菫は申し訳なさそうに頭を下げる。
 しかし、それに答えたのは彼の上司である、零だ。

「この程度、僕達の仕事じゃ日常茶飯事だ。問題ないだろ? 風見」
「は、はい! 降谷さん!」

 零は菫からジャケットを取り上げ、それを乱暴にはたいて汚れを落とすと風見にグイッと押し付ける。また新たな指示を出した。先程零のスマホにヘリの人間を全員確保したという連絡があったのだ。

「ここは僕達がいるからもういい。拘束したヘリの搭乗者について調べてくれ。今までにも後ろ暗い事をしていた連中らしい。この機会に表に引っ張り出せ」
「風見。菫ちゃんにジャケットありがとな。あ、ついでに悪いけどこのライフル回収してくれよ。俺、今から博物館に戻らなきゃいけないし」
「はい、降谷さん、諸伏さん……」
「か、風見さん、すみません! お手数おかけします!」

 風見に対して零や景光があっさりと、そして次々に仕事を割り当てる所を目の当たりにし、菫が慌てて幼馴染に代わり謝罪した。
 景光からライフルを受け取った風見は苦笑して菫に首を振ると、機敏にその場を去って行った。それを見送った菫が二人に向き直り、やや怒ったような声を出す。

「もう! 零くんもヒロくんも人使いが荒いというか、風見さんに仕事を振り過ぎだと思うよ?」
「この位で音を上げるようでは公安は務まらないよ、菫」
「大丈夫、大丈夫。あいつもワーカーホリックだし!」
「あいつも……って、それって二人の上司が原因なんじゃ……」

 幼馴染たちを働きぶりは称賛に価すると菫は思うが、それはこの二人だからまかり通るのであって、恐らく普通の人間では二人を基準にしてしまうとオーバーワークである。
 そもそも零と景光のこなす仕事量に対しても、一言物申したい気持ちが菫にはあった。だが身を粉にして働く二人の邪魔はしたくない。また口に出したところでこの二人が仕事をセーブする筈がない。
 言いたくても言えないモヤモヤを菫がムーと持て余していると、それに気付いた零と景光は苦笑する。互いに肩をすくめると菫を宥めながら博物館への帰還を促した。

 そして博物館に戻った菫達は蘭や園子に無事を喜ばれるのだが、ここでひと悶着があった。
 宝石は奪われ、しかも菫までもが一時キッドの魔の手に落ちたと次郎吉がひどく落ち込んでしまったのである。そのフォローに菫は園子と共に右往左往するのだった。



 * * *



 菫は手の上の紫色の宝石を見つめて、はふっ……とため息をつく。宝石の一週間の展示もなんとか終わり、エルピスは持ち主の下に無事戻ってきていた。様々な人の手に渡ったエルピスも、今は菫の手の中でキラキラと輝いている。

「色々あって疲れた一週間だった……」

 キッドとの密約もあり、エルピスはなんと持ち去られたその日の朝には博物館に返却されている。そのまま宝石の展示も滞りなく行われ、表面上は何も問題はなかった。しかし、これで解決と思われたが次郎吉が菫に多大な迷惑を掛けたと責任を感じていたようで、そちらの対応にむしろ菫は手間取る事になる。

「契約不履行で違約金を払う! って言われた時は、本当にどうしようかと思った……」

 手元にエルピスがあるにもかかわらず違約金を提示され、菫も顔を引き攣らせた。盗まれたのは事実だと頑なに言い張られたのだ。また、その次郎吉が用意する違約金が端金である筈がないのである。
 再び園子を巻き込んで、受け取る受け取らないの話し合いが行われ、結果的には鈴木財閥で今後催すイベントの優先的参加権で菫は手を打つ……というよりお茶を濁している。

「あとは……例の組織が明るみになったのはすごいよね。まさか組織のトップまで捕まるとは思わなかった」

 そして、盗一が命を脅かされ身を隠す原因となった組織は、今回の件が致命的になったのか黒幕やら幹部やらが軒並み逮捕され、過去の関連する事件などについて真相解明が進んでいた。

「一部の幹部が逃げ回ってるみたいだけど、いずれ捕まるだろうって零くんもヒロくんも言ってたから、もう大丈夫だよね?」

 だいぶ大きな権力を持つ人間達が組織には含まれていたようで、一時はニュースやワイドショーはその話題で持ちきりだった。だが、その組織の目的――パンドラと呼ばれる宝石についての情報などは一切聞こえてこない。

