Cendrillon | ナノ


▼ *灰をまとう *01
一応小説タイトルがCendrillonなので。


 郊外の、だが交通の便が良い場所に新しくオープンしたばかりの高級ホテルで、菫は意外な人物と出会った。

「あれ? コナン君、こんばんは。ここで会うとは思わなかったよ?」
「え?! 菫さん! こんな所でどうしたの?」
「私はね、お客さんからお呼ばれしたの」

 菫は仕事の顧客から誘われ、この日はホテルの開業記念パーティーに訪れていた。顧客からの招きで菫は意外とこういう催しには縁がある。パーティーにはこれまでにも何度か菫も出席をしていた。

 だが、今回は突然の招待という事もあり、菫はこの日は一日バタバタと準備で忙しかった。それでも会場には少し早めに到着し、日が沈むと同時に始まる予定のパーティーに菫は備えていたところ、コナンを見つけたのだった。

「私のお客さんが今日のホストの方と知り合いでね? それでその方も美術品に興味があるんだって。新規のお客様になるんだけど、今日は最初の顔合わせがてらに、パーティーに招待しますって参加証をもらって来たの」
「そうだったんだ?」
「コナン君は 蘭ちゃんや園子ちゃんと一緒? もしかすると……園子ちゃんのお誘いかな?」

 ほぼ仕事の感覚で訪れていたため、菫はコナンがこの場に居る事に首を傾げる。しかし、こういう場合は鈴木財閥が絡んでいるのではないかと尋ねてみた。

「うん。園子姉ちゃんの所でもこのホテルの建設に出資してたみたい。今は二人とも化粧室に行っているから、僕ここで待っていたんだ」

 コナンがいたのはホテルの正面玄関のエントランスだった。女性の支度にやむを得ないが、コナン少年はあぶれたようである。だがすぐに待ち人は現れた。

「あー! 菫さんも来てたのね!」
「菫さん、こんばんは」

 菫の姿を確認すると、園子と蘭の二人は声を上げコナンと菫の元に駆け寄って来る。菫も少女たちの姿を認めると、その二人のドレスに真っ先に目が行き、思わず気が高ぶってしまった。

「二人ともこんばんは。蘭ちゃん、その薄桃色のドレス似合ってるよー。可愛い! 清楚なお嬢様って感じだね。園子ちゃんはレモンイエローがすごく映える! ワンショルダーなのも大人っぽいよ」

 綺麗に装っている少女たちは眼福だ。蘭と園子は共にひざ丈のカクテルドレスだった。それぞれ自身によく似合う色の若々しさが感じられる装いである。

 蘭はノースリーブのドレスに白のボレロを合わせ、さらにドレス地より濃いピンクの大きな花のコサージュで胸元を飾っている。それが子供っぽく見えないデザインで愛らしい。
 園子は少し肌の露出が多いが、さすが着慣れているのか選ぶ目は確かで、落ち着いて上品に見えるドレスだ。また堅苦しいパーティーではないので、レース生地のショートグローブも身に付けている。

「え、あ、ありがとうございます! 菫さん」
「うふ、ありがとう。でも菫さんもそのドレス似合うわね!」
「確かに! 菫さん、すっごく似合ってますよ、それ!」
「本当? 園子ちゃん、蘭ちゃんもありがとう。灰色だから、そんなに悪目立ちはしてないよね?」

 蘭や園子のドレスを褒めていた菫の身に纏っていたのