Cendrillon | ナノ


▼ *02


「六六六番目の月を背に
 月の子は昨日の星を数え待ち
 裸婦の頭上に三ツ星を残す
 隣人の双子と月の子が掛け合う時
 我は希望の星を頂きに参上する」


 怪盗キッドから送られてきた予告は暗号のようだった。園子の持ち込んだ予告状のコピーを、コナンと零は頭を突き合わせて覗き込み、何やら互いに意見を交わし合っている。

「ねぇ、園子。予告状の暗号が解けないと博物館の警備が大変じゃない?」
「そうね……。犯行日がピンポイントで分かるのとそうでないのでは、警備計画はかなり変わるわね」
「うーん……困ったねぇ? さっきの予告状、パッと見た感じだとよく分からないよね? 一週間の展示期間とはいえ、いつ来るのか分からないんじゃ盗まれちゃうかな……」

 キッドは興味を示さないのではないかと楽観的な見方をしていた菫は、今更ながら不安になってきた。

「だ、大丈夫よ菫さん! まず特別展の公開は来週だし、それまでに解ければいいのよ! もし来週までが無理でも、いざとなれば菫さんの宝石の公開を一ヶ月の展示期間中の後半に回してもらえれば時間稼ぎだってできるわ!」
「あ、そうだね。時間の猶予は結構あるかも?」

 確かに園子の言う通り、暗号を解く時間はかなりある。菫の強張っていた表情から力が抜けた様子を見て、園子も肩を撫で下ろし、またカバンをゴソゴソと漁る。園子は予備で持って来ていたらしいもう一枚の予告状のコピーを取り出して、菫と蘭に力強く言った。

「三人寄れば文殊の知恵よ! 安室さんとガキンチョだけでなく、私達も知恵を出し合えば何か分かるかも!」
「そうね。全部は解けなくても、私達だってきっかけくらいは見つけられるわよね?」
「園子ちゃん、蘭ちゃん、ありがとう……」

 菫は顔を綻ばせる。女性陣で団結し、こちらも暗号の解読に取り掛かる事にした。しかしそこで菫はふと思い出したように園子に尋ねる。

「あ! そうだ、園子ちゃん。この暗号、ヴィオレさん達にも伝えていい? 特にノアさんがこういうの得意なの」
「ええ、いいわよ。ヴィオレさん達だって当事者だし」

 園子の快諾を得て菫は予告状のコピーをスマホのカメラで撮ると、その画像を添付しキッドから予告状が届いた旨のメールをヴィオレ達に送信する。
 ちなみに零とコナンの方はというと、まだ有力な答えには辿り着いていないようだった。意見は出尽くしたのか今は揃って沈思黙考といった様子だ。

「でも、キッド様の予告状ってもっと直接的な、何日の何時に参上する……って感じのものが多くなかった? 暗号にする理由って何なのかしら?」
「犯行日時をあやふやにしたい時なのかしらね? そもそも予告状なんて出さずに忍び込めば、もっと簡単に盗めるのに……。暗号だって解かれちゃったら、結局は警察とかに待ち構えられてる訳だし」

 園子と蘭が予告状の存在意義に疑問符を浮かべていると、沈黙していたコナンが不機嫌そうに言った。

「愉快犯だからだよ。暗号は解けても解けなくてもいいんだね、きっと。一連の全てを楽しんでるんだ」
「もしくは主導権を握るため……ですかね。どうしたって予告状は無視できません。キッドからの情報に沿って動かざるを得ないんです。それがキッドの想定内の、希望通りの行動に繋がるんでしょう。この時点で我々は彼の手の上で踊らされてるんですね」
「安室さん、暗号の意味、分かりました?」

 蘭が首を傾げて零に問うが、零は困ったような表情で首を振るのみだった。

「いえ蘭さん、まだです。ただ予告状というからには犯行の日時を暗示してますよね? 四行目の“双子と月の子が掛け合う時”、というのは時間を示すんだと思います。……コナン君はどうだい?」
「ボクもまだ……でも安室さんの言う通りだと思う。そうなると一行目から三行目は犯行日を表す筈だよね?」

 しかし、零とコナンもそれ以降はまだ解き明かせないようだ。すると園子が一行目の最初の単語に言及した。

「それにしても、666番目の月って何か不気味だわ」
「666って悪魔の数字だよね? ホラー映画とかで良く聞くもの」

 蘭が顔色を悪くしながらコピーの紙を覗いている。園子もさらに思った事を口にした。

「あと月の子って何かしら? 月下の奇術師って言われているキッド様の事?」
「この“昨日の星を数える”っていうのも、何だか文章としてはおかしいよねぇ……」

 菫も頭に引っかかる文言に首を傾げる。

「あと、“裸婦の頭上に三ツ星”もよく分からないですね? まさか何かの格付けの訳はないでしょうし。他に三ツ星って言ったら、そのままの意味で三ツ星がある星座のオリオン座の事かしら?」
「ん? ……あ!」

 蘭がオリオン座――正確には星座と口にした事で、菫は月の子の意味が分かってしまった。思わずあげた声で注目されたちょうどその時、短い電子音が店内に響いた。

「すみません、バイブで吃驚しちゃいました。私のスマホです」

 パクッと手で口元を押さえ、自分の声の原因をスマホのせいにする。また菫は素早く届いたメールを確認した。

「……あ、ノアさんから返信です。えーと…………え?!」
「? どうしました菫さん?」
「透さん、あの……ノアさん、暗号が解けたって……」

 ノアからのメールは暗号を解読したという驚くべき内容だった。



 * * *



「え?! 菫さんそれ本当? ボク達だってまだなのに?」
「うん、コナン君。今、ヴィオレさんが次郎吉さんに報告してるって……。しかも交渉中だって」
「菫さん、ヴィオレさんは一体何を交渉してるんですか?」

 零の疑問に菫も首を振る。詳細が記されていないのだ。

「それが書いてなくて……。でも、暗号に関してはヒントをあげるから、あなた達で解いてみなさいって。探偵達のお手並み拝見って書いてます。ちなみにヒントは666は18に変換する、だそうです」
「666が18……あぁ、3つの6の合計数という事ですか。そういえば18も666とは関連が深く、西洋では18も悪魔の数字と見なす事があると言われていましたね」
「ヴィオレさん達は外国の人だから、私達より連想が容易だったんでしょうねぇ」
「でもそうなると18番目の月か……。単純に考えると、十五夜、十六夜、立待月、そして18番目の居待月だけど……」

 そう言いながらコナンはスマホで何かを検索しているようだ。零もスマホを確認しながら、園子の方へ向き直り尋ねた。

「園子さん。菫さんの宝石の展示期間に×日は含まれますか? ちょうど居待月の日に当たるんですが……」
「え? ……いえ、その日は展示日には入ってないわね」
「そうですか。暗号の18番目の月は居待月とは関係なさそうですね。そもそもヴィオレさん達はイギリス人。日本の月の名称は馴染みがないか……」

 再びコナンと零は考え込んでしまう。しかし、18番目の月に菫は心当たりがあった。実は朝のニュースで次郎吉も関連する事を口にしていたのだ。

(もしかしてアレの事かな? そうすると他の部分の意味も、なんだか分かってきたかも? それにさっき分かった月の子って二つ意味があるっぽい? それじゃあ、キッドが来る日と時刻って……)

 菫はポケットから手持ちのあるカードの束を取り出した。またその中から目的のカードを2枚だけより分け、それを見つめながら頭の中で暗号の整理をする。その絵柄を見ていると、やはりこれの事かもしれないと菫も一人納得するように頷いた。

「あれ? 菫さん。何を見てるんですか?」
「なに? 菫さん、どうしたの?」

 カウンターに2枚のカードを置いて見ていると隣から蘭に声を掛けられ、園子も菫の肩越しにそれを覗き込んだ。菫は自分の推測をおずおずと述べる。

「蘭ちゃん、園子ちゃんもあのね、もしかしたら18番目の月って、このカードの事じゃないかなって……」
「これって……タロットカード?」


 ・
 ・
 ・


 菫が見ていたのは市販されているタロットカードだ。以前商品として古いタロットを扱い、世間に知れ渡っている情報を一通り調べた事があったのだ。カードの解釈のため、また素人ながらもリーデイングしてみるなどで、その時に使用した変哲のない一般的なカードである。蘭がカードをまじまじと見つめ、菫の言いたい事に気付いた。

「タロットの月のカード……あ! 18番目なんですね!」

 そのカードは、上部中央に女性の横顔が描かれた月が浮かび、荒野に雫状の月光が降り注いでいた。その大地には二つの塔と犬と狼、そして水から這い上がるザリガニが描かれている。またローマ数字で18と番号が振られていた。

「本当だ。でも、もう一枚の方は? ……あ、予告状の裸婦って、こっちのカードの女の人の事かしら?」

 園子は月のカードの隣を指差し菫に問い掛けた。

「多分そうだと思うの。こっちは17番目の星のカードだよ。これも暗号に関係ありそうだよね」

 こちらのカードも、上部中央には大きな星が一つ浮かび、その周りに七つの小さな星が取り巻いている。またその真下には裸の女性が描かれており、両手の水差しから水辺と大地に水を注いでいた。やはり17と番号が振られている。

「なるほど……。という事は、キッドの犯行日は宝石の展示期間の4日目の夜……」
「侵入してくるのはきっと深夜12時だろうね」
「えぇ! 本当ですか? 安室さん、コナン君!」
「なんで? なんで分かったの?!」

 いつの間にか零はカウンター側から、コナンは菫の後ろからカードを覗き込んでおり、それぞれ犯行日、犯行時刻を口にする。蘭と園子の驚いたような声に、零が菫へと水を向けた。

「菫さんはどこまで分かってますか?」
「え? えっと……暗号の一行目はタロットの月の事ですよね? それで二行目の月の子は英語でムーンチャイルド、蟹座の事です。ここでは月のカードのザリガニを示していると思います」
「? 菫さん、どうして蟹座が月の子なの?」

