Cendrillon | ナノ


▼ *04
菫さん、危機一髪?


「菫ちゃん、今更だけど彼女たちの誘いを断っちゃって良かったか? 彼女たちと食事に行きたかったりする?」

 ガールズトークが一時盛り上がった喫茶店を出たあと、蘭たちと共に菫と景光は京都を観光する事になる。名所を周り日が暮れた頃に山能寺へ蘭たちと共に向かったところ、バイクに乗ったコナンと平次の二人もちょうど合流してきた。そして一緒に夕飯を食べに出掛けないかと菫と景光も誘われたのだ。
 しかし菫が一瞬浮かべた困ったような表情に気付いた景光が理由をつけてそれを断り、コナン達とは別れたばかりの状況だった。

「ううん。景光さんありがとう。そろそろあの子達と別行動した方が良いかなって思っていたから助かったかな?」
「でもどうしてだ? 菫ちゃんも楽しそうだったよな、あの子達と。別行動したい理由が気になるな」
「え? あー……あのね、一緒に食事となると毛利さんにコナン君、服部君が集合する事になるでしょ? 前に蘭ちゃん達から聞いたんだけど、皆揃うと事件に遭う事が多いんだって……」

 探偵が集まる所に事件が起きるのは世界の必定なのだろうと菫は思っている。その上この世界のヒーローたるコナンがおり、現在は物語が進行中である。菫はあまり覚えていないが恐らく今晩も事件が起きる筈だと大まかな知識だけを頼りに、コナン達とは今日はもう別行動の方が良いだろうと考えたのだ。
 また菫は念のため辺りを見回し、声を潜めて景光に確認する。

「景光さんは警察沙汰になる事件に巻き込まれたら、やっぱり困るよね? こう……身元が怪しいって思われちゃったりするとか……。仮にも仲間からマークされたりしたらやり辛くなるよね?」
「あぁ、菫ちゃんは俺の心配をしてくれてたんだな? ありがと。でもそんなに気を回さなくても大丈夫だぞ? 一応俺の依頼主のお墨付きの身分証明もあるしな」
「そうなの? あ、でもそっかー……」

 背中をポンポンと景光に叩かれ、菫はふぅ……と息を抜く。景光の依頼主というとそれはもちろん公安である。公安が身分を用意しているというならば何か事件に巻き込まれ警察に身元を照会されたとしても景光に問題はないのかと菫はほっとした。

「そうなんだよ。そういえば菫ちゃんにはこの辺の事は説明してなかったかー。ほら、喫茶店でバイトしている安室も普通に毛利探偵の捜査に混ざってるのは聞いてるだろ? つまり警察からその身元は怪しまれてないって事だよ。俺もそこら辺は大丈夫。ま、俺の場合は組織に関係する事件には表立っては首を突っ込めないんだけどね」
「そうなんだ? じゃあ今後は何か警察沙汰になっても特に慌てる必要はない?」
「平気だよ。でも彼らはそんなに事件に遭遇するのか? いくらなんでも事件はそう頻繁には起こらないと思うんだけどな?」

 まだ事が起きる前からの菫のそのような回避策に近い対応に景光は首を傾げた。しかし菫は首を振る。

「ううん。どうもね、毛利さんとその周辺の人達は事件に関わる事が多いんだって。透さんのバイト先のポアロで聞いた話だけでも、かなりの事件に巻き込まれてるみたい。毛利さんが事件を解決したって話は多いでしょ? あれって呼ばれて赴くんじゃなくて、事件が起きた時に居合わせてる事がほとんどなんだって」
「眠りの小五郎が事件解決っていうのは良く聞くもんなぁ。あれって毛利探偵がその場にいて解決してたのか。それなら確かに事件との遭遇率は高そうだ」

 景光の同意を得られて菫はつい自分の知る知識――もしくは自身に根付いてしまっている常識をポロリと漏らす。

「特にコナン君は台風の目というか、事の中心にいる事が多いみたいなんだよね……。もちろん事件を引き起こす原因っていう訳じゃないよ? ただ事件を引き寄せちゃう体質の子なんだろうなって印象は強いけど……」
「ふーん……菫ちゃんの認識では毛利探偵じゃなくて、あのボウヤが中心だと思うんだ?」
「え? う、うん。そうだね。なんていうのかな、事件だけじゃなくて人の目とかも自然と引き寄せちゃう子だと思うな。舞台とかなら主役級の逸材って感じかな? ほら何かが起きる時って、主役を中心に始まるでしょ?」
「へぇ? そういや安室も関心を寄せてたし、俺もちょっとあのボウヤは注目しておくべきかな?」

 幼馴染二人が一目を置く子供が珍しかったのだろう。景光も本格的にコナンへの興味を抱いた様子で面白そうに目を光らせるのだった。



 * * *



 その日の夜、菫と景光は市内のとある料亭で食事をする事にした。公安も利用できる口の堅い所でもあるらしい。そこで東京にいる零に報告も兼ねて連絡を取りながら食事を済ませる。スマホのカメラ越しではあるが久しぶりに幼馴染三人での交流を楽しんだ後、菫と景光はホテルへと引き上げる事になった。一人離れた場所にいる零が少し拗ねていたため話が長引き、だいぶ遅い時間帯になっていた。
 景光も本来は今日東京へ帰る予定だったようだが、菫がすでに二日分の宿泊予約を取っているという事でこのまま京都に滞在すると聞き、もうしばらく菫に付き合ってくれるようだ。

「景光さん、お仕事は大丈夫なの?」

 その宿泊先のホテルへ向かうためタクシーを捕まえ、車に乗り込み一息ついたところで菫は気になっていた事を尋ねた。

「大丈夫だよ? いざとなれば有給あるし! それに基本俺、年中無休で家で仕事してるようなものだから、たまには息抜きしたい!」

 実質セーフハウスが仕事場である景光は、用がなければ外出をしない生活を送っている。もちろん休みは与えられてはいるが、家にいても普段と変わらないため休日との認識も薄くなりがちだという。今回のような出張案件でもないと仕事と休みのメリハリをつけ辛いらしい。

「昼の時点で菫ちゃんが泊まるホテルに俺も予約取れたしさ」

 菫の宿泊予定のホテルを景光も運良く利用できるようだ。しばらくは車中で取り留めのない会話を二人で交わしていたが、景光はタクシーの前方を走る二人乗りのバイクに目を留めた。目聡くそのバイクの乗り手に言及する。

「……ん? あれ、服部君とその幼馴染ちゃんじゃないか? バイクのナンバーもさっき見たやつと同じだし」
「え? ……あ、本当だ。あの格好は服部君と和葉ちゃんだねぇ。あの二人も今から大阪に帰宅かな?」
「でも服部君は京都で事件を調べてるんだろ? もう遅いしこっちで泊まりじゃないのかな?」
「あ、そうかもねー……って、えぇ! 今の何!?」

 何気なく車窓から流れる風景に目を移したその瞬間、タクシーを追い抜かしていったものに菫は目を見開いた。
 そして現状は裏方業務に専念しているとはいえ、やはり公安はいつでも周囲への警戒と状況把握が必須らしい。景光も抜かりなくそれを目にしていたようだ。

「何か怪しいのが通り過ぎたな?」

 目撃者とタクシーを抜き去っていったバイクが一台あった。しかしその乗り手が怪しい事極まりない。

「お面をつけて、バイクの運転?」

 その者は翁の能面で顔を隠していた。さらに今現在、平次たちが乗るバイクの後ろに一定の距離を保ちながら追走している。

(あ、あ〜! そうだ、服部君の持ってる水晶玉が源氏蛍に狙われてるんだった! 今日はお茶屋で事件がある事しか覚えてなかった……。喫茶店で和葉ちゃんにインタビューが載った雑誌見せられてたのに! 思い出さなかったなんて私のバカ!)

 菫がようやく今後の展開を一部思い出していたところで景光も同じく事件の匂いを嗅ぎ取ったのか、素早くタクシーの運転手に進路変更を告げる。

「運転手さん、目的地をホテルから変えてあの前方のバイク2台を追ってもらえます?」
「……景光さん、警察に電話した方が良いかな?」
「いや、まだ何も起こってはいないから今は様子を――」

 景光はそう言って一度は菫の行動を制止しようとした。だがすぐに状況は変わる。
 能面の男はバイクに乗ったまま弓を構え、そして平次たちに向け矢を発射したのだ。

「菫ちゃん! 警察に通報だ!」
「は、はい!」

 景光の強く固い声の指示により、菫は警察に電話をかけ始める。しかしそのような状況にもかかわらず、菫は少し困惑していた。

(このまま私とヒロくんで物語に関わって、だ、大丈夫かなぁ……?)



 * * *



 弓矢に狙われた平次たちは辛うじて怪我を負う事はなかった。だが今度は平次のバイクを追い越していった能面の男のバイクを反対に平次が追う立場になっている。タクシーで2台のバイクを追跡しながら、菫は警察に連絡した経緯や運転手から聞いた現在走行中の通りの名前などを伝える。ある意味、事を傍観している状況だ。

(え、と……この後どうなるんだっけ? えーと……うぅ、焦って詳しく思い出せないぃ……)

 2台のバイクとタクシーは菫の焦りをよそに走り続け、ある公園の前まで菫達を連れてゆく。2台のバイクはその小回りが利く特性を生かし、アクロバットな動きで公園前の障害物を乗り越え内部まで入り込んだ。反してタクシーに乗る菫と景光の追跡はそこで一度中断せざるを得なかった。

「菫ちゃん、俺は公園内を確認してくるから、ここで待っていて!」
「わ、分かりました!」

 景光はタクシーを降りると猛然とバイクが向かった方角へと走って行く。本当に今まで内勤だったのだろうかと菫が疑問に思うスピードで、すぐにその姿は見えなくなった。

 また菫もここまで電話をしていた警察に自分のいる公園の名を告げ、一旦その通話を終わらせる。それまで追跡には付き合ってくれていたタクシーの運転手から、あまり事件には関わりたくない――というより長時間拘束されたくないようで清算を迫られていたのだ。急かされるままに支払いを済ませ菫が車から降りると、タクシーは一目散にその場を去っていった。
 一人取り残され菫は薄暗い公園の前で不安そうに呟く。

「景光さん、大丈夫かなぁ……」

 景光は菫が見たところ何も武器などを持たずにバイクを追いかけて行っている。公安に所属する知能、体術共に優秀な幼馴染だとは分かっているが相手は殺人を犯している人間だ。やはり景光の安否が菫には気になった。

 公園の入り口は何か工事をしているのか資材が組まれて少し入り組んでいた。それを避けながら菫は公園の中へと進むと、先ほどまで追いかけていたバイクが2台、無造作に駐車されている事に気付く。

「えーと、本当にこの後、どうなるんだっけ……? 確か……服部君と犯人で――チャンバラ?」

 静かな公園に一人きりでようやく落ち着いて考え事が出来るようになり菫が思い出したのはその程度であった。だがウンウンと首を捻った甲斐があったのか、さらに少しだけ思い出した事もあった。

「あ、そうだ! 服部君その剣の打ち合い? みたいなので、怪我するんだった! きゅ、救急車を呼ぶ?」

 しかしそうは言ったものの怪我人も確認していないのに救急車など呼べる筈もない。菫は慌てて公園の更に奥深くに足を踏み入れようとした。

 その時だ。身体に衝撃が走る。

「クッ!」
「?! きゃあっ!」

 薄暗い闇の中からものすごい勢いで飛び出てきた影があった。菫はその影に体当たりをされ、抗いようもなく地面へと転げてしまう。

「っぅ……」

 強かに打ち付けた身体の痛みに顔を顰めつつ、菫は身体を起こしながら咄嗟に自分にぶつかった何かに目をやる。この時点では菫も自分が何に当たって倒れたのか気付いていなかった。
 だが菫は見てしまう。

「え? あ……? あっ!!」

 頼りない外灯の光で菫はその怪しい人物を視認してしまった。相手も菫にぶつかった拍子に顔につけていたその一部が欠けた翁の面がズレ落ちかけていた。

(は、犯人?!)

 菫は一連の事件の首謀者と鉢合わせしてしまったのだった。

 ただ相手の能面はズレてはいても顔の大部分は隠れている。それでも菫にはそれが誰だか分かってしまった。だが犯人だと思ったのは、ひとえに以前からある知識によるものでしかない。正直にいえば顔などは夜闇でほとんど分からない。しかしその時、その面の下の男の目と菫の目は確かに合った。


「…………」


 恐ろしさを覚える嫌な沈黙がその場に広がった。


 ・
 ・
 ・


 外れかけた面を付け直した男が無言で菫に歩を進めてくる。

 相手は認識したのだろう。
 自分がどのような罪を犯したかまでは知らない筈だと。
 だが目の前の女には間違いなく顔を見られた、と。

 菫はペタリと座り込んだまま立ち上がれない。相手の男の殺気が凄まじかった。その上男は懐から鋭く光る小刀のような物を取り出している。

「あ、あ……」

 これから起こるだろう事が想像できるのに菫はやはり動けなかった。
 ほんのわずかな身動きさえ出来ない。体は恐怖で竦み上がっている。もう駄目だと思った。

「れいくん、ひろくん……」

 菫は小さく幼馴染たちの名前を呼ぶ。これでお別れなのか……と目が熱くなった。
 能面の男が小刀を持つ手を振り上げるのを菫はただ静かに見上げていた。


「菫ちゃん!!」


 その瞬間、菫の頭の間近に迫っていた小刀が、ガッと鈍い音が聞こえたかと思うと同時に地面に跳ね落ちる。それとほぼ時を同じくして座り込んでいた菫の頭上を風を切るような、何かが通り過ぎるような気配がした。

「ウグッ!」

 菫のすぐ目の前にいた能面の男はいつのまにか後退るように大きく距離を取り、両腕を顔面の前で交差させ頭を守るようにしている。何やら攻撃を受けた後のようだった。そして菫の傍らには息を切らせた景光が左足を軸にして右足を大きく振り抜いていた。

「ヒロ……景光、さん」

 どうやら菫に振り掛かろうとしていた小刀は何かを投げつけられた事で犯人の手から零れ落ちたらしい。またそのすぐ後に景光による回し蹴りを犯人は食らった……というような状況のようだ。

「おい……この子に何してくれてんだ?」
「チィッ!」

 その景光の低い声での問いかけを合図にしたかのように、能面の男は俊敏に踵を返し停めてあったバイクに飛び乗るとエンジン音を吹かし逃げるように去って行った。それを見送る事なく、景光はすぐさましゃがみ込んで菫に何か重篤な問題はないかと確かめる。

「菫ちゃん! 大丈夫か? どこか怪我してないか!?」
「う、うん。怪我は、してない。あの……犯人を追いかけなくても、いいの?」

 追いかける様子を全く見せない幼馴染に菫は戸惑ったように声を掛ける。しかし景光はそれを一蹴する。

「菫ちゃんの方が大事だよ。本当に怪我はないのか? 気が高ぶっていると痛みに鈍くなるんだ。気付いていないだけとかはないか?」
「本当に大丈夫だよ? 景光さんが来てくれたから……。あの能面の人と最初にぶつかって、転んだだけなの……」
「そうなのか? でも念のためにな?」

 景光はそう言って菫の頭や身体に恐々と触れ、本当に怪我ないかを再確認する。しばらく菫の身体をあちこち撫でまわした後、菫の言う事が嘘ではないと理解した景光はそこでようやく安心したように大きく息を吐いた。

「あぁ、良かった……」

 景光はそう言いながら一度だけギュッと菫を強く抱きしめる。
 だがすぐに身体を離し、慌てて話を変えるように、またぼやくように呟いた。

「あーあー、逃げた犯人だけどさ。追いかけようにも足がないから、元より俺には追いかけられなかったよ。俺も車で来ればよかったな。明日以降は車でもレンタルしておくか……」

 菫の背中をゆっくり撫でながら直前の行動を誤魔化すように景光はそう嘯く。背中の感触に目を細めながら、その時になってやっとしっかり景光に菫は礼を言えた。少し震える手が無意識に景光の腕の袖を掴んでいる。

「そっか……。あの、あのね、景光さん……ありがとう。助けてくれて」

 零や景光が危険な目に遭う事は想像出来ても、まさか自分がこのような事態に陥るとは菫も思っていなかった。

(こ、怖かった。死んじゃうのかなって……もう、二人に会えないんだって、思った……)

 突然の別れが目前に迫っていたかと思うと菫は震えが止められない。

(それにあんなに何もできないなんて、思ってなかった……)

 そして全く身動きが取れなかった自分自身に菫も驚きを隠せない。多少はこの世界の事情を知っている自分は何かあったとしても冷静に対応できると思っていたのだ。それが机上の空論だったと実体験し、菫は微妙にショックでもあった。

「景光さんがいなかったら、私……危なかったよね? ヒロくんは……私の命の恩人。本当に、ありがとう」
「……俺は菫ちゃんに、もっとたくさん助けられているよ。こんな事、当たり前の事なんだよ。礼を言われる事じゃないんだ。でも本当に間に合って、良かった……」

 菫の言葉に景光は何かを噛み締めるように顔を歪ませた。そしてやはり最後にもう一度、菫を力強く抱きしめるのだった。



助けてくれるのはもちろんヒロさんです!


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