Cendrillon | ナノ


▼ *07
解決編。


「またんかい! お前らの相手はオレじゃ!」

 汗をかき体調の悪そうな新一がこの場を離れていくのを和葉は見送った。また、平次に新一がこの場にいた事を口止めされる。しかも蘭にまでそれを話してはならないというのだ。和葉が疑問の声を上げるが、それは聞き入れられなかった。

「どうせ会われへんのや。知らん方がええ……」
「お前ら二人とも生きて帰さへん! 何人かは逃げた男を追え! あともう一人閉じ込めとる女、連れて来るんや!」

 首謀者の男の指示に、その場にいた門下の弟子たちがばらばらと散っていく。それを見咎めた和葉が平次に訴えた。

「平次! 寺ん中にまだ菫さんがおるんや! 助けんと!」
「そっちは大丈夫や。めっちゃ怖そうなのが二人、向かっとるわ」

 平次の襲い来る敵を薙ぎ払いながらの返答に、場違いながらも和葉は首を傾げる。

「二人……? 怖そうって何なん?」
「さあなぁ……あの姉ちゃんのボディガードちゃうか? ちゅーか、菫はんって何者やねん? あないな兄ちゃんらが血相変えて探すって相当やで……」
「はぁ〜?」

 平次の適当な受け答えに眉を顰めるも、和葉自身も他人の心配をしていられなくなった。首謀者である犯人の刀を受けた瞬間、平次の持つ刀が折れてしまったのだ。

「焼きが甘すぎんで、この刀!」

 焦ったようにそう言った平次に別の敵が襲い掛かって来る。だが、それは合気道を嗜む和葉の手によって投げ飛ばされ難を逃れる事ができた。しかし、多勢に無勢。しかも武器を持つ相手には平次と和葉も対抗する手段がなく、二人は寺の中へと逃げ込むしか道はなかった。

「平次! 刀は弁慶の引き出しにあんで」
「なに? この箪笥のか?」

 追い詰められた平次たちは菫と和葉が共に監禁されていた部屋で籠城し、反撃の武器を手に入れる事となる。
 新たな刀を手にした平次は部屋に押し入って来た犯人の刀を、寸でのところで受け止めた。

「この表裏揃うた独特の刃文……妖刀村正やな。義経にとり憑かれたバケモン斬るにはちょうどエエ刀やで!!」
「何ぃ!」

 心を乱した犯人の刀を難なく弾き、平次は和葉の手を掴むと駆け出した。

「どけぇ!」

 犯人の仲間も村正でもってやりすごし、籠城した部屋を二人は抜け出す事に成功する。それが出来たのもひとえに刀を手に入れられたからだ。それには和葉の協力がなければ不可能だった。
 和葉の歌う手まり歌が、平次の助けとなったのだ。そしてそれは、平次にある推測をも芽生えさせるきっかけにもなった。



 * * *



 同じ頃、菫も絶体絶命の危機を迎えていた。菫の後先考えない抵抗によって、武器を持つ相手を逆上させてしまったからだ。菫は近づいて来ていた男に壁際まで追い詰められており、逃げ場がなかった。

「このアマぁ!!」

 人質として連れ出すと言っていた筈の男は、菫に向かって刀を振り上げている。菫は思わず月の光を反射するその鋭利な刃に見入ってしまう。

(逃げ……られない)

 あれに斬りつけられてはただではすまないだろう。諦めた声が思わず零れる。

「零くん、ヒロくん……ごめんね」

 菫は目をギュッと固く瞑り、来るであろう衝撃に備えた。


 ガツッ!
 ドスッ!


 その瞬間、何か鈍い音が二重に菫の耳に届く。しかし、菫には何の痛みも感じられない。

「グハッ……!」
「……え?」

 鈍い音に遅れて聞こえてきた男のうめき声に、菫は疑問が湧いた。

 たった今、何が起きたのか? と。

(な、何?)

 菫は咄嗟に目を開き、そして目の前の光景に、間の抜けた声を漏らす。

「え?」

 菫に危害を加えようとしていた男は、共にやって来ていた二人の仲間であろう人物からそれぞれ攻撃を受けていた。

 一人からは顔面にその拳を叩き込まれ、刀の男の面は砕け散っていた。また、その人物によって刀は奪い去られている。男は空の手を振り上げている状態だ。
 さらに、残るもう一人にはがら空きの腹に膝蹴りを入れられ、その身体をくの字に曲げている。

 一瞬、弁慶の立ち往生のようにその体勢のまま固まっていたように見えた。だが、攻撃を受けた男はそのすぐあと、床に崩れ落ちるように倒れ込む。男は意識を失っているようだった。

「あの、え、え……?」

 状況が把握出来ずに菫は混乱してしまう。仲間同士の筈の人間達が、何故か一人を伸してしまった。


「こら、菫」
「ごめんってなんだい? 菫ちゃん」
「!?」


 聞こえてきた声に菫はハッとした。菫の良く知る声だった。

「うそ……」

 二人の般若の面をつけた男達を菫は交互に見やる。

「僕達の名前は呼べるのに……」
「菫ちゃん、なんでそこで助けてって言えないの?」

 少し呆れたような声音で、二人の男はおもむろに頭巾と面を外す。

「零くん! ヒロくん!」

 月明かりの下、菫に顔を見せたのは――和装姿で面をつけていたのは幼馴染たちであった。



 * * *



「二人共、どうしてここに? それに零くん、じゃなくて透さんは東京じゃ……?」

 まさかここで二人の幼馴染が現れるとは思いもしない菫はその疑問が頭を占めていた。またどこに耳があるか分からないため、念のため菫は途中から幼馴染を仮の名前で呼ぶ。
 零は倒したばかりの男の両手を、ちょうど手にしていた頭巾の布で縛りあげながら答える。また零も口調を安室に切り替えていた。

「僕と景光さんが電話をしている最中に菫さんが一人で出掛けたと聞いて、嫌な予感がしていたんですよね。それで仕事の都合を一応つけて、もう一度連絡したら案の定、菫さんが行方不明だというじゃないですか。ですから僕もこちらに……」
「菫ちゃん、怪我はないか?」

 男の足の拘束をしていた景光が一足先にそれを終えると菫に駆け寄り、その身体を前日のようにチェックし始めた。

「うん。大丈夫」
「そうか、何もないなら良か……菫ちゃん。適当な事を言わない。手首、怪我してるじゃないか。血も出てる」

 景光はそう言いながら菫の腕を取り顔を顰めている。菫が腕の縄を切ろうとした時に出来た切り傷だった。といっても、ほとんどの傷は痛みを感じる時点でその刃を引っ込めるため、血がにじむ程度の浅いものだ。ただ縄を切った拍子に勢い余って手首を深く傷つけたりもしたので、単純に軽傷とも言えなかった。

「あ、これは引っ掻いただけだから大した事ないよ?」

 菫は自分の腕を引っ張り、背中へと隠すように手を回す。痛みはするがそれだけなため、あまり注目してほしくなかったのだ。そして、話を変えるように菫は幼馴染の服装について言及する。

「それより、透さんも景光さんも、どうしてその格好……?」

 零はともかく、本日の景光は昨日のスーツとは異なりラフな私服という出で立ちだった筈だ。それなのに現在は、恐らく犯人のその門下たちと同じ着物なのだろうという格好だった。

「いや、服部君がこの廃寺に乗り込むって言うから俺達も便乗しただけだよ。あ、移動手段は俺が借りたレンタカーだけどね」
「菫さんが行方不明になった後、景光さんにはコナン君と服部君に合流してもらって、菫さんを攫ったと思われる犯人を追ってもらってたんですよ」

 遅れて零も景光たちに合流したという事らしい。また着物を着ているのは平次と共に犯人の門下生から失敬したとあっさりしたものだ。

「それでこの寺の周りをうろついていたお面を被った怪しいやつらから、この着物を拝借したんだ」
「皆同じ格好の上、顔を隠しているから忍び込みやすかったですね」

 自分が呑気に捕まっている間、この幼馴染たちは奔走していてくれたかと思うと菫は色々と何かが込み上げてくる。

「また景光さんに、透さんにも助けられちゃったね。二人とも……ありがとう」

 嬉しさ、感謝の気持ち、そしてそれらを凌駕する申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいになり、菫は項垂れた。

「それと……ごめんね。二人のお仕事の邪魔してるよね……」
「全く……だから何で菫さんは謝るんです?」
「そうだよ? 俺達はいつも菫ちゃんに助けられてるんだ。菫ちゃんが困った時に俺達が動かないで、誰が動くんだ」

 零は下を向いてしまった菫の頭を軽く叩くも、そのあと頭を優しく撫でた。景光も菫が後ろに隠した手を再度引っ張り出すと、持っていた救急道具からガーゼと包帯を取り出し手早く手当てをしてしまう。

「……景光さん準備が良いね」
「菫ちゃんほどじゃないけどね? 怪我してるかもしれないと思って持って来ておいてよかった。でも、今のこれは応急処置だよ。ちゃんとした治療は戻ってからだ」
「治療といえば、工藤君、かな? 彼、具合悪そうでしたね」
「確かに」
「?!」

 零たちから工藤という言葉が出た事に菫は息をのむ。はたしてこの二人と新一は、今この時に知り合ってしまって良いものかと菫は不安になった。やはり主人公の動向にはあまり干渉しない方が良いのではないかと思ったのだ。少し躊躇いがちに菫は尋ねる。

「あの、透さんも景光さんも、工藤君に会ったの?」
「ん? いや……いつの間にか現れていたって感じだよな? なぁ安室?」
「ええ。この寺に来る直前に服部君から、たぶん工藤君が来ていると教えられたんです」

 話を聞くと、どうやら零と景光は新一とは直接は会っていないらしい。

「服部君の具合が悪くなって、一度病院に運んだんだよ。どうやらその時に彼も病院に来てたみたいだ。俺達も気付けなかったけど服部君の服を持ってかれてね。そして服部君の身代わりでこの場には一人で来たんだろうな」
「でも彼、汗をかなりかいてたみたいでしたよ? 動きもどこかぎこちなかったですし。そのせいか服部君に促されてあの場から離脱してましたけど」
「ついでに俺達の事は気付いてないと思うよ? 面で顔を隠してたから」
「それに僕達は菫さんを連れて来いと言われた、あの転がっている男についてきましたからね」

 零と景光は平次と一緒に門下生の中に紛れ込み、菫の居場所を知る機会を窺っていたらしく、新一とは接触はなかったそうだ。その事に菫は何故かほっとする。そうなると次に気になったのが、平次と零の関わりだ。こちらは幾分か気楽に聞く事が出来た。

「そういえば透さんって、服部君とも知り合いだったの?」
「いえ、今日コナン君に紹介してもらって初対面ですね。服部君の幼馴染の遠山さんでしたか? その女性もさっき寺の前で見かけたのが最初です」
「そうだ! 和葉ちゃん!」

 和葉の名前が挙がった事で菫は現在の状況が思い出され、不安から零と景光に確認する。

「ねえ、透さん、景光さん! 和葉ちゃん達、大丈夫? 今もしかして二人で犯人たちの相手してるって事、ないよね?」
「あーそうだな。そろそろ手伝いに戻るか?」
「僕達が助けるまでもなく、もう終わってるんじゃないですか? あの二人も腕が立ちそうでしたからね」

 零と景光がまだ事が終わっていないとの発言に菫は慌てた。てっきり事件は解決して助け出されている状況かと思っていたのだ。

「えっ! ふ、二人とも、出来れば早く和葉ちゃん達の助けに行ってあげて!」

 顔色を変えて思わず菫は二人の幼馴染に頼み込んだが、二人の幼馴染は難色を示す。

「菫さんを一人に出来ないですよ。目を離す方が怖い。それに服部君は剣道、幼馴染の子も合気道の有段者という話ですよね?」
「ああ。二人とも武道に精通してるようだし、意外と大丈夫じゃないか?」
「こちらに来るまでに首謀者の西条大河について調べましたけど、一連の事件は道場を存続させるための運営資金狙いの犯行のようですね。手下は門下の人間でしょう。数もさほど多くありません」
「ついでにその手下達はそんなに強くない。しかも現時点で四人脱落してるしな」

 平次と共に忍び込む際に三人の門下生からその服を奪い、拘束しているようだ。そして、菫に襲い掛かったこの場で伸びている門下生が四人目である。平次の使用する刀が折れてしまう事など知らない零と景光はあまり危機感を抱いていないようだ。
 もちろん菫の知る通りに展開するならば、平次と和葉はコナンとも協力し、犯人を無力化する事に成功するのだが、念のためこの頼りになる幼馴染達に助力を請う。この二人がその場にいれば、より安全性が高まる筈だからだ。

「でも首謀者の犯人は強いよね? 私は平気だから! お願い……って私、人を頼り過ぎだよね。私、先に行くね!」
「あー! 俺達が行くから! だから菫ちゃん、ちょっと待って……」
「菫さんが一人で行ってどうするんですか。落ち着いてください」
「でも、でも!」

 一人走り出そうとする菫の肩を掴み景光が引き止めると、零は少し呆れたように菫の背中を撫でて宥める。

「犯人たちが集結しているかもしれないところに行くんだからな? 菫ちゃんは俺達の前には出ちゃだめだぞ?」
「現場に着いたら菫さんは隠れてもらいますからね? それが出来ないなら連れて行きません」
「分かりました! だから早く! お願い!」

 気が急いた様子の菫に零と景光も促されるように、先ほどまで自分達もその場にいた寺の前の広場へと足を向けるのだった。



 * * *



「ん? 服部君が屋根の上で犯人と対戦中……だが、劣勢っぽいな」
「ついでにそれを弓矢で狙う無粋なやつらが三人ほど」
「正直ここからじゃ、服部君に関しては俺達に打つ手はないぞ」
「弓持ちだけでも僕達で潰すか。屋根には首謀者もそばにいるから、誤射を恐れて射る事はしないと思いたいが……おや? コナン君もここに来ていたのか? だが、彼がいるなら……」

 ちょうどクライマックスといった場面に出くわした零と景光は、冷静に辺りを見回し状況を分析をしている。しかし、屋根の上の平次の状況では加勢が難しいようだ。幼馴染たちに前を塞がれてよく確認できないが、菫は二人の発言からどのようなシーンなのか、あやふやながらも推測できた。

(かなり終盤の展開? で、でも、それなら多分だけど、あと少しで解決?)

 二刀流の犯人と戦いの真っ最中である平次は足場の悪い屋根の上で体勢を崩し、さらにそれを矢で狙われていた。
 菫は結末は分かっているものの、遠目に平次とコナンを交互に見やりハラハラと流れを見守る。

「おーい、こっちー!」

 そんな中、コナンが弓の射手たちに向かって声を掛け、自分の存在をアピールしていた。

「おい、あの子、危ないぞ!?」
「いや、彼の事だから何か考えがあるんだろう」

 コナンについてあまり深く知らない景光はその行いに眉を顰め、思わず立ち止まった。零もまた弓の射手に近づいていた足をしばし止めた。
 弓を持つ者たちはその声に屋根へと向けていた視線をコナンへと鞍替えする。また同時にコナンが空中に高く放り投げた腕時計型のライトに反応し、一斉にその矢を射掛けた。

「お、ちょうどいい」
「矢を番える前に鎮圧しましょうか」

 弓を放って無防備な射手たちに目を留めた二人はそれを好機と見る。あらかじめ隠れるように言っていた菫が安全な場所にいる事を確認しつつ、零と景光は三人の射手に向かっていくとあっさり制圧してみせた。

 それとほぼ同時進行で、コナンは弓から放たれ鐘楼の壁に突き刺さった矢を足場に、空中を掛け登っていた。そしてコナンが蹴りあげたボールは屋根の上の平次に迫る首謀者の左手に命中し、毒の塗られた小太刀を手離させる。

「へぇ……なかなかやるな。あのボウヤ」
「ええ、ただ者じゃありませんよ。服部君も……何とかなりそうですね」

 零と景光の二人は倒したばかりの手下たちを縛り上げつつ、それを横目に見てすっかり傍観の構えであった。また、後は任せた、とばかりにコナンが、和葉が声援を送る。

「いけー! 服部!」
「平次ー!」

 コナンの援護により体勢を立て直した平次は、その手にしている村正で相手の刀を折ってみせた。またそのまま流れるように犯人の胴に刀の峰を打ち込む。それにより一瞬で意識を刈られた犯人は屋根を滑り落ちるかと思われたが、寸でのところで平次にその足を掴まれ事なきを得た。

「義経になりたかった弁慶か……。あんたが弁慶やったら、義経は安宅関で切り殺されてんで」
「師範がやられた!」

 頭を失った事で瓦解したようにその門下たちが逃げを見せ始めた。だが直前にコナンが起こしたボヤで、この廃寺にちょうどやって来ていた蘭や小五郎の追撃で程なくして沈められる。

「全員逮捕や!」

 ダメ押しで綾小路率いる警官たちも現れ、事件は終息を迎えたのだった。



次回で終わり。

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