Cendrillon | ナノ


▼ ・長野からの転校生
降谷さんのゼロってアダ名は諸伏さんがつけた&コナン君みたいに中途半端な時期の転校という設定。


「零くん、知ってる? 明日、零くんのクラスに転校生が来るんだって」
「知らないな。というか違うクラスの菫が、なんでボクのクラスの事を知ってるんだ?」
「日直だったから宿題のプリントを集めて、休み時間に職員室に持って行ったの。その時、私のクラスの先生と零くんのクラスの先生が話してたんだよ。なんかね、転校生は男の子なんだって」
「ふーん? 転校してくるには中途半端な時期だな?」
「学期の途中だもんね? 転校っていうだけでも不安だと思うのに、こんな夏休み直前の時期じゃ、もっと不安になっちゃうと思う。友達できるかなって」
「そうだな……」



 * * *



 時期的にはそろそろではないかと、菫は予感がしていた。転校生という情報にもしや……と心が躍ったのも事実だ。
 そして、待ちに待っていた待ち人が、ついに本日現れたのだと目の前の光景を見て菫は確信する。

「遅れてごめんね、零くん! ……あれ? その子もしかして……」

 いつもより終わるのが長引いた掃除当番で約束の時間に遅れた菫は、小走りで待ち合わせ場所まで駆けつけた。そしてその下駄箱前で、零の他にもう一人の少年が佇んでいる事に菫は気付く。

「そんなに待ってないぞ。あぁ、菫、こいつ、昨日言ってた転校生の……」
「ボク、諸伏景光! よろしくね。ボクの事はヒロでいいよ?」
「!」

 ついに零の幼馴染に出会えた。正確には零とはこれから幼馴染となる時を重ねるのだが、些細な事である。その名を聞き、菫は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう! じゃあヒロくんだね。私は鳳菫です。隣のクラスだけど仲良くしてね? 私も菫って呼んでほしいな」

 幼い景光にとって転校は大きな負担であろうが、景光の転校は大変喜ばしいと菫は思う。やっと零の無二の親友が現れたのだ。
 菫は幼い男女の友人関係は大体小学校に上がるのを機に、その関係が疎遠になると本などでよく見かけていた。同性同士で遊ぶのが楽しくなってくる年頃だ。これで自分はお役御免かもしれない……という、不安と一抹の寂しさもあるにはあった。だが、この二人が共に過ごせるならば自分の事など些末な事だとも菫は思う。

「菫ちゃんだね? 君がゼロの言ってた幼馴染の子かな?」

 景光はニコニコと笑いながら尋ねてきた。
 零が自分を幼馴染だという認識している事を知り、菫は嬉しさを覚える。またここであの零の代名詞であるゼロという単語が出てきて、さらに喜びが増す。

「うん、零くんとは幼稚園からの付き合いなの。でも、ゼロって……零くん、ヒロくんにアダ名つけてもらったの?」

 そう尋ねはしたものの、ほんの少し予想していたところが菫にはある。
 クラスが違うため何とも言えないが、菫はゼロというアダ名を今まで聞いた事がなかったからだ。どうも零は周りの男児と折り合いが悪いらしく、ケンカが絶えないようなのだ。仲の良い男の子を今のところ菫は未確認だった。

 そのためこれはもしかするとゼロの名付け親は景光ではないかと菫は疑っていたが、これは正解だったらしい。

「そう! 零って名前からだよ。ゼロもカッコイイだろ?」
「ゼロ……うん、いいね。私もカッコイイと思う!」
「だろ? 零って言うのももちろん悪くないけど、せっかく友達になれたからアダ名付けたんだ!」
「仲良しの印だね。良かったね零くん! 私もこれからはゼロくんって呼ぼうかな?」
「いや……ゼロは嫌いじゃないけど、菫には零って呼んでほしい」
「そう? ……零くんがそう言うなら、そうする」

 どうやら菫がゼロと呼ぶ機会は失われてしまったようだ。無論、零と呼ぶ事に不満がある訳ではないので、菫はあっさり引き下がる。

「はは、じゃあゼロって呼ぶのは当分、ボクだけだね」

 それで何かを察したらしい景光は、面白そうに笑ってそう言った。



 * * *



 聞けば景光の引越し先は零の家と近いようだった。菫の家は二人の家からさらに少し歩く位置になる。方向としては同じになるため共に帰る事ができた。
 三人揃ってのそれぞれの家への道すがら、簡単なプロフィールや互いの情報を交換し合っているうちに、今日起こった出来事について話が上がった。

「え? ヒロくん、転校早々にクラスの男の子とケンカしちゃったの?」

 菫が零と景光から聞く事になった話は思いがけないものだった。しかもてっきり零が景光に声を掛けたものだと思っていた菫は、その逆だと聞いて驚いた。

「だってあいつら、ゼロにしょうもない事言って、いい気になってたんだ。子供過ぎだよ」
「いつもの事だから、適当に相手してたら、殴りかかってきたんだよな。それを止めたのがヒロ。そのあとヒロも混ざってケンカになった」
「えぇ! 大丈夫? 二人とも、怪我は?」
「大丈夫だよ。口ゲンカだったから。でも結局担任に怒られちゃったね」

 そのため放課後に軽く教師に指導され、零たちも下駄箱前の待ち合わせに遅れて着いたらしい。解放されたのは菫が来る数分前だったそうだ。

「でもそのおかげで、ゼロと仲良くなったんだ。それに絶対、あんな悪口とかいうようなやつらより、ゼロと一緒の方が楽しい」
「まぁそれもあって、ボクと一緒にいても大丈夫かなって思ったかな。他のやつらとケンカになっても、ヒロなら何とかできそうだし」

 零はどうしても目立つ。小学生のある種の子供からは特に目を付けられやすい。それは言葉や暴力で傷付ける事を躊躇わない者達だ。
 それを零は認識しているからか、菫とは学校内ではあまり関わろうとしない。今は零と菫はクラスが違う事もあり表立って知り合いだとは周囲に思われていないが、クラスが同じだったとしても恐らく零は自分と表面上は関わりを持とうとはしなかっただろうと菫は思う。

(私がそういう子の関心を引かないように、学校じゃ基本的に話しかけてくれないもんね。放課後だってどっちかが掃除当番とかで、帰りが他の子より遅くなる時くらいしか一緒に帰れないし……)

 零の気遣いだと理解しているが、菫は自分が学校では距離を置かれていた現状で、今日会ったばかりである景光がその気遣いを取り払われている事に、少し羨ましさを覚える。

(良いなぁ。零くんが、ヒロくんとなら一緒に渡り合えるって、そう感じられたという事だよね。良いなぁ……)

 それが同性故の気安さからだとしても、零と景光のその関係が菫には眩しく映る。いっそ自分も男であれば、この二人にさらに近づけたのだろうかと、菫は詮無き事を考えた。



 * * *



 帰り道の途中。菫たちは真っ直ぐに帰宅せず、寄り道をしていた。話足りなかったのだ。零と景光の家にほど近い公園で話をしていた時だ。携帯の着信音がどこからか鳴った。菫が持たされている物ではない音だ。

「あ! きっと兄ちゃんからだ!」
「兄ちゃん?」
「うん!」

 零の疑問の声に景光は笑みを浮かべ頷く。着信は景光の携帯のようだ。景光はランドセルからチカチカとランプが点灯している携帯を取り出しながら言った。

「長野にいる高明兄ちゃんだよ。学校が終わる頃に電話するって言ってたんだ。ちょっと待っててくれる?」

 景光はそう零と菫に断ってから携帯を取る。さっそくその電話口から音が漏れ聞こえてきた。だがさほど大きい音でもなく、くぐもっているため内容は聞こえない。ただ、少し低い声で年上の男性らしいという事だけは分かった。

「高明兄ちゃん! ボク、東京で友達ができたよ! アダ名が『ゼロ』って言うんだ! カッコイイでしょ?」
「!」

 菫はそれを聞いてひどく感動した。あの紙の上に見た光景がそのままだ。思えば実際に自分が知る物語と同じ展開を目にしたのは、これが初めてだったかもしれないと菫は気付く。

「あと、女の子の友達もできたんだ! ゼロの幼馴染で菫ちゃんって子。とても優しい子だよ」
「!!」

 まさか自分まで話題に上がるとは思ってもいなかった菫は内心飛び上がった。もちろん嬉しさによるものだ。景光の友達にしっかり名を連ねている事に、自分の頬が緩むのを菫は自覚する。だがそのあとの景光の言葉はハッとするものがあった。

「二人がいるからボク、こっちでもきっと頑張れると思う!」

 景光は両親を亡くし、しかもたった一人の兄とも離れ離れになっていたのだと、菫は思い出す。

(そうだった。ヒロ君だって一人で心細い筈なのに、明るくて優しくて、それを今まで感じさせないなんて、すごい大人だ。でもそんなヒロくんが、零くんと私がいるからってあんな風に言ってくれるなんて!)

 景光を取り巻く事情を思うと、景光の言葉はとてつもなく深く、また重い。そして光栄な言葉なのだと思った。菫はまるでプレゼントを貰ったかのような心地だった。不覚にも菫はウルッと涙が込み上げるのが止められない。

(私、きっとヒロくんともっと仲良くなる! そして零くんと一緒に幸せになってもらう!)

 新たな友人の幸せを菫は改めて願い、その幸せの一助となる事を密かに誓うのだった。



[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -