Cendrillon | ナノ


▼ *奇術師の驚愕 *01
「曰く付きの宝石」の続編。そして事件自体は毎度の事ながらあっさりです。


 ある日の朝。朝刊の見開きを使い、鈴木財閥相談役、鈴木次郎吉はある人物に挑戦状を叩きつけた。


「怪盗キッドに告ぐ!
 我が大博物館にこの度、持ち主の願いを叶える宝石、『エルピス』を展示する。
 この宝石が貴殿のお眼鏡に適う事は間違いない。公開は七日間のみ!
 希望の名を冠する宝石を手中に収めたくば取りに来られたし。

 鈴木財閥相談役 鈴木次郎吉」


 見開きの裏面にはその宝石に関する情報が記されている。

 アメシストに類似する紫色の新種の宝石エルピス。産出地、産出年月日、共に不明。現存するのはエルピスのみと見られ、価値は天文学的。
 月の光にかざした際、宝石の中に別種の宝石を含む事が確認されている。その石の正体は外殻である紫色の宝石部分を破壊しなければ鑑定不能のため、不明。
 持ち主に幸福をもたらすと言われている。×月×日より期間限定で、鈴木大博物館の特別展にて一般公開予定――。



 * * *



 次郎吉のキッドへの挑戦状が掲載される朝刊が出る前日、菫は打ち合わせのため鈴木家の豪邸に訪れていた。

「菫さん、今回はあのエルピスのレンタルの許可をありがとう!」
「全くじゃ! 菫、恩に着るぞ」
「いえいえ。こちらの無理な条件を呑んで頂いて、ありがとうございます」
「何あれしきの事、大した事ではなかったわ。それより鑑定結果は新種の宝石! 注目されること請け合いじゃ!」
「本当にね。しかも月光の下では宝石の中に別の宝石が見えるって素敵! 昔、太陽光の下で見た石の中の影みたいなのは、これだったのかしら?」

 園子が不思議そうだったが、実は菫もよく分かっていない。とりあえず実体がある物ではないのかもしれないと、菫はその存在を明確には肯定しない。

「うーん、何なんだろうね? 今は確かに月光の下では石みたいなのが見えるようになったけど、もしかしたら光の屈折とかで石に見えるだけかもしれないよ?」
「そうかしら……?」

 首を傾げる園子に、菫は何とも言えず笑ってごまかした。

「でも、本当に無理を言いまして、お手間をお掛けしました」

 菫は次郎吉と園子に頭を下げる。今回のエルピスの貸与に当たり、菫はある提案をしていたのだ。それは鈴木財閥でなければ出来なかっただろう結構な難題だった。

「いや、なかなか面白い案でもあった。展示品をある種のテーマに沿って一堂に集めるのは、人目を引けよう。公開日に向けて、現在美術品が続々博物館に納品されておるぞ」
「でもレンタル料はいらないって、菫さん本当にいいの?」
「うん。レンタル期間も私の都合で1週間だけだし、しかも我儘も言っちゃったから……」

 菫は今回の博物館での展示には、一種の提案であり、そして明確なある条件を付けている。

「エルピスの宝石を展示する時、他にも変わった作品や曰くがある美術品を同時に展示してほしい……なんて、大変でしたよね?」


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「菫。木を隠すなら森の中よ?」
「え?」

 園子から――というより次郎吉から宝石の貸与を持ち掛けられていると、菫はヴィオレとノアに相談していた。しかし、次郎吉の要望の一つに、貸与者の情報の秘匿は大前提だが、エルピスの不思議な曰くを公開する事……とあったのだ。

 新種の宝石と鑑定結果が出る前だったため、博物館に展示する理由が必要だったのだ。その情報がなければ、確かに菫の持つエルピスは、他人からしたらただの紫色の宝石でしかない。
 次郎吉にはエルピスの譲渡を断り続けているという負い目から、貸与はしても良いがあまり好奇の目に晒されたくないと菫が告げると、ヴィオレはこう言ったのだ。

「宝石を――エルピスを目立たせたくないならば、他に面白い曰くのある美術品と一緒に展示してもらえばいいんですよ」
「曰くがある美術品と共に並べてもらって、エルピスをそれに埋もれさせちゃうって事ね。まぁ、鈴木相談役としてはエルピスは一番目立たせたい筈でしょうから、気休めかもしれないけど」
「しかし、曰くのある美術品の、数ある物の中の一つ……という事で、同時に展示される物があるならば悪目立ちはしないでしょう」
「あぁ、なるほど……」

 キッドを釣る餌として間違いなく目立ちはするだろうが、似たような美術品が集まっているならば、ある意味色物が集まった展示会という事で、見る人間の意識を多少なりとも分散できるだろう。
 菫はそれならば確かに自分にとっては好都合だと、エルピスの貸し出し条件にヴィオレ達のその案を提示する事を取り入れるのだった。


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「――我儘といっても、菫さんの宝石と一緒に沢山の美術品を同時に展示してほしいっていうものでしょ? 別に問題ないわよ?」
「でも、次郎吉さんが展示をする時の主旨とは方向性が違うかなって思うんだよね。次郎吉さんが展示をするなら、メインのものに一点集中させてましたよね? 来館者の目を分散させるような事はしなかったと思うんです」

 しかもエルピスの宝石と同時に展示する美術品についても、鈴木財閥が準備をする事になっている。各地から多数の美術品を収集し、その貸与にも費用が発生する。自分の要望で大分大掛かりな事になり、菫は後日それを知ってかなり青褪めた。

 鈴木財閥にはその件でご負担が頂いてますし……と申し訳なさそうな菫だったが、次郎吉はそれを笑い飛ばす。

「はっはっはっ! まぁ、確かに今回の展示方法はこれまでと違うが、菫の出す唯一の条件じゃったからの。気にせんでもいいぞ? それに一時的にせよ、展示品も真新しくなるのじゃから必要経費じゃ!」
「でも、むしろうちにレンタル代を払うより、負担が大きいんじゃないかなって……」
「なんの。美術品のレンタル代など、特別展の成功のためならば微々たるものじゃ! しかし、目立つのが嫌とは菫は変わっておるのぉ……」

 そこは園子が次郎吉と菫の性格の違いを指摘した。

「次郎吉おじ様は目立つのが大好きだものね。その点は菫さんとは相容れないかも……」
「じゃが今回の特別展で目玉となる故、契約通り貸与者の情報は公開しないが、その他の情報――言い伝えなどは大々的に流してよいという事で間違いないかの?」
「はい。こちらの条件を鈴木財閥の皆さんは真摯に応えてくれました。私やヴィオレさん達――我が家の情報が出ないなら、あとはお任せしますね」
「うむ! キッドの魔の手からしっかりと守り切って見せようぞ! 菫やヴィオレ達の元に必ずやエルピスは返却するのじゃ!」

 その次郎吉の言葉に、少し半信半疑で菫は思わず問う。

「キッド、来ますでしょうか……?」
「それはもちろん来るじゃろう! 明日の朝刊と朝の番組で告知をするからの! 菫も見るのじゃぞ!」

 自信満々といった表情の次郎吉に、菫は苦笑を浮かべるしかなかった。



 * * *



 一般的には通勤、通学前の時間帯。鈴木大博物館での特別展についてニュースが流れていた。昨日、次郎吉が言っていた朝のニュース番組だろう。菫は寝起きの頭で、ぼんやりそれを眺めていた。
 どうやら博物館で次郎吉本人がカメラを呼び、宣伝もしているようだ。インタビュアーらしきレポーターが次郎吉にマイクを向ける。

「鈴木相談役。今回は博物館の通常展示物を全て、特別展に合わせて入れ替えするそうですね?」
「うむ。一ヶ月の期間限定で、世界中から選りすぐって集めた様々な品を公開する予定じゃ」
「集められた特別展示の美術品にはテーマがあると伺いました」

 あらかじめインタビュー内容は決まっているのだろう。淀みなく質問が繰り出される。

「その通り。今回の特別展のテーマは神秘と幻想!」
「神秘と幻想……つまり人智では測れない不思議な美術品や、夢や幻といった空想的な世界観の作品などが見られるんでしょうか?」
「そうじゃ。幻想コーナーに展示される作品はお主が言った通りじゃが、一部にはオーパーツとして有名な品を、所蔵する各美術館から一通り借り受けておる」
「おぉ! 海外に行かねば見られない美術品も展示されているんですね!」
「うむ!」

 レポーターの感嘆の声に次郎吉は胸を張って頷くと、さらに展示物について説明を続けた。

「神秘コーナーは過去の持ち主が数奇な運命を辿ったと言われる美術品、世にも恐ろしい曰くのある美術品など、変わった曰くがあるものを中心に集めたんじゃ!」
「一例をあげるとどんな美術品でしょう?」
「そうじゃのう……儂が面白いと思ったものは、その昔、百発百中の占い師が使用していたタロットカードかの。これは占い師の没後、ある資産家の手に渡ったのじゃが――」

 その後しばらく展示する作品を数点、次郎吉は写真も交えながら紹介していた。どういった物が展示されるのかと、それには菫も興味がありつい聞き入ってしまう。自分も関わっていなければきっと、面白そうだと自主的に見に行ったと思う物が多かった。

「――テーマがテーマだけに、少しオカルトチックな作品が多いようですね?」
「眉唾物と思うかもしれんが、曰くとなっている情報は裏付けが取れている物だけを展示する事になっとる」
「本物の呪いの品などが見られるチャンスという事ですね? 怖いもの見たさで訪れる方もいらっしゃるでしょう」

 そしてレポーターは最後まで引っ張った話題に触れる。

「鈴木相談役。特別展の目玉は新種の宝石と大々的に宣伝されておりますね? これはどういった物なのでしょう? 期間限定の特別展の中でもさらに七日間に限定しての公開だそうですね?」
「よくぞ聞いてくれた! これは長年儂が求め続けた宝石の一つでな。エルピスは知人の家に代々伝わる物なんじゃ。そして所有者の意向により、エルピスは七日間だけの展示になる」

 特別展自体は一ヶ月の期間を設けているが、エルピスは菫があまり長い時間手元から離したくないという事で――景光に預けていた期間はお守りの役目があったため論外――貸与期間を一週間と設定していた。

「それでは、エルピスは鈴木相談役の所有物ではないのですね?」
「真に惜しいがのぉ。しかし今回、儂の要請を呑んでくれ、短期間じゃが借り受けられる事となった」
「思わず目が奪われる、紫色の美しい宝石との事ですが、その宝石の中に別の宝石が入っているとか? しかも月の光の下でだけ姿を見せる、不思議な宝石と聞きましたが?」
「うむ。月光にかざすとまるで宝石の中に核があるように見えるの。それ自体が珍重である事はもちろんじゃが、それを無視しても見る価値のある妖しい魅力を振りまく宝石じゃ。実物はぜひ展示する我が鈴木大博物館に足を運んで見てほしい」

 実はこの月光の下で宝石の中にもう一つの石が見える……という情報は、公開されない筈だった。というよりも、菫はそれを教えなかったため公になる筈がなかったのだが、博物館側で詳細鑑定をした際、何の因果かその事実に気付かれてしまったのだ。

(あまり知られたくない情報だって、伝えてなかったのがアダになっちゃったんだよねぇ……)

 それを次郎吉たちから教えられ、菫が慌てても時すでに遅し。その情報もしっかり公開されてしまう事になった訳である。下手に情報統制をしようとすれば、次郎吉たちに怪しまれるかもしれないと苦渋の判断ではあった。

 そしてインタビューは最後になってやっと本題に入る。

「そしてエルピスは本日の朝刊で、怪盗キッドに挑戦状を叩きつけた宝石でもありますね? キッドは来るでしょうか?」
「持ち主に幸運をもたらす希望の石じゃ。ビックジュエルほどの大きさは有しておらんが、これはキッドの目に留まる事じゃろう。キッドから連絡はまだないが、儂は返事が来る事を確信しておる」

