Cendrillon | ナノ


▼ *13日の金曜日
ポアロでのあの事件です。当サイトでは12/13前提の話です。


「あれ? 服部君。久しぶりだね?」
「おぉ、菫はんやないか。ほんまにこの店の常連なんやなぁ。早速会うとはびっくりや」

 いつものようにポアロに出掛けた年の瀬も押し迫る週末。コーヒーを飲みながら菫が店内の奥まったカウンター席でのんびりと零と話をしていた時だ。店内へコナンと平次の二人が入店してきた。

「私も東京で服部君と会えるとは思わなかったねぇ。どうしてこっちに?」
「錦座のイルミネーションを見に来たんだって。和葉姉ちゃんも一緒だよ」
「? その和葉ちゃんは?」

 一緒に来たという和葉の姿が見えず、菫が首を傾げるとコナンが続きを口にした。

「今は蘭姉ちゃんと和葉姉ちゃんの二人で、小五郎のおじちゃんの夕飯作ってるところ。錦座のカフェの食事券をもらったらしくて、あとで皆で錦座に行こうかって話してたんだ」
「そうなんだ? 楽しんできてね」

 そんな話を菫と交わしながらコナンと平次はカウンター席ではなく、テーブル席に腰を下ろした。何やら男同士で内緒話のようで、コソコソと声を潜めて話をし始める。直後にもう一人の来客があったものの、菫もその後零との会話を再開し、ある話題になるまでは平和な一時を過ごすのだった。


 ・
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「それよりいいのかよ? 今日で……」
「あん?」
「日付だよ!」

 コナンの少し大きな声が菫の耳に届き、ついそちらの方を振り向いた。

(日付?)

 何かあったかと菫は思い出そうとしたが、これといって思い当たる事もない。そもそも今日が何日なのかも実は失念していた菫は、スマホを取り出し日付を確認した。

(今日、イルミネーション以外のイベント、何かあったっけ……? 12月13日……正月事始め? ん〜?)

 表示される13日の日付で連想されるものといえば、菫には年神を迎えるための準備をする行事しか思い浮かばなかった。まさかコナンが指摘するのがこれの筈はないだろうと菫は眉を寄せる。その間にも平次も菫と同様にスマホを見つめながら何やら思案顔だ。

「ああ、せやったなァ……。よりによって今日は……」
「13日の金曜日……だからですか?」

 コナンと平次に注文された飲み物を載せたお盆を片手に、零が二人の言葉を引き継いだ。ちょうどテーブル席へと歩を進めていたため、座る平次の耳元で零は屈み込むとそのような事を言った。そしてそれを漏らさず聞き取った菫はピシリッと、一瞬で固まった。内心大慌てである。

(金曜日! 13日の! そっち?! っていうかあの事件、今日なのー?!)

 思わず菫はがっくりとテーブルに肘をつき、組んだ手に額を押し付ける。今の今まで忘れていたある事件を思い出した。それは数少ないポアロ店内が舞台の、殺人未遂の事件であった。



 * * *



(うぅ〜イルミネーションのイベントって、そういえば大体12月だよね。気付ける要素はあったのに、私って本当に抜けてる……。でもそれ以前に、零くんとコナン君がポアロにいて、服部君もいるなら、事件が起きない訳がなかった。今日だったのね……)

 菫はこめかみを押さえつつ溜息をつく。何とも難儀な状況だった。
 しかし、今回に限ってはそこまで深刻に考えなくてもよさそうだとも思っていた。日時こそ意識していなかったが、菫はもしこの状況に居合わせる事があれば、どうするかと考えた事がない訳ではないのだ。

(でも! 米花にしては珍しくまず人が亡くならないし! しかも、大団円という訳にはいかないけど、事件の被害者は加害者の行為を許してあげてた感じだったよね? そこまで後味が悪い事件でもない……)

 恋人とその腹違いの兄弟の関係を知らずに邪推した、嫉妬に駆られた殺人未遂である。それがこれから起こる筈なのだ。
 僅かな時間ではあったが、グルグルと菫は考えを巡らせる。そして総合的に勘案して菫は心を決めた。

(やっぱり、これは起きても起きなくても良い事件! 100パーセント私の都合だけど、今日の事件は邪魔するよ! 加害者の人だって前科が付くよりましだと思うし!)

 菫は目の前で事件を起こされたくない。さらに秘密裏に事を防げそうな腹案が菫にはあった。またコナンや零、黒の組織が絡むような手を出すのも憚れる事件ではない事が菫の後押しをした。

(未遂とはいえ殺人を実行できる加害者のサイコパスっぽい、反社会的人格が今後どうなるかまでは知らないよ!)

 もしかしたら、今回事件を起こす事で最終的には改心し、善良な一市民となるかもしれない。だが、今回暴発とも言える鬱屈を堰き止められ、将来もっと大きな事件を起こすかもしれない。それは考えたらきりがない話だ。正直、菫もそこまでは責任が持てない。またそれが菫の責任になるのかと問われれば疑問だ。
 そういった心情から菫が珍しく積極的に事に関わる事を決意している傍らで、話は順調に進んでいる。

「――そうそうケネディ大統領がダラスで暗殺されたのも……確か金曜日でしたよね……」

 零はアイスコーヒーをコナンと平次に配膳しながらも、13日の金曜日に関する謂れをスラスラと述べていた。

「ですがここは日本! 気にする事はありません……。たかが月頭から数えて13番目の日が金曜日だっただけの事……。確率的には年に2回も来ますし……」

 その零の発言は菫にとっては微妙に耳が痛かった。

(そうだよね。年に2回もあるのに、今日のこの日を、この瞬間まで忘れていた私の頭って……。鳥? 私の頭って鳥頭?)

 この事件自体はしっかり把握していたのにもかかわらず、いざその時まで忘れていた事に菫は落ち込む。それでも男性陣の会話に菫は耳を傾ける。内容は分かっているとはいえ、いわゆる年頃の男の子の恋話だ。興味を引かれるなというのが無理な話だった。零も最終的には平次の行動を応援するように締めくくった。

「――なので気にせず好意を寄せる方に想いを伝えてもいいのでは? キリストやケネディが亡くなったのは13日ではありませんしね……」
「されど13日の金曜日……1307年10月13日の金曜日にフィリップ4世によりフランス全土でテンプル修道騎士団が一斉に逮捕され不当な理由で拷問や火炙りに処され……」

 そしてその零の言葉を否定するような、また平次の意欲を削ぐような13日の金曜日の逸話を零に負けず劣らず滑らかに語ったのが、それまで気配をまったく感じさせなかったもう一人の客だ。

(この人、映画に出てくる女の子の執事さん……だっけ?)

 カウンター席からコナン達のいるテーブル席を菫は見つめながら、ぼんやりそんな事を考える。案の定、菫の守備範囲外の登場人物であまり情報がない。

「――しかも今日は仏滅……。日本的にも避けられた方がよろしいかと……。あ、これは失礼……。会話が耳に入ったもので……つい戯言を……」

 声を発するまでその存在に気付けなかった人物に、コナンと平次が警戒心からか零へ馴染みの客なのかと質問をしていた。零が初見の客だと思うと告げている途中で、ドアベルがカランと音を立てる。

「あれ? まだアイツら来てないのか?」

 ポアロに新たな客が舞い込んできた。それを見て菫は秘かに眉を顰めた。

(はぁ……。やっぱり来ちゃうよね……)

 件の事件の加害者の入店であった。



 * * *



 加害者となる男は店員の零と梓と言葉を交わした後、予約していたテーブルの壁際の席に荷物を置く。そしてトリックの要となる店の奥まった場所に設置されているトイレへと籠ってしまった。
 現時点で、そのトイレの位置から一番近い場所にいたのは一番端のカウンター席に座っている菫である。菫はその席からトイレの扉を見つめた。

(あなたの計画は頓挫します。私が原因ですけど! 運が悪かったと思って諦めてください!)

 心の中で菫は伝わらないと分かりつつそのトイレへと消えていった男に対して宣言していると、男性陣の会話は再び本日告白するかどうか、という点に戻っていた。

「――で、服部。結局どうするんだよ?」
「どないせーっちゅうんや。正反対の意見を聞いたばかりやぞ……」

 進退窮まったと言わんばかりの平次の声に、菫は思わず口を出してしまった。

「でも――13っていう数字は不吉だって言われてるのは、西洋の事だしね? 日本の忌み数ではないから、あまり気にしなくても良いんじゃないかな?」
「菫さん」

 第三の助言者が現れ、コナン達はそちらの方に一斉に視線を向ける。その視線にたじろぎ菫は眉を下げた。

「あ! ご、ごめんね? 私も話が聞こえてたから、つい混ざっちゃった……」
「ええよええよ。聞かれとうなかったら、こんな人がおる場所でするなっちゅー話やしな。それより菫はんも何か知っとるんか? 取りあえず何でもええから教えてや」

 平次は気にした様子もなく菫に情報を請う。今はどんな意見でも聞きたいのだろうと、菫も少しほっとしながらさらに自分の知っている事を心置きなく伝えた。

「え、えーと……確かその西洋でもフランスとかだと、13日の金曜日は宝くじの売り上げが上がる幸運の日らしいよ? あと古代エジプト人にとっては13は永遠の命っていう意味があるみたい」
「永遠の命?」
「うん。なんかね、古代エジプト人は、人の精神的成長には12の段階があるって思ってたんだって」

 そこまで説明したところで、零もそれに関する知識があったのか相づちを打つ。

「あぁ……一生の間に12段階を経験して、悦びの境地に達するのは死後。永久の命を得るのは13番目の段階だと考えられていたんですよね?」
「そうです。つまり13は死を表す数字だけど、決して悪い意味じゃなかったって事ですね」
「ほーん。菫はんも、雑学詳しいんやなぁ?」
「あー……昔、気になって調べた事があったんだよねぇ……」

 平次の指摘に菫はバツが悪そうに目を逸らす。詳しいのは幼馴染たちの会話について行くために、意識的に様々な情報を収集しているからだ。それにはそれなりの努力が必要で、菫は自分が水面下では必死にもがいている鳥のようなところをあまり知られたくなかった。この場にいる優秀な人間達のように無尽蔵に知識は蓄積できないのだ。菫は何故か居た堪れなさと負い目を感じる話題から元の話に戻す。

「あ、あとね服部君。くし屋を『十三や』と呼ぶ事があるでしょ? 日本では13より9と4の方が避けられてるって証拠だよね。13という事に注目しすぎない方が良いよ?」
「……という事は、菫はんは13日の金曜日に告白するんはありや思うんか?」

 平次の問いに菫は困ったような表情で首を傾げた。ありかと聞かれれば少し躊躇してしまう日付ではあった。

「う〜ん……気にしなくても良いって言っちゃったけど、こればっかりは告白される人の受け取り方次第かなぁ……? もっと違う日があるでしょって、否定的に思う人は一定数いるだろうね。気にする人は気にするから」
「菫さんだったらどう思うの? 13日の金曜日に想いを告げられたら……」
「私?」

 コナンから思ってもいない事を尋ねられて、菫は目を見開く。だが一瞬考え込んで自分の意見を述べた。

「私だったら……好きな人に告白されたら、それが13日の金曜日でも嬉しいかな? むしろ両思いになった日って事で嬉しい気持ちとか、思い出で上書きされちゃうから、13日の金曜日の度に記憶が甦っちゃうかも。透さんも確率的に年に2回は来るって言ってたから、年に一度だけの記念日よりも嬉しくなる日の回数が増えて……お得?」
「お得って……」

 呆れたようなコナンに、菫も先の発言を振り返り苦笑した。自分でも少し子供っぽい言い分だと思ったからだ。

「まぁ、これは13日の金曜日に限らないものね? 例えば昨日告白されてたら、12日の木曜日だったなぁ……って、これからずっとその日は忘れないだろうし」
「つまりどの日がええんや……分からん」

 貴重な女性の意見という事で菫の話が参考になると思っていたらしい平次だが、はっきりしない意見にだいぶ惑わされているようだ。頭を抱えている。菫は頬に手を当て、結局告げたのは受け入れやすいであろう一般論だった。

「そうだねぇ……突発的に想いを告げたくなったっていう状況ならまだしも、計画を練って満を持して告白するっていうなら、やっぱり安全策を取った方が良いのかも? 最終的には13日の金曜日は避けた方が無難なんだろうね」
「やっぱ今日はあかんか?」
「今だからこそ言わずにはいられない! っていう時なら日付なんて気にしてられないだろうけど、もし余裕があるなら、告白される相手が日付にどんな印象を抱くか想像するのは重要かな? 想いを告げない方が良い時もあると思うの」
「それが13日の金曜日ちゅう事か……」

 顔を顰めた服部に菫は再度考え込み、控えめに提案した。

「私は気にならないけど、皆が皆そうじゃないからねぇ。和葉ちゃんはどうだろう? でも女の子は今日みたいなロマンチックなイベントの日に告白されるならそこまで悪い気はしないと思うけど。あとは和葉ちゃんが服部君に告白されるなら、二人だけに通じる記念日とかだと嬉しさが跳ね上がりそうだね? そういう二人だけの特別な日はないのかな?」
「……ちょお待て! 俺が和葉に告白って、なんで菫はんそう思うんや?!」

 今更な指摘に菫は目をぱちくりとさせた。

「え? 今までその話をしてたんだよね? 違いました?」
「いえ、僕も遠山さんが相手だと思ってましたけど?」

 思わず傍らに佇んでいた零に向かって菫が小首を傾げると、その問い掛けに零も同調しながら二人揃って平次を見つめた。

「ぐっ! 菫はんの言う通りやけど! って、安室はんも知っとるんか?! ボウズ! お前が言うたやろ!!」
「お前の気持ちが外野にはバレバレだとは思わねーのか……」

 照れのせいか大きな声で平次はコナンを怒鳴ったが、コナンは頬をひくつかせただけで大して動じていなかった。だが、そのコナンの声をかき消すように、またもやドアベルが鳴る。

「おいおいマジかよ!? まさか俺達が一番乗りとはねぇ……」

 予約をしていたという大学生の男女が来店してきたため、平次を中心とした想いを告げるか否かという話題は自然と終息した。

(そろそろだ……)

 被害者となる筈の男性のお出ましである。菫はどんどんと大きくなる鼓動に息苦しくなり、胸を押さえた。



 * * *



 その後、菫の知る通り停電は起きた。だが事件は起こらなかった。

「ん? 電源が入らねぇ……。電池切れか? 電気貸してくれる?」
「あ、はい!」

 パソコンをいじっていた男性が梓に声を掛ける。そして男性が梓から借りた延長コードのコンセントにパソコンのプラグを差し込む直前だった。菫はスマホを片手に立ち上がる。傍目には電話を掛けるために席を立ったかのように見えた。


 バチッ


 その時だ。ショートするような音と火花が飛んだその瞬間、フッと店内は暗闇に包まれる。
 菫はそれを見越して素早く動いていた。座っていた位置がトイレに近かった事が功を奏し、スムーズに自分が企んでいた状況を実現できていた。

「梓さん、ブレーカーを!!」
「は、はい!!」

 そんな会話がなされる中、暗闇に乗じて菫はトイレのドアの前で、いわゆる通せんぼの構えだった。

(よし! 私にしては上出来!)

 トイレの扉の前を塞ぐように菫は背を向けて立ったその直後、菫の身体に衝撃が走る。

「痛っ……」

 同時にその衝撃音が、ガッと店内に響いた。勢い良く扉が菫の背中に当たり、つい声が漏れてしまった。

「なっ?!」

 また加害者の男も、開けようとしたドアが途中までしか開かない事に驚いたような声を出す。もはや後ろ暗い計画を続行するのは無理な状態だ。菫はその男に対し、素知らぬふりでサラッと声を掛ける。

「あ、すみません。扉、塞いでましたね? 今、退きますから……。急に暗くなって、吃驚しましたね?」
「菫さん、どこかぶつけたんですか? 危ないですから動かないでくださいね? 皆さんもですよ。怪我をしますから。梓さん、お願いします」
「はーい。今、ブレーカー上げますからねー」

 菫の声に零が反応し、他の者も含めて注意を促す。また間もなくして梓が電気を復旧させたのだった。


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 ・


 店内では無事にバースデイ動画が流れ、二人の男女が実は血が繋がっていたという事でやや騒ぎになっている。秘密を公にした事を憤慨する姉とそれを宥める弟。どこか放心状態の男性と、その様子に訝しげに声を掛けている同席者。
 だが血なまぐさい事件が起きずに、菫はその光景を横目に見つつ大きく息をついた。そこへ少女たちの明るい声が聞こえてくる。

「平次〜、はよ行くで〜」
「コナン君もコート着た? 外、少し寒いよ?」

 ポアロの外では夕食を作り終えた和葉と蘭が今や遅しとワクワクとした様子で待ち構えていた。コナンは一足先に店外へと出てしまったが、会計を済ませた平次がレジの対応をした梓に一言告げると店内奥へと戻ってくる。
 カウンター席の端に腰掛けている菫と、またそのそばのカウンター内で作業をしていた零に平次はコソッと尋ねてきた。

「なぁ、お二人はん……。どう思う? 和葉に今日言うてまうか、ほんま迷っとるんや」

 零と菫は顔を見合わせる。よほど悩んでいるのか、コナンではなく大人二人に助言を求めてきた。だが、平次の再びの話題に零と菫が思った事は同じだった。

「う〜ん。君はもうだいぶ気持ちが定まっているように僕には見えるんですけどね?」
「そうだねぇ……。ネガティブな情報で不安になってるのかな。でも、これからイルミネーションを和葉ちゃんと見るんだよね? 13日の金曜日なんてネックが一掃されるくらい、ロマンチックな雰囲気になるんじゃないかな? それだけで十分舞台は整ってる気もするよ?」

 美しいイルミネーションの中で告白される……というシチュエーションならば、日付は些細な問題に菫には思えた。菫の言葉に零も頷く。

「確かに告白にはもってこいの状況だと僕も思いますね。雰囲気は大事です」
「あと、服部君と和葉ちゃんの関係からすれば、今日の日付も後々お話のタネになると思うな? 和葉ちゃんならきっと、13日の金曜日に告白なんて何考えてるんやーって、嬉しそうに惚気てきそう……」
「あぁ……何となく想像できますね」

 零と二人で菫が今後の予想を立てていると、平次が真っ赤な顔でプルプル震えていた。慌てて菫は謝罪する。

「あ、ごめんね、服部君。からかった訳じゃないよ? でも……告白するなら陰ながら応援してるからね! それに今日想いを伝えるっていう心構えが服部君にあるなら、つまりそれが今まさにその時なのかなって気もするの。日付なんて問題じゃないと思う。自分の心に従うのが一番だよ!」

 菫は平次をしっかりと見つめエールを送る。それに力づけられたのか、平次の怖気づいた雰囲気だったものが、パッと様変わりした。

「そうか……そうやな! タイミングを見てやってみるわ!」
「うん! 頑張ってね!」
「健闘を祈ります」

 二人の声援を背にしっかりした足取りで店を出て行く平次を見送ると、菫は零に潜め声だがどこか興奮を抑えきれない声で話し掛ける。

「透さん透さん! あの二人、ついに恋人になるのかな! そうなるといいね!」
「彼はどうやら最後の一押しが欲しかったのかもしれませんね……」

 我が事の様にきゃあきゃあと頬を赤らめている菫を見て、零は苦笑を浮かべる。だがハッとしたように顔色を変え、一つだけ零は菫に対して釘を刺した。

「菫さんは13日の金曜日にも怯まないという事なので、外堀を埋められて良い雰囲気になったとしても、気軽に良い返事なんかしないでくださいね?」
「え、そういう状況は、私にはあまり縁がないんじゃないかなぁ……?」
「分かりませんよ? 絶好の機会を狙っているのは一人や二人じゃないと思います。僕も気が抜けません」
「はい? 透さん……私のお父さんみたいですよ?」
「僕は断じてお父さんじゃありませんからね?」

 二人がそんな珍妙なやり取りをする中、店内にいた一人の客がひっそりと姿を消し、錦座へと繰り出した若者たちを人知れず追いかけるのだった。


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 ちなみに後日、菫が蘭に確認したところ、出掛けた先のカフェで平次と和葉は良い雰囲気にはなっていたらしい。その後イルミネーションを見る際には、当然の事ながら平次と和葉の二人きりにさせたそうだ。
 だが、蘭も和葉から聞いた話で又聞きなのだが、帽子をかぶったメガネの男性にことごとく邪魔をされたようで、二人が新幹線で大阪に帰路につく頃にはラヴの予感も立ち消えてしまっていたとの事だった。蘭もひどく残念そうであった。

(展開が変わったから、服部君達の関係も変わるかなって期待したけど、そう上手くいかないねぇ……)

 平次の告白が失敗するところは変わらないのか……と、菫も肩を落とした。しかし、蘭の発言で引っかかる事があった。

(……んん? そういえばメガネの男性って……和田進一さん? もしかしなくても、お嬢様の恋路を守り切ったって感じかなぁ……)

 菫が今回ある人物の行動を邪魔したように、平次の行動を邪魔する者もいたようだ。菫は、服部君の恋も前途多難だな……と、胸の中で合掌した。



今回の事件はあっさり阻止。コナンでは珍しく死人の出ない事件でしたので? 平次君は事件がなかったとしても、なんだかんだでこの日は告白できなかったと思います。

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