Cendrillon | ナノ


▼ *共犯者 *01
少年探偵団との出会いというより、哀ちゃんとの出会い。


「あれ?」

 ポアロにでも行こうかと、その道中だった。菫は路上に落ちているある物を見つける。電柱の陰に隠れるように白い布製の袋が転がっていた。白い巾着袋を持ち上げると菫は軽く砂埃を払う。

「何だろ、これ? ……あー、給食着かぁ。懐かしい……」

 袋を開けてみると中には子供用の白衣が入っていた。給食の配膳時に着用するのだろう。クラス内で着まわすものらしく個人名は書かれていなかったが、この近辺にある小学校と言えば帝丹小学校の生徒の物だと思われた。

「こんな学校のすぐそばで落としていくなんて、うっかりな子だねぇ」

 現在、菫のいる場所から目と鼻の先、小学校の校門が見えるほどの近場での落とし物だ。しかし、その近さもあって菫は学校の方へと足を向ける。巾着袋を学校へ届け出る事にした。警察に提出するよりもよほど早く持ち主の下へ届くだろうと思っての事だった。しかし、それは後方からの声に阻まれる。

「あー! それ、オレの給食着だぞ!」
「え?」

 どこか聞き覚えがあるような声に菫は後ろを振り返る。そこには見知った顔が勢ぞろいしていた。

「あ、菫さん、元太の給食着袋を拾ってくれてたんだ」
「コナン君。これ、お友達のだったんだね?」

 見知った顔ではあったが、その中で唯一の知り合いに菫は問いかけた。

「うん。元太――こいつが、途中で給食着袋を持っていないのに気づいたから、帰り道を逆に辿ってたところだったんだけど……。おい元太、ほとんど学校の前で落としてんじゃねーか」
「わりーわりー。そう言えば靴紐が解けて、この辺で結び直したぞ。その時忘れちまったんだな!」
「学校の人に渡そうと思っていたから、ちょうど良かった。もう忘れちゃだめだよ?」

 菫は子供達へ歩み寄り、持っていた袋をその照れ笑いをしている、一番大柄な子供へと手渡す。

「姉ちゃんは拾ってくれてたんだな? 大声で呼び止めて悪かったな」
「元太、お前ちゃんと礼くらい言えよ……」
「お、そうだな。姉ちゃんありがとう!」
「はい、どういたしまして」

 そしてコナン達との話がひと段落すると、そのやり取りを大人しく見ていた他の子供達が次々に口を開いた。

「ねぇ、コナン君。このお姉さん、誰なのー?」
「ボク達とは会った事はない方ですよね? ちゃんと紹介してくださいよ。ねぇ、灰原さん?」
「そうね。見かけた事ない人だわ」
「あぁ、この人はポアロの常連さんだよ。そこで働いている安室さんの知り合いなんだ」
「あの人の知り合いですって? ちょっと江戸川君、あなたねぇ……」

 大人っぽい少女がコナンに静かに詰め寄る。微かに聞こえたその声に、菫は、あぁ、警戒されちゃった……と内心眉を下げた。しかし、他の子供達はコナンと哀のやり取りを気にも留めず、菫に声を掛けてきた。

「お姉さん、初めまして! 私は吉田歩美です」
「ボクは円谷光彦です!」
「オレは小嶋元太だ!」
「初めまして。私は鳳菫です。歩美ちゃんに、光彦君に、元太君だね? よろしくね?」

 元気の良い子供達に菫は相好を崩しながら、互いに自己紹介をし合う。銘々に喋り出す子供達の話を要約すると、彼らはコナンと同じ1年B組所属のクラスメイトで、少年探偵団の一員なのだという。菫も自身のアピールポイントである手品を交えながら子供達の話をうんうんと聞いていると、いまだ自己紹介がすんでいない最後の一人に矛先が向かった。

「――あ! 菫お姉さんと歩美たちばっかりお話してるから、哀ちゃん、まだお姉さんとお話ししてないよね?」
「そういえば、そうですね。灰原さーん!」
「おーい、灰原! お前も姉ちゃんに自己紹介しろよー」

 三人に促され、コナンとコソコソと話をしていた哀があまり気が進まなさそうに近寄ってきた。
 コナンと哀の間でどのような会話がなされたのかは菫にも分からないが、ミステリートレインの事件前で決定的な事は起こっていない筈なのに、現状彼らに安室透である零は怪しまれているようだ。

「……こんにちは? 初めまして。鳳菫です」
「……灰原哀よ」

 正体不明な安室の知り合いという事で、菫も警戒の対象に含まれてしまったままのようである。哀が菫とはあまり深く関わる気がないのは、声の調子からして察する事ができた。そのどこか不穏な空気が子供達にも薄っすらと伝わったのだろう。口々に疑問の声を上げる。

「どうしたんですか、灰原さん? いつもならもう一言くらい何か言うのに。なんだかいつも以上に口数が少ないですね?」
「そう? そんな事ないわよ……」
「哀ちゃん、お姉さんとお話しないの?」
「そうだぞ。俺の給食着、拾ってくれたんだぞ!」
「……」

 子供達が代わる代わる哀に、自分達と同じように話をしないのか? という風に声を掛けていた。哀はほんの少し眉を顰めている。悪意のない子供の無意識な同調圧力だ。
 子供の中に混じるのも大変だ……と菫は思ったが、自分もまたコナンや哀と同様な子供時代を経ていた事を思い出す。そして意外と同じ状況にはなった事がないな……と菫はその時に気付いた。

(零くんもヒロくんも、昔からびっくりするくらい大人だったもんね……)

 菫の周りにいたのは零と景光だったため、菫はそういう意味では困った事があまりなかった。自分はなかなか恵まれていたんだなぁ……と場違いながらも改めて思う。

「あー皆ね、こういうのは無理強いする事じゃないから、そう言わないで……。ごめんね? 灰原さん」

 やり辛いだろう哀を思わずフォローした菫は、その瞬間ちょうど哀と目が合った。だがスッとそれを逸らされてしまう。哀が素っ気ない態度なのも、その背景を考えれば致し方ないと思うので必要以上に傷付きはしなかったが、何と言えばいいのか咄嗟に思い付かず菫も困ったように首を傾げる。

(私、灰原さんとどういう風にお付き合いしていけばいいのかな……)

 実は菫も、哀に対してはあまり積極的には対応できない理由――秘密があった。

(灰原さんにも、私は負い目があるんだよなぁ……)

 菫は哀に対して、赤井家に対して秘密を抱えるように、本人には言えない隠し事があった。
 何となく互いに遠慮がちな哀と自分を、必死にとりなそうとしている子供達の相手をしながら菫は心で溜息をつく。

(宮野明美さん。灰原さんのお姉さん。生きているって、灰原さんに教えてあげたいんだけどなぁ……)



 * * *



 子供達と別れたあと、菫はポアロに行く気分でもなくなってしまい、家へと踵を返していた。ひっそりとした自分一人だけの自宅で、菫はぼんやり物思いに耽る。

 新聞などの報道では、10億円強奪事件の犯人は亡くなったと報じられている。菫もそれを信じていた。

「でも、魔術師協会の皆さんの手腕は、想像以上だったねぇ……」

 まさか死亡が公然と認められている状況だというのに、明美が生き延びているという事には菫も驚きを禁じ得ない。一体どうやったのだと思うものの、ヴィオレ達は菫には教えてはくれなかった。
 だが、そうやって協会によって助けられた人間達と交流する事は菫も制限をされていない。といっても匿われている人間で知り合いといえば、赤井家の大黒柱だった人物や世界的に有名だった奇術師などと、数はそう多くなかった。
 というのも、菫はある時期から協会での活動内容をあまり共有されなくなっていたからだ。

「だから教えてもらうと、むしろ驚くんだよね。しかも今回は明美さんに関する事だったし……」

 普段は滅多にないその共有が先日行われた。それには最近になって協会が新たに保護した人間の情報が含まれており、その一人に明美が含まれている事を菫は知らされる。それは喜ばしい情報だった。その筈だった。

「明美さんの事、私は直接は知らないけど、零くんが昔会った事があるんだったかな? だから私にも教えてもらえたのかな?」

 その保護された人物の情報は秘匿されるほどではなかったらしい。しかし、その共有を菫は持て余していた。そんな中で菫は哀と知り合ってしまった。

「今まできっかけがなかったけど、少しお話しする機会を作ってもらおうかな? 頼みたい事が、あるから――」

 そして今回、菫は今まで接触していなかった人物にコンタクトを取る事に決める。きっかけはやはり哀との出会いだ。
 そうとなれば菫の行動は早い。菫はある人物にまず電話をした。

「――もしもし? 菫です。ヴィオレさん、お願いがあるんです。協会が保護しているある人と、少しお話をしたいんです。仲立ちをしてもらえませんか?」
「まぁ……菫がそんな事を言うなんて珍しいわね? もちろん仲立ちは可能よ? ちょっと待ってくれる――」

 養い親であり、協会の責任者でもあるヴィオレに渡りをつけて、菫は速やかにその人物――明美と連絡を取る事となる。


 ・
 ・
 ・


「菫お姉さん! 今日私達と一緒に動物園に行こうよー!」

 菫は秘かに人物と連絡を取り終えた矢先だった。今度は自分から動かないと話もできない人物と会う場が欲しいと思っていた時だ。どのような算段でそれを取り付けようかと悩んでいたところに、連絡先を交換していた歩美から電話があった。

「え? 私も良いの?」
「うん! 皆で話してたの。それでね、大人の人について来てほしいなって。菫お姉さん付き合ってくれる?」

 なんと少年探偵団に菫は遊びに誘われる。最初は驚いたが、出会ったばかりの自分にも声が掛かり、菫はもちろん嬉しかった。

「誘ってくれてありがとう。どこに行けばいいのかな? 現地集合かな?」
「やったー! それじゃ学校の近くの公園で待ち合わせね? 待ってるからねー」

 また、ちょうど会いたい人物とも話が出来そうな絶好の機会に、菫は子供達の声掛けに考える間もなく肯定の返事を返した。
 そして、菫はいそいそと約束した公園へと出掛けるが、そこで思いがけない光景を見る事になる。

「あれ? ……え?」

 そこには子供達の姿はなく、哀が一人だけで待っていたのだ。首を捻った菫は純粋な子供達を相手するのとは違う緊張感で、ベンチに座りぼんやりしている哀へと声を掛ける。

「こんにちは。灰原さん……他の皆はどうしたのかな? 動物園に行くんだよね?」
「え? 鳳、さん……あ! もうっあの子達ね!」

 いきなり現れた警戒している人間の一人に声を掛けられ、哀はかなり驚いた様子だった。そしてこの状況を作った者が誰なのか思い当たったのだろう。哀は少し険しい表情を浮かべた。だがそれを一瞬で隠してしまうと、やはりどこか余所余所しく躊躇いがちに菫に声を掛けてきた。

「…………悪いわね。鳳さんもあの子達に誘われたんでしょう? 多分これはあの子達がお膳立てしたんだと思うわ……」

 その哀の言葉で、状況は分かった。先日の自分と哀の間で流れた気まずい空気を改善させようと、子供達が一肌脱いだ、というような事なのだろうと菫にも推測が出来た。

「あー……気を使わせちゃったんだねぇ」

 チラチラと自分を伺ってくる哀に、菫はやはり困ったように首を傾げてみせる。

「あなたと私をこの機会に仲良くさせようって魂胆でしょうね」

 菫の登場に一度は動揺を見せたが、哀はすぐに平静を取り戻し、いつもの大人びた雰囲気に戻ってしまう。

「灰原さんも災難だったね? 私が来るって知らなかったんでしょう?」
「そうね……」
「本当にごめんね? こういう場のセッティング……お膳立て自体、きっと灰原さん苦手だよね? 誰彼構わず仲良くなれる訳じゃないのは私も分かってるの。しかも相手が私みたいな碌に知りもしない大人だと、気疲れするよね」

 菫としては今日の子供達の誘いはかなり好都合であった。しかも現在、菫は哀とおあつらえ向きに一対一で対峙できている。しかし、それが哀にとっては不本意だったのは分かり切っていた。自分が場を設けた訳ではないが、それが申し訳なく菫はつい謝罪してしまう。

「……いえ。私の態度も褒められたものじゃなかったわよね。ごめんなさい」
「あぁ、謝らないで、灰原さん……」

 哀は一刻も早くこの場を去りたいだろうと、今の今まで菫もそう思っていた。だが何故か哀の態度は少しだけ軟化しているようである。先日より話が出来そうだと菫は感じた。それに後押しされ、菫は口を開く。

「あの……灰原さん。良ければもう少し、私に付き合ってもらってもいいかな?」

 菫は哀の変化を不思議に思いつつも、この機会を有効的に利用する事にした。



 * * *



 菫は哀に話があると持ち掛けると、とある場所へと移動した。自分も零と変わらず警戒の対象の一人であるのは分かっていたが、菫は哀にどうしても伝えたい事ができていたのだ。

「ここのお茶、美味しいわね……」
「でしょう? お茶は美味しいし、ここはとても静かだし、のんびりしたい時はおすすめだよ」

 少年探偵団とでは足を運ばないような落ち着いた喫茶店で、菫と哀は腰を落ち着けていた。
 菫にとっては一番安心できる喫茶店ポアロでは人目がある事と、何より零の事を警戒している哀の気が休まらないであろう事から、普段とは違う場所の選定ではあった。

 お茶を飲みながら、最初は互いに相手の出方を伺っていた。一見和やかな空気が流れている。

(だけど、誘った私が言うのもなんだけど、灰原さんはよく私について来てくれたね?)

 警戒しているだろう哀が、ずいぶんあっさり自分の誘いに乗った事には菫も首を傾げる。同じテーブルにつける事までなら出来るだろうとは踏んでいたが、顔を突き合わせてお茶まで共に喫する事が出来ているのは予想外であった。この喫茶店まですんなりとついてきた哀に、菫は単刀直入に問いかける。

「灰原さん。私の事が怖い、かな? でもこうやって、私に付き合ってくれてるね?」

 哀は手にしていたカップをテーブルに戻すと、一つ息をついた。

「怖くは……ないわ。あなたは怖くない。ただ……」
「ただ?」
「あなたが、分からないわ。何でかしら。私はあなたが分からないのに、あなたは私を見透かしたように見るわね」

 先日も、今日の公園でもそうだ……と哀は言う。そしてそれが哀にとってはネックらしい。

「私は秘密があるわ。だからそれを知ってるのかって、私の事を知っているのかしらって、少し不安になるの。……ねぇ、どうして?」

 菫に見透かされたように見られるのが、何となく不安になるのだそうだ。黒尽くめの組織の人間は肌で分かるらしい哀なので、菫が無関係なのはやはり肌で分かっているようだ。
 だが、隠し事が多い哀からすれば、菫から感じる違和感も看過はできないのであろう。

「たぶん、それは私の秘密の一つだからだと思う」
「秘密の一つ? それじゃあ、あなたにもまだたくさん秘密があるって事ね?」
「そうだねぇ。確かに……沢山あるよ。私自身の秘密。偶然知ってしまった――私が知っているなんて気付かれもしていない、他の人の秘密もね……」

 菫も深い事情をそれとなく吐露してしまう。知り合わなければ、まだ我慢できた。しかし、こうやって言葉を交わせる距離まで近づいてしまうと、すぐに限界はやって来る。

(黙ってるのは……辛い。重いよ……)

 気分としては、王様の耳はロバの耳だと地面に向かって叫んでしまいたい状態に似ていると、菫自身は思っていた。しかし、自分は理髪師のようには叫べない。絶対に口にしてはならないのだ。自分の秘密もだが、他人の秘密ならばなおさらである。

「そう……あなたはそんなに秘密が多いの。でも、私も似たようなものかしら……」
「それなら、灰原さんにも分かってもらえるかな? 秘密が多いのは……苦しいよね?」
「苦しい?」
「うん。私は秘密を抱えすぎているの。私の秘密も、誰かの秘密も」

 秘密といっても思い当たるものが多すぎて、どんなものがあるのか菫でさえもすぐには答えられないほどだ。
 ただでさえ他人の秘密の扱いに困っていたところに、さらに新たな秘密が――明美の生存という情報が舞い込んできたのだ。しかもその関係者がすぐそばにいる。菫の心は破裂してしまいそうなほどに圧迫されていた。

「そしてその秘密は、私が言っては駄目なものがほとんどなの。でも、黙っているのが辛い。それを教えてあげた方が良いんじゃないかって思う事も一杯ある。それなのに、そうしてはいけない理由が沢山あって、私は自分の意思でそれに歯止めを掛けないといけない。その矛盾が、苦しい」

 言いたいけれど、言えない。それが辛かった。今までギリギリ耐えていたのに、今回の明美の生存という秘密が追加され、菫は限界を超えてしまったのだ。
 眉を顰めている菫に、哀は一瞬の逡巡のあと、首を振った。

「私の秘密はそういった類ではないようね。あなたの言う苦しさは少し……分からないわ」
「そっか……ただ今日はね、その秘密を一つ、解放できるかもしれないの。でもそれは、灰原さん次第なの」
「私?」
「そう。私の抱える誰かの秘密。これを灰原さんに教えても構わないって許可をもらえたの」

 菫が明美に連絡を取ったのは、哀へと秘密を共有する事への許しを得るためだった。



魔術師が表に出ないけど暗躍している話。ご承知かと思いますが、当サイトは節操なく死亡キャラを生存させるスタンスです。続きます。


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