 まだ時刻は朝刊が配達されて数時間と間もなかった。次郎吉が挑戦状を出した時、遅くとも当日中に連絡は来ていたらしい。少なくとも明日までにはキッドが現れるかは分かると、次郎吉は太鼓判を押した。

「キッドからの返答が待たれますね! ――それでは、この特別展示の日程についてご紹介します。×月×日から……」

 そこまで見終えると、菫はテレビを消して息をついた。大体の情報は元より鈴木家から共有されていたが、思わずテレビに見入ってしまっていた。起き抜けに飲もうと用意していたお茶はすっかり冷めてしまっている。それをちびちび飲みながら、菫は呟いた。

「キッド……来るのかなぁ? 次郎吉さんには悪いけど、できればスルーしてほしいなぁ……」

 しかし、菫のその願いは残念ながら叶わなかった。



 * * *



 朝刊が出たその日の午後であった。

「菫さん! 来たわよ!!」
「え? 何? どうしたの園子ちゃん?」
「キッド様から予告状よ!」
「えぇ〜……」

 思わず菫からげんなりとした声が零れる。しかし、菫の残念そうな表情が目に入らないのか、園子はキャーキャーと喜んでいた。

「それ本当!? 園子姉ちゃん!」
「あぁ、朝刊に載っていたアレですか……」

 菫がポアロでコーヒーを飲み過ごしていたところに園子の報告があり、それを一緒に聞いていたコナンと零もつい反応してしまう。二人は対照的な反応ながらも、やはり両者共に興味はあるようだ。
 興奮しきった園子が現れ店内は一気に騒がしくなる。遅れて蘭も入店してきた。

「ほらこれよ〜」
「ついさっき、園子の家に届いたそうですよ?」

 園子がカバンから紙を一枚取り出した。恐らくコピーだろうそれを園子は菫に手渡す。

「菫さん、僕にも! 僕にも見せて?」
「うん? あ、コナン君。もちろん良いよ」

 あざといほどに可愛くねだってきた中身は男子高校生な少年に、菫は笑いながらコナンにも見えるよう、座っていたカウンターテーブルにそれを置く。二人で並びながら予告状を覗き込んだ。

「あれ? ……今回の予告状は暗号なんだね?」
「そうみたいだね……」
「コナン君、これの意味、分かる?」

 今のところ自分にはそれがさっぱり読み解けない菫は、コナンならば解けるだろうと聞いてみた。しかし、返事が返ってこない。菫が予告状から目を離し隣のコナンの方を向くと、意外な事にコナンは苦虫を噛み潰したような顔だった。

「……コナン君?」
「くっ……分からない」
「え? コナン君でも分からないの?」
「なんて書いてあるんですか?」

 カウンターの中にいる零からは読み辛いらしい。それをコナンが読み上げた。

 
「あなたの提案 快く承ります

 六六六番目の月を背に
 月の子は昨日の星を数え待ち
 裸婦の頭上に三ツ星を残す
 隣人の双子と月の子が掛け合う時
 我は希望の星を頂きに参上する

 怪盗キッド」


 それを聞いた零の様子を菫は窺い、またコナンと同様に尋ねた。

「透さん、どうです? 分かりますか?」
「すみません……。ちょっと今すぐには分からないですね……」
「えぇー! 安室さんも分からないの!?」
「多分うちのお父さんも分からないんじゃないかしら?」

 驚きの声を上げた園子を横目に蘭は小五郎では無理そうだと苦笑している。
 頼みの綱の零とコナンが首を捻っている状況に、菫はそこでようやく、あれ? 盗まれちゃうかも……と危機感が芽生えた。



暗号、管理人が考え付く程度のあれなので、なんか変! とか、コナン君も安室さんもすぐ解くよ! というのは目を瞑ってください……。

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