Cendrillon | ナノ


▼ *after *01
誰かと誰かが感動の再会?


「菫ちゃん、大丈夫? やっぱり入院してた方が良かったんじゃないかな? 家、誰もいないんでしょ?」
「病院でも一泊しろって言ってたじゃねーか。無理して帰らなくても良かったんじゃね?」
「そんな、ただの風邪ですし。でもわざわざ送ってくださって、ありがとうございます」

 菫は赤い顔で困ったように眉を下げる。熱は治まらず頭痛もあるが、菫としては決して入院するほどではない。

 病院の一室で目覚めた時、菫は松田と萩原に心配そうに顔を覗き込まれていた。思わず笑ってしまった菫は、呑気に寝てんじゃねー! と松田に髪を乱暴にかき混ぜられてしまう。どうやら医師に病状が重いと脅されていたらしい。
 医師からは入院を勧められたが病院は落ち着かないと、菫は松田と萩原に付き添われその日のうちに我が家へと帰宅する事が出来た。

(こんな大事な日に風邪をひくって、どれだけタイミングが悪いんだって思ったけど、今回に限っては結果的に良かったのかなぁ……?)

 菫は熱に浮かされたふわふわした頭でそんな事を思う。
 数ある事件の中でも特に思い入れのある事件の日が近づいて来ている事に、菫はしばらく前から身構えていた。しかし10月の終わり頃である。菫は自分の体調がおかしい事に気付いた。

(まさか1週間近く寝込むなんて……。年かな……)

 微妙に体力の衰えに落ち込みながら、菫は何かしようにも何も出来ない状況にベッドで歯がゆい思いをしていた。

(でも今思えば、今回は人が亡くなる事件ではないし、傍観するしかなかったかも……)

 たとえ身動き出来る状況だったとして、自分にはやはり状況をより良くさせるような力などなかった、見守る事しか出来なかった……と菫は情けなくなる。だが、今回に関しては多少我が身が役に立ったのではないかと、全て終わった今となっては少し気が楽ではあった。

「菫ちゃんの寝室って2階だっけ? 階段とか平気? 俺抱っこして運んであげよっか?」

 ちょっとした移動で息切れしていた菫は、帰宅してまずリビングのソファに通された。だが、休むならば寝室かと萩原が問う。

「大丈夫です。階段くらい上れますよ。それにパジャマとか脱ぎっぱなしで、散らかってるので……」

 菫は恥ずかしそうに断りを入れる。長期間ベッドの住人だったため、家の中全般の清掃が少し疎かなのだ。ちなみに、寝たきりで特に体調が悪かったここ二日などは、まともに入浴も出来ていなかった。

(だから朝には少し元気になったからって、お風呂に入ったのがいけなかったんだよねぇ……たぶん)

 そこで菫は朝から病院での一件までの事をふと思い出した。


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 それは起き上がれる程度の小康状態になった午前中の事であった。置き薬がついに切れてしまったのが始まりだ。

(薬が切れちゃって、今日こそは病院に行かないとダメかなぁって思ったところまでは普通だったんだけど)

 身動きするのもやっとだった菫は、出掛ける気力もなく病院にも行けずに市販薬で過ごしていた。しかしそれではいつまでも完治しないと、今朝になり比較的体調がマシになった事から、病院へ出向くべく菫はようやく行動を起こす。
 処方薬を求め、怠い体に鞭を打ち外出の準備をしたのだが、出掛けの直前に菫は身体を清めようとシャワーを浴びてしまう。汗もかき不快だったのだ。

(でも温まらないうちにお風呂から上がっちゃったのがダメだったねぇ……)

 どうやらそれが体調悪化に拍車を掛けたと思われる。短時間のシャワーで切り上げたため身体が冷えたらしく、動ける程度に回復していた体調も水の泡に帰す。タクシーで病院に着く頃には菫は家で寝込んでいた時とほぼ同じ状態に戻ってしまっていた。
 その上、風邪が流行っている病院は混雑しており、菫は診察までだいぶ待たされる事になる。だが何とか治療が終わり、帰路につくかと帰りかけた時だ。自分が来院した時から待合室の長椅子の下に置いてあった、黒いスポーツバッグがまだそこにある事に菫は気付いた。

 菫は確かめようのない事をぼんやりと考える。

(こんな展開じゃなかった筈だけど……。やっぱり前回の事件で爆弾が爆発しなかった帳尻合わせが、今日に回ってきたのかな……。因果、なんだろうね。私が見つけたのも……)

 ソレに他の誰も気付かなかったのは無理もなかった。

 院内は病人で溢れていた上、スポーツバッグはひっそりと隠れるように置かれていた。菫が最初にそれに気付けたのも、初診の際に渡される問診票の記入時にペンを落とし、椅子の下を覗き込んだからだ。だがその時は、隣り合う人、または背中合わせに座る人の荷物かとさほど気にはしていなかった。しかし、長時間病院に滞在した自分が帰ろうとするその時まで置きっぱなしなのはおかしいのではないかと、興味を引かれたのが運の尽きである。

(ただ何であそこで私、カバン開けちゃったんだろ……?)

 椅子の下からそれを引っ張り出したまではいいが、菫は何故かそのファスナーを開けてしまう。落とし物ならばそのまま病院の人間に引き渡すべきであったのだが、他人のカバンを開けてしまったのは単純に菫の頭が働いていなかったからだ。
 そして映画などでしか見た事のない危険物を目にして硬直し、幼馴染たち、爆弾処理班の二人に連絡を取ったのがそこからの流れである。

(でも私、爆弾が下にある椅子にずっと座ってたのね。怖いなぁ……)

 本来ならば思い出しただけでも青くなるところだが、菫の顔色は変わらずに赤い。またその情報に菫は今もあまり動揺は感じていない。つまり今現在もまだ頭が働いていないのだ。

 つらつらと過去を振り返っている菫に、2階まで運ぼうかと提案した萩原は断られた事に首を傾げる。また申し訳なさそうに謝った。

「本当に運ばなくていいの? 俺は気にしないけど、でも菫ちゃんが寝室を見られたくないなら、今日はやめておくね。だけどごめんね? 俺たち、一度戻らなきゃいけないんだ」
「わりーな。ついててやれなくてよ」
「いえ、お二人ともお仕事があるのに、すみません。私はもう大丈夫なので、お仕事戻ってください……」

 菫がゆるゆると首を振る。仕事を一時抜けてこられただけでも充分にありがたかった。しかし二人はさらに菫を気に掛けてか、もう一度訪れると言う。

「仕事が終わったら、俺たち夜にもう一度来るからね。家の鍵、借りても良い?」
「鍵は良いですけど……でも忙しかったら無理して来られなくても、大丈夫ですから……」
「病人は余計な心配すんな。なんか欲しいもんがあったら、連絡しろよ」

 来なくても大丈夫だと言ったにもかかわらず、松田は入り用があれば連絡するようにと言う。菫は困ったように、だが少し嬉しそうに、はい、と返事をした。



 * * *



 何か激しく物がぶつかる音で菫は少しずつ覚醒していった。

「ん……なにか、音がする……?」

 寝起きの霞む目が薄暗い自分の寝室の天井を捉えた。窓から見える外は暗かった。だいぶ遅い時間帯らしい。
 体温が先ほどよりも上がっているようだと菫は思う。病院で与えられた薬も切れたのか、帰宅した時よりも頭痛がひどかった。

「うぅ……頭、痛い。寒い……喉、乾いた……」

 不快な感覚が山のように押し寄せ、眉間にしわが寄る。菫は痛みに頭をさすりつつ起き上がり、クローゼットにカーディガンを取りにノロノロと歩み寄る。寝る直前に辛うじて着替えられたパジャマの上にそれを羽織ると、ようやくいまだ階下からドタンッバタンッと響いてくる音に気を向けた。

「なあに……? 誰がこんな音を立ててるの?」

 思考能力が低下していた菫はその不自然な状況に不審感も覚えず、やはりおぼつかない足取りで一階へと移動したのだった。


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「てめえっ! よくもここに、のこのこ顔を出せたもんだな?!」
「うるさい! 何でお前たちがここにいるんだよっ?!」
「云年ぶりだっていうのに、毎度お馴染みのやつやってるなぁ……」
「本当に二人ともよくやるよねー。飽きないんだろうねぇ……」

 零と松田は菫宅のリビングで何故か殴り合いをしており、それを外野よろしく景光と萩原がソファに座りながら観戦していた。

「なに、してるの? みんな……?」

 ぽかんとした表情で菫が部屋の入り口の壁を支えに尋ねる。それに景光がすぐさま立ち上がった。

「菫ちゃん、起きたのか?」
「あー、うるさかったよね、菫ちゃん。ごめんねー?」
「ううん。喉渇いたから、目が覚めちゃったんです」
「菫ちゃん、こっちに座って。俺、水取ってくるな?」

 景光は菫の手を引いて自分が座っていたソファに移動させると、キッチンへと素早く姿を消した。隣に座る萩原が、菫を見て心配そうに声を掛ける。

「大丈夫? まだ顔赤いね」
「だいじょうぶです。でも、あの……零くんと陣平さん、どうしてあんな風になってるんです?」

 菫は首を振り、隣の萩原に向き直るともう一度尋ねた。軽いフットワークで互いの拳を避けながら――偶に当たっては、身体が家具や壁にぶつかり激しい音を立てるが――零と松田は大立ち回りを繰り広げている。萩原はその光景に呆れたように肩をすくめた。

「あれねぇ……。なんていうか、仕事が終わって俺達がここに着いた直後にさ、キッチンから音がしたんだよね? 勝手口が開いた音で泥棒かって最初は思ったんだけど……」
「あぁ……」

 その時点で菫は大まかにその先が読めてしまう。この家に表から入らず勝手口を出入りをするのは、現状二人だけなのだ。もちろん幼馴染の零と景光である。

「警官がいるのに侵入するなんて、どんな間抜けだって迎え撃ったのが陣平ちゃん」
「それで、ああなっちゃったんですね……」
「そうなんだよねー」

 得意のボクシングで撃退しようとした松田に、やはりボクシングで応戦したのが零なのであろう。零は零で松田たちを侵入者だと思っていたのでゴングは鳴らざるを得ない運命だったようだ。
 しかし、互いに誤解が解けたあとも変わらずやりあっているらしい。今は二人ともチラチラと菫達に目を向けており、この小競り合いを終えるタイミングを計ってはいるのだが、相手が絶えず手を出すため中々終わらせられずにいる。そしてそれに萩原はあえて助け舟を出さず、菫も熱のせいかそこまで気が回らない。
 そこへ景光がお盆を持って戻ってきた。

「はい、菫ちゃん。水と白湯。冷たい水は駄目だからな」
「あ、ヒロくん、ありがと―……」

 景光は少し湯気の立つマグカップは取りあえずテーブルの上に載せ、常温のペットボトルからコップに水を注ぎ、菫に手渡す。菫が早速それに口をつけていると、景光は菫を挟んで萩原の座る位置の反対隣に腰掛けた。

「萩原に聞いたけど、風邪だって? 熱は下がったのか?」

 そう言いながらも景光は菫の額に手を当て、自身で熱の有無を確かめる。そしてその熱さに心配そうな表情を浮かべた。

「起きてて平気なのか? だいぶ高いぞ。菫ちゃん、薬は?」
「菫ちゃん、病院で薬貰ってたでしょ? 持ってたカバンは寝室かな?」
「あ、薬は、ここにあります」

 菫はポケットから薬の入った紙袋を取り出す。熱で寝ぼけているせいか取り出す素振りもなく、いきなり手の上にそれを出現させる。

「……菫ちゃん、今日は熱のせいかもしれないけど、最近俺とかゼロの前だとそれ少し雑だよ。お得意の手品だね、って流せないんですけど。なんかもう隠す気ないでしょ?」
「確かにちょっと手品の範疇を超えてる時があるよねー」
「でも、モンペが怖くて深くは突っ込めない」
「モンペ! 確かに! あの人たち怖いよね!! え、でも菫ちゃんのこれって、あの人たち由来?」

 自分を間に通してされるそのやり取りを菫はあまり気にせず、ペットボトルの水をコップに注ぎ黙々と二杯目を飲んでいる。だが、萩原から同意の声が返ってきたため景光は首を傾げた。菫の両親と萩原は景光の知る限りでは、面識はなかった筈だからだ。

「ん? 萩原もヴィオレさん達、知ってるのか? というか、あの人達の恐ろしさを知ってるって事は、報復受けたクチか?」
「微妙に縁があるんだよね、あの魔女と……。そして報復だったのか、やっぱりあれは……」
「魔女って何……。でもあの人達、基本菫ちゃんに何かしたやつらにしか動かないだろ。何したんだよ?」
「前に陣平ちゃんが菫ちゃんに尋問したんだよねー。そしたらさ、翌日から一週間、黒猫とカラスにまとわりつかれて陣平ちゃん、ハーメルンの笛吹き男みたいになってて大変だったんだよ……。咥えタバコで引き連れてたのはネズミじゃなかったけどぉ」

 一緒にいて周りの視線が痛かった……と萩原は遠い目をする。

「尋問って……。まぁ、菫ちゃんをいじめたと判断されたみたいだな……」
「でも尋問してる時、その場に俺もいたから同罪だったのかなー。思えば俺の周りでも黒猫がいたる所で現れて怖かったもん」
「まぁ、カラスがいなかっただけマシだな。ついでに報復の中でも軽い部類だ」
「えー、まだ上があるの……。あ、ヒロ。何されるか知りたくない、言わないで」

 嫌そうな声を上げ萩原がソファに沈み込むと、白湯を片手に薬も飲もうとしていた菫が、ん? と他人事のように首を傾げるのだった。



 * * *



 水分を補給して人心地付いたのか、菫は熱で本調子ではないながらも多少は周囲に気を配れるようになる。まず最初に気になったのは、幼馴染たちはこの同期の二人に存在が知られてしまっても良いのか? という事だった。

「あれ? あの、ヒロくん? 研二さんとは、その、連絡とってたの?」
「いや、何でだ?」
「だって今、なんだか普通に一緒にいるから……? 零くんと陣平さんはなんかケンカしてるから、陣平さんは今知ったんだろうなって思うんだけど」

 今だ拳で語り合っている零と松田に関しては、そのやり取りからこの状況に納得してないのは見て取れるのだが、萩原とヒロは共に落ち着いているので、まさか秘密裏に繋がっているのかと菫は思ってしまったのだ。だがそういった事はないらしい。

「菫ちゃん。俺も陣平ちゃんと同じで、ヒロとゼロがここに居る事に驚いてるよ?」
「俺は鉢合わせしちゃったし、もう隠しようもないから説明するしかないなって諦めてるだけなんだけどね? ただ萩原達がいるのは何でなんだ? 昼に電話くれてたみたいだけど、風邪っぴきの菫ちゃんがヘルプで呼んだ感じ?」

 景光と萩原はまだこれといって情報の共有をしていないようだ。反対に萩原が景光が菫の事情を理解していなかった事に声を上げた。

「え? ヒロ、菫ちゃんが電話した理由分かってなかったの? ……っていうか、この様子だと菫ちゃん、ゼロ達とは前から連絡取れてたんだね?」
「う……すみません。今まで黙ってて。研二さんも陣平さんも、あと伊達さんも、零くんとヒロくんと連絡取れないって心配されてたし、私の事も気に掛けてくれてたのに……」

 萩原の指摘に菫は申し訳なさそうに項垂れる。しかし萩原は軽く手を横に振る。

「あーそれはいいよ。どうせこの二人に口止めされてたんでしょ? 察するに公安所属っぽいし」
「萩原は話が早くて助かるよ。ま、その辺は後でな。それで菫ちゃんが連絡してきたのって、風邪だからじゃなかったのか?」
「うーん。もうちょっと切羽詰まった理由だったねぇ。菫ちゃん的には今生の別れだったかもしれないもんね?」
「はい?」
「おい、ハギ、どういう事だ!」

 景光と萩原の会話を聞いていたらしい零も、松田の相手をしながら口を挟んでくる。

「爆弾を目の前にして、幼馴染に縋ったんだろーが! 肝心な時に菫の電話に出なかったくせに、何今更帰ってきてんだ?!」
「あぁ?! なんだと!」

 それには松田が答えてやるが、大いに突っかかる口調だったため、惰性で続いていた二人の殴り合いは再び熱を帯びて続行された。

「あー……、もうあっちはほっとこう……。まぁそれで陣平ちゃんが言った通り、今日都内で爆弾騒ぎがあったのはヒロも知ってるでしょ?」
「ん? ああ、3つの爆弾が仕掛けられてたんだよな。たぶんお前たちが解体したんだろう? 確か東都タワー、帝丹高校、米花中央病院で、病院は一般人が解体したって……え、病院ってまさか……?」

 景光はバッと隣に座るなぜか眉を顰めている菫を見つめ、これまでの話から菫がどのように関わっているのかとほぼ結論に達する。

「菫ちゃん、爆弾のあった米花中央病院にいたのか?」
「病院にいたどころか、解体したのも菫だっつーの!!」
「は? お前たちがいながら、菫になんて危険な事させてるんだ!?」
「仕方ねーだろーが! その場にいたのは菫だけだったんだよ!」

 今度は松田が口を挟み、それに零が噛みつく。だが、松田も間髪入れずに言い返し、否応なく二人の言い合いはヒートアップした。二人のそれがさらに大きく、険しくなると思われたその時、弱々しい声が辺りを制す。

「うぅ……零くん、陣平さん……。声、声がおっきくて、頭に響きます……」

 菫が苦しそうに頭を抱えていた。零と松田は瞬時に動きを止める。また両隣の景光と萩原が慌てて介抱した。

「菫ちゃん大丈夫か? さっきから硬い表情だと思ってたけど、頭が痛いんだな? ゼロと松田が煩くてごめんな?」
「だよねー。病人いるのに騒ぐなんて、二人共ひどいよねー?」

 景光は菫の頭を、萩原は背中を撫でながら、今まで放置していたのも素知らぬ振りで零と松田をジト目で睨む。ピタリと固まっていた二人はバツが悪そうにそれぞれ謝罪した。

「っ……ごめん。菫」
「ぐ……菫、悪かった……」
「松田、一時休戦だ」
「しょーがねーな……」

 そこでようやく互いに矛を収め、零と松田が三人が腰掛けるソファに近寄ってきた。騒音がなくなった事で少し楽そうになった菫を気に掛けながら、四人は情報交換を始めるのだった。



爆処組、公安組と再会してしまう……からの感動の殴り愛? そしてさらに続く。

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