Cendrillon | ナノ


▼ *monkshood&TTX
エセミステリー風味。夢主の知識は広く浅く。


「絶対あの男の人が怪しいよね?」
「そうだね……。でもアリバイがあるから。容疑者から外れてしまったそうだよ」
「事故で処理されちゃうのかな……」
「……二人とも怖い顔をして、どうしたの?」
「あぁ、菫さん、いらっしゃいませ」

 ポアロに訪れドアベルを鳴らしながら開けた扉の向こうで、コナンと零が共に難しい顔で唸っていた。菫がその二人の様子に首を捻りながらカウンター席に腰掛けると、コナンが疑問に答えた。

「菫さん。それが昨日ね、小五郎のおじさんがある大学の講演会にゲストで招かれたのが始まりなんだ」
「ゲスト?」

 聞くところによると、どうやら昨晩、コナンや零を含む毛利一行は大学の催しに参加していたようだ。

「講演会自体はスムーズに終了したのですが……」

 零やコナンが互いに要点を菫に簡潔に説明する。菫はその合間にコーヒーを注文し、またそれを零から供されながら聞き進めていくと、案の定というべきか事件が発生したらしい。彼らが遭遇する事件といえば、それはもちろん殺人事件である。

「大学の研究室でトリカブトの毒で亡くなった人が出たってニュースになってたやつかな? コナン君達もその場にいたんだねぇ……。でもコナン君。今朝のニュースでは誤って飲んじゃったって言ってたよ?」
「だけど被害者は、毒の研究をしている毒の取り扱いのプロなんだよ? 危険性を熟知してる筈なんだ。誤飲なんてほぼあり得ないよね?」
「ですが現場の状況からして、報道されている通り被害者本人による誤飲で、事件性はないとの線が有力視されているんです」

 元々は病死で済まされそうなところをコナンと零が居合わせた事により、トリカブトの毒が原因だと突き止められた様子だ。それでも被害者に毒を飲ませられるような人物が浮かび上がらないため、事故として片づけられそうだとコナン達は危惧している。

「コナン君と透さんは事件性があるって、容疑者がいるって思ってるんだね?」
「うん。怪しい人はいるんだ」
「そうですねぇ……。僕も殺人事件だと思います。かなり強い動機のある人間がいますからね」
「でも、容疑者の男の人には完璧なアリバイがあるんだ」

 二人が犯人と目星をつけている男は、被害者が毒を飲んだ時間帯に複数の人間と共に別の場所にいた事が証明されている。トリカブトの毒は15分から30分で症状が現れる即効性のある毒だ。被害者が亡くなった時にそばにいなかったその男は容疑者にはなり得ないのだが、零とコナンはかなりその人物を怪しんでいた。

「周りの人に話を聞いてみるとね、前にもその男の人と衝突のあった人が突然死……心不全で亡くなってるみたい」
「しかもその人物は若く健康体で、誰にでもあり得る突然死といえど、少し引っかかるんですよ。心不全の症状はトリカブトの中毒症状と似ていますから。詳しく司法解剖しないと見逃される可能性はあるでしょう」

 どうやらその容疑者の周りではトリカブトの毒によると思われる不審死がさらに他にも一件あるらしい。
 当初は事件性がないと思われていた容疑者の周囲での関連死が二件もあるのだ。しかしそれにもアリバイがあるらしく、何かトリックがあるのではないかとコナン達は頭を寄せ合っている。

「――あの、フグの毒はやっぱり見つかってないの?」

 その話を聞いて――トリカブトの毒が死因の殺人だと聞いて、菫には真っ先に思い浮かんだ事件があった。だが、それはとっくに除外されているのかと気になってしまったのだ。

「フグ毒……テトロドトキシンですか? 事件現場は毒物の研究をしている大学ですから……」
「研究材料の一つとして保管とかはされてるかもしれないけど……。でも何でフグ毒が関係あると思うの、菫さん?」
「うん? まだ血液検査してないのかな?」

 菫は首を傾げる。トリカブトの毒との組み合わせが出来る、推理物では定番の毒物がコナンと零は思い当たらないのだろうかと不思議に思った。

「あれ? 透さん、トリカブトの毒……アコニチンを使った保険金殺人事件が昔あったの、覚えてませんか?」
「……ちょっと覚えがありませんね」
「え? そ、そうですか? う、う〜ん。ちょっと待ってくださいね」

 菫はスマホを取り出し、ネットで検索を始める。しかし、該当する情報が出てこない。零とコナンも首を捻っている菫を不思議そうに見つめている。

(あれれ……変だな。なんでヒットしないの? でも、私もうろ覚えだからなぁ……)

 自分の記憶があやふやなのはいつもの事なのだが、菫は零も覚えていないとは珍しい……と思いつつ、関連しそうなワードを入力しては参考になる筈の事件を探し続ける。だが一向にそれらしい事件が浮かび上がらなかった。

(えー、調べ方がおかしいのかな? 見つからないよー……)

 菫がやや焦りながら試行錯誤していると、ちょうど良い事に適任の人間が現れた。


 カランカラン


「安室〜、コーヒーをくれ」
「景光さん! ナイスタイミングです!」

 最近、常連と言っていいのではないかというほどよく訪れる、モバイルパソコンを小脇に抱えた景光がポアロに入店してきたのだ。



 * * *



「うん? 菫ちゃん、どうした?」

 どうやら景光は気分転換で外で仕事をするつもりだったようである。嬉しそうな表情の菫に驚きながらも、景光はその隣の席を確保しつつ何があったのかと聞いてくる。

「俺に何か用でもあった?」
「景光さん、トリカブトの毒を使った保険金殺人事件が昔、ありましたよね?」

 菫が仲間を求めて、勢い良く尋ねる。前口上もない突然の菫の質問に、さすがの景光も目を瞬かせる。そしてやはり景光も眉を寄せて、はっきりしない態度だった。

「ん〜……そんなのあったっけか? 安室はどうだ?」

 持ち込んでいたパソコンを立ち上げ、何やら猛然と調べ始めながらも景光は零に問い掛ける。

「いえ……僕もさっき菫さんに聞かれたんですよ。でも、あいにく聞き覚えがなくて」
「っていうか、何でこんなトリカブトだ、保険金殺人だ、って話してるんだ?」
「景光さん、昨日大学で毒の誤飲があったってニュース知らない?」
「あぁ、あれか……」

 コナンがきっかけになった大学での事件を景光に簡単に説明する。話を聞きながらも景光は菫の言う事件を探していたようだが、やはり見つからないようだ。

「うーん、菫ちゃんの言うような保険金殺人はないみたいだな……」
「え……ないですか? コナン君は……知らない?」
「僕も知らないなぁ……」
「コナン君も? 三人とも知らないの……?」

 毒を使った事件として有名だった記憶が菫にはある。だが、景光もコナンも覚えがないようだ。自分以外の誰もがこの事に気付かないのもおかしな話だと途中で菫も不安になってきた。そこで菫はハッとした。

(も、もしかして、前の世界の事件だったかも? ――というかそれしかない! この三人が三人とも知らない事件なんてある筈ないし!)

 今頃気づいた。自分の中では過去の事件という認識であったが、そうではないかもしれないと。
 事件はあったと思われる。だがそれは前の世界の過去で……という注釈がつく話だった。いくらネットで検索しても見つからない筈だ。こちらでは起きていない事件なのだ。

「ちなみに菫さんの知っているその事件ってどんなものなの?」
「えっあの、昔見た推理小説とかで似た事が書いてあったのかもしれない。ごめんね、今言った事、本の中の話で私の勘違いかも……」

 申し訳なさそうに自身の言葉を撤回した菫だったが、しかしコナンが食いついた。

「えー。でも推理小説なら気になるから、教えて?」
「そうですね。何か参考になるかもしれません」
「あ……えっとね、確か……奥さんを殺した男の人がトリカブトの毒を使ってたの。それが単純な毒殺じゃなくて二つの毒を配合してたから、男の人にアリバイが作れたみたい」

 コナンと零から催促され、菫は少し躊躇しながらも、まず概要にだけ触れた。

「へぇ? 毒を使った時間差トリックか。菫ちゃんは今回の事件はそのトリック使ったと思う訳だな?」
「今回の事件がその方法で行われたかは、被害者の血液検査をしないと分からないと思うんだけどね? それにここにいる三人がみんな思い当たらないって事は、私が知ってるのはやっぱり何か小説の中の、架空の毒の設定かもしれないし……」

 この場にいる知識の深い三人が三人とも知らない情報だ。菫は自分の知るその毒に関する知識が証明できないため、大変情けなかったが小説内の架空の設定ではないかと予防線を張る。

「本の中の話でもいいから、ボク聞きたいなー」
「えーと……」

 事件で使われたトリックを菫は思い出す。トリカブトの毒の他に、フグ毒を用いるのだ。それにはどんな理由があっただろうか。
 菫はあまり意味を理解していないながらも、たまたま暗記していた専門用語を交えて説明を始めた。

「毒物の反応が特殊だったと思う。トリカブトの毒のアコニチンと、フグ毒のテトロドトキシンを同時に服用すると、互いの毒が効果を弱め合うみたいなの。拮抗作用っていうみたい。トリカブトの毒はイオンチャネルを活性化させて、フグ毒は逆に不活化させるからって話らしいけど、ごめんね? イオンチャネル自体はちょっと詳しく覚えてなくて、よく分からないです……」

