Cendrillon | ナノ


▼ ∴02
ようやくタイトルの話。


 菫は景光から渡されたウーロン茶をちびちびと飲みながら、知らず笑みを浮かべていた。
 自身はもう酒は打ち止めとなってしまったが、酒の肴を共に大いに飲み交わす五人のたわいのない会話を聞いているだけで、眺めているだけで、菫はとても幸せだった。これがいつまでも続けばいいのにと思う。
 そんな中、直前まで菫に対して日本に関する問題を出していた流れで、ある話題になった。それを口にしたのは景光だ。

「そういや日本の国花と言えば、桜と菊を連想するけど、厳密には決まってないんだよな」
「え、そうなの? 国が決めた訳じゃないの?」

 景光の、国花は国が正式に定めたものではないという言葉に、菫が意外そうに目をパチパチとさせた。

「そもそも法的に国花を定めている国の方が少数派だぞ」

 菫は知らなかったが、当然のようにそう言うのは零だ。

「まぁ、国民に最も愛好され、その国の象徴とされる花、だからな。法的根拠はいらんわな」

 最もな事を言ったのは伊達である。

「桜は満場一致だろうし、菊は皇室の象徴だしな。異議を唱えられる人間はいねーんじゃね?」

 これもある意味納得な発言だったのは松田だ。

「そういえば、菫ちゃんは何の花が好き? 女の子の意見は参考になるから色々聞きたいな」

 そしてガラリと話を変えたのが萩原だった。女性にモテるというだけあって、萩原はそういった情報収集に余念がないようだ。

「話が繋がってるようで全く繋がってないぞ、萩原」
「酒が入っている時の会話なんて、こんなものでしょー。いいじゃん。気になるし。ねぇ、菫ちゃん、どうなの?」

 景光の苦笑も気にせずに、萩原は菫に繰り返し尋ねてくる。

「好きな花、ですか?」
「そう! やっぱりバラとか? でも……菫ちゃんのイメージとちょっと違うかな? あまり派手じゃないやつっぽいね」
「そうですねぇ……ありきたりだけど、やっぱり桜が好きですよ」

 菫に真っ先に思い浮かぶのは、やはり元の話題の桜であった。

「桜か……うん、菫ちゃんのイメージと合うなぁ」
「ふふ、ありがとうございます? でも、私の事より研二さんは……皆さんはどんなお花が好きなの?」

 菫の逆の質問に男性陣は素っ頓狂な声を上げる。

「あぁ? 好きな花ぁ?」
「あまり意識した事がねーな……」
「えー? 陣平ちゃんも伊達も情緒がなーい。俺は花は割と何でも好きだよ?」
「萩原が言うと、意味深だな」
「同感だ」

 そんな事など考えた事もない……というような発言の松田と伊達と、間口の広い発言の萩原はまるで真逆な反応だった。だが零と景光の指摘によって、萩原の発言は物議を醸す。

「確かに萩原は花なら何でも好きそうだわ」
「萩原……花は一本に絞るべきだぜ?」
「ちょっと、そのままの意味なんだから、変な意味で取らないでよ! 菫ちゃんに誤解されるでしょ」
「え? えっと、研二さんにとって、女の人もお花なんですよね? お花も女の人も好き?」
「! ほらっ、曲解されてるじゃん!?」

 皆と同じ理解に至っていたらしい菫が首を傾げて確認してきたため、萩原は焦ったように訂正する。

「違うからね、菫ちゃん。俺が好きなのは自然に咲く花だから。女性が花に例えられるのは否定しないけど」
「つまり同じ意味じゃねーの?」
「陣平ちゃんはうるさいよ! あ! そうだ。菫ちゃん、俺は菫ちゃんに桜ってイメージがぴったりだと思ったけど、反対に俺達を花に例えたらなんだと思う?」
「皆をお花に……? 皆のお花……」

 菫の意識を別のものへと向けさせようと、萩原がそのような事を咄嗟に菫に投げかける。しかし同期の者達には苦し紛れに見えたようだ。

「無理矢理話を変えたな、萩原」
「それは苦しいぞ、萩原」
「っていうか見苦しーわ、萩原」
「そもそも俺達を花に例えられてもなー……」

 全員に呆れられたように見つめられ、萩原はブーブーと文句を言う。

「なんでよー? 菫ちゃんが俺達にどんなイメージを抱いているか知りたくないの?」
「む……」
「確かに?」
「例えられる花の名前が、俺に分かればいいんだがなー」
「だよな……」

 しかし萩原の指摘に、微妙に気になるかもしれない……という気持ちがそれぞれに芽生える。そこで空気を読まずに菫が声を上げた。

「あ、向日葵! 皆をお花に例えると向日葵だと思う!」
「え? 菫ちゃん、本当に萩原の言った事、律儀に考えてたのか……」

 景光が驚いたように目を見開いた。だがすぐに、菫ならあり得るか……と笑ってしまう。

「あちゃー、個人ごとのイメージが聞きたかったけど、五人で一括りにされちゃったかー」

 一応本気でそれぞれのイメージを知りたかった萩原は、少し物足りなさそうだ。

「でも、向日葵? 何でだ?」

 花に例えられる事自体にピンと来ていない松田は、菫のイメージに首を傾げた。

「分かるような、分からんような?」

 それは伊達も同じようだ。菫の言わんとする事が明確には想像できないらしい。不思議そうな松田と伊達に、菫は微笑みながらその理由を述べ始めた。

「みんな明るくて、向日葵っぽいです。一緒にいると楽しいし、夏でも元気いっぱいだし。あ、あとね、五人いる時は太陽のイメージも皆と重なる! なんだか、眩しくて見ていられないくらいキラキラしてるの」
「僕達は向日葵というか、太陽のイメージみたいだな?」

 零は菫の言葉に、向日葵というより太陽の印象の方をより強く感じたようだ。

「違うよー零くん。私が皆を太陽っぽいって思うのは確かだけど、今はあくまでも向日葵の話なの。あ……でも――」
「ん? でも、何だ?」
「――でも、そうだ。特に零くんは、別の意味で向日葵みたいだなって、思ってたの……」

 最初はニコニコと純粋に思っている事を言っている様子だったのに、何故か菫は零が向日葵のようだと口にした途端、表情が抜け――消えた。声のトーンも少し下がったようだった。



 * * *



 それには――菫の一瞬の変化には誰もが気付いた。だが、それはすぐに掻き消えたため、疑問は残るが皆一様に知らない振りをした。

「……ゼロ個人も向日葵がイメージって事か?」
「別の意味っていうと、向日葵の花言葉とかか? 菫ちゃん?」
「あなただけを見つめてる、だったか? 僕にはしっくりこないけどな、菫」
「でも、それは有名だよな。太陽神を見つめ続けて花になるっていうやつだろ? 俺でも知ってるくれーの花言葉だ」
「えー、菫ちゃんは、ゼロが誰を見つめてるって思うの?」

 どこか茶化したような萩原に、菫はきょとん……という表情で説明する。

「誰って……個人じゃないですね、きっと。それに向日葵の花言葉には、あなただけを見つめてる、愛慕とかの恋に関するもの以外もありますよ?」
「何があったけ? 菫ちゃん」
「他には……崇拝、憧れ、情熱、光輝。本当に全部、零くんにぴったり」
「……菫は何を言いたい?」

 幼馴染が言っている事の本筋がよく理解できずに、零は眉間にしわを寄せていた。しかし、菫は聞いているのかいないのか、一人で喋り続ける。

「あ、でも、零くんにぴったりって言ったけど、やっぱり他の皆も向日葵のイメージだから、今言った花言葉も似合うねぇ」
「菫?」
「だって、皆にとっても太陽は日本、だよね?」
「うん?」

 長年の付き合いがある幼馴染の景光でも、それには首を傾げる。付き合いが短い同期達には、菫の発言の真意がさらによく分からなかった。

「太陽は日本って、何だ? まぁ、日本は太陽信仰の国だけどな。国旗も日の丸だし」
「農耕文化で太陽を重要視してたんだよな」
「天照大御神も太陽を神格化した日本の主神だしねー。大雑把になら太陽は日本だっていうのは理解できそうなんだけど、それと俺達がどう関係するのかな?」
「もう! 太陽は――日本は、皆が守りたいものって事ですよ!」

 何故みんな分かってくれないんだ……と、他の者達からすれば理不尽な事を考えながら、菫は自分のそれまで思っていた事を滔々と語る。 

「太陽は皆が守る日本そのものなの! それにはいっぱい意味があって、広義で言えば日の丸かもしれないし、国家かもしれない。他にも、この国の太陽の下で生きている人――名前も知れない日本に住む国民、零くん達が守る人たちかもしれない。でも皆には、それを全部ひっくるめて太陽なんだろうなって思ったの」

 酔っ払いのあまり理路整然とした言葉ではなかったが、菫が言いたい事がその場にいた者達にも何となく分かってきた。

「つまり、国民や国と同義である太陽を守るため、それを見つめている警察官の僕達は向日葵だって言いたいのか?」

 零の確認に、そうだよ? と菫は頷いた。そして、やはり零を見つめてその表情を陰らせた。

「でもね、それが一番強いのは零くんなの。零くんは太陽に本当に恋をしてる」
「恋? 僕が……? 太陽に?」

 意外な事を聞いた……というような表情を零は浮かべる。

「うん。零くんは太陽に恋い焦がれた水の精みたい。ただ一心に太陽を見つめて、太陽を崇拝して、憧れて、情熱を注いでいるよね? それがすごく輝いて見える」

 そこで先ほどの花言葉がキーワードになるようだ。菫からすればその言葉の全てに、五人の中でも際だって零を連想してしまう。

「そして、水の精がその身を向日葵に変えるくらい、強い思いなのも一緒。でも零くんは見返りも求めない。それが少し、悲しく見える」

 誰かが称賛の意味を込め、口笛を吹いた。

「流石お前らの幼馴染だ。よく見てんな?」
「ほんと。ゼロってば確かに俺達の中っていうより、学校内の誰よりも断トツで日本に対して忠誠心高いもんね」
「でも根っこのところで心配されてんじゃねーか。ざまぁねーな」
「確かに、そこが危ういって思う事が俺もあるぞ? ゼロ……」
「うるさい……」

 ほぼ一貫した周囲の評価に、零はバツが悪そうに顔を逸らす。しかし話はそこで終わっていなかった。菫が再び口を開く。

「だからね、零くんを向日葵みたいだなって思ってたけど、似合い過ぎてて、似過ぎてて、それは少し嫌だなって、そういう風にも思ってた……あ! 私が勝手にそう思ってただけなんだけどね!? でも……太陽ばかり見てないで、思っちゃうの」

 そう言いながら、菫はやはり暗い表情だ。誰もが触れなかった、菫の表情が消えた理由がこれだったのかと、全員が密かに納得した。
 しかし、神妙な空気はやはり菫によって霧散する。酔っ払い故か、いきなり明るい声に調子が変わったのだ。話の内容も併せて変わった。

「――そういえば! 太陽って言えば、警察の旭日章が桜の代紋って呼ばれるのも面白いよねぇ」
「……あ、あぁ、あれは警視庁が皇居の桜田門前にあるのが由来らしいね」

 それまでの雰囲気と打って変わったため、景光の相づちは少し遅れる。しかしそれには気付かず、菫は、そうなんだーと子供が感心するように頷いた。見た目が由来だと思っていたと呟くと、伊達もそれには同意する。

「ま、あの旭日章は確かに桜に見えるけどな」
「そうですよね! 確かに桜に見えますもんね? でも太陽も桜も警察の象徴としてはぴったりかな。花言葉も皆にすごく似合うと思うの。向日葵だけじゃなくて、桜も皆のイメージ!」

 話題が再び桜に戻った。しかし、菫は紛れもなく酔っ払いなので唐突な話題転換も仕方がない。

「桜の花言葉……精神の美、か?」

 零が豊富な引き出しから、菫の言う該当の花言葉を引っ張り出した。それに菫もさらに付け加える。

「他にも純潔っていうのもあるよ。どっちも、けがれがなく心が清らかな事、だよね? 未来の警察官の皆の事!」
「そうか? 菫は俺達を美化しすぎじゃね?」
「そんな事ないですよ! 桜であり、太陽でもある警察のシンボルと皆のイメージはね、本当に寸分も違わず同じなの」

 松田の言葉に菫は大げさに首を振る。さらにその場にいる五人を順番に見つめて、一人だけ納得したように頷いていた。松田が少し不機嫌そうで、それを見て萩原は陣平ちゃん照れてるーと内心笑いつつ、自分の知る花言葉を挙げる。

「桜には、優雅な女性っていう花言葉もあったでしょ。桜は菫ちゃんのイメージって思ったけど、やっぱり間違ってなかったねー」
「いえいえ! 私なんかより皆の方がよっぽど、桜がお似合いだと思いますよー」

