Cendrillon | ナノ


▼ *01
劇場版導入へのプロローグ的な。


 春の麗らかな陽光が差し込む昼下がりだった。ポアロでコーヒーを飲みながら談笑していた蘭や園子や梓、そして菫は鳴り響く着信音にぴたりとその声を噤んだ。皆それぞれ自分の携帯やスマホを取り出し始める。

「これ、僕じゃないよ」
「僕でもないですね」

 男同士で少し離れた場所に陣取り二人で話をしていたコナンと零が、そちらの誰かではないか? という視線を女性陣に投げかける。一拍遅れて菫がスマホを手に声を上げた。

「あ、ごめんなさい。これ私のです。ちょっとお手洗いをお借りしますね――って、使用中だった。えっと外に……」

 自分のスマホの着信音だったため、咄嗟に菫はトイレへ移動しようとしたが他の客が利用中であった。それならばと外に出ようとしたところ、蘭たちから三人三様に引き止められる。

「菫さん、ここで出られても私達は構わないですよ? 今日は外、少し肌寒いですし」
「ええ。それにその電話、お客さんなんじゃないの?」
「お待たせしちゃ悪いですよ。どうぞ構わないですから出ちゃってください」

 菫は逡巡したあとその言葉に甘え、ありがとうと声を掛けてから電話に出る事にした。

「もしもし、お待たせしました。あ、……さん。お世話になります。そちらにお預けした品物の件ですか? はい、はい……えっ、商品が盗まれた? えぇ! お怪我もされてるんですか?! だ、大丈夫ですか?」

 最初は社会人の一般的な挨拶を交わしていたが途中から驚いたような菫の声とその内容に、特に零とコナンが鋭い視線を向ける。

「何か事件があったみたいだね?」
「盗難と傷害事件のようだね。菫さんが取り扱う美術品となると盗まれたのは値の張る物の可能性が高いな……」

 菫の返答で何となくどのような事件かは類推できたが、二人はさらに聞き耳を立てる。

「入院までされてるんですか!? ……すみません。きっと私がこんなお仕事を頼んだからですね……。お怪我はどの程度なんですか?」

 何故か菫が申し訳なさそうな声で謝り始め、話を聞いていた者達は一様に首を傾げる。

「何で菫さんが謝るのかしら? ねぇ、蘭?」
「そうよね。盗まれたのって菫さんが預けた商品みたい……よね?」
「あ、でも仕事を頼んだって菫さんは言ってたし、相手はお客様ではなくて同業者の方なのかしら?」

 電話の邪魔にならないよう、そばにいた蘭たちはコソコソと互いに推測し合う。

「……いえ、お預けした品物が品物ですし。申し訳ないです。……えぇ、そうですね。今後の対応についても相談しないといけませんね。入院中という事ですし、私そちらに伺います。……明日は検査で時間が取れないんですか? それじゃあ、明後日に。詳しくはその時……。はい、それでは――」

 電話口の相手に見えないにもかかわらずペコペコと頭を下げて菫は通話を終える。その直後に菫は肩を落としてため息をついた。それにコナンがおずおずと問い掛ける。

「菫さん、どうしたの? 何か盗まれたって聞こえたけど?」
「コナン君……。あのね、お手入れを頼んでいた商品が盗まれちゃったみたいなの」

 困り顔の菫が頬に手を当て、再度ため息をついた。



 * * *



「ちょっと忙しくなりそうかなー……。あぁそうだ。新幹線の予約取らないと……」

 これから相手方と色々と話を詰めなくてはならなくなった。明後日に会う約束とはなったが明日には前乗りすべきかもしれないと思うと、菫は早速予約を取るためスマホの画面を操作する。

「手入れって……メンテナンスなどの商品の保守管理はヴィオレさん達が一手に引き受けていませんでしたか?」
「それに今は菫さん達、お仕事休業中って言ってたじゃない?」

 零と園子の疑問に菫はスマホを操作する手を止め答えた。

「今回は外部の専門家の方にお願いしたんです。商品が日本刀だったので……」
「菫さんのところ日本刀も扱ってるんだ?!」

 コナンの驚いたような声に菫もこの少年の前ではアンティークを扱っているという話しかしていなかったな……と思い当たる。しかし取り扱いの商品の中にはたまに日本刀が混じる事は今までにもあった。

「うん。でも私の親は基本的に西洋の美術品が得意というか、日本特有の美術品はちょっと専門外なんだよね。だから刀のお手入れは今電話をしていた方に頼んでたの。あと休業中だったんだけど、ちょっと問題のある刀でどうしてもうちで引き取ってくれないかって名指しされちゃったから、引き受けざるを得なかったんだよね……」

 疲れたように肩を落としてそう言った菫の言葉に蘭と梓も口を開く。

「でもそれだと、どうして菫さんが謝っていたんですか?」
「そうそう。預けていた人が商品を盗まれたって事は菫さんは被害者ですよね?」
「それに問題のある刀って? どういう事、菫さん?」

 ねぇ? と蘭と梓が顔を見合わせて頷き合っている。またコナンも菫の発言のある部分が気になったようだ。

「それがね、その刀って……ちょっとあまり良くない曰くがあって」
「えっ!? ……菫さん、もしかしてそれってオカルト的な?」
「えぇ〜……呪われてるとか、そういうのですか?!」

 嫌な想像をしてしまったらしい怖がりの蘭と梓が身を寄せ合って震えている。それを宥めてやりたかったが菫には出来なかった。実にその通りだからである。

「蘭ちゃん、梓さん……ごめんね。正にそうなんです……」
「「ひぃっ!」」

 怯えた声を上げた二人を尻目にコナンと零が苦笑しながら、だが本人たちは気にした風でもなく菫に問い掛ける。

「その曰くって何なの? 菫さん」
「そうですね。ちょっと気になります」
「うーん……妖刀村正って、知ってます?」
「妖刀村正? 何それ?」

 菫の問いかけに園子が首を傾げた。他の者達より美術品には手を触れる機会も多い園子でも、さすがに日本刀は興味の対象外らしい。

「一般的には徳川家に仇をなす事が多かった……という事で有名な刀ですよ、園子さん」
「でもそれって創作だって言われてるんだよね。ね、安室さん?」
「うん、そうだね。ただ凄まじい切れ味に加えて、刀の作風――村正の作の鋭く覇気のこもる外観が妖刀伝説に説得力を与えたらしいけど、持ち主やその周辺に災いをもたらす……というのは、事実かどうかはちょっと疑問が残るかな。君もそう思うだろ、コナン君?」
「確かにね」

 妖刀伝説には全く信憑性を感じていないような男性陣に、女性陣がそんな現実的な反応は求めていないとジトッとした視線を向ける。しかし梓がやはり首を傾げて菫に問う。

「でもなんでそんな刀が菫さんの所に? 名指しで引き取るのを頼まれるってどういう事ですか?」
「あ、それってヴィオレさん達の伝手狙いなのかしら?」
「伝手?」

 蘭が園子を見ながら問い返すと、やはり事情を多少なりとも知る園子が我が物顔で説明し出した。

「そうよ。古い美術品って曰くがある物が多いじゃない? それで手離す時や売買時にお祓いをするとか結構あるのよ。そうしないと安心して購入できないっていう保守的な人も意外と多いから」
「えーと、じゃあ菫さんの所ではそのお祓いをする人に伝手があるって事ですか?」
「ふふ、そうだねー。うちが今回関わったのは大部分はそれを求められたからだと思うな。でもよく知ってるね、園子ちゃん?」

 お祓いをすると言っても実のところは魔術師であるヴィオレとノアが手ずから解呪しているのが現状だ。もちろんそんな事ができるとは公言していないため、知り合いにその筋の人間がいると周囲には思われているのだろうかと菫は首を傾げた。

「結構有名よ? この手の話ってすぐに出回るから。ある美術品が人手に渡って、その人が身を持ち崩したっていうのがその商品名と共に噂で流れるとするじゃない? それで今度は誰がそれを手に入れるのかって皆が注目していると、ヴィオレさんの所で引き取ったらしいって名前が挙がるのよね。そのあと碌でもない噂が収束しちゃうって次郎吉おじ様も良く話してくれるわよ?」

 よほど腕のいい人間をお抱えにしてるのねって皆言ってるわよ? と園子に断言されてしまい、菫は顔を引きつらせた。そんなに有名であるとは知らなかったのだ。

「そ、そうなんだ……。ま、まぁ、それで今回手に入った商品も村正の作の一つでね? 元の持ち主の方が持て余してたみたい。巡り巡ってうちに回ってきたって感じだよ。お手入れを頼んでいた研磨師の方にも、こういう謂れがある物ですよって伝えてはいたんだけど……」

 断られる事も覚悟で刀剣研磨師に解呪後の手入れを打診していたのだが、話はここで少しこじれた。

「やっぱり一部の人には有名なだけあって、しかも刀を取り扱う人だから余計に興味がある感じで。仕事はすんなり引き受けてもらえたんだけど……」
「曰くの通り問題が起きちゃったから菫さんも責任を感じて謝ってたんだね」
「そうなの……」

 コナンにしっかり心の内を読まれている事に菫は苦笑しながら頷く。

「本当はイギリスにいる私の親にお祓いを頼んでからお手入れの予定だったんだけど、お祓い前の実物がどうしても見たいって頼まれちゃって……。だから前の持ち主から引き取ったのを手入れをしてくれる方にそのまま渡しちゃったからお祓いが出来てないんだよね……」

 問題のある刀が盗みを働いた人間を通して世に出回ってしまう事になり、菫は少なからず責任を感じていた。

「新幹線の予約はとれそうだから、明日に前乗り、その翌日には怪我をした研磨師さんのお見舞いに行って……。そうだ! うちが仲介に入るならって、刀に興味を示されていた顧客の方も何名かいたから、そちらの方にも早めに連絡しないと……あぁ、する事が一杯……」
「そういえば新幹線に乗って……って事は、その研磨師の方は遠方の方なの?」
「菫さん、どちらまで行かれるんです?」

 今後の予定を独り言のように漏らしていた菫の言葉に梓が首を傾げた。また零に行き先を尋ねられ、菫は目をパチパチさせながら答える。

「あ、言ってませんでしたね。京都です。村正は京都の研磨師の方に預けてたんですよ」



迷宮の終盤、服部君がお山のお寺で振り回していたのが妖刀村正だったので、それに無理矢理こじつけて映画に絡む。


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