Cendrillon | ナノ


▼ *02
ちょっと説明的なお話になってしまい、進まなかったです……。


「あら? ねぇ、蘭。あの人……」

 溢れかえるパーティー客の中に、園子はどこか目が引かれる男性を見つける。無性に気になり、目を凝らしているとそれが知り合いだと気付く。反射的に側にいた蘭に自分の指差す方を見るよう促した。

「あれ、安室さんじゃない?」
「え? あ、本当だ。安室さんだわ」
「……安室さんがこんな所にいるって事は、探偵の仕事かな?」

 持ち前の好奇心で、コナンは零がこの場にいる理由が気になったのかそう呟く。しかし、二人の少女たちは別の事に目がいっていた。

「さすが安室さん。スリーピースのスーツが似合うわ。しかもアズーロ・エ・ネロ。青と黒でまとめてて、いかにも伊達男って感じ」
「うん。すごくオシャレさんよね」

 園子と蘭は感嘆の息を漏らす。
 零はブラックシャツと光沢のあるブルーのネクタイ、そしてチャコールグレーのスーツを身に纏っていた。細身のシルエットのスーツを自然に着こなしている。
 色は全体的に暗いトーンだ。しかし、スーツは一見無地に見えたが、薄っすらとシャドーストライプが入っている。光の加減でそれを浮かび上がらせ、さりげなくだが華やかに見せていた。

「……おや? コナン君達もパーティーに参加していたのかい?」

 視線を感じたのか、零はすぐに自分を見つめる三人の存在に気付いた。颯爽と歩きながら近寄ってくる。

「それはこっちのセリフだよ。安室さんがここにいるって事は、何か調べてるの?」
「そうだね……ちょっと問題があってね。人手が足りないからって、僕みたいなのも駆り出されてるんだ。……蘭さんに園子さんは、もうしばらくここにいるんですか?」
「え? えぇ。ホストの方にまだ挨拶が出来てないのよ」
「そうですか。困ったな……。うーん――」

 園子の返答に零は眉を寄せる。一瞬迷ったようだが、何かを告げる事を決断したようだ。そして声を潜めて零が説明した事は、コナン達を驚かせた。

「恐らくホストの方は手が離せないと思いますよ? こちらのホテル、今日になって脅迫状が届いていたり、それ以外の問題もあったりで、パーティー客の相手をする余裕はない筈です」
「え! それ本当ですか、安室さん」
「ええ、蘭さん。ただ、まだ内密にお願いします。あなた達には不本意でしょうけど、こういう事件で冷静でいられる程度に場慣れしているのでお話ししたんです」

 苦笑しながら情報を提供した零だったが、本題はこの三人をこの場から離れさせるためのようだ。

「まだ可能性の段階ですけど、何が起きるのか分からないので、早めに帰宅された方が良いと思いますよ」
「安室さん、犯人の見当とかはついているの?」
「それがね、脅迫状の送り主自体はそこまで危険じゃないと判断されてるんだ。簡単に言えば一般人の悪戯に近いね」
「? じゃあなんで僕達を帰そうとするの? それ以外の問題っていうのがネックって事?」

 コナンは首を傾げる。先ほど零が言っていた言葉が気に掛かった。

「ああ。どうやら不届き者が複数いるようなんだ。こちらの方が少し厄介かもしれない。最近海外で活動していた富裕層を狙ったテロリストが、日本に入国したという情報が入っているんだ」
「このホテルがそいつらに狙われてるって事なんだね?」
「まだ確定情報ではないのだけどね。そのテロリストは、富裕層や要人を誘拐して得た身代金を資金源にしている。今まではテロ組織の本拠地と言われる国の近辺で事を起こしていたけど、包囲網が大分定まってきていると聞いてるよ。それで今回は警戒の薄い日本に目につけたようだね。だから、ここで行われるかもしれないのは、テロというより誘拐だと言われてるんだ」

 その話を聞いていた園子が首を捻った。主催者側に回る事が多いからこそ真っ先に思い付く疑問だった。

「なんでそんな状態でパーティーを開いたのかしら? 中止すべきよね?」
「脅迫状の件は警察に連絡していたようですよ? これは早々に解決しそうだという話だったらしいのですが、遅れてテロリストの情報が入ってきたんです」
「でも、中止にする事は出来たんじゃない?」

 当然の疑問をコナンはあげる。それに零は内心顔を顰めていた。もちろん警察もそういう助言はしている。しかし主催者側からは賛同を得られなかったのだ。

「それはもう、ホストの意向……としか言えないね。ここは外国資本のホテルだからね。今日は海外からも様々な層の客が来ているみたいだ。それこそ某国の政治家とか、要人クラスだよ。失敗も中止も許されないこのオープン記念パーティーは、何があっても開かれなきゃいけなかったのさ」
「でも、安室さんあまり焦ってないみたいだね? なんでなの?」

 零が自分達に帰宅を促す割に、あまり切羽詰まっていない様子なのがコナンには不思議だった。

「実はこのテロリスト……というか誘拐犯は少し特徴的でね? 人質はこういうパーティー時のホテルの宿泊客に狙いをつけるんだ。スイートルームの利用者たちを真っ先に選ぶんだよ」
「なるほど。富裕層でも要人でも特上クラスの人質になるのね」
「今日のそのスイートルームのお客さん達、大丈夫なんですか?」

 園子が納得したように頷く。そして心配そうな蘭の言葉を、零は明確に否定しなかった。

「どうでしょう? 密かに警護はつけているみたいですが……。宿泊させずに別の系列のホテルに分散させるか、ランクの下がった部屋に変更するかでごたごたしてるようですね。スイートを使うレベルの顧客のため、調整は簡単にはいかないようですけど」
「それじゃ、ホストたちはスイートルームの客の扱いに困って、手が離せないんだ?」
「まぁ、そういう事だね。もちろん、誘拐犯の矛先が別に変わる可能性もあるから、他の客も安心は出来ないよ。宿泊せず早めに帰宅するなら問題ない……っていうのは楽観論だろうけど、パーティー中は何もないとは思うんだ」

 事が起きるならば夜も更け切った頃だという事で、裏で動いている警察なども一応は、パーティーの開催に関しては静観しているようだった。

「ねぇ、園子ぉ。事件が起きるとは限らないけど、早めに帰ろうよ」
「そうねぇ……。どうせ挨拶が出来なさそうなら、もう切り上げましょうか?」
「それが良いと思いますよ」

 蘭たちの意識を誘導できた事にわずかに安堵を見せた零だったが、コナンの一言に不覚にも固まってしまう。

「あ! この事を菫さんにも伝えた方が良いんじゃないかな?」
「そ、そうよね! 菫さんにも、これは伝えないと!」
「……ここに菫さんがいらっしゃってるんですか?」
「そうなんです。お仕事の関係で招待されたって言ってました」

 蘭の肯定に零は隠す事なく、表情を歪めた。



 * * *



 零たちは一人の女性を探して、広い会場を丹念に練り歩いていた。

「菫さん、いないわね……」
「もう帰っちゃったのかしら?」

 なかなか目的の人物が見つからず、蘭と園子は不安そうだ。誘拐の話を聞いたばかりなのである。菫はテロリストの格好の獲物になるような条件を満たさないが、万が一の事も考えられるからだ。
 零はコナン達を帰宅させたかったのだが、女性陣が菫と一緒に帰ると聞かなかったため、こうして共に探し回っている状況だった。

「帰ったのであれば、その方が良いんですが……」
「菫さんなら、たぶんホストに挨拶してからじゃないと帰れないんじゃないかな? 一応個人的に会う約束もあったみたいだし」
「恐らく彼女ならそうだろうね……。でもホストと個人的に約束?」

 零には菫が主催者と関わりがあるという情報はなく、首を傾げる。それを言及しようとした時だ。

「コナン君。それはどういう――」
「あ、安室さん。菫さん、あそこにいるよ。年配の夫婦と話をしてるみたい」

 会場内を隈なく歩き回り、ようやく目聡いコナンが探し人を見つけた。零はコナンの指差す先に視線をやる。談笑している幼馴染が見えた。

「あれは……きっと菫さんの顧客ね。夫婦そろって美術品の収集家で、有名なのよ」
「じゃあ、お話が終わったら声を掛けましょうか」

 蘭の提案が無難だろうと零とコナン達は、菫の様子が見える場所で一息つく事にした。お盆を片手に持ち歩くホテルの給仕からドリンクを受け取り、それぞれ喉を潤す。
 だが、零は間をおいてコナンに尋ねた。

「コナン君。さっきの続きなんだけど、菫さんはホストの方と会う約束をしていたのかい?」
「うん。初めて会うお客さんだって言ってたよ? このパーティーには顔合わせがてらに招待されたみたい」

 コナンは今日ここで菫と出会った時に聞いた事を、零に簡単に話してみせる。

「ああ、だから彼女もここにいたのか……」
「ふーん、そうだったのね。菫さんが呼ばれるパーティーって、もうちょっと小規模の関係者とその身内だけ……みたいなものが多いから、ここで会うとは思わなかったもの。私も意外だったのよ」
「菫さんはパーティーの参加が多いんですか?」

 園子の相づちに零は気になっていた事を問うた。

「ええ。でも、こういう沢山の招待客を呼ぶようなものじゃなくて、内輪のパーティでよく見かけるわ。菫さんは取引が成立した時に参加するみたいね。美術品のお披露目を兼ねたパーティーなのよ」

 コレクターは手に入れた物を人に見せたくてたまらないものだしね……と、園子は訳知り顔だ。

「菫さん、そんなところでシンデレラなんて呼ばれちゃうんだ? 凄いね……」
「でしょ! 菫さんってキツイところがないから話し掛けやすそうなのに、年配のおじ様おばさま方からも人気で、なかなか放してもらえないのよね。若い世代が声を掛けるタイミングがないまま、12時前に帰っちゃうから皆ガッカリよ」

 感心したようなコナンに園子はまるで我が事のように同意した。どこか自慢げな園子の言葉の内容に、零は一瞬だが無意識に目を細める。

「シンデレラ、ですか……?」
「そうですよ安室さん。菫さん、パーティーではシンデレラって呼ばれてるそうです」
「園子さんが言っていた、12時前に帰るからですか?」

 だが、それだけでシンデレラと称されるのだろうかと零は首を捻った。そのような人間は山といるからだ。その零の懐疑的な様子をコナンは見て取る。

「もちろんそれだけじゃないよ? 安室さん」
「コナン君、他にも何か理由があるのかい?」

 零の問いに答えたのは園子と蘭の少し甲高い声だった。

「菫さんってグレー系のドレスを着る事が多いの。それに引っ掛けてるのよ!」
「菫さん、今日も綺麗なグレーのドレスで、それがすごく似合ってるんですよ」
「グレー……? ああ……灰かぶりですか。なるほど」
「そういえば、今日の安室さんの恰好も灰色だね? かなり黒に近いグレーだけど。チャコールグレーかな?」

 コナンが零のスーツを見て、他意もなくぽつりと呟く。女性の服の豊富な色に比べよっぽど馴染みがあるため、零のスーツの色はパッと口に出た。しかし、それに女子高生たちが反応した。

「あ! もしかして、あれって安室さんの事じゃない?」
「えー? 違うんじゃない? 菫さん、昔からずっと見てたって言ってたもの。安室さんはそんな昔からの知り合いではないんでしょ?」
「園子さん、蘭さん。何のお話です?」

 二人だけに通じる話をされて、零は困ったように首を傾げている。それに親切に説明をしたのがコナンであった。

「菫さんって、普段からグレーの服とか小物が多いでしょ?」
「そういえば……そうかな。モノトーンが多いね。彼女は」
「園子姉ちゃんが菫さんはドレスもグレーが多いって言うから、その理由をさっき聞いたんだよ」
「……菫さんはなんて答えたのかな?」
「あー……憧れの人が着ているグレーのスーツがカッコいい、良く似合うって。それを真似してたみたい……。ずっと見てた人なんだって……」

 コナンは少し躊躇いながら菫の言葉を繰り返す。わざわざこんな事を目の前の人物に言わなくても良かったのではないか、とコナンは後悔していた。案の定、零は張り付けたような笑みを浮かべている。

「ホォー、それは何というか、興味深いですね……」
「安室さんもそう思うでしょー? 好きな人なのかしらって思ったけど、菫さんったら憧れの人が誰だか教えてくれなかったのよね!」
「園子ったら。でも、昔から見てた人なら有名人や架空の人物じゃないかって、さっきコナン君も言ってたんですよ」
「そう、ですね」

 不満げな園子を宥め、また意図してではないだろうが零のフォローも蘭はこなす。
 零もそれで落ち着いたのか、気を取り直したようにゆっくり口を開く。このシンデレラというあだ名を聞いた菫が、真っ先に感じたであろう事が思い浮かんだのだ。

「でも……シンデレラなんて、それを聞いたら菫さん、照れていたでしょう?」

 三人の説明で零もその呼び名に合点がいった。またその呼称に菫は恥ずかしがっていただろうと予想が出来た。

「うーん、照れてるのもあったけど、あまり嬉しそうじゃなかったよ? 野暮ったいって思われてるんじゃないか、揶揄われてるんじゃないかって気にしてたね」
「園子さん、別にそういう理由ではないんですよね?」
「もちろん! 男共は当然ながら、若い女の子も素敵だって憧れてる子は多いんだから」

 コナンの発言の実際のところを、実情を知るであろう園子へ零は確認する。園子は大きく頷き、蘭もそれに追従した。

「それ分かる。物腰も柔らかで菫さんをお手本にしたいって、なんか思っちゃうよね」
「そうなの。それに、菫さんって何だか一緒にいたくなるというか、相手をしてほしくなるのよね。なんでかしら? 拒絶されないって分かるから安心するのかしら? なんだか保母さんみたいね……って事は私、園児?」

 首を傾げながら園子は、菫に対する印象と自身の立ち位置に若干の疑問を覚えたようだ。しかしそこで、コナンが訝し気に声を上げた。

「……あれ? ねぇ、菫さん話し終ったみたいだけど、また誰かに話し掛けられるみたいだよ?」
「あら、タイミング逃しちゃったわね」

 コナンが指摘する通り、菫は年配の男女と別れた様子だった。だが、間をおかずに菫に接近する影がある。それに眼を鋭く尖らせたのは零だった。

「そういえばあの男性達、さっきからあの辺をうろついていましたね……」

 先程からずっと、菫を注視していたコナン達の視界に入り続けていた男達だった。園子はその男達に目を向け、苦い表情を浮かべる。

「うろついてた? ……げ! あいつら、女性関係で評判が悪い、ボンボン達だわ」
「菫さん、男の人達に囲まれて……困ってるんじゃないかしら?」

 園子と蘭の発言を聞き終わるのとほぼ同時に、零は菫の元へと静かに、だが風のように駆けて行ったのだった。



 * * *



「あの、すみません。今日はこれから他の方と会う約束があって……。お話は別の日に……」

 三人の男に取り囲まれていた菫は、とりあえずその場を濁そうとありもしない予定をでっちあげる。

「まだいいじゃないか? それに会う約束って、もしかしてホストかな? まだ挨拶してないんじゃないかい?」
「僕達もまだ出来てないんだよ。一緒に待たないか?」
「何だかホストもホテル側も少し慌ただしいよね? もうしばらく待っていた方がいいと思うよ」

 強く言えなかった菫のせいか、男たちは断られている事は承知の上で誘いをかけてくる。諦める様子はまるでない。
 一人の男に腰に回されていた手は、控えめに身じろぎする事で何とか振りほどけていたが、ジワジワと距離をさらに詰めてくる三人組に、菫はより強い恐怖を感じる。顔を引きつらせながら菫は制止を掛けるよう、自分の手の平を相手に向ける。両手で阻むように、少しでもクッションになるよう必死だった。

「ごめんなさい。私、もう帰りますから……」
「ああ、やっぱり噂通りのシンデレラだね? でもまだ帰るには早いと思うよ」

 男の一人のその発言に、菫は内心眉が下がる思いだった。あだ名の話を聞いた矢先にこれである。こんな男性たちに自分は揶揄われているのかと思うと、菫は悲しくなった。

「あの、私――」
「すみません。彼女は僕と約束があるので、そちらにはお付き合いできないんですよ」

 その背後から掛けられた声が、誰よりも信頼する人の声だと菫はすぐに気付いた。

「透さん……」

 菫は振り向いて少し離れた場所に零の姿を確認すると、ほっとしたような表情を浮かべる。そして男たちの壁の隙間をぬって、無理やりその場を逃げ出した。そのような事は零がいなければとても出来なかった。
 あまり馴染んでいないハイヒールに少し足を取られながら、菫は幼馴染の元へと足を急がせる。

「菫さん、もう大丈夫ですよ」
「はい……透さん」

 零もまた大股で自分の方へと距離を詰めてきており、程なく菫は零によって優しく受け止められた。これで怖い事は何もないと菫は心から安心する。
 菫は庇われるように零の背中側に隠され、安堵の息をついた。そして、その背後の低い位置から呼び掛けられる声に菫は視線を下げる。

「菫さん、大丈夫?」
「コナン君? あ、蘭ちゃんに園子ちゃん達も?」

 そこにいたのはコナンだけだったが、蘭たちが離れた位置から駆け寄って来るのも菫には見えた。



続きます。3話になるとは思っておりませんでした。でもテロとか誘拐話はそこまで膨らまないです。
ついでにチャコールグレーは消し炭色、ようは火を消した木炭の事です。消し炭が「火がおこりやすい」事にかけて「怒りやすい、怒りっぽい人」、つまり「短気な人」を指す隠語らしいです。すぐに火が付きそうで、すごく降谷さんなイメージ……。


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