「不老不死なんて、まぁ公には出来ないよね。警察の人も信じてくれてるのかなぁ?」

 はたして警察内でパンドラに関する情報も扱われているのかは不明だが、菫にはさほど関わりのない事である。
 そしてこれで元通りの生活が送れると、短いながらも慌ただしかった日々が終わった事に安堵していた菫の下に、ある人物が血相を変えて訪れた。


「菫さん! 助けて!! 黒猫とカラスが現れては、俺に魚を押し付けてくるんだ!」


 学校帰りなのかという学ラン姿の快斗が、菫の自宅に駆け込んできた。


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「え……黒羽君だ。……ん? 魚?」

 なぜ魚? と疑問顔の菫をよそに、自分を一目見て名前を言い当てる菫に快斗は半眼になる。

「やっぱり俺の事すぐに分かるし……。菫さんも、菫さんのバックにいるのも、いったい何なの……ってそんな事より! 魚! 俺、魚大嫌いなんだけど!!」
「あ……ヴィオレさん達に、黒羽君について――嫌いな物とか分かるかって聞かれたけど、こういう事だったのね……」

 つい先日、菫に起こった事を聞きつけて連絡を取って来たヴィオレとノアの質問の意味が分かり、菫は困ったように眉を下げる。もしかしなくても両親が何かをしているようだ。

「何で俺の嫌いな物知ってんのー?! いや、この際それはどうでもいい! なんとかしてよ菫さん!? あの予告日の翌日からずっと魚責めなんだよ?! しかも菫さんの親が原因だって言うじゃないか!」
「う〜ん……ヴィオレさんとノアさんがやる事って、必ず意味がある筈だから、それに私が口を出すのは……」

 二人に頼りきりでその恩恵を享受している菫としては、その行動に口出しするのはかなり憚れた。

「意味なんて、ただの嫌がらせでしょ?! 菫さんが口添えしてくれないといつまで続くか分からないって、親父が言うんだよ〜! 助けてってば!」
「あ! そうだ。黒羽君、灰羽さん――黒羽さんと会ったんだよね?」
「え? まあ、ね……。あ、菫さん、俺の事は快斗でいいよ? 黒羽だと親父と被ってややこしいし」
「そう? それじゃ遠慮なく……快斗君、黒羽さんとは、その……大丈夫?」

 名前を呼んでいいという許可が出たため、菫は早速その名を口にしながら恐る恐る尋ねる。快斗の口から父親の盗一の話題が出た事はちょうど良かった。密かに気になっていたのである。

「黒羽さんは息子とは和解しましたよ、って言うだけでイギリスに早々に戻っちゃったから詳しく話は聞けなかったの。エルピスは黒羽さん経由で戻ってきたし、一応快斗君とは話は出来たんだろうなって思ってたけど、あの……ちゃんと仲直り出来た?」

 持ち主である菫の同意の下にキッドがエルピスを持ち去ったあの夜、菫は博物館に戻った足で盗一に昔の付き人のプールバーに行くようにと、今まで騙されていた事を盾に厳命していた。盗一は苦笑してそれに頷いていたが、その後の話はさほど共有されていない。

「あぁ、一応ね。まぁ……多少しこりはあるけど、親父の事情は分かったよ。……って、菫さん話を変えないで?! 俺がここに来たのは魚まみれのこの状況を何とか止めてほしいからなんだってば!」
「でも、黒羽さんと快斗君の間でギクシャクしたら、申し訳ないなって……」
「そっちはもう本当に大丈夫だから! そもそもこの魚責めの原因は菫さんの親だっていうのも、親父から聞いたんだって!」
「本当に? 快斗君、もう黒羽さんの事、怒ってない?」
「怒ってない怒ってない。親父じゃなくて、むしろ菫さんの親と俺の事を取りなしてよ〜!」
「う〜……分かった……」

 快斗の必死の懇願に菫は首を捻りながらもヴィオレへと連絡を取り、取りあえず快斗への悪戯を中止してほしいと依頼した。しかし、そこでヴィオレから快斗へ注文が入る。

「――え?! ほつれて毛糸玉になったセーターを元に戻せって? 俺が? 編むの?」
「う、うん。猶予は一週間で、期間内に完成させなさい、だって」

 ヴィオレはそれだけ言うと菫からの反論が出ないうちにと電話を切ってしまい、菫は応答者のいない受話器を持ちながら申し訳なさそうにこの件からの解放条件を快斗に告げた。

「編み物している期間は魚の配達はやめるって……。なんだか魚介類の送りつけ商法みたいな事してるねぇ……ヴィオレさん」
「そうね。送り付けられる人が困惑するっていう意味ではそうかもね――って、それより俺、編み物なんかした事ない……」
「あー……快斗君、いいよ? 一週間でセーターを編むなんてちょっと厳しいもんね? あとでヴィオレさんを説得してみるから」

 そもそも初心者に課すには酷な条件であった。クリアできるか怪しいものである。

「いや。一週間の期限が切れたら、魚責めが復活する気がする。それに俺も菫さんに服を贈るって言ったしね。つまり俺はやるしかない。菫さん! セーターの残骸の毛糸玉、ちょうだい!」
「え、本当に無理しなくていいよ? セーターなんて難しいし……あ! それならマフラーが欲しいかな? ヴィオレさんにマフラーに変更してもらったって伝えておくから、編んでくれるならマフラーが良いなぁ」
「……本当にマフラーでいいの? そりゃセーターよりかは簡単そうだなって、素人でも想像つくんだけど。勝手にそんな事言って怒られない?」

 ポンッと毛糸玉をポケットから取り出しながらの菫の提案に快斗は一瞬目を瞠ったが、すぐに首を傾げる。自分に気を使って難易度の下がった物へと変更してくれたのかと思ったようだ。しかし菫は首を振る。

「ヴィオレさん、ちゃんと理由を言ったら分かってくれるから大丈夫だよ? 今年の冬はマフラーを新調しようかなーって思ってたの。あと男の人から服は受け取っちゃダメって言われてたし!」
「……それって、あの屋上に親父といた一般人じゃなさそうな二人の男に言われた?」
「そうだよ。快斗君、よく分かったね?」

 知り合ってまだ間もないというのに言い当てられ、コナンや幼馴染たちと同様、洞察力に優れているな、と菫は感心したような声を漏らす。だが快斗は呆れたように肩をすくめる。

「いやいや、すぐ分かるでしょ。すっごい睨まれてたからね、俺」
「そうなの? ……あ、そういえば、快斗君。もう怪盗業をおしまいだよね? これからは黒羽さんとも一緒に住めるのかな?」

 親子で再び過ごせるようになるのかと期待して問うた菫だったが、それはあっさり快斗に否定された。

「キッドはまだ当分辞めないよ? 親父もしばらくは拠点はイギリスじゃないかな?」
「え? ど、どうして?」
「組織の残党が残ってるから。あとそいつらがパンドラを性懲りもなく狙ってるらしいんだよ」
「じゃあ、まだパンドラは探すの?」
「ああ。逃げ回ってるやつらにパンドラを渡すのも癪じゃん? 邪魔してやるさ。今後は親父も加わって怪盗業だよ。世界で同時にキッドが二人現れた! ってやるかもね」
「そうなんだ……。組織がほとんど潰れたとはいえ気を付けてね? でも残党がパンドラを狙ってるなんてそんな事、よく知ってるね」
「親父からの情報だよ。まぁ、その親父の情報源も菫さんの親らしいけどね……。本当に何者なの……」

 ジト目で菫を一瞥したあと、快斗は首を振って溜息をつく。思考を放棄したらしい。そして快斗は菫から毛糸玉を預かると、なるべく早くマフラーを完成させるよ……と言って足早に帰って行ったのだった。


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「わぁ……! おしゃれ! すごい! 快斗君、器用だねぇ……。さすが手品師?」

 一週間後、快斗から灰色の毛糸に白の毛糸が織り交ぜられた、リブ編みの上品な仕上がりのマフラーが贈られ、菫のお気に入りとなる。しかしその年の冬、初めてマフラーを使用した日、目聡くそれに気付いた幼馴染たちに褒められ、菫はキッドからの贈り物だと馬鹿正直に告げてしまい、二人から頬を引っ張られるはめになったのは余談だ。
 また、後に亡くなったと言われていた世界的に有名だった手品師がカムバックしたと世間を賑わせるのも、そう遠くない未来の話であった。



哀れ、キッドはモンペの報復対象に。うちの子の服引っぺがすとは! って感じです。さらに恩人の宝石を狙ったという事で父からも裏ではメッ! されてます。でも根本的に黙ってた父が悪い。そしてパンドラを狙う組織はあっさり瓦解。当サイト、コナンがメインですから……。キッド関係はサクッと解決。

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