Cendrillon | ナノ


▼ *02
本来は出ない人が登場。


 菫は京都に着いた翌日、まず刀剣研磨師の見舞いへと赴く。入院している病院で対面したところ、研磨師は足を怪我したそうだが一週間ほどで退院し自宅療養ができるとの事であった。

 事前の取り決めで今回の盗難の件は商品を預けている期間中の紛失という扱いになるため、多少堅苦しい契約上の話を菫達はしなければならなかった。ただ村正自体は名指しで引き取ってほしいと言われただけあり、相手方からは良心的な価格で刀は譲渡されていた。そのためそこまで大きな金額の取引ではなく、最終的に盗難品が戻らなかったとしても菫としては大きな損失になるものではない。それを踏まえた上で研磨師とは話を済ませる。

 仕事の話が終わると今回の事件について菫も詳しく話を聞く事が出来た。

「すみません。やっぱりお祓いが済んでから引き渡すべきでしたね……」
「いえいえ、私が悪いんですよ」

 どうやら盗まれたのは村正だけでなく研磨師が個人で所有していた刀剣も含まれるようだ。研磨師としては踏んだり蹴ったりであろう。これも村正にかかわったからなのだろうかと菫も気味の悪さを覚えるとともに、研磨師に対して同情的な気持ちがやはり沸き上がった。

「でもお祓いしていれば、こんな事にはならなかったかもしれませんし」
「それは私が引き止めたんですよ。せっかくの妖刀村正……お祓いされる前の、伝説になるようなそんな輝きを見てみたい……と好奇心がうずいたのがきっとこの結果なんでしょうねぇ」

 謝罪する菫に研磨師は首を振る。菫の事前の提案を断り実物を早く見たがった自分が悪いのだと菫は頭を下げられた。研磨師は盗まれた自身の刀剣の一つで足を切りつけられたらしい。死んでいたかもしれない事件で命があっただけ儲けものだと言った。そして研磨師は菫に思い出したようにある事を告げる。

「そういえば、警察の方が刀の持ち主にも連絡を取りたいと言っていましたよ?」
「私に?」
「ええ。村正は私物ではなく美術商の方からの預かりものだと伝えたら、興味を示されまして」

 先ほど警察から連絡が研磨師にあったそうだ。村正の持ち主の菫の連絡先を聞かれたので、伝えているとの報告でもあった。

「捜査一課の綾小路警部が、私の話も聞きたがっている……ですか?」



 * * *



 菫は京都府警に向かうタクシーの中で首を傾げていた。一度警察に研磨師を通して連絡を入れたところ、ちょうど菫が京都に滞在中だと分かると会って話がしたいと言われたのだ。

(変だなぁ。窃盗事件なら捜査三課が盗犯担当の筈だよね? 捜査一課っていったら殺人や強盗みたいな強行犯を扱う部署だったと思うけど……)

 米花の人間で言えば、目暮、高木刑事が所属する部署が捜査一課だ。菫は今回の窃盗事件に一課の刑事が出てきた事で、これは単純な窃盗事件ではないのかもしれないと察する。
 警察に到着すると病院で事前にアポを入れていたため、すんなりと話が通り菫はある一室へと案内され、担当が来るのを待つように言われた。部屋で一人待つ間も菫はつらつらと考え込んでいた。

(今回怪我人が出たから強盗扱いになったのかな? それに綾小路警部って、あのシマリスを連れてる刑事さん? まさか私もあの警部さんとお話しできるかもしれないなんて思わなかったな)

 確か大阪の高校生探偵が出てくる映画に登場する人だよね……と記憶を遡らせていたその時、菫の頭に何かがよぎったような気がした。

(あれ? 今、何か思い出しかけたような……?)

 しかし、菫にはそれが何なのか分からない。それを突き止めようと菫がウンウンと唸っていると待ち人が現れた。

「お待たせしてすんまへん。先ほど電話で話をさせてもらいました、捜査一課の綾小路文麿いいます。先日盗まれた日本刀の持ち主の方の……」
「あ、はい。研磨師の……さんに刀をお預けしていました、鳳菫です。私からも事情を聞きたいという事でしたが?」
「わざわざ足を運んで頂いておおきに。ええ、何点か聞きたい事がありますわ。鳳さんは東京で美術商をされてはるそうどすな? 実は――」

 互いに簡単な自己紹介を済ませると、菫はまず自分が真っ先に疑問に思った事の答えのようなものを聞かされる。
 それで菫は窃盗の件を捜査一課が担当している理由が分かった。否、分かったというより、思い出した。

「――どうも鳳さんが預けられていた日本刀、それを盗んだんは窃盗団<源氏蛍>が関わっている可能性が高いようなんですわ」
「源氏蛍、ですか……えっ? あ! ……あの、古美術品を狙う?」
「さすが美術品のディーラーさんや。ご存知やったなら話は早い」

 一瞬眉を上げた綾小路だったが、菫の驚いた様子をさほど気にしてはいない。たんにその業界では有名な窃盗団の名前が挙がったための反応だと思ったようである。

 また、東京、大阪、京都で源氏蛍のメンバーが殺害されており、そのため捜査一課が関連が疑われる窃盗の事件を担当していると、綾小路は菫に説明をした。合同捜査本部も立ち上がっているとの事で、その程度の情報公開は問題ないようだった。

 説明の合間に何か思い当たる事や情報はないか? と時折質問を挟まれつつ、菫はそれに答えながら別の事も考えていた。

(これって、あれだ。正に服部君と綾小路さんが登場する映画の話! えぇー気付かなったぁ……。でも確かに桜が咲く頃のお話だったよねぇ……。そっかー源氏蛍が関わっているかもしれないのね。うちの村正の刀も……)

 今回の事件が源氏蛍が関与しているというより、劇中の話が進行中だったという事に菫は驚いていた。だがそれに付随して菫は先ほど頭によぎった事の正体が分かった。京都と村正の組み合わせに引っ掛かりを覚えていたのだ。

(あ、そうだ。確かこのお話って、廃寺の大きな箪笥――弁慶の引き出しだっけ? その中に妖刀村正が仕舞われていたような……って事は、うちの盗まれた刀ってもしかしなくても、その村正?!)

 事の顛末が何となく菫には見えてしまった。そうなると菫はもう京都での目的が消えてしまったようなものである。
 菫が京都まで足を運んだのは何も見舞いや仕事の話をするためだけではない。盗品の日本刀を探すための遠征でもあった。妖刀などという怪しげな刀が世間に放出されてしまう前にと、自分も出来うる限りの事はしたかったのだ。

(中古品を扱う店に盗品が出回るかなって思ったけど、お話を思い出してみると刀は転売目的ではないみたいだよねぇ……?)

 コレクターでもない限り刀はどこかに売り払われるだろうと菫は思っていた。京都で盗まれたという事はその地に土地勘がある者の可能性は十分にあり、盗品も捌ける馴染みの店が地元にあるのではないかと菫は考え、京都でしばらく古美術品を扱う店を調べるつもりだったのだ。だがそれも必要なくなってしまったのだろう。
 恐らくこの件は時が解決する筈だと菫には予想が出来てしまった。

(多分だけど源氏蛍の悪い人が捕まれば、その時一緒に村正も戻って来る流れにはなりそうだよね……。まぁ、証拠品という事ですぐには帰ってこないとは思うけど)

 綾小路の話に耳を傾けながらも菫はすっかり村正の盗難事件については焦りなども消え、解決してしまったような気分になっていた。



 * * *



「せっかく綾小路警部に会えたのに、シマリスちゃんには会えなかった。残念……」

 事情聴取はいったん終わりを迎え菫は早々に解放された。あのトレードマークのような存在に会える事を綾小路に会う事になった時点で菫は密かに楽しみにしていたのだが今日は縁がなかったようだ。綾小路とは初対面のためシマリスの話題を出す訳にもいかず、菫は警察署の前で名残惜しげに息をつく。

「でもこれからどうしようかな? 一応盗品を探す体で来てるし、こっちの古美術を扱う店でも一応覗いておこうかな? もしかしたら何か掘り出し物が見つかるかもしれないし……」

 一応、先日ポアロで事情を説明した零たちにも京都の古美術店で盗品が流れていないか確かめてみると言ってしまっていた。その手前すぐに帰路につくのも都合が悪い。
 今後の予定を大まかに立てていると、菫のスマホが着信を知らせる。着信画面を見て菫は目を瞠った。菫はすぐさまにそれに応答する。

「もしもし、ヒロ……じゃなかった景光さん? どうしたの?」

 つい名前を呼んでしまい、菫は慌てて周りを確認しながら電話口の相手を仮の名前で呼び掛けた。それは景光からの連絡であった。

「菫ちゃん、今京都にいるんだって? 俺もなんだよ。良ければ合流しないか?」
「え! 景光さんも京都にいるの? でもどうして?」

 景光の発言はかなり予想外の事だった。てっきりセーフハウスで仕事をしているものだと思っていたからだ。

「久々の外での仕事だよ。ま、それもついさっき終わったけどね。ゼロから事情は聞いたんだ。俺も何か手伝おうか?」
「え、嬉しいけど大丈夫だと思うよ? 対応してくれる京都の刑事さん、とても優秀な方みたい。何だかすぐに解決しそうだもの」

 景光の申し出は願ってもない事ではあったが、今回は傍観に徹すれば自ずと盗難品は手元に戻って来ると思われた。景光の手を煩わせる必要もないだろうと菫はそれをやんわりと断る。

「そうなんだ? ま、それなら久しぶりに一緒にのんびりしないか? 京都なんてせっかくの観光地に来てるんだしさ」
「そうだねぇ……滅多にない機会だし、そうしようか? あ、でもちょっとだけ京都の古美術品店を回りたいから、少しだけそれに付き合ってくれる?」
「もちろん! それならどこで待ち合わせする? 俺がいるのは――」

 話もまとまり、菫と景光はちょうど二人のいる場所から中間地点の五条大橋で待ち合わせをする事となった。



 * * *



「景光さん! 待たせてごめんね?」

 菫は既に待ち合わせ場所に到着している男性を見つけて駆け寄った。

「菫ちゃん大丈夫、待ってないよ。でも、こうやって外で会うのは久しぶりだな?」
「そうだねぇ。いつもは景光さんの家で会うもんね?」

 にこやかに笑って出迎えてくれた五条大橋で再会した幼馴染の片割れは、一見するとお堅い業種の人間のように見えた。ぴっしりとスーツを着こなし、昔はよく見かけた髭も剃り落とし、メガネを掛けた景光は如何にもデキる商社マンといった風情だ。

「今日の景光さんはサラリーマン風?」
「そう。なんかこういう格好の方が俺って受けがいいんだよ。よく見かける定番のタイプで、外れがないのが良いのかな?」
「違和感がないから受け入れやすいのもあるけど、なんだか理想のエリートサラリーマンを体現した感じだね。モデルさんを見てるみたい」

 今の景光は髪を後ろに撫でつけ額が露わになっているのだが、それが余計に知的な雰囲気を醸し出していた。しかも景光は軽い変装によって顔の印象が本来のものとは変わっている。以前のパーカーにギターケースを背負ったゆるめの格好が頭にあれば、今の景光とはなかなか繋がらないと思われた。

「そうか? なら俺だって早々にはバレないかな?」
「大丈夫だと思うよ? 昴さんほど根本から変えてる訳じゃないのに、景光さんすごいねぇ」
「菫ちゃんが基本を手解きしてくれたからね? 後は自己流で色々いじってみたけどさ」

 大掛かりな変装ではないのにもかかわらずだいぶ雰囲気が異なるため、よほど親しい人間でないと景光とは気づかないだろうという姿である。数年にも及ぶ潜伏生活で景光はだいぶ変装技術の腕を上げているようだ。

「もう私なんかよりよっぽど上手だよ。でもお仕事はもう終わってるんでしょ? スーツだとのんびり出来ないよね? ラフな服にどこかで着替える?」
「そうだなぁ……」
「あれ? もしかして……菫さん?」

 菫がもう私服に切り替えてもいいのではないかと景光に提案していると、かなり聞き覚えのある声に呼びかけられた。ちょうど自分達がいる場所とは反対側、橋の向こう側から近づいて来る者達がいる。

「あ、コナン君?」

 菫にはコナンと色黒の帽子を被った少年が歩み寄って来るのが確認できた。



お国言葉を話される方って本当に難しいですね……。そしてヒロさん登場。


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