Cendrillon | ナノ


▼ *06


 鞍馬山の玉龍寺、その一室で菫と和葉は監禁されていた。二人はご丁寧に目隠しまで施されている。

「ほんまごめんな……菫さん。巻き込んでもうて……」
「ううん。私が自分で一緒に探すって言ったんだよ? それに和葉ちゃん一人なら、逃げられたかもしれないでしょ? 私が足を引っ張ったようなものだよ。私こそごめんね……。だから、気に病まないで。ね?」

 自分のせいだと落ち込む和葉を菫は慰める。むしろこうなる事が分かっていたのにもかかわらず、それを防げなかった自分の方が申し訳ないと菫は思っていた。

(もうこうなったら、私が知る通りの展開になる事を期待するしかない。それに、二人して目隠しされているって事は、相手も私達がまだ正体に気付いていないって思っている事の現れだと思うし……)

 和葉はともかくとして菫は犯人の顔を見たかもしれないという事で、犯人の一味から詰問を受けていた。本当に昨晩、翁の面の下の顔を見ていないのか、と。移動中の車の中でそれはしつこく追及されていた。
 もちろん菫はそれを否定する。またそれには和葉も援護してくれていた。


「何べんゆうたら分かるんや! 菫さんは見てへんゆうてるやろ! 見とったら警察がとっくに犯人逮捕しとるわ! 菫さんかて事情聴取されて、容疑者の写真見せられてるんやで? それでも、顔を見てへんから分からんかったんや。あんたらのとこに警察が捕まえに来てへんのがそのええ証拠やん!」


 その和葉の説得力のある言葉が効いたのか、菫は和葉と同様に現在まで命を脅かされる事なく、閉じ込められているという状態だ。

「和葉ちゃん本当にありがとうね? 和葉ちゃんがフォローしてくれなかったら、私、とっくに殺されてたかもしれなかったよね……」

 和葉を助けるつもりで行動していたつもりであったが、むしろ和葉に助けられている状況に菫は居た堪れなかった。

「菫さん、殺されるとか怖い事ゆうたらあかんよ? 大丈夫や。きっと平次が……警察が気付いてくれるし」
「そうだね……」

 確かに今はまだすぐに何かされる事はないと菫も思う。殺人を犯している首謀者を筆頭にその門下の人間達は、平次の持つ水晶玉を欲している。和葉は平次をおびき寄せるための有効な人質だ。
 しかし、菫自身はどうだろう。和葉ほど生かして人質にするほどの価値は自分にはないように菫には思えた。元々顔を見られたかもしれないというリスクを持つ人質だ。和葉さえいれば菫は正直必要ないと言っていい。

(今は生かしておいても良いって思われてても、この後どうなるかは……分からない)

 菫は和葉に気付かれぬよう、細く息をついた。



 * * *



「ヒロ、菫は捕まえられたか?」

 零は本日二度目となる連絡を景光へしていた。

「いや、まだ菫ちゃんは見つかっていない。ゼロも菫ちゃんに電話が繋がらないだろう?」
「ああ、何度か掛けてるが折り返しはない」

 自分と二人の幼馴染を隔てる距離に、零は東京で歯噛みする。自分がその場にいない事がもどかしかった。

「今、公園で菫ちゃんのスマホが落ちてたのを見つけたよ……」

 零と景光の間に沈黙が走る。

「……確か菫は蘭さんに伝言を残して出掛けたんだよな?」
「ああ。用を思い出したと言って、出掛けたそうだ」
「それが昨晩の事件があった公園なんだろ? 一体何の用があったっていうんだ、菫は……」

 まず、平次の病室で景光に掛かってきた電話は零からのものだった。零にも共有されていた公園で菫が襲われた事件に関しての続報を求めて、また公安の仕事の件でも話をする必要があったための連絡だったのだ。

 病室外で二人の通話を終える直前、ちょうど電話を掛けようと平次の病室から出てきた蘭が公衆電話のそばにいた景光に声を掛けてきた。そこで景光は菫の残したメモを受け取る事になる。その時になって零と景光は幼馴染の姿が消えている事実に気付いたのだった。

「メモには何か他に書いてないのか?」
「昨日の公園に行くから俺もあとで来てくれって、それだけだ。そして、ここに菫ちゃんの姿は見えない」
「スマホを落としただけだと思いたいが、前日の事を考えると連れ去られた可能性が限りなく高い」
「そうなると、昨日の能面男か……」
「僕もやはりそっちに行く。取り越し苦労かもしれないが、もしもの時は人手があった方が良いだろう? 仕事については時間を作れたから何とかなる」

 菫が一人病室を出て行ったと知り、また幼馴染の身辺に不安を抱いたのか、一度零は自分も京都へ行こうかと景光に申し出ていた。だがそれは景光によって止められている。まだ菫の正確な状況が分かっていなかった。何より元々零自身が動けたならば、今回京都にいた景光に菫の様子を見るようには頼まなかった筈だからだ。

 しかし、菫と連絡が取れない今、そんな事は言っていられなくなった。

「本当にすまない。俺が菫ちゃんから目を離したばっかりに……。菫ちゃんは犯人に顔を見られたって思われてたんだ。俺が警戒していないといけなかった」
「ヒロは昨日、菫を守り通したじゃないか。犯人に狙われるかもしれないのは菫だって分かっていた筈だ。今回ばかりは菫の不注意だ」
「それでも、やっぱり俺のせいだ。俺がそばにいれば、俺がもっと早く公園に着いていれば、攫われる前に何とか出来ただろ……」

 メモを頼りに景光が公園へと向かっていたその道中、零には菫のスマホに連絡を入れ続けてもらっていた。景光は公園へ姿を確認に、零は電話で話をしようとそれぞれ菫と接触しようとしていた。
 そしてその結論は互いに菫の安否確認が取れないという最悪なものだった。

「ヒロ。それを言ったらヒロを菫の元から離れさせる原因を作ったのは、電話をした僕じゃないか? それに、まだ攫われたとは決まってない。取りあえず今は菫の居場所を突き止めるのが先だ。反省はそのあとだ」
「そうだな……」
「だが、今回の事件は窃盗団の源氏蛍が絡んでいるんだろう? もしこいつらが菫の失踪に関与しているなら、事件を解決するのが菫の居場所特定への近道だ。何か手掛かりはないのか?」
「そういや……京都の刑事が何かイラストの暗号みたいな紙を持っていたな。服部っていう高校生とお前と菫ちゃんが気にしていたコナンって子も、多分何か知ってそうな雰囲気だった」

 景光は病室での綾小路と平次のやり取りを思い出してそう呟く。

「暗号? そういえば毛利探偵も京都の寺に行ったんだよな……。それに関係しているのか?」
「どうやら寺の秘仏が八年前に盗まれたらしいぞ? それの在処を探してほしいという依頼みたいだ。詳しくは聞いてない――あ、そういえば……」
「? どうした、ヒロ?」

 突如何かを思い出したような声を上げる景光に、零が問い返す。

「いや、服部って子がそもそも能面男に襲われていたのが始まりなんだが、その子が持っている水晶玉、菫ちゃんが言うには仏像の白毫じゃないかって、今朝教えてくれたんだよ」
「白毫……仏像ではしばしば水晶で表現する額の飾りか。……それか? 源氏蛍の狙いは。この事は本人や警察には?」
「まだ言ってないな。その水晶玉を服部って子が、初恋の人の落とし物だと思ってるみたいなんだ。それに水を差すのは悪いって菫ちゃんは言ってないし、そもそも今の今まで警察に伝えるような事だとは思ってなかったしな」

 少しずつだが源氏蛍の行動を推測できた事で、零と景光も今後すべき事が見えてきた。

「その服部という少年の前にまた現れそうだな?」
「闇雲に市内を探すより、あの子達のそばにいた方が向こうからやって来そうだな」
「それじゃあヒロはその少年とコナン君達と合流して、ついでにその暗号とやらについて調べてくれ。僕はそちらに向かいながら源氏蛍について調べてみる」
「ゼロ、悪いな……」
「気にするな。東京にいてやきもきするより、現地で動き回っている方がよっぽどマシだ。それじゃ、京都に着いたらまた連絡する」
「了解」

 二人はその通話を終えると、互いに行動し始めた。



 * * *



「おい、お前、立つんや」
「え? あっ!」

 だいぶ時間が経った頃だった。和葉と共に監禁されていた部屋に一人の男が入って来た。菫が知る通り、刀と弓は部屋の箪笥の引き出しに仕舞われる。男の用はそれだけかと思われたが、去り際に菫の縛られている腕を掴み乱暴に引っ立てた。前のめりに倒れそうになりつつ菫は立ち上がらせられる。

「!? 待ちぃ! 菫さんをどこ連れてくんや! 連れてかんといて!」
「か、和葉ちゃん?! 私は大丈夫だから――うぅっ!」
「余計なこと喋っとるんやない!」

 和葉が菫の想像以上に恐慌したような声を上げたため落ち着くようにと声を掛けたが、菫を移動させようとしていた男はその発言が気に食わなかったようだ。菫の後ろ手に回された腕をさらに捩じるように捻った。
 思わずあげてしまった菫の苦悶の声に、和葉は見えないながらも不安が掻き立てられ、顔を青褪めさせる。

「菫さんどうしたん!? 嫌や! 乱暴にせんで!」
「チッ! お前も黙って待っとけ!」
 
 和葉の問いかけに一言で恫喝すると男は菫を部屋から連れ出す。菫は目隠しされているため、覚束ない足取りで男に引きずられるようについて行くしかない。

(……どこに、行くの?)

 監禁部屋に光源はなかったが目隠しの布越しに外の明るさは察せられた。閉じ込められてしばらくしたあと、部屋の外には明かりが準備されていたのにも菫達も気付いていた。そして実際今はかなり外は暗いようだ。辺りは男が持つゆらゆらと揺らめく灯り――恐らく提灯のような照明器具を頼りにしなければ進めない程度には薄暗いのだろう。

(この時間なら、たぶん和葉ちゃんは助けに来る服部君達と対峙する事になる筈。最終的には無事だとは思うんだけど……)

 だが、別の場所へと移動させられている菫は、自分の未来がどうなるのかさっぱり見当もつかなかった。

「お前はここにおれ。大人しゅうしとれよ。まぁ、鍵は掛けるし、逃げられんやろうけどな!」
「きゃあ! っぅ……」

 ある場所まで来ると菫は手加減なく背中を押され、どこかに押し込められた。受け身も取れずに床に倒れ込み、菫は痛みでしばらくその体勢から動けなかった。

「うぅ、痛い……。ここ、どこかなぁ……。何にも見えない」

 痛みが治まった頃には男はその場からとっくに消えており、辺りは静けさに包まれている。縛られた腕に難儀しながらも菫は何とか起き上がると、目隠しをされているにもかかわらずキョロキョロと頭を動かし周囲を見回す。

「真っ暗だ……」

 先ほどまでとは異なり、目隠しの布を通しても明るさが感じられなかった。今度は全く光の届かない部屋に菫は一人閉じ込められたようだ。一切のものが見えない暗闇で不安を抱えつつ菫は独り言を漏らす。

「と、取りあえず、腕の縄は切っちゃおう。……上手く切れるかな?」

 菫はポケットからナイフを取り出す。かなりがっちりと縄で固定されているため、背中越しに縄を切り落とすのにはかなり時間が掛かりそうだった。

(和葉ちゃんと一緒の時は縄を切らなくてよかったよね? 和葉ちゃんだけなら、このままいけば助かる筈だもの。和葉ちゃん、大丈夫だよね? 服部君が助けてくれているといいんだけど……)

 犯人の手に落ちてしまった事から、もはや和葉に関しては余計な手出しを控える事にした。下手に和葉と共に脱出しようとして、失敗でもしたら目も当てられない。むしろこれ以上未来を変えてはならないと、菫はあの場ではそう判断していた。

(あとはイレギュラーな事をしちゃった私が、自分の事は自分で何とかしてここから逃げなきゃ……)

 そして自分一人となった今、菫は自力でここを脱出する必要がある。

「痛っ! ……うぅ、小説とかテレビみたいには簡単にはいかないね、やっぱり」

 縄ではなく自分の腕を傷つけながらも、菫はたどたどしく後ろ手に縛られた縄を少しずつだが切っていく。そして手こずりはしたものの、菫はその後自分の腕を拘束していた縄を切り落とす事に成功した。

「やっと切れた!」

 自由になった手で真っ先に目隠しを外すと、菫は格子の窓から漏れ出る淡い月の光を目にする。目隠し越しではかすか過ぎて感じ取れなかった光でも、それまで暗闇の中にいた菫には充分な明るさではあった。

「……あ、真っ暗だと思ってたけど、そんな事なかったんだ。月が出てるから少しだけ明るい」

 月光が差し込む菫が閉じ込められていた部屋は十畳ほどの板間だった。菫は部屋をぐるりと見回すと、木製の格子の嵌められた窓に近寄る。またその格子を掴むと力の限り揺らしてみた。だが、それはびくともしない。

「……ダメか。入り口は鍵を掛けるって言ってたから望み薄。他に出口はないし、古い建物だけど木製の分厚い壁。こんなの破れない。どうしよう……」

 ポケットから小型の懐中電灯を取り出し、さらに明るく照らしながら菫は抜け道などがないかと、一縷の望みで部屋の中を調べまわる。しかしそう都合よくはいかない。
 念のため鍵のかかった観音開き風の扉も確認したが、やはり隙間なく閉じられている。残念ながらポケットには格子や入り口を壊せるほどの道具は入っていない。その事を菫は悔やんだ。

「肝心な時に、必要な物が入っていない。準備不足……」

 それでもしばらく菫はゴソゴソと室内を見て回り、部屋を出るための手がかりを探した。だが事態が好転する事はなく、いたずらに時間だけが過ぎていく。


 バタバタバタッ!


 そんな時だ。何やら部屋の外から慌ただしい音が聞こえてきた。誰かの走ってくるようなそんな音だ。そして菫のいる部屋の前で複数の足音は止まる。

(な、何? 犯人の仲間たちが来たの? 私に用があるって、どう考えても良い想像が出来ない!)

 ガタガタと音を立て開いた扉の先には、頭巾を被り般若の面をつけた和装の三人の男達がいた。持っている松明に照らされ、般若の面が闇に浮かび上がるようでひどく不気味だった。

「あぁ? どうやって縄ほどいたんや?!」

 男の一人がズカズカと室内に入り込み、腰に差した刀を抜きながら菫に近寄って来る。菫は震えた声をあげ、後退った。思わず手に持っていた懐中電灯を投げつける。

「やっ……こ、来ないで!」
「おっと、こんな電灯、どっから引っ張り出したんや?」

 菫が投げた懐中電灯を男はあっさり刀で跳ね飛ばし、男は悠然と歩きながらさらに菫に近づいてきた。後から残りの二人も室内に入ってきているのも見える。

「あんたは人質なんや。師範が連れてこい、ゆうとるんでなぁ……って、な、何持っとるんや? チッ! クソッ!」

 菫はポケットから手当たり次第に物を取り出すと、それを一番前にいる男に向かって投げつける。男は器用に避け、また刀と腕ではじいていたが、ついにその一つが男の額に命中した。しかしそれが良くなかった。

「クッ、痛ってぇ……何すんじゃ!! このアマぁ!!」

 余裕そうな口ぶりは一変し、男は激高する。大股で菫の前まで来ると、いとも簡単にその刀を振り上げた。



再び似たような危機。


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