 園子の疑問に菫は簡単に説明する。

「西洋占星術では蟹座の守護星は月なの。だから蟹座の人を月の子って言ったりするんだって。二行目の月の子はカニとは正確には違うけど、ザリガニの事でいいと思うな」
「ボクもそう思う!」
「コナン君が賛成してくれるなら安心だね」

 コナンから追認され菫は間違っていないようだとほっと息をつく。しかしそこまで言ったところで、蘭が興奮したように菫を称えた。

「菫さんすごい! そういえばタロットの事も最初に気付いてましたもんね!」
「ううん、先に解いていた家族からのヒントがなければ分からなかったもの。あとタロットは、今朝のニュースで次郎吉さんが口にしてたし、それにさっき蘭ちゃんがオリオン座って星座を話題にしてくれたから、月の子って星座でそういう名称があったなって思い出したの。だから蘭ちゃんのおかげ! ありがとうね?」

 菫が礼を言うと蘭はとんでもない! と慌てて手と首を横に振る。それに思わず可愛いなぁ……と笑みが零れるが、菫は咳払いをして暗号の解読を続けた。

「んん……えーと、それで続きですけど、月のカードと月の子を踏まえて考えると、“六六六番目の月を背に月の子は昨日の星を数え待ち”だから、月のカードのザリガニから見て、昨日は一つ前の日……つまり一つ前の星のカードで、その星を数えるって事なんだと思うんです」
「そうですね。星のカードには全部で八つの星が描かれています。ただこの大きく描かれた一つの星と、周りの小さな七つの星は別々に考える必要があるでしょう」

 零がよく出来ましたと言わんばかりに微笑み、そこからの説明を引き受け、コナンと共に詳細を語り始めた。



 * * *



 最初はコナンが七つの小さな星について解説した。

「まずこの小さな星は菫さんの宝石の展示期間の一週間を示してるんだ。ちょうど七個あるしね」
「そして大きい中央の星は菫さんの宝石、エルピスの事ですね。皆さんもご存じでしょうが、エルピスの別名は希望です。そしてこの星のカードは元々、希望、願いを叶える、という意味があります」

 次に零が星のカードと菫の持つ宝石を関連付けて説明する。それにコナンがさらに補足した。

「暗号の五行目に“希望の星を頂きに参上する”ってあるでしょ? 間違いないよ!」
「なるほど……」
「でも蘭、肝心の犯行日と時刻がまだ分からないわよ? 展示期間の4日目、夜の12時って言ったわよね? 何でその日時が出てくるの?」

 園子が安室に目を向け暗号の解読の続きを促すと、再び零は菫に問う。

「菫さんは解けましたか?」
「あ、はい。多分ですけど、三行目の“裸婦の頭上に三ツ星を残す”がポイントかなって……。二行目で星を数えて待つと言っていて、星を三つ残す……という事は、七つの星を四つ数えて待つという意味だと思います。つまり4日目まで待つという事ですよね?」
「きっとそうだよ! 展示期間を三日残して、エルピスを盗みに行くっていう意味なんだ。そして犯行時刻は“隣人の双子と月の子が掛け合う時”。これは星座の双子座と蟹座の事だよね? ね、菫さん?」

 コナンにそう問いかけられ菫も、うん、と頷く。若干、今の自分は毛利探偵のポジションかもしれないと思いつつも、一応自分の予想とも同じようだと菫は難問クイズを当てたような嬉しさを覚えた。

「もう! 菫さん! 何で双子座と蟹座が出てきて12時になるのよ〜。教えてよ〜」

 コナンと顔を合わせあっていると、まだ答えが分からない園子がじれたように菫の肩を揺らした。

「あ、ごめんね、園子ちゃん。えーとね、まず月の子って単語は二行目と四行目に出てくるけど、別々の意味なの。二行目の月の子は月のカードのザリガニで、四行目の月の子はそのまま蟹座っていう意味だね」
「どうしてですか?」

 蘭が同じ言葉でそれぞれ別の意味になる事に疑問を抱く。

「四行目は隣人の双子って前書きがあるからかな。雑誌とかで星座占いは園子ちゃんも蘭ちゃんも見るでしょ? 双子座の次は蟹座なのは覚えてるかな? 双子と月の子である蟹は隣り合うから隣人って事だね」
「あぁ、そういう事なんですね」

 蘭が納得したようなので菫はさらに星座について説明する。

「あとこの星座占いって牡羊座から始まるよね? 詳しくは省くけど、春分の日が関係していて牡羊座が第一星座なの。第二星座は牡牛座。そして第三は双子座で、第四が蟹座。これを掛け合うって事は単純に掛け算するって事でいいと思うよ?」
「あっ、だから3×4で12。12時って事ですか」
「キッド様の行動パターンからすれば、真夜中の12時よね!」
「まあ、四日目まで待ち、三ツ星を残すという事からも、日付が変わる頃だと推測もできますね」

 零が締めたところで、コナンがどこかワクワクしたように園子と菫に言い募った。

「ねぇ、次郎吉おじさんがどんな警備計画を考えているか知りたいな! ボクも今回の件に参加させてもらえるのかな?」



暗号の説明で終わってしまった……。次は事件当日です!

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -