Cendrillon | ナノ


▼ *03
事件は起きるけど、あっさり終わる。


「透さんも、皆もありがとう。助かりました……」

 いつの間にか菫に付きまとっていた三人組の男性達は消えていた。零が追い払ったようだった。

「いえ、あんな男達に絡まれる前に何とかできれば良かったんですけどね」

 菫は申し訳なさそうな零の言葉に、とんでもないと首を振る。自分では男性三人をあしらいきれずに困っていたのだ。菫は本当に助かったと思っていた。

「でも、菫さんを僕達が見つけた時から、あの人達も菫さんを見てたみたい。何だか狙われてるって感じだったよ」
「え? そうなの?」

 そこで菫は零とコナン達は少し離れた所で、自分と年配の顧客らしい夫婦との話が終わるのを待っていたと知る。

「ええ。彼ら、虎視眈々と菫さんに話しかけるタイミングを窺ってたんでしょうね」
「菫さん、良かったわ。連れて行かれなくて……。あいつら評判の悪い金持ちの二世、三世よ。強引だったでしょ?」
「菫さん、大丈夫ですか?」
「今まで、こんな事なかったから、ちょっとびっくりしちゃった……」

 少し顔色の悪い菫を心配して、蘭がその背中を優しく撫でた。

「菫さん、少し休みましょうか。落ち着いたら送っていきますよ」

 零が菫の腰に手を回し導くようにして、壁際に設置された椅子に座らせる。そして、それまで共にいたコナン達に帰るよう促した。

「彼女は僕が責任をもって送っていきますから、安心してください。それより園子さんに蘭さん、コナン君も早くここを出た方がいい。何も起きない可能性もありますが、念のためにね」

 それにコナン達は異論もないようで頷き、菫に別れの挨拶をすると早々に立ち去って行った。



 * * *



 菫は椅子に腰掛けながら、傍らに付き添ってくれている零を見上げる。零が理由もなくこんな所にいる筈がない。間違いなく仕事でここにいるのだろうと菫は予想した。自分にかかずらっている暇はない筈だ。その事が菫には申し訳なく、見上げるようにして上げた頭もすぐに垂れ下がる。

「透さん、ごめんなさい。迷惑を掛けて……。お仕事中だったんですよね?」
「気にしないでください。ただ、ここはあまり安全じゃないんです。もう少ししたら移動しましょう」
「? どういう事で――」

 テロリストの情報など知らない菫が首を傾げ、尋ねかけた時だ。突如異変が起きた。


 ドォーン!!


 建物を揺らすような激しい音が聞こえ、そのすぐ後に停電だ。会場内は暗闇に包まれる。招待客のパニックのようなざわめきが溢れた。

「チッ……誘拐じゃなくて、本命のテロを実行するのか。そういえば活動拠点と言われる国の政治家も来てたな。それ狙いか?」
「透さん、これは……? どうしましょう?」
「菫さん、あなたは危ないからここに。実はテロリストが日本に入っている情報があったんです。大丈夫です。元より警察が動いてました。鎮圧は可能ですよ。ちなみに菫さん……明かりになるものはありますか?」

 菫はその時、小さなパーティーバッグしか持っていなかった。しかし、今はひだのたっぷり入ったドレスを着ている。そこに隠していたとギリギリ誤魔化せる状況だったため、菫は零の質問に躊躇なく頷いた。

「はい、ありますよ。ただ、小さいのしかないんですけど……」

 菫がポケットから取り出したのは、男性の手の平の中にならば簡単に収まってしまうような小型の懐中電灯だ。単三電池二本でそれなりに広範囲に、明るく照らしてくれる優秀な一品ではある。

「でも二本あります。予備で両方持って行ってください」
「いえ、僕は一本でいいです。もう一つは菫さんが持ってください。でも、光源があるという事は犯人にも目が付きやすいという事です。使う場合は必要最低限に。暗闇に乗じた方が安全かもしれません」

 零に使用状況を指示されていた時、菫達に近づいてくる人物がいた。

「安室さん! 菫さんも、大丈夫?」
「コナン君?! 帰ったんじゃなかったの? 蘭ちゃんと園子ちゃんは?」

 時計型のライトを掲げながら、コナンが駆け寄ってきたのだ。

「帰る途中で爆発音がしたんだ。蘭姉ちゃん達は無事だよ。出入り口が塞がれちゃってるから、今は会場の中にいるんだ。それより安室さん、ホテル側は誘拐を警戒して警備は増強してたみたいだけど、何とかなるかな? 一応警察も動いているって考えても良いよね?」
「そうだね……警察は真夜中の誘拐に備えて、ホテル周辺で待機していると聞いているから初動は早いだろうね。警備員は増やしていたようだけど、やはり一般人だからテロリスト相手では、戦力として期待しない方がいいかもしれない」
「それなら僕達が内部からテロリストの情報を警察に流そう」
「コナン君もここにいてほしいけど、やむを得ないか……? 確かにホテルに入り込んでいる人数や相手の武器などが分かれば――」
「それじゃあ、あそこのダクトから会場を出て、こうしようよ――」

 淡々とそのような話を続けている二人を見つめながら、菫は遅まきながら非日常な出来事に対して恐怖と不安が生まれてきていた。

(こんな事件、知らないよぅ……。もちろん、物語にないような事件なんていっぱいあるだろうけど。うぅ……米花町怖い。でも……思えば、こんな事件に巻き込まれた事、今までなかったかも……)

 この米花の町に住んでいて、珍しいと言えるほど事件との遭遇率は低かったかもしれないと、菫は考え直す。しかしその幸運も今回の事件では通用しなかったようだ。ある意味だが菫もようやく米花の住人らしい経験をしていると言えた。
 胸の前で手を組み、少し震えている菫の肩を零がポンポンと叩く。コナンとの打ち合わせは終わったようだった。

「――菫さん。大丈夫ですよ。幸いと言っては何ですが、このテロリストたちは比較的、率先して人質は傷つけないんです。穏健派とは間違っても言いませんけどね」
「菫さん、僕もこのテロリストの事はニュースで聞いた事があるよ。要人とかの人質を生かせばお金になるのはもちろん、犠牲者が増えるとどの国も警察が躍起になって捜査するでしょ? 事件に対する力の入れようが違うから、テロリスト達もなるべくそれは避けてるみたいなんだ」
「コナン君の言う通りです。しかも会場内の人間は、ほとんどが多額な身代金を期待できない一般人。今もただ閉じ込めているのが良い証拠でしょう。恐らくですがこの会場内には興味はないと思います。大人しくさえしていれば安全な筈です」
「だから、菫さんはこの会場でジッとしていて。可能なら蘭姉ちゃん達と合流してほしいけどね。僕達はこれからホテル内を確認してくるよ」
「二人とも大丈夫? 相手は武器とか持ってるかも……」

 人質はあまり傷つけないようだが、ゼロではないだろう。また不測の事態でもあれば話は変わる筈だ。菫の心配そうな声に、コナンが何とも無邪気に言った。

「大丈夫。今回は安室さんと僕で、二人で動く事にしたから」
「コナン君のような子供を連れてホテル内を徘徊していたら、さほど怪しまれないだろうという判断ですね。ついて行けないなら勝手に動くと言われては、断れませんしね……」
「大丈夫だよ。いざとなったら子供の振りをするから」
「……振りも何も、コナン君、あなた子供でしょう?」

 零と対等に渡り合っているので忘れがちだが、コナンの見た目は紛う事なく子供である。

「あ……えへ。で、でも平気だよ? 安室さんがいるからさ」
「ええ、菫さん。彼は僕が責任をもって守ります。それにコナン君は頼りになりますからね。早期の事件解決に貢献してくれると思いますよ」
「うん……透さんもコナン君も本当に気を付けてね? いざとなったら会場に戻ってきて、外部の――警察の対応を待ちましょうね?」
「もちろん気を付けるよ! じゃあ行ってくるね」
「菫さんも気を付けてくださいね?」

 二人が行ってしまうと菫は暗闇の中、何とか蘭たちと合流を果たす。
 菫は年下の少女たちと三人で震えていたが、事に当たっているのは世界のヒーローであるコナンと、正義に忠実な代行人であり執行人である零の二人だ。さすがと言うべきか事件の解決は早かった。

 その後に起こった事と言えば、何故かホテル内から爆発とは違う、花火のような音が聞こえた事だろう。時を置かずして、会場内にも警官隊が突入してきたりもした。そして、今まで捕まる事のなかったテロリストが、日本でお縄に着いたというニュースが世界を駆け巡るのだった。



 * * *



 簡単な事情聴取を受けていたら、夜も更けてしまっていた。チラホラとパーティーの招待客も家路につき始めている。

「もう〜、誘拐かと思ったらテロだったわね。結局巻き込まれちゃったし」
「で、でも、警戒していた警察の人達がホテルの近くにいたから、こんなに早く悪いやつらが捕まったんだよ。良かったじゃない?」

 園子の愚痴にコナンが自分の関わりを伏せ、そのような事を言う。零もコナンに対して面白そうな表情を浮かべてはいるが、黙って聞いているだけだ。それを見て、菫は今回もコナンが活躍したようだと薄っすら悟る。
 しかし、今回は二人とも自分達の存在を表沙汰にしたくないという事で意見が一致しているようだ。武勇伝が語られる事はないだろう。

「そうよ、園子。怪我人もいないみたいだし、不幸中の幸いよ」
「そうだねぇ。コナン君も透さんも何事もなく戻ってきたし、終わりよければ全てよし、かな?」
「ま、そうね……あら?」

 蘭と菫に宥められ、園子が渋々といった様子で不満を引っ込めた。だがその時、園子はその場にいる面々を見回し、ある事に気付く。

「……今更なんだけど、菫さんと安室さんが並んでると、お似合いねぇ……」
「あ、本当。同系色のコーディネートだから、すごくしっくりしますね」
「え?」
「そうですか?」

 菫とその横に並び立つ零を、園子と蘭はキラキラとした眼差しで見つめる。菫と零も思わず互いを見合わせた。

 アイスグレーのドレスの菫とチャコールグレーのスーツの零は、確かに同系色の装いである。しかし、菫としてはその似ている色の取り合わせよりも、意識して見た零のスリーピースの礼装に目が奪われた。
 この会場で出会ってから今まで、菫は不運に見舞われていたため、せっかくの零の姿に落ち着いてしっかりと目を向けられていなかったのだ。

(素敵)

 細身のスーツがまず何よりも零に似合うと菫は思っていたが、事実そうだった。むしろ予想を遙かに超え、見事にそれを着こなす零に菫は見とれてしまう。
 また零も一瞬、菫にそのような視線を向けられ言葉を失ったようだ。だがハッとしたように零も口を開いた。

「……そういえば菫さん。遅くなってしまいましたけど、そのドレスよくお似合いですよ? とても綺麗です」
「あ、ありがとうございます。……透さんも、その、カッコイイです……」

 見つめられての直球な零の褒め言葉に、菫は頬が赤くなるのが止められない。また自分よりもよほど服を着こなしている零へ、赤い顔を見られぬよう俯きながら菫も礼とその姿への賛辞を送る。

 そして二人の少女たちの話はまだ終わっていなかったようだ。さらに園子がコメントを寄せる。

「しかも菫さんは淡いトーンで、安室さんは濃いダークトーンだから、同系色なのに良い対比だわ」
「そうよね。同じグレーの筈なんだけど、正反対の色同士みたい」
「互いに引き立て合ってる感じよね? 示し合わせてコーデしたって言われても納得よ」
「うん! お二人とも、とても素敵です。すごく絵になってますよ?」

 園子と蘭の言葉の通り、菫の淡いグレーと零の濃いグレーは、パッと見ると白と黒の対比に見えなくもない。その非の打ちようのない様に、園子と蘭は惜しげもなく賛美する。しかし、菫はその称賛の嵐に耐えられなくなっていた。

「……蘭姉ちゃん、園子姉ちゃん。菫さん、すごく真っ赤だから、もうやめてあげた方がいいと思うよ?」
「確かに。蘭さんと園子さんの気持ちは十分に伝ってますから、その辺にしてあげてください」

 顔を両手で覆い菫は震えている。その耳は真っ赤だった。大いに照れているようだと零は、恥ずかしがり屋の幼馴染を慮って、苦笑しながら年若い少女達が落ち着くよう努めた。



 * * *



「あの、透さん?」
「何ですか? 菫さん」
「お仕事……大丈夫ですか?」

 菫は零の愛車に乗って帰路についていた。だがその車中、今回の事件はテロという事で零は公安として動いていたのではないのかと、菫は今頃になって思い当たる。そのため、自分を送っていて良いのかと零に尋ねた。

「私の事を送ってくださるのは嬉しいんですけど、お仕事残ってますよね?」
「大丈夫ですよ。まぁ、菫さんを送り届けたら公安の方に戻りますけどね? それまでは風見に任せてますから、そんなに気を使わないでください」
「え! 風見さん、大変じゃないですか? 」

 予想通り零は仕事が残っているという。さらに、その負担が零の部下である風見に圧し掛かっているようだと知り、菫は慌てて言い募る。

「私は一人で平気です! どこか大通りで降ろしてくれたら、タクシーで帰れますから!」
「気にしないでください。表向きには誘拐を未然に防ぐという名目で公安ではなく、警察が前面に立って動いてたんです。事件の処理も彼らになります。公安としての仕事はそれほど多くありませんから」
「……そうなんですか?」

 果たしてそれが事実なのか菫には確認しようがなく、強硬に自分の意見を主張できなくなった。むしろ、零の方が菫を送らねばならない理由があるのだ。どうしても確かめたい事があったのだ。

「ええ。そういえば菫さん、グレーのスーツを着てる人とは誰です? ……確かに菫は昔からグレー系の服や小物が多かったな。しかもその理由が憧れの人だなんて知らなかった」

 車内という事もあってか、安室としての喋り方は途中で零のものへと切り替わっていた。そして、微妙に後半の声は低かった。
 パーティー会場での雑談の筈だった。それが何故かグレーのスーツの主について、正に件の人物から言及され、菫はぎょっとする。

「はい?! あっ、園子ちゃん達、透さんに言っちゃったの……。うぅ……恥ずかしい」

 間接的に本人に伝わっている事に菫は顔を赤く染めた。もちろん真実は分かりようもないだろうが、気分の問題だ。憧れの人物にそれを直接確認されるなど、決まりが悪いというか身の置き所がない。

「……菫。答えは? 頬を赤らめる相手がいたとは思わなかったな」
「え? これはちが……!」
「じゃあ、なんだ? 昔から見てた人間だって聞いたぞ?」
「あぁ……もう、やだ……。そんなの恥ずかしくて言えません〜……」

 またもや菫は顔を手で隠しながら、零の質問に首を振る。しかし、それで零の追及の手を逃れる事などできよう筈もない。それでも菫はしばらくの間――結局零が諦めるまで、無言で抵抗するのだった。



今回は降谷さんのスーツとお揃いにするくらい憧れているという話でした。そして降谷さんも色んな意味でグレーな人だったという話。風見さんも出したかったのですが、良い役どころが思い付かず。無念。


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