 詳細な説明が出来ない事で申し訳なさそうな表情を菫は浮かべつつも、その二種の毒を併用すると中毒症状の発生が遅くなるという結論は伝える。

「でもフグ毒の半減期がトリカブトの毒より短いから、拮抗作用が崩れた時にトリカブトの中毒症状が出るんだって。あ、小説の中の話だよ? そのタイムラグを使ったトリックだったんだけどね……」

 二つの毒を使うにもかかわらず、片方の症状が現れるのもその理屈に則る。しかし、今回の事件でそれが当てはまるかは菫にも自信がない。

(説明したは良いけどこっちで似たような事件もないとなると、もしかしなくても二つの毒に拮抗作用がある事自体、まだ知られてないのかも……。いやいや、でもこっちの世界、化学がかなり発達してる筈だから、何だかんだで調べられてそうだとは思うんだけど……)

 菫は小さくなっているコナンを見つめながら、そんな事を思う。人間の身体を縮ませられるのだから、こちらの化学技術は前の世界を凌駕している筈なのだ。
 一般的に知られていないだけで、トリカブトの毒とフグ毒に拮抗作用がある事は判明していて欲しいと菫はそれに望みを掛ける。事件現場が毒物の研究をしている大学ならば可能性は高いと思うのだ。

「景光さん……トリカブトの毒とフグ毒の拮抗作用に関する論文とか出てないですか? そうじゃなかったら、やっぱり私の勘違いです」
「……あー、うん。調べてみたら、海外でアコニチンとテトロドトキシンの面白い論文が出てる」
「え? 景光さん、それってつまり……」
「あぁ、コナン君」

 先程から景光は菫の話を聞きつつパソコン画面を食い入るように見つめていた。恐らくその論文を読み込んでいたのだろう。そしておもむろに顔をあげると、景光はコナンの問い掛けに軽く頷いた。

「景光さん、菫さんの言う通りですか?」
「そう、みたいだ。菫ちゃんが言っていたのと概ね同じ事が書かれてるな。研究結果からすると、二つの毒を服用すると一時間前後は中毒症状が抑制されるっぽいぞ。ついでに菫ちゃん、イオンチャネルは細胞の形質膜や細胞内膜系に存在する膜タンパク質の事だぞ」
「あ、そうなんですか? でも……説明されても微妙に何だか分からないですね……」

 景光から親切にも専門用語に関して補足が入ったが、むしろ新たな用語が出てきた事で菫は理解からさらに遠のいたような気がした。だが、この場にいる三人には間違いなく理解できているのだろうと思うと、つい菫は苦笑してしまう。
 しかし、中毒症状が出るまでに時間が掛かるのならば、容疑者のアリバイは崩れたも同然だ。

「それならまず被害者の身体からテトロドトキシンが検出されるか調べる必要がありますが、それが出ると仮定すれば後は犯人がどうやって被害者に毒を飲ませたのかさえ分かれば……」
「うん! 犯人を逮捕できるね!」

 零とコナンが、今度は被害者に毒をどうやって摂取させたのかについて議論を始める。それを横目に、景光がコーヒーを口にしながら笑みを浮かべている。

「いやー菫ちゃん、お手柄じゃないか? この調子なら遅からず事件は解決しそうだぞ」
「ち、違うよ!? お手柄なのは論文を書いた研究者の人! 私はたまたま知ってただけ! それに血液検査がまだなら、フグ毒を使ったかも分からないし!」

 まるで人の提灯で明りを取るも同然の行為を褒められてしまい、菫は思い切り首を横に振った。



 * * *



 後日、被害者の血液の成分解析を行った結果、菫の言った通りアコニチンの他にテトロドトキシンが含まれていた事が発覚する。また犯人が被害者に毒を飲ませた方法も零とコナンによって解き明かされ、無事犯人は逮捕されたのだった。
 自分の知識がこの世界でも証明されてた事にホッとしていた菫は、別件で頭を悩ませる事になる。

「ねぇ、菫さん。菫さんが言ってたトリックを使った小説って、なんて名前? 作者は? ボクも読んでみたい」
「え?! あ、あのね、私もちょっと度忘れしちゃって、なんてタイトルだったか思い出せないの……」
「えぇ〜そうなの? 思い出したら教えてね? 絶対だよ!」
「う、うん……」
 
 推理小説を好むコナンに、菫が苦し紛れに口にした小説が実在しているものだと興味を持たれてしまったのだ。そしてしばらくの間、小説の題名は思い出したかとコナンに事ある事に期待の目でせっつかれるのだった。



作中の情報は結構適当なので鵜呑みにしないでくださいませ。コナン世界では起きていない事件で、トリックを夢主が知っていただけというオチ。

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