Cendrillon | ナノ


▼ *02



 思いがけず菫宅で同期と再会してしまった四人は、開き直って空白の数年間を埋めるべく、相手の言葉を聞き洩らさぬようしばらく会話に没頭していた。双方が最低限の話をできたところで、松田が思い出したように萩原に話を振る。

「あー、そういや、萩原。菫のあの伝言、一応伝えとけ」
「えー、言い出しっぺの陣平ちゃんが言えばいいじゃーん」
「俺はまかり間違っても、あのセリフは言いたくねー」
「もう! いつもそうゆうの俺に押し付けるし」

 松田と萩原のじゃれ合いが始まりそうだったため、零が少しイラついた声でそれを止める。

「……それで? お前たちは今日の事件中に菫から何か言付かったって事か?」
「なんて言ってたんだ? 菫ちゃんは」

 景光も気になったのかその菫からの伝言を催促すると、萩原が松田との掛け合いを一旦やめ、自分が聞いた言葉をそのまま伝える。

「“ごめんね”、だってさ」
「「……」」
「これ、菫ちゃんが言った言葉そのままだからね?」

 零と景光はその言葉に一瞬目を細める。前にも聞いた言葉だった。互いに無言で目配せをし合う。
 萩原は二人のその反応に首を傾げ不思議そうだったが、取りあえず松田に文句を言った。

「でもさ、別に陣平ちゃんが謝る訳じゃないんだから、自分で言ってよー」
「俺は形だけだろーが言伝だろーが、こいつには謝らねー。それにしても、菫の言った言葉は何に対してだ?」
「あ、確かに。それは最初に聞いた時、不思議だったんだよねー。菫ちゃんはなんで最後にこの言葉を選んだの? 二人とも何か覚え、ある?」

 松田と萩原の問いに零も景光も眉を寄せるしかない。

「……また、言われたな。一体何なんだ?」
「京都でも言ってたよな? ……俺達も菫ちゃんに謝られる理由が分からない」
「え? ちょっとぉ、菫ちゃん今日以外にも、今回みたいな切羽詰まった目に遭ったって事?」
「菫も大概、トラブル体質だな……」

 以前にも同じ発言をしているらしい事に、つまり命の危険に晒される状況に見舞われた事があったのかと萩原も松田も顔を顰める。
 そして再び耳にする事になった謎の謝罪の言葉に、零はその真相を本人に問い質そうと俯き加減で大人しくしている菫に目を向ける。

「菫、ごめんって何だ――って、道理で静かな訳だ……」
「菫ちゃん、途中で寄りかかってきたなと思ったら、寝てたんだよ……」

 赤い顔をした菫は隣に座る景光にもたれて寝息を立てていた。いつかを彷彿とさせる光景であった。

「菫はまた寝落ちかよ」
「こんな事、前にもあったよねぇ……」

 男四人のこの騒がしさの中でよく眠れるな……と菫を除く全員が呆れたように息をつくが、昔の事が思い出され懐かしさに顔が緩む。

「まぁ、仕方ないよ。菫ちゃん、病人だし」
「今はこれを掛けてやってくれ」

 零がブランケットを景光に渡す。零の座っていた一人掛けのソファのひじ掛けに無造作に引っかかっていたものだ。景光がそれを菫にせっせと巻き付けていると、萩原がその様子を見つめながらポツリと言った。

「ごめんってさ、多分――先に死ぬ事になって、ごめん……って意味じゃない?」
「は? 何だよ、それ」

 松田が不機嫌そうに顔を顰めるが、萩原はさすがに慣れているのかそんな友人を気にもせず自分の予想を述べる。

「菫ちゃんの伝言。発言時の状況と菫ちゃんの性格からすると、ゼロとヒロを残していくのが申し訳なかったのかな、って」
「子供を残していく母親みたいなセリフだな――って、そういやこいつは元々保護者ポジションでもあったな」
「それに爆弾の最後のコードを切る直前も、陣平ちゃんと俺に二人をお願いって頼んでたし……」

 萩原がそこまで言った時だ。景光にブランケットを掛けられていた菫が振動で一瞬目が覚めたようで、声を漏らす。

「ふぁ……え? 私、寝てた? ……あ、ヒロくんごめんね? 寄りかかってた……」
「大丈夫。むしろ起こしちゃって悪いな。まだ体が怠いし眠いんだろ? この体勢が楽なら、このままでいいぞ?」
「ほんと? それじゃ、お言葉に甘えて……」

 起こし掛けた身体を押しとどめられ、また景光の言葉に菫は安心したように再びとろとろと眠りにつこうとしたが、それに待ったを掛けたのがもう一人の幼馴染だった。

「菫、良いか?」
「……うん? なあに?」

 眠りを妨げられつつも律儀に返事をした菫へ、零はここぞとばかりに質問を仕掛けた。


 ・
 ・
 ・


 零はまず伝言の真意について菫に尋ねる。

「ハギが言っていた事は正しいのか?」
「? 研二さんの言ってた事?」

 何を指すのか分からずに菫は瞬きをしている。傍目にもまだ夢うつつのような状態だ。

「僕達に最後に言いたかった言葉が、ごめん、だったって。僕とヒロを残していくのを謝っていたのか?」
「あ……うん……そう、だね。私が先にいなくなるなんて、想像してないんじゃないかな、って思ったの。きっと二人は、吃驚するから。多分、傷付くから。だから、ごめんね……って」

 ゆっくりとした口調で今にも眠ってしまいそうな菫を矢継ぎ早な質問で零は引き止める。

「菫はなんで最後だと思ったんだ。爆弾の解体を手伝っていたのはこいつらだぞ? 間違いなく解体できただろう?」

 爆発物処理に掛けてはその腕を微塵も疑っていない二人を見やりながら零は質問を重ねた。松田も若干納得できかねるかのように口を挟んだ。

「菫。お前あの時、俺達の爆弾の解体の指示、疑ってたのか? 成功するって信じてなかったのかよ」
「陣平ちゃん、あの状況なら無理もないよ。菫ちゃんはあの時混乱してたし、俺達の言う事を鵜呑みには出来なかったんだよね?」

 菫の当時の反応に理解を示すものの、萩原も少し残念そうな口ぶりだ。菫は眠気を堪えてなのか、そうではないのか辛そうに眉を寄せて否定する。

「ごめん、なさい。違うんです。陣平さんと研二さんを、信じなかったんじゃ、ないの。ただあの時爆弾は、爆発するのが妥当で、必然だって、思ったから」
「爆発するのが、妥当?」
「必然?」

 松田と萩原が全く理解できない言葉をオウム返しした。菫はうつらうつらとしながら答える。

「そう、です。多分私で、やっと終わる……」
「は?」
「終わるって、何が?」
「私が変えた、運命が」

 普段ならば決して答えない内容だった。

「未来が定まるんじゃないかって、思ったんです。本当は二人とも、あの時から未来は、白紙だったから――」
「「!!」」

 萩原と松田の事情を知らない零と景光が不穏な言葉に同時に顔を強張らせた。零が尋ねようとする前に菫が口を開く。

「他の誰でもない、私が責任を負わないといけなかった。私が変えてしまった。二人だけじゃない。ヒロくんも、伊達さん達も……。きっかけは私だったから。私は変え過ぎたんじゃないかって、いつも怖かった」
「菫ちゃん、やっぱりあれって……」

 それには景光も反応し、自分にもたれている菫を思わず覗き込んだ。伏し目がちの菫は周りを見ていないようで喋り続ける。

「本当なら爆弾は爆発して、誰かが死ぬ筈だった。だから今日、爆弾を目の前にした時、あぁ、これはカルマだなって……私が贖う事なんだって、胸に落ちて……。歯車が狂った運命が今日、私できっと終わるんだなって、それが何より自然な事だと、思ったんです……」
「贖うって何だ? 菫は何を言っている?」

 今の状態の菫からでは要領を得ないと思ったのか、硬い表情で零が答えを知るであろう松田と萩原にきつく問い質す。

「今回の爆弾魔とは俺たち、因縁があったんだよねぇ……」
「7年越しのなげーやつな」
「俺だけじゃなくて、松田に萩原、伊達までも何かあったのか?」

 そこまで言って景光が考え込むように口元に手を当てた。沈黙が流れると、再び菫が口を開く。
 それは謝罪の言葉だった。

「……私、ずっと申し訳なかった。私の独断で変えちゃったの。零くん達が強さを得る機会も、奪ってた」
「菫が? 奪う?」

 またもや意外な言葉が飛び出て来て、零たちは戸惑う。俯いている菫に全員が注目した。その視線をものともせず、というよりももはや周りの事など意識の外で、菫は問わず語りのようにか細い声で理由を口にする。

「親しい人との別離と引き換えの、痛みを伴う強さだったの。そんなの皆には、知らないままでいてほしかった」
「……」
「痛みを知る事で……得られる強さはこの先、必要なのかもしれない。それでも、傷付いてほしくなかった。皆にいなくならないでほしくて……生きていてほしかったの。ごめん、ごめんね……私が勝手にやった事」
「菫ちゃん……」

 菫は泣いていた。伏せた目からはポロポロと涙が零れ落ち、景光の肩を濡らす。しかし菫は続けた。

「未来を変えて、皆に秘密にして遠ざけてきたのに、それなのに結局私が台無しにする。皮肉だね……。でも、誰も欠けない世界で、皆が生きられるなら、私でそれが確立できるなら死ん――」
「菫!」

 その先を聞きたくなくて、零が強い口調で咎めるようにその名を呼ぶ。その声に菫は一瞬身体を揺らしたあと黙り込んだ。再度訪れた沈黙は長くは続かない。それを破ったのは萩原だった。

「――やっぱり、菫ちゃんって未来が分かるのかな……」
「魔女じゃなくて、菫がか?」
「そもそもあの魔女、俺達の事なんか気にしていないと思うな。菫ちゃんが絡むから動いてるだけな気がする」

 萩原と松田の会話に零が訝し気に口を挟む。

「その魔女って、ヴィオレさんの事か?」
「俺は直接会った事ねーんだよ。萩原が知ってる」
「俺と陣平ちゃん、一応魔女に助けられたんだよねぇ。でも俺は菫ちゃんが鍵だと思うんだけど」
「菫が一体何をしたっていうんだ?」
「昔問い詰めたけど、肝心な事は言わねーんだよ、菫は」
「お前達も判然としないな。やっぱり菫、もう少し僕達に詳しく説明を――」
「おいゼロ……それに松田も、あまり深追いすると――」

 今だ景光に寄りかかったままの菫に零や松田が新たに追及を始めようとする。景光が菫の涙をぬぐいながら慌てて制止しかけたその時、その場に微妙に場違いな、そしてとても有名なイントロが流れた。



 * * *



 〜♪〜♪


 それを聞いた瞬間、しかめっ面を浮かべた人間が二人いた。景光は懐から摘まむようにしてスマホを取り出す。

「ほら、早速きたし……。ノアさんからだぞ。出たくない」

 音の発生源は景光のスマホであった。景光が応答するのを躊躇しているため、音が鳴り続けている。ゆったりと流れている曲に萩原と松田が半眼になった。

「なんで、愛のテーマ……」
「マフィア映画のじゃねーか。なんだよ、その選曲は」
「さぁ……? 菫ちゃんの父親だっていう主張じゃないか?」
「言っておくが、僕達が選んだんじゃない。着信音を指定されてるんだ」
「え……ゼロもこの曲なの? ……変えたら?」

 萩原が当然の提案をするが、諦めたように零は首を振った。

「変えられるものなら、とっくに変えてる。ちなみにヴィオレさんからの着信音は、某アニメ映画のフェアリーゴッドマザーの歌うアレだ」
「カボチャを馬車に変えるアレ? あの曲流れるの!? うわぁ、ご愁傷様……っていうかあの魔女、フェアリーって柄じゃない……って思ったけど、外国じゃ正にあれはフェアリーか……」

 気の毒そうな視線を萩原だけでなく松田までもが零と景光に向ける。微妙な雰囲気の中、いまだにスマホは音を鳴らし続けていた。

「出なきゃダメだよなぁ……はぁ。はい、もしもし――」

 他の三人からの無言の促しで景光は諦めてそれに出る。だが自分一人だけでの対応は避けたいとスピーカー通話にしていた。


 ・
 ・
 ・


 しばらく待たされた事には触れず、ノアは景光が電話口に出ると開口一番にある質問をした。景光や他のメンバーがいる事を前提とした質問だった。

「あなた達、男四人で今とってもよろしくない事をしていませんでしたか?」
「よろしくない事……と言いますと?」

 こちらの人数も状況もほぼ把握しているような相手に、監視カメラでもあるのかと松田や萩原が辺りを見回している。それを横目に景光が問い返すと、ノアは決めつけるかのように言った。

「意識のはっきりしない女性に、寄ってたかって迫っていますね?」
「ノアさーん!! 言い方! すごく誤解を招きますね!?」
「そうですよ。僕達は質問していただけです」
「菫の意に沿わぬ状況なのは否定しませんね? 今の菫は病人でしょう?」
「……」

 零は言い返すが、ノアのさらなる指摘にはそこにいる誰もが反論できなかった。恐る恐る萩原が尋ねる。

「ちなみに、そこにあの魔女さんは同席したりしてます?」
「彼女は今回はいませんよ。私が連絡している事に感謝してください。ヴィオレがこの事に気付いたら、報復待ったなしです。彼女はシビアですよ?」
「ありがとうございます!」
「助かります!」

 景光と萩原の感謝の言葉にノアは苦笑しながら最初は同情的な口ぶりだった。

「私も男なのであなた達に協力したい気持ちもあるんですよ? ですが、女性の秘密を暴くならせめてフェアに、紳士であってほしいですね。菫が熱で朦朧としている今はそれ以上の質問は許しません」

 娘の望まぬ事を防ぐためにノアは四人の男達に改めて釘を刺した。

「欲を言えば、自分から言わないのであれば、言うまで待つ、言わなくても構わないという男気を見せてほしい所です。あぁ、そろそろ菫をベッドに運んであげてくださいね。そして家主の眠る寝室からは男は速やかに立ち去るように」

 男達は男達で静かに遊びなさい……と、それだけ言ってノアは電話をあっさりと切った。

「……この家、カメラでも仕込まれてるのか?」
「いや、カメラも盗聴器も一切ない」

 松田の問いに零が断言した。しかしそうすると先程の状況が説明できないのだが、四人はその点に関しては満場一致で疑問を棚上げた。

「あー、退去勧告も出ちゃったし、場所を変える?」

 萩原が隣に座る菫を見つめて言う。話し込んでいる間に菫はすっかり寝入ってしまっていた。

「いや、寝室には長居するなっていう意味みたいだし、ここにいるのは構わないんだろう。それより僕達が不在の間、菫と何があったのか洗いざらい話してもらうぞ」
「女の秘密は暴くなって言われたばっかだろーが……」
「菫じゃなく、お前たちが知っている事を聞くんだから問題ない」

 菫から松田と萩原に矛先を変え、これまでの疑問を解消すべく零は頭の中で何を聞くべきかと検討を始めた。また萩原も追加の人員を要請する。

「もうこの際、伊達も呼ばない? なんか伊達って菫ちゃんの事で、微妙に何か知ってる雰囲気あるんだよねー」
「そうだな。菫ちゃんの口から名前も出たし、何かは知ってるんだろうな」

 景光が菫を寝室に運ぶため抱き上げながら肯定する。現状唯一、伊達には零と景光が公安であると露見していないが、松田と萩原にバレた時点でこの二人経由で真相は明らかになると思われ、伊達を巻き込む事もほぼ既定事項だった。

「おぉ、伊達も呼べ。俺らだってお前ら二人に言いたい事も聞きたい事も、まだあるっつーの」
「ついでにゼロ、何か作ってよ。腹減った」
「……はぁ。別に構わないが、菫は寝込んでたんだろ? 食材、あるかな……」

 同期五人が全員揃うまで、男四人は勝手知ったる知人の家で銘々に動き、くつろぎ始めた。そして、菫宅に遅れて訪れた最後の一人は、過去に菫に言った零と景光への「次に会った時に殴る」という言葉通り、有言実行するのだった。



そして菫さんは翌朝何を話したかは覚えていないというお約束。伊達さん以外にも秘密がちょっとバレました。でも怖い父親からクレームも入る。想定外に途中シリアスになったので、コメディっぽく終話。次回から奇術師編再開です。

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