Cendrillon | ナノ


▼ *06
快斗君と父の感動の再会……にならない。


 気配を消しながら月明かりの照らす屋上に辿り着いた零や景光、灰羽は一瞬呆気に取られる。目的の人物たちはいるにはいるが、地上にはいなかった。
 キッドは菫を抱きかかえ、悠々と夜空を飛びまわっている。

「えぇ〜菫ちゃん、何してるの……」

 それを目にした景光が思わず途方に暮れた声を零したが、暗闇の中でどこからともなく聞こえてくる銃声に三人は咄嗟に身構える。やはりすでに敵は入り込んでいたようだった。

「すみません。私の読み違えも原因の状況ですので、まずは飛び道具を使う者達を制圧してきます」
「安室、俺もこっちを手伝ってくる。掛かりきりになるから菫ちゃんに気を回せない。安室は菫ちゃんとキッドの動向を見ててくれ」
「了解です」

 三人は素早い状況判断によって、あっという間に分散する。
 零は銃弾を避けながら辺りを旋回しているキッドに……というよりも菫に声を掛けたかった。だが現状、第三者の零たちの存在に相手方が気づいていないようである。敵を潰しに行っている景光と灰羽を思えば軽々しく声を発する事も出来ない。

「チッ……本当に見てるだけか……」

 何も出来ずに零は悔しそうに夜空を見上げるしかなかった。



 * * *



 お荷物である菫と抱え、さらに公園方向のヘリコプターにも気を向けながら、さてどうするかと考えていた快斗は、夜風を上手く使い高度を取り博物館の上空を旋回していた。しかし、次第に自分達を狙う物騒な物が鳴りを潜めていく事に気付く。

「お? 菫さん、下のやつらが大人しくなってきたぞ?」

 菫に声を掛けながら屋上に新たに現れた三人の男を確認し、快斗は目を細めた。

「もう降りてもいいかな――って思ったけど、菫さんの知り合いっぽいのがめっちゃ睨んでるわ。やめておこう。でも、こいつらが何かしたって事かな?」

 辺りに飛び交っていた銃弾の数が少しずつ減っていったのは、もちろん灰羽と景光のおかげである。冷たい上空の強風と恐怖にブルブルと震えながら菫が答える。

「わ、私の知り合いって事は、透さんと景光さん? それなら、あの二人がいるなら、多分すぐに下の銃を撃ってた人も捕まっちゃうんじゃないかな? あとは灰羽さんもいるだろうし……」
「……屋上にいるその一人が灰羽ってやつだけど、本当にあの人が俺の親父な訳? そりゃ親父なら変装はしてるだろうから、見た目じゃ判断できないけどさ。でも今まで何の音沙汰もなかったんだぞ」

 不満げな快斗の声に菫は言葉を、うっ……と詰まらせる。

「そ、それはキッドさんが危険な目に遭わないように、気を使ったんじゃないかと……」
「キッドを名乗る自分の後釜になった奴が現れたってなったら、その正体が俺だって気付くだろ。その時点で接触してきてもよくね?」
「あの! 灰羽さんにも事情とか、何か考えがあったの、かも……?」

 何故か菫が言い訳めいた事を焦って告げるが、菫自身も自分の身になって考えれば無事を知らされないのは嬉しくない。灰羽のフォローの筈が最後は疑問形だった。快斗もそれを感じ取り、共感を得られるだろうと息子の自分を騙していた事への憤りを口にする。

「考えてもみてよ。俺がキッドとして活動してる今、親父が俺にも事情を伏せる意味、ある? もうとっくに深いところまで関わってるんだぜ? それに菫さんもある意味、親父に騙されてたクチだろ?」
「た、確かに……。でも灰羽さん――黒羽さんっていう人が相手だと思うと、騙された方が悪いのかも、って気もするんだよね? 手品師で騙すのが仕事の人だし……。私も疑ってかかるべきだったかも……」
「ぐっ……微妙に反論できない」

 快斗も菫の言い分に納得は出来なくとも理解は示せるようだ。相手は人を騙すのが生業の手品師で、また自身も一人の手品師として文句を言える立場にない事を自覚したらしい。
 苦虫を噛み潰したように唸っている快斗の、自分の父親への態度が少し軟化したように感じた菫は少しだけほっと息をつく。
 そこへ、屋上をしっかり制圧したらしい景光と灰羽と合流した零が、菫達に向かって声を張り上げた。

「キッド! 菫さんを早急に降ろしてもらえませんかね?!」
「……無理を言わないでください。今そちらに近づいたら、手ぐすね引いて待ち構えているあなた達に私は拘束されてしまいますよね?」
「菫さんはあなたと一緒にいる方が危ないんですよ! いいから早く地面に降ろせ!」
「さっさと降ろさないと、撃ち落とすぞ」

 捕らえた敵方から調達でもしたのか、景光がライフルを構えてスコープを覗いていた。流石にそれには快斗も顔色を変える。口調も崩れた。

「げっ。おいおい、そしたらこの菫さんも巻き込まれるぞ?! いいのかよ?」
「僕達が菫さんを怪我させる訳ないでしょう? 君に関しては保証できませんが……」
「露骨すぎんだろ……っていうかあんたらも一般人じゃないな? ライフル扱えるって普通じゃねぇし」
「え? もしかして景光さん、ライフル持ってるんですか?」

 先程から快斗と幼馴染たちの会話を黙って聞いていた菫が、恐る恐る口を挟む。

「菫ちゃんには当てないから安心して――ん? 菫ちゃん、下が見えてないの? ……あ、そういや菫ちゃん、けっこう鳥目だったな」
「菫さん、夜目があまり利かないんですよね」
「私は普通だよ! 二人ともこんな月明かりしかない状態で何で見えてるの!?」

 快斗が手を回したのか、それとも闇に蠢く不届き者によるものなのか、現在菫たちのいるこの屋上周辺だけは明かりがまだ戻っていない。

「そもそも菫さん、さっきから目を瞑って俺に力一杯しがみついてるから、あんたらに引き渡したくても無理だわ」
「……菫さん?」
「だ、だって、ここ高いし、暗いし、風も強くて落ちそうだよ?! 何かに掴まってないと怖いぃ〜」

 零に低い声で名前を呼ばれ菫は自己弁護をする。空中を自由に飛びまわっている快斗に、半強制的に同行させられていると言っていい状況で、菫からすればこれは不可抗力なのだ。なにより快斗はベルトなどでハングライダーに固定されているが、菫は命綱などなしに快斗の腕だけで支えられている。身近なものに縋る他ない。

「菫さんからも言ってやってよ。撃たないでーって」
「それ以上軽口を叩くようなら、本当に撃ってもらいますよ?」
「むしろあのヘリも何とかしてくれねーかな?」

 快斗は零の不機嫌そうな声もなんのそので、公園の上空でホバリングしているヘリコプターを目をやる。ヘリコプターは屋上に潜んでいた仲間が囚われた事を把握したかは定かでないが、近づいてはこないものの博物館から離れる様子もない。警察も拡声機を使って投降を促しているが、先程から進展もなく手をこまねいていた。

「エルピスがパンドラではないと伝わってないようですね」

 灰羽の声に快斗がピクリと反応し、それが共にいる菫にも伝わった。

「それじゃあ、あんたはどうしたらいいって思うんだよ!」

 零や景光を相手するよりもやや硬い張り上げた声で、快斗は空から灰羽に問い掛ける。

「そうですね……既にエルピスは菫さんに返却されているようですが、こうなってはもう一度キッドにエルピスを奪ってもらう、もとい預けてしまうのが良いでしょう。後日大々的に返却してもらうのが一番相手方にも目的の物ではないと伝わると思うのですが、皆さんはどう思いますか?」

 しかし、灰羽は快斗の硬い声に気付いているだろうに、これといった反応を見せず淡々と打開策を提案する。

「必ず菫さんに返却されるというならば、その方法が良さげだとは思いますが……」
「安室。取りあえずはそれでいこうぜ? あのヘリ、こんな人が至る所にいる状況じゃ撃ち落とそうにも落とせない。宝石を持ったキッドと共にどっかに行ってもらった方がマシだ」
「すごい厄介払いされてるな、オレ」
「あ! キッド、もちろん菫ちゃんは置いて行けよ!」

 キッドがぼやいた事で景光が当然の事だと言わんばかりに釘を刺す。景光の提案に零は最終的には同意した。

「……そうですね。あのヘリは脅威です。我々では空の不届き者に手出しできない現状を考えれば、退場してもらうのが一番か」
「そうだよ。まずは菫ちゃんの安全確保が一番だ」
「決まりですね。――という事でキッド。菫さんを降ろして速やかにヘリを引き連れて消えてください」

 幼馴染の二人が出した結論に快斗が引き攣った表情を浮かべた。

「ここまでどうでもいい扱いを受けたの、オレ初めてなんですけど……」
「キッドさん、ごめんね……。あの二人、過保護なの」

 零と景光の言動の原因は自分だろうと、菫は幼馴染に代わって快斗に空中で謝罪するのだった


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「キッド!! 見つけたぞ!」

 取りあえず一時的な協定らしきものを交わし、快斗扮するキッドが宝石を再度手にして立ち去るという流れになった。菫を屋上に降ろそうとキッドが高度を下げた時だ。キッドを追っていたらしいコナンが、この場所を突き止めやって来た。キッドは月夜の空を飛びまわっていたので早々に見つけてはいたのだろうが、博物館の外へ追いかけて行ったコナンはここまで来るのに時間を要し、だいぶ遅れての登場だった。

「あ、コナン君」
「あー探偵のボウズかよ……。さすがにあれの近くには行きたくないわ。変な時計で狙ってるし」

 ただでさえ菫を保護したいとピリピリした男が二人いる上に、自分を捕まえようと躍起になっている少年探偵が屋上で待ち構えている。特に時計型麻酔銃の射程距離内に入る事が、両手が塞がっている快斗には許容できなかった。快斗の警戒心が急激に上がり、屋上に近づいていたハングライダーの高度も急上昇した。

「?! キッド! 話が違いますよ!」
「おい! 菫ちゃんを降ろせ!」
「わりーけど、その探偵ボウズはオレを捕まえる気満々だからね。そこには降りられないな。ま、菫さんは違う所に降ろして俺は退場するから安心しなよ」

 キッドはそう言うとヘリコプターが陣取る博物館に隣接する公園上空とは真逆に進行方向を変えた。

「え? キッドさん? ど、どこ行くの?」
「博物館の裏手。都合が良い事に警察もヘリに気を取られてるから、こっちに菫さんを降ろすな」

 もはや菫とキッドの会話は屋上の者達には聞こえていなかったが、そのハングライダーの行き先は目で追えば大まかに見当はつく。疲れ知らずなコナンは早速屋上をあとにしてキッドを追いかけて行ったが、他の三名はその場に残り対応策を練る。

「チッ! ここからじゃすぐに見失うな……」
「そういや安室、あそこら辺に風見たちを待機させてなかったか?」

 窃盗集団が今夜動くかもしれないという事で、公安のメンバーを一部動員していた事を景光は思い出した。しかし零は首を振る。

「いや、状況を見て動けと指示していたから、公園での爆発や上空のヘリを見てそちらに移動している可能性が……」
「公園の方は元からいる警察が動くし、警備が薄くなると判断して何人かはその場を動かないんじゃないか?」
「あり得る……何人かは残っているかもしれない」

 早速零はスマホを取り出し、部下である風見の番号を呼び出した。零と景光の話を傍らで聞いていた灰羽は首を傾げる。

「お二人には他にもお仲間がいるようですね?」
「ええ。ただ今回はその者たちをあまり公にはしたくないので、出来れば御内密に」

 零は灰羽に向かって口元で人差し指を立て、風見へと連絡を取るのだった。



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「――結局、お父さんと話す時間、取れなかったね……」

 博物館側裏手のあまり人気のない林の上を飛行するキッドに菫は申し訳なさそうに声を掛ける。

「仮にあの灰羽ってやつが本当に親父だったとして、俺は今仕事の真っ最中なの。元よりのんびり話をしている時間なんてなかったよ」

 キッドが呆れたようにそう言いながら、どこか菫を降ろすのに適当な場所がないかと下界を覗き込んでいた。それを知ってか知らずか菫が良い事を思いついた、とばかりに明るい声を上げる。

「あっ! そうだ! あのね、キッドさん。このあと、灰羽さんに協力者の方のプールバーに行ってもらうようにお願いするから、そこでお話しするといいよ!」
「……菫さん、じいちゃんの店まで知ってんの?」
「え? うん、ブルーパロットだっけ? 灰羽さんの昔の付き人の方だよね? いまはキッドさんの協力者?」
「その情報、どこから得てるの?」
「え……え〜……秘密」

 一瞬固まった菫の場当たり的なその返答にキッドは目を細めたが、先ほどから肝心な事ははぐらかされているため無駄な追及はしなかった。何より菫とはそろそろお別れの時間も迫っていた。

「はぁ……さて、菫さんをそろそろ降ろさないとな――」

 キッドとしては一度着陸すると移動手段がなくなるため、それは避けたかった。だが菫を抱えたまま逃げ続ける事は不可能だ。地面に降り立つのは必須で、その場合は人が大勢いる場所の方が人ごみに紛れやすく好都合なのだが、生憎この近辺に人影はない。それはそれで闇に紛れやすいかと算段を付けていると、キッドの目にある人物が留まった。

「お! ちょうどいいの見っけ」
「え? なに?」
「今日こんな時間、こんな所にいるやつは、悪いやつか警察のどっちかだろうけど、俺の感が言っている。こいつは警察!」
「はいー?」

 菫の問い掛けなど全く無視してキッドはその地上の人間に対して大声を発した。

「そこのお兄さん! ちょっと上を見てー!」
「キ、キッドさん、何する気です?!」
「な、なんだ? ……はっ?! 菫さん!? 何故キッドと!?」

 声のする方を探してキョロキョロと見回していたメガネの男性が、上空に目を向け、目を見開いた。上司の幼馴染兼協力者として公安内部では微妙に有名人の女性が、どうしてか怪盗に抱きかかえられて空を飛んでいるからだ。

「え? その声は、風見さん?!」
「キッドがこちら方面に飛行中という事で、我々も動いてたのですが――」

 風見の律儀な状況説明は途中で途絶える。猛スピードでキッドのハングライダーが滑空してきていた。

「菫さんの知り合いならマジでちょうどいいね! 重大任務だよー! 彼女を受け止めてくれるー?」
「えぇ?!」
「はぁぁ!? ちょ、ちょっと待て! キッド、その勢いで菫さんを手離す気か!?」
「そうだぜ! 取り扱い注意! 天地無用だよ!」
「?! そう言うなら普通に降ろしてぇ〜!!」

 菫の情けない声が再び闇夜に木霊したのだった。



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 何とか無事に菫はキッドから風見へとバトンタッチはされていた。しかし、荷物のように受け渡された当の本人は怒り心頭だ。

「キッドのカバ! ひどい! 怖かった!」
「ごめーん! あとでなんかお詫びするって! あ、エルピスはもう一度俺が預かってるから!」
「ビュンビュン飛んでたあのスピードから落とすなんて! 怖かった!」

 エルピスはいつの間にか菫の首元から消えていた。しかし菫はそれには気にも留めずに空に向かってピーピーと泣きの入った怒りをぶつけている。だが、そのキッドはすでに風を使って空高く舞い上がり、声の届かない場所まで移動してしまっていた。

「あの、菫さん?」
「あ! か、風見さん! すみません!」

 微妙に苦しそうに声を掛けられ、菫は自分が下敷きにしている人物に気付く。また慌てて身体をどけた。

「ごめんなさい! 怪我してないですか!? こ、骨折とか? 脱臼とか、ねん挫とか!? 内臓潰れちゃったり?!」
「だ、大丈夫です。キッドもギリギリの高さまで降下してたようですし、自分も受け止める瞬間に後ろに飛んで衝撃は最小限でしたから。むしろ菫さんの方に怪我は?」
「私の方こそ大丈夫です! 風見さんが受け止めてくれましたから! 本当にすみません!」

 地面に倒れ込んでいた風見の手を掴み、菫は引っ張り上げようとする。しかし、その手を差し出してきた菫に目を向けた風見は一瞬で顔を赤くさせた。

「菫さん! 服が!?」
「え? 服? ……きゃ、きゃあー!!」

 菫は自分の格好を見下ろし、思わず悲鳴を上げた。



次回で終わり。遅れて登場の風見さんの扱いがひどい。菫さんのクッション役。

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