Cendrillon | ナノ


▼ *03
キッドの予告日当日。


「なんだか海外のお客さんが多いですね?」
「本当だね」

 園子の伝手で博物館に招かれた蘭は、辺りを見回し呟いた。傍らにいるコナンも頷く。現在、蘭たちがいる大ホールにはそれぞれブースが設けられ美術品が展示されていたが、そのブースはどれも人だかりができていた。しかし、その人だかりのほとんどが外国人である。蘭の疑問に答えたのは共にいた零だ。

「蘭さん、どうやら菫さんのご家族のヴィオレさんの要望らしいですよ? キッドの犯行予告日の博物館の観覧は入場制限をしてほしいと。午前は一般開放してましたが、午後はヴィオレさんの関係者のみだそうです」
「え? ここにいるお客さん全員、そのヴィオレさんの関係者なんですか?」

 そうみたいですねぇ……と零も館内を見渡し、何とも言えない表情を浮かべている。鈴木大博物館はかなりの広さを誇る。しかし、その大人数を収容できる施設であるにもかかわらず、現在かなりの人がひしめき合い混雑していた。一ヶ月の期間限定で集められた展示物ももちろん興味深く見学されてはいるが、異様な熱気を持って入場者たちから注目されているのはやはり、今回の目玉である紫色の宝石――エルピスである。
 エルピスは大ホールに隣接する奥まった部屋に展示されていたが、観覧者が多いため時間制限をつけ、スタッフが部屋への入室者を入れ替えていた。

「ねぇ、安室さん。ヴィオレさんていう人、美術商なんだよね? その関係者って事は、今いるお客さん達も美術関係の人って事?」

 キッドキラーという事で今回の件にも参加しているコナンが安室に尋ねる。いまだにコナン達は菫の養親とは会った事がないため、ヴィオレ達に関する人物像がどこか不鮮明なのだ。

「仕事関係の人もいるでしょうが、大半は違うらしいよ、コナン君」
「? じゃあどういう人が集まっているんですか?」
「蘭、ヴィオレさんってイギリスにある魔術師協会っていうクラブ? 同好会みたいな団体の会長をしているんですって。今来てるのはその協会員みたい」
「「ま、魔術師?」」

 園子の言葉にコナンと蘭が同時に素っ頓狂な声を上げる。それには話を聞いていた菫も苦笑してしまった。致し方ない反応だとは菫にも理解はできる。また魔術師たちの所属する母体としての魔術師協会についてではなく、表向きな存在の協会について菫は説明をした。

「魔術師に関心のある人、研究をしている人の集まりなの。ほら、イギリスにはホームズの協会が確かあったよね? あれに似た感じだと思ってもらえれば分かりやすいかも」
「あぁ……シャーロキアンみたいな人達なんですね」
「でもこの数は多くないかな? それにさっきから気になってるんだけど、その外国の人たち皆、菫さんに会釈するね?」

 蘭はすぐに納得したようだが、コナンは博物館を埋め尽くすようなこの人数に訝しげだった。そして菫に必ずアクションを見せる外国人が不思議なようである。確かに菫は先ほどから館内の先々で、すれ違う人間から声を掛けられたり礼を言われたりしている。その全てが知り合いという訳でなく、菫も微妙に対応に苦慮していた。
 菫は困ったように首を傾げながら、この状況について推測を述べた。

「魔術師協会の人もシャーロキアンみたいにかなり熱心だからかなぁ? 入館者が多いのも私に挨拶してくれるのも、たぶんヴィオレさんとノアさんが原因だと思う。特にヴィオレさんは魔女に関する歴史を研究していてね? 学術書も出してるから、その界隈の人にはそれなりに知名度もあるみたい」

 すると零が事前に調べ上げていたらしい情報をコナンに共有する。

「コナン君。僕もヴィオレさんがそんな協会の会長だったなんて、今回初めて知ってね? 色々調べてみたら、これが歴史の古い団体なんだよ。園子さんは同好会とは言ったけど、規模もかなり大きいみたいだ。イギリスの本部を中心に、各国に協会の支部があるんだよ。もちろん日本にもね。恐らくその支部からも人が来てるんじゃないかな」
「たぶん透さんの言う通りです。どうもね、今回展示するエルピスも、魔術師フリークの人達にはかなり有名な物なんだって。昔からヴィオレさんの家で所有していたのも知られていて、滅多に表に出なかったらしいの。でも今回展示される事になって、皆一目見ようと来日してるって言ってたよ?」

 さっきから、一般公開をしてくれてありがとうって声を掛けられてたの……と菫は苦笑した。

「そうなんじゃ! どうもヴィオレの元にその協会員たちがこぞって嘆願したらしくてのぉ。一週間の展示期間中に確実に入館できる方法はないかと泣きつかれたらしいんじゃ」

 いつの間にか現れた次郎吉が菫の言葉を引き継いで今回の内情を説明した。

「博物館のホームページに海外からのアクセスが急増したと報告はあったが、一部の人間には元々認知度が高い宝石という理由があったんじゃな!」

 そういう事情もあってキッドの予告状の暗号をいの一番に解読したヴィオレ達から、午後だけでも協会員の貸し切りにしてほしいと条件を出される事になったようである。

「でも午後の入場者をその協会の人に限定するのは良いとしても、警備体制の方は大丈夫なの? なんかこれといった特別な警備はしてないよね?」

 コナンが指摘する通り、エルピスは隔離された部屋に展示されてはいるが、特に変哲のないガラスケースに入れられ飾られていた。

「それがのぉ……ヴィオレは普通の展示、普通の警備で構わないというんじゃ。エルピスは預かりもの。儂はもっと厳重にする予定じゃったが、盗まれたとしてもどうにでもなると豪語しておってな」
「えぇ?! おじ様、じゃあ本当に通常警備だけなの?」
「そんな訳あるまい。警備員は増強しておるぞ。しかし、ヴィオレ達から警備に一枚噛ませてくれと言われての。この手の事に適任だという者が一名派遣されておる」

 次郎吉は暗号解読の貢献者兼エルピスの提供元という事もあり、ヴィオレからのその要望を断れなかったらしくその外部の人間を受け入れたとの事だ。

「全く。こういう事は我々警察に任せてもらえませんかね!」
「中森警部、もちろん警察も頼りにしておるぞ」

 不機嫌そうに現れたのはキッド専任とも思われていそうな中森警部である。部外者の介入には否定的な様子だった。

「しかし、その派遣された人間は今どこですかな? 午前に打ち合わせたあと、姿が見えないんですよ」
「昼前に博物館の周辺や館内の怪しい所を一通りチェックしておるのを見掛けたぞ、中森警部。ついでに先ほど、客の迎えに行くと言っておった」
「――私をお探しですか?」

 中森と次郎吉の会話に、どこか演技がかった声が聞こえてきた。その場にいる者は皆、声がした入り口に一斉に目を向ける。

「申し訳ありません。私の雇い主がこちらに参りましたので、出迎えに行っておりました」
「おぉ、灰羽。あの二人も着いたのか?」

 次郎吉が灰羽と呼ぶ黒いスーツを纏ったアジア系の外国人が件の派遣された人間らしい。終始、薄い微笑みを浮かべていて表情が読みにくい人物だった。またその灰羽の迎えに行った人物にも次郎吉は心当たりがあるようだ。

「雇い主だぁ? おいおい、今この館内にいる見学者も事前に入館者チェックしてるんだぞ? 部外者を入れられるのは困るんだがね」
「中森警部、問題ないぞ。関係者じゃ」
「こちらです。鈴木相談役と園子お嬢様、そして菫さんがいらっしゃいます」

 灰羽は自分が先導してきた人物たちに声を掛けると道を開け、場を譲る。灰羽の後ろから現れたのは二人の外国人だ。その者達が大ホールに入って来ると、一瞬にしてその場が静まりかえった。銘々に喋っていた見学者たちが、皆一様にその二人の人物に頭を下げたからだ。

「……え?」
「これは?」
「何なんだ、いったい……」

 まるで示し合わせたかのような周りの状況に蘭やコナン、中森が困惑したような表情を浮かべる。また零も少し驚いたように目を瞠った。
 その、一種異様な雰囲気にのまれなかったのは、事情を知る次郎吉や園子たちだけだ。その一人であった菫は、新たに現れたその二人の外国人を見て驚きの声を上げる。

「ヴィオレさん! ノアさん! 二人とも来られるなんて聞いてないですよ?」
「菫、久しぶりね」
「ヴィオレがあなたを驚かせたいと言うので、黙って来日したんですよ」


 ・
 ・
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 顔を合わせるのは久しぶりで、菫も思わず二人に駆け寄る。またヴィオレも周囲の者達に、楽にして……と声を掛け、辺りにはすぐに喧騒が戻った。三人が話をするのを他の者達は遠目に眺めながら、各々が感じた衝撃を共有し合っている。

「あの人たちが……菫さんのご両親ですか?」
「安室さんが前に言っていた意味が分かった……」
「だろう? 初めて会う人は皆、びっくりするね」
「はい。最初は周りの人が頭を下げるのに驚いたんですけど、あのお二方を見たら納得しちゃいました」
「なんか、王者の風格? みたいなのがある二人だね? 安室さんが前に神話に出てくる神々……って例えてたけど、大げさじゃなかったんだ……」

 銀髪紫眼のヴィオレと金髪碧眼のノアは昔から変わらず美しい。さらにその二人が揃うと他人に与える印象も二乗になる。しかし、そうやって人目を引きつけるにもかかわらず人を従わせるカリスマもあるため、どこか周囲の者を怖気づかせる雰囲気があった。それでも菫が嬉しそうに話しかけているところを見ていると、その近寄りがたさが半減したようにコナン達には感じられた。

「でも、あの人達、いったい何歳なの? 菫さんより少し年上くらいにしか見えないんだけど」
「さぁ……僕も聞いた事がないね。昔からあんな感じだけどね……」

 魔術師だからなのかは不明だが、ヴィオレ達はいつまでも若々しく年齢不詳だ。菫も実は二人の年齢を把握していない。
 ヴィオレとノアは軽く次郎吉と会話を交わした後、菫に連れられてコナン達のそばへと近寄ってきた。

「あ、蘭ちゃん、コナン君。二人にも紹介するね? 私の両親、ノアとヴィオレです」
「お二人の話は菫から良く聞きますよ。ノアです。よろしく」
「ヴィオレよ。蘭さんとコナン君ね? 菫とはこれからも仲良くしてあげてね」
「毛利蘭です。よろしくお願いします……」
「ボク、江戸川コナン。……ノアさんとヴィオレさん、日本語上手だね? 日本人と遜色ないもん」

 蘭はヴィオレとノアを目の前にまだ少し気後れしているようだが、コナンは早速切り替えて二人に話し掛けている。

「ありがとう。菫と家族になるのを機に日本語は習得したのよ。あぁ、そうだ。コナン君や蘭さん、透にも紹介しておくわ。私達から派遣した対キッドの人材よ。菫はもちろん知っているわね?」
「あ、はい。園子ちゃんはもう顔合わせしてるよね? コナン君、蘭ちゃん、透さん、こちらの方は今回の警備の担当をしてくれる灰羽さんです。ノアさんとヴィオレさんの部下の方? みたいな人かな。今回の件にはうってつけの方だよ」

 一歩下がった所に控えていた灰羽が菫の促しで前に出ると、仰々しく自己紹介を始めた。

「初めまして。ご紹介にあずかりました、灰羽と申します。微力ながら、皆さんのお手伝いをさせて頂きます」
「灰羽さんは今回の件にはうってつけ……って事だけど、どういう意味なの?」

 コナンは灰羽という人物が今回どのようにしてキッドに対抗するのか気になるようで、率直に尋ねた。

「私は怪盗キッドと同類なんですよ」
「同類?」

 おもむろに灰羽は手をコナンと蘭の前に差し出すと、一瞬でバラの花を出現させる。

「わ! すごい!」
「手品? じゃあ、灰羽さんも……?」
「ええ。私も手品師なんです」

 その花を蘭に手渡しながら灰羽は全く気負った様子も見せずに言った。

「キッドも手品を駆使する人間ですからね。やはり思考が似てるというか、どういう行動をするのか想像がしやすいんですよ。そういう点で今回はお役に立てると思います」
「灰羽さんはね、手品の腕がすごいの! 私も手品のお手本にしてるんだよ」

 灰羽の腕前について菫は太鼓判を押す。しかし、灰羽は首を傾げた。

「菫さんにすごいと言われると、反応に困りますね? 私とは根本的に種類が違うものですから……」
「え? でも私、灰羽さんの見せ方とかをとても参考にしてるんです。もう灰羽さんのは技術の結晶ですよね?」

 菫がポケットから物を出し入れする時の手さばきは、間違いなく灰羽の動作を真似ているものだ。だが灰羽からすれば、菫や自分が現在身を置く魔術師協会の人間達のソレは次元が違うものだと理解している。苦笑交じりの灰羽に菫は言い募っていると、灰羽に対する助け船なのかヴィオレが話を変えた。

「そう言えば、菫。景光もさっき入り口で会ったからいるわよ。なんだか微妙に距離をとられて歩かれちゃったけど」
「え? 景光さんも来てたんですか? でも……景光さん、いないです」
「おーい、菫ちゃん」

 辺りを見回しても幼馴染はおらず菫が目を瞬かせていたちょうどそこへ、話題の景光が展示ブースへと片手を上げながら現れた。

「ちょうど入り口でヴィオレさん達に会ってね? 捕まっちゃったから一緒に来たよ……」
「でも、ヴィオレさん、距離をとられたって言ってましたけど……」

 エルピスの展示という事で、この宝石にはかなり縁のある景光も今回の件には興味を示し、参加を表明していた。仕事の兼ね合いで遅れて到着するとは菫も聞いていたが、ヴィオレ達のさらに後方からやって来た景光に菫は不思議そうだ。

「確かにヴィオレさん達と共に来た割には、遅れて入室してきましたね?」
「いやいや、あの二人と並んで歩けないだろ。特に今日は。なんか信者みたいな人が大勢いるし」

 零の問いに景光は辺りを見回し肩をすくめる。目の当たりにした光景を思い出し、感嘆とも恐れとも取れるような声で言った。

「後ろから見ていて思ったんだけど、ヴィオレさん達ってマジすごいな。というか怖いんですけど。ここに来るまでにもさっきみたいな光景が広がってたんだぞ? ほとんどの外国人が、海が割れるみたいに廊下の両端に寄って頭を下げるんだからな……」
「それ、割とよく見かける光景ですよ。あの二人の場合」

 イギリスの協会本部で頻繁に見る光景のため、何も珍しい事ではないけど……と菫のどこかずれた発言に、零が呆れたように突っ込んだ。

「菫さん……。あなたヴィオレさんとノアさんと一緒にいすぎて、常識というか、感覚が少し鈍ってますね」
「え?! ど、どこがです?」
「一般人は基本的にひれ伏される事はありません。あの二人があそこまで周囲の人間に傅かれるのは普通ではない、というより異常ですよ?」
「あの二人の影響力に鈍感になってるんじゃない? もしくはあの二人に関してはフィルターが掛かっているかもね、菫ちゃん」
「本当に? そうかな?」

 幼馴染二人に一般感覚と齟齬が生じていると指摘され、菫はそうなの? と傍にいたコナンと蘭に目で問い掛ける。そして菫の期待とは裏腹にコナン達には躊躇なく頷かれてしまった。

「えっ? あれ、私おかしいかな?」
「あ、でも身近な人で、昔からそういう光景が当たり前に繰り広げられていたら仕方ないですよ!」
「?! えぇ……私、いつの間にかズレてたの……」

 蘭はフォローしてくれたが、それが菫の認識との違いをより際立たせた。根っからの一般人である自分が、世間の感覚から乖離しているという事に菫は思いの外、動揺するのだった。



オリキャラが夢主以外とまともに初対面。オリキャラが出張るのは好まれなさそうなので、今回の登場はこれだけです。ついでに灰羽さんはあの人です。もう誰だかすぐに分かる名前。

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