 照れたように菫は首を振るが、この辺りから様子が変わり出していた。目がトロンとし始めたのだ。真っ先に幼馴染の二人がそれに気付いた。

「なぁ、菫ちゃん、眠いんじゃない?」
「もう部屋に戻った方がいいんじゃないか?」
「そんな事、ないよ? まだ、平気」
「でもなぁ……だいぶぼんやりしてるよ?」
「もう切り上げた方が良いぞ……」
「平気だよ! あのね……皆にはこれからも、警察の桜が似合う人であり続けてほしいなぁって、思うの……」

 零と景光の再三の注意を菫は気にも留めず、我を貫こうとする。

「それにね、皆は、私にとっては……向日葵で、桜で、太陽でもあるから、私だってずっと、皆を見ていたいんだよ」

 菫は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「だからね……皆は、いつまでも……」

 ゆっくりとした口調がいかにも眠そうで、しかし何かを伝えたいのか菫はそれでも続けようとしていた。

「いつまでも――……」

 その場にいた者たちは続きを待っていた。だが、肝心の菫の言葉が最後まで紡がれる事はなかった。それは思ったよりも早く途絶えてしまう。

「菫ちゃん? あーダメだな……」

 景光が肩に寄りかかってきた菫の顔を覗き込んで首を振った。
 すぅすぅと微かな寝息が聞こえてくる。
 声の主はほんの一瞬ですっかり寝入ってしまっていた。

「……あからさまな酔いは後半に出るタイプだな?」
「酔っ払いだけあって、最後の方は支離滅裂だったねー」
「言いたいだけ言って、寝ちまったな。つーか寝落ちするやつ、初めて見たわ」
「飲ませ過ぎたやつらが何を言う」

 半眼で零は萩原と松田を睨む。菫がこうなったのは、大部分がこの二人のせいだろうとまだ根に持っているのだ。

「しかし、羞恥心がないっていうのは本当だったな。菫のやつ、小っ恥ずかしい事、随分ポンポン言ってたぞ」
「しかもこっちも恥ずかしくなるやつね。これはある意味、翌日覚えてなくて菫ちゃんは良かったのかな?」

 酒だけが原因ではない自分の赤い顔を伊達が乱暴に撫でると、景光も肩をすくめる。
 何やら飲み続ける雰囲気でもなくなっていた。松田が欠伸を一つすると切り出した。

「菫も寝ちまったし、早いがもうお開きにするか? 俺もなんか眠くなってきたわ」
「それは良いけど、お前らも後片付けは手伝えよ。ゴミ拾いくらいはできるだろ? 風呂に入るならそのあとか、明日の朝にしろ。僕は菫を部屋に運んでくる」

 松田の意見に異論はないようだが、零は菫を抱き上げながら掃除を言いつける。

「そうだな。食って、飲んでばかりじゃ、良い客じゃねーな」
「じゃあ、取りあえず食器はゼロと俺が洗うから、伊達たちはキッチンに運んでくれるか? あとはリビングの片付けを頼む」
「おう」
「ヘイヘイ」
「りょーかーい」

 景光の指示に、取りあえずはそれぞれ頷いた。しかし微妙にまとまりがない。

「そういやヒロ、もうタバコ吸っていいか?」
「……換気扇の下でね。でも全部終わってからにしろよ。ゼロが怒るぞ」
「ヘイヘイ」
「ヒロー、ゴミ袋どこー?」
「あー、それはキッチンだ。こっち来てくれ……」

 それからしばらく、夜も更けた洋館では家主以外の人間がパタパタと動き回っていた。



 * * *



「おはよう、菫」
「菫ちゃん、おはよう」

 明るくなって間もない静けさの中で菫が冷蔵庫の中身を確認していると、零と景光がキッチンに顔を出した。

「零くん、ヒロくん、おはよう。まだ寝ててよかったのに……」

 起き出した二人に、菫は驚いたように挨拶を返す。

「菫一人に、朝食の準備をさせられないさ。みんな大食いだしな……」
「そうそう。俺達も手伝うよ。あいつらが起き出さないうちに終わらせよう」

 零と景光曰く、他の三人はそれぞれ宛がわれた部屋でまだ眠っているようだ。

「二人とも、ありがとう。……そうだ。聞きたかったんだけど、昨日は私、いつの間に寝ちゃったんだろ? 部屋まで運んでくれたのって、もしかして零くん達?」

 気付けば自分の部屋のベッドの上で、菫は久しぶりにやってしまった……と、微妙に苦い目覚めだったのだ。酔いが翌日に残る事はほぼないのだが、一定量を超えると記憶が綺麗に飛んでしまうのだけが菫の悩みである。
 普段はコップ二杯も飲めば満足するため深酒はしないのだが、昨夜は楽しい雰囲気につい流され、今日なら大丈夫ではないかと気が大きくなっていたための失態だ。

「あぁ、それはゼロだよ」
「あぅ……」

 酔いつぶれた自分を幼馴染達が世話してくれたのではないかと何となく予想はしていたのだが、景光の一言に菫は眉を下げる。

「うぅ、やっぱり……。零くん、ごめんね? お手間をお掛けました……。そういえば、私ってあのあと何か変な事したりとか、おかしな事言ったりしてないかな? リビングに移動して飲み始めたあたりから、あまり覚えてないの……」

 どうやら菫はリビングでの出来事に関する記憶があやふやらしい。

「う〜ん……」
「変な事はしてないし、おかしな事も言ってないぞ……」

 恥ずかしい事は言っていた、とは言わない。あまり詳しく説明すると互いにダメージがありそうなため、零も景光もそれには触れなかった。

「何か含みがあるような……?」

 幼馴染の様子に、菫も何かあったのではないかとうっすらとは思う。だが、深く追及して自分に不都合な事実が発覚するのが怖い。また、あまりにも度が過ぎたような事をしていれば、二人がしっかり教えてくれるだろうと信頼し、菫も今回の事はさらりと流す事にした。

「あ、それとリビングは綺麗だし、ゴミもないし、後片付けもしてくれたんだよね? 零くんもヒロくんもありがとう。でもお客さんにそんな事させて、ごめんね……」
「それは一応全員でだな。まあ一宿一飯の礼代わりだから、気にする事ないぞ」
「それより菫ちゃん、何を作る予定だったの?」

 申し訳なさそうな菫に、景光が朝食の献立を聞いてきた。菫は気を取り直したように、予定していた物の名を上げる。

「えっとね、和食にしようかなって思ってたけど、ごはんとお味噌汁、おかずが焼き鮭と卵焼きじゃ、少ないと思う? 昨日の晩は用意していたのじゃ足りなかったから、コンビニで何か買い足そうかなって……」
「そこまでしなくていいよ? あいつらだし。米を食わせとけばいいって」
「足りないって言うようなら、梅干しやツナの缶詰があっただろ? それでおにぎりでも作って食わせるから、わざわざ買いに行かなくてもいいぞ」
「そう? お米はいっぱいあるから、そうしようかな?」

 他にもおにぎりの具材になりそうなものを菫は思い浮かべ、それならば家にある物で何とかなりそうだと、早速朝食の準備に取り掛かる。

「そうだ菫ちゃん」
「ん? なーに?」

 屈み込んで冷蔵庫から食材を取り出している菫に、景光が悪戯心から問い掛けた。

「菫ちゃんにとって俺達って、向日葵で、桜で、太陽なのか?」
「僕は特に向日葵なんだろ?」
「!? な、何で……」

 菫はぎくりと動きを止めた。油を差していない機械のように、ギギッとぎこちなく菫は零と景光を仰ぎ見る。心でも読めるのかと二人の幼馴染に若干恐怖を覚えるも、言い当てられた事への恥ずかしさの方が徐々に増してきた。

「私、昨日、何か言ったの?」
「何かって、なぁ? ゼロ……」
「あぁ、ヒロ。本当に危なっかしい」

 やはり昨夜の自分の発言を菫は全く覚えていないようだった。しかし、思っていた事を菫は口にしていた様子だっただけに、深層心理では薄々そう考えていたのだろうという事は予想できる。
 心の内を透かし見られたかのごとく真っ赤になっている菫に、零と景光は苦笑して言った。

「もう酒は飲み過ぎるなよ、菫」
「菫ちゃん、家でも飲酒はほどほどにね?」



警察学校組は向日葵と桜っぽい気がします。向日葵の花物語は諸説ありますが、作中の話は伊達さんと夢主が説明する通り、アポロンに恋をした水の精の話の引用です。


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