Cendrillon | ナノ


▼ *03
大阪組との出会い。


 五条大橋で景光と待ち合わせをしていたところ、コナンと高校生らしき色黒の少年が菫達に近寄ってきた。

「コナン君、奇遇だね? ……というか、どうして京都にいるの?」

 コナン君もこの橋に来るんだっけか……とぼんやり思い出してきた菫は、取りあえずコナンがこの地にいる理由を聞いてみる。理由は大体予想がつくのだが本来ならば知る由もない情報なので聞かない事には訝しがられるだろう。

「実は小五郎のおじさん、京都の山能寺の住職さんから依頼があったみたい。それでボク達もついてきて昨日からこっちにいるんだ。蘭姉ちゃんや園子姉ちゃんも来てるよ?」
「そうなんだ? こんな偶然あるんだねぇ……」
「おい、工藤――ちゃうわ……おい、ボウズ! その姉ちゃん誰やねん?」

 紛れもなく偶然だとは思うがすごい確率だなぁと菫が感心していると、コナンと同行していた少年が不思議そうに声を掛けてきた。

「あ、平次兄ちゃん、この人は鳳菫さん。東京で美術商をしてるんだ。小五郎のおじさんの事務所の下の喫茶店がポアロっていうんだけど、そこの常連のお客さん。よく話をするんだよ」
「ほーん? オレは服部平次や。よろしゅう頼んます」
「これはご丁寧に。鳳菫です。良ければ名刺をどうぞ」

 平次から意外と礼儀正しく挨拶をされ菫も頭を下げる。また予備動作もなくポケットから名刺を取り出し、菫は平次にそれを両手で差し出した。傍からすると突然手から名刺が現れたように見え、平次も一瞬驚いた様子でそれを受け取る。

「お、なんや、すごい姉ちゃんやな。手品やろか? 全然手元が見えんかったわ」
「ふふ。そうです。私こういうの得意で。はじめての人にはこうやって見せて、驚いてもらうんです。あ、コナン君には名刺を渡してなかったね? 貰ってくれる?」

 はい、と菫はコナンにも同じ物を手渡した。白地に紫の文字が印刷されたシンプルな名刺をコナンは見つめながら呟く。

「美術商パルフェ・タムール……菫さんのところ、屋号あったんだね?」
「うん、あまり使わないけど一応ね」
「これ……もしかして、リキュールの名前?」
「そうだよ。でもコナン君、良くお酒の名前なんか知ってるね?」
「前に読んだ本に書いてあったんだ。だけどなんでお酒の名前なの?」

 酒の名前というのが微妙にコナンの警戒心を刺激してしまったようで、探るような目を向けられる。菫は内心冷や冷やしながら弁解した。

「パルフェ・タムールって“完全なる愛”って意味でしょ? 私の両親がこの仕事を始めたのって、二人が結婚して私が養子になった年なの。だからそういう名前にしたんだって。あ、でもそのリキュールを使ったブルームーンも候補に挙がってたけど、それはノアさんに大反対されちゃったの」
「どうして?」
「ブルームーンは“叶わぬ恋”っていう意味があるからだね。ノアさん、ヴィオレさんが大好きだから悪い意味がある言葉は使いたくなかったんだって。ヴィオレさんは“奇跡の予感”とか“幸福の瞬間”っていう意味もあるから、結構乗り気だったんだけどね? それにヴィオレさんは月が好きだから……」

 菫とヴィオレは月と宝石が縁で出会ったようなものなため、思い入れがあるらしいのだ。そういう意味では菫もブルームーンの名称は嫌ではなかったが、ヴィオレもある事に気付くとかなり簡単にそれを候補から外した。

「ただブルームーンってジンベースのカクテルなんだよね? 二人ともジンは好きじゃないみたいで、けっこうあっさり除外されちゃったよ」

 黒ずくめの組織の幹部の名前が含まれるため……という単純な理由だったが、それにはならなかった経緯がある。またコナンにはジンが苦手だと念のためアピールのつもりで菫はそう告げた。

「でもせっかくの屋号も大体はヴィオレさんのところの……って呼ばれるけどね? あ、コナン君なら気付いただろうけど、ヴィオレさんの名前もパルフェ・タムールも、ヴァイオレットで共通点があるでしょ? だから最終的にはこの屋号になったの」

 さらに言うなら、今は菫が所持している紫色の宝石にも関連させている。だがそこまでは言わなくてもいいだろうと、菫は今までの説明でコナンが納得してくれたか窺うように見つめる。

「ふーん……」

 しかしコナンには何を考えているか読めない反応をされ、菫は少し居心地の悪さを覚えた。ただその時コナンがふと菫の背後に目を向けたのでその視線の先を追うと、ある人物に辿り着く。それを見て菫は、やはり避けては通れないか……と覚悟を決めた。

「ね、コナン君と服部君にも一緒にいた人を紹介させてくれる? ちょっと待っててね? ――景光さん、いいですか?」

 少し離れた所で様子を見ていたらしい景光の下に菫は歩み寄る。景光はあまり関わる気がなかったようで、まるで菫とも他人のように振る舞っていたが、目の前にいる少年二人はかなり目聡い。怪しまれる前に紹介してしまった方が良いだろうと菫は判断した。
 菫は耳打ちするように景光に顔を寄せ、小さな声で二人について注意を含めて説明した。

「景光さん。あの二人、かなり優秀な探偵さんです。私と一緒にいた事にはきっと気付いてますし、ここで知り合った方が後々のためになると思います」
「へぇ……菫ちゃんがそこまで言うんだ。面白いね。……もしかするとあのメガネのボウヤはゼロが前に話してた、頭の切れる子かな?」
「多分そうだと思いますよ。あの子は特に注意した方が良いですね。もう一人の子も西の名探偵って有名な方ですよ。一応今回は景光さんは私のお仕事を手伝ってくれる人って紹介しますね?」
「オーケー、分かったよ」

 大まかに話を合わせてから菫はコナンと平次の下へ戻り、景光を手で示して簡単に紹介をしてみせた。

「コナン君、服部君。紹介するね。こちら楠木景光さん。私のお仕事をよく手伝ってくれる方の一人なの」
「初めまして。俺は楠木景光だ。菫さんの仕事では、取引前の下調べとか情報収集系で手伝う事が多いけど、実質何でも屋だ」

 景光は人好きな笑顔でそう言いながら二人の少年にそれぞれ握手を求める。コナンと平次もそれに応えながら名前を告げていた。

「――しかし、楠木景光……親は大楠公のファンなん?」
「もしくは日本刀愛好家? 景光って小龍景光が由来でしょ?」
「その両方なんだ。だから俺も日本刀には思い入れがあってね? 今回の菫さんの話を聞いて、お手伝いをしようと馳せ参じたのさ」

 案の定、二人の少年探偵もあっさり名前の由来を言い当てて菫に遠い目をさせたが、日本刀のくだりで平次が首を傾げた。

「なんや? 刀に思い入れがあるから、姉ちゃんのところに馳せ参じたっちゅうのは?」
「あぁ、菫さん、商品の刀剣をお手入れをしてくれる人に預けてたら、盗まれちゃったんだ。それで菫さんはここまで様子を見に来たんだよね?」
「うん、そうなの。さっき京都府警の担当の刑事さんにも話を聞いてきたよ。担当しているのは捜査一課の警部さんみたい」

 その場にいた三人はもちろんその奇妙な点にすぐに気づく。

「一課が出張っとるんか?」
「窃盗なら三課だよね? 普通の盗難事件じゃないの?」
「菫さん、どういう事だい?」
「あ、はい。なんだか古美術品を狙う窃盗団の源氏蛍が関係しているそうです。でも警部さんにとっては、その窃盗団のメンバーの殺人事件がメインみたいでしたけど」

 菫の口から出た源氏蛍という単語に、コナンと平次が食いついた。

「源氏蛍やと!?」
「菫さん、もっと詳しく教えて!」
「え? あ、そうだね。私が聞いた話だと……」

 少年探偵二人の剣幕に驚きつつ、菫は自分の知る事情を説明するのだった。



 * * *



「――ごめんね、景光さん。結局着替えも出来ないままで、今まで付き合わせちゃって……」
「大丈夫だよ、菫ちゃん。今日はもうこのままの格好でもいいさ。それに俺も詳しい経緯とか知りたかったし、ちょうど良かったよ」

 綾小路から聞く事が出来た伝えても差し支えない内容の情報を、菫はコナンと平次に説明したのだがその後すぐに彼らとは別れている。

「でもこれからどうする? 菫ちゃんの話じゃ、窃盗団が村正を盗んだみたいだし、殺人もやらかしてかなり警察が目を光らせてるんだろ? この状況じゃ犯人が店に盗品を売りに行くのは難しそうだよな?」
「うん、私もそう思ってたの。ただの窃盗ならまだしも、なんだか大ごとになってるみたいだしね? もう警察の人達に任せようかなって……」

 源氏蛍が関わっていると知る前ならば、盗難品も売りに出されるのではないかと菫も思っていた。しかし景光が言う通り、もう菫が多少動いたところでどうにかなるレベルではない。そして確実に村正は世に出回る事なく、コナン達が事件を解決すればいずれ戻って来る筈である。

「だから電話でさっきは古美術品の店を回りたいとは言ったけど、刀が見つかるとはあまり期待はしてなくてね? 無理にお店に行かなくても困らないかな……」
「それじゃ、さっそく普通に観光でもする? 定番の清水寺にでも行ってみようか?」
「いいね。景光さんとお出かけも久しぶりだし、ゆっくり京都を楽しもうか?」

 景光の提案に頷いて見せた菫だったが、行き先に知っている人物も足を運んでいる事はすっかり忘れているのだった。


 ・
 ・
 ・


「あっ! 菫さーん!」
「え? あ……園子ちゃん? 蘭ちゃんも?」

 清水寺で菫は園子から声を掛けられ、ハッとする。少し離れた場所から園子と蘭が手を振っていたため、菫もそれに同じように手を振って返した。二人の少女はポニーテールの少女を連れて菫の元へと歩み寄って来る。

(あ〜園子ちゃん達もここに来るんだっけ? 忘れてた……。でもちょっと私、記憶の劣化が激し過ぎないかなぁ……)

 景光と連れ立って歩いていた菫は今まで全くその事を思い出す事が出来なかった。だが言い訳するならば、今回の件はだいぶ昔に一度見たきりの劇場版で、しかも零や景光は一切関わりがないストーリーのため、菫の守備範囲外という事情もある。

「ははっ、菫ちゃん、旅先なのに知り合いとよく会うなぁ? 左手をあげた招き猫みたいだ」
「千客万来? でも、今日は私もそう思うかも……。えっと、さっきコナン君達に説明したみたいな設定で、景光さんを紹介する事になると思うからよろしくお願いします」
「了解」

 本日二回目の幼馴染の知人らしき人間との遭遇に、菫を招き猫に例えながら景光は笑う。菫も苦笑しながらつい左手を掲げて猫の手にする。
 またやはり二度目の打ち合わせをして互いに三人の少女へと近寄った。

「菫さんとこんな所で会うなんて! 盗難事件は何か進展あったの? それに! 今一番気になるのは、一緒にいるその男の人よ!」
「あーうん、園子ちゃん。盗難事件はもう全面的に警察にお任せする事になりそうだねぇ。あとこちらの方は、私のお仕事を手伝ってくれる楠木景光さんです。今回の件も付き合ってくれる事になったの」
「三人とも菫さんの知り合いかな? 俺は楠木景光。菫さんとは仕事仲間だよ。情報収集が得意だ。よろしくな」

 景光は菫の紹介でやはりコナン達と同様、少女達に握手を求めてにこやかに笑う。また、名字より名前で呼ばれる方が好きだと自己申告していた。ちなみに二人の少年探偵にも同じ発言をしている。
 三人の少女は手を差し出しながらも、景光に対してぽぉーっとした表情を浮かべ頷く。菫はその反応に内心、分かる……と納得していた。

 本日の景光はスーツを着こなし、髪もオールバックでメガネを掛けている。見目も良く、正にデキる大人の男といった装いだ。一見するとどこか堅そうで人を寄せ付けない物腰の人物に思えるのだが、予想に反して人懐っこい対応なため優しく微笑まれるとギャップでさらにドギマギするのだ。

「わ、私、鈴木園子です!」
「毛利蘭です」
「アタシは遠山和葉いいます。でもあの……菫さん? とは今日が初めてなんやけど……」

 景光の紹介に目が行き、自分の名乗りが疎かになっていた事にようやく菫も気付いた。それを謝罪しつつ菫も和葉に名刺を渡しながら自己紹介をする。

「あ、そうだった! ごめんなさい。自己紹介が遅れて! 初めまして、鳳菫です。えっと、和葉ちゃんって呼んでいいかな?」
「もちろん、ええよ!」

 和葉の快諾に菫もほっとしたように笑みを浮かべていると、園子があっ、と声を上げる。

「ねぇ、お二人とも時間があるなら、私達と一緒に観光スポットまわらない?」
「いいわね。菫さん、和葉ちゃんがデザートが美味しいお店に案内してくれるって言ってたんですよ。一緒に行きませんか?」
「え? 行きたい! けど……景光さん、良いですか?」
「俺は構わないよ? 俺達も行き当たりばったりで行動してるから、次にどこへ行くかも決めてなかったしな?」
「それならアタシがおすすめの場所、案内したるわ」
「わー本当? ありがとう和葉ちゃん!」

 思い掛けない出会いではあったが、着実に増えていく知り合いに菫は嬉しそうに頬を緩めた。



 * * *



「へぇ? 遠山さんは服部君の幼馴染だったんだね?」
「へ? 景光さん、平次の事を知っとるん?」
「さっき五条大橋でコナン君と一緒にいたところに、俺達も居合わせたんだよ。なあ、菫さん?」
「うん。すぐに別れちゃったけどね?」

 和葉に連れられて、菫達五人は流行の喫茶店で休憩をしていた。そこで和葉が平次の幼い頃の写真やインタビューが載っているという雑誌を見せられた景光と菫は、平次ともつい先ごろ知り合ったばかりだと告げる。

「あら、コナン君ったら服部君と一緒にいたのね?」
「あのガキンチョ、本当に行動範囲が広いわね……。服部君も良く相手するわ」
「あぁ、あの二人、年が離れているのに仲が良いね? なんだか微笑ましかったよ」
「確かに。息ぴったりだったよね? 今日も何か事件を調べてたみたいだけど、毛利さんに何か依頼があったんだってね?」
「そうなんです。お父さんに仏像を探してほしいって、お寺の方から依頼があって……」
「平次も何か事件を追っかけてるみたいやねん。それに京都には探してる人がおるんやって……」

 和葉は少し気落ちしたように平次の初恋の人について口にする。それを聞いた景光は口元を隠しつつ、面白そうに口角を上げた。その口ぶりから、もう和葉が平次に対してどのような想いを抱いているのかも理解しているのだろう。もちろんそれを指摘するような無粋な真似を景光はしないが、水は向けるらしい。

「君たち、幼馴染の初恋の人ってそんなに気になるかい?」

 蘭たちが見終わった雑誌を菫と共に眺めながら、景光は軽い調子で和葉を含めた女性陣に尋ねた。

「そら気になるよ……。平次、ずっと会いたがっとるし……」
「え? ……そうですね。私も和葉ちゃんと同じで、やっぱり気になるかな?」
「私はそういう幼馴染がいないから何とも言えないのよねぇ。まぁ子供の頃から付き合いのある新一君が幼馴染と言えなくもないけど、あれの初恋は絶対に蘭だし……」
「ちょっと園子! 変な事言わないでよー!」

 顔を赤くした蘭と園子がキャーキャーとお馴染みの掛け合いを始める。それを横目に景光は菫に尋ねた。

「彼女達が言っている、新一って?」
「多分、蘭ちゃん達の幼馴染の男の子ですよ。私も会った事はなくて詳しくはないんですけど、さっき会った服部君と対の東の名探偵なんですって。景光さんも聞いた事はあるんじゃないかな?」
「あぁ、最近は名前は聞かないけど、あの彼か……。確か、工藤新一君だったかな?」

 景光から自分の幼馴染の名前が挙がり、蘭もすぐさま反応する。

「あ、そうなんです。新一、最近は事件の調査に掛かり切りみたいで、私達にも全然顔を見せてくれなくて……」
「和葉ちゃんも蘭も悩みは多いみたいだけど、私も男の子の幼馴染が欲しかったわー」
「あれ? 園子ちゃんって、彼氏おらへんかった?」
「そうよ! 園子は京極さんがいるでしょ!」
「だって真さん、全然会えないんだもの……はぁー」

 三人の乙女たちがそれぞれため息をついている。幼馴染や恋人の愚痴がポツポツと零れ始めた。その横で、再び景光は菫にコソコソ問い掛ける。

「京極って?」
「園子ちゃんの彼氏ですね。空手の達人で、蹴撃の貴公子の異名があるんです。日本国内にはもう自分より強い人はいないって、海外で武者修行中でなかなか会えないんですよ」
「あー、何か聞いた事あるな、その異名……。自分より強いやつがいないって、すごい自信だな?」

 半信半疑な景光だが、園子の彼氏である京極がこの世界では有数の実力がある事を菫は昔から知っている。何せ公式でも最強だと認められていた人物なのだ。また新一とは菫も会った事はないが、京極とは園子を介して何度か話もしているので人柄も知っていた。それがかなり好印象だったせいか少し贔屓目に景光へと説明する。

「ふふ。でもあながち間違いじゃないと思いますよ。国内には本当にいないんでしょうね。京極さんの相手になれる人って。私が言っても説得力はないですけど、武器を使わない接近戦なら確かに国内最強の人だと思いますよ? しかも京極さん、ライフルの弾を至近距離から避けたらしいですし」
「マジ?! その人本当に一般人?」
「一応一般人ですねぇ。性格も日本男児って感じで、侍みたいな子なんですよ。そして園子ちゃんに一途なのもポイントが高いですね!」
「……スゴイね。菫ちゃんがベタ褒めなんて珍しい……。俺、戦ったら負けるかな?」
「……たぶん? でも素手じゃなくて武器があれば……どうだろう?」
「武器有りでも無理なの?!」

 若人が恋愛話をするかたわらで、人間離れした園子の恋人の話で菫と景光は盛り上がるのだった。



当サイト、ヒロさんご生存なので普通にレギュラー出演してもいいのではないかと今頃気付きました(遅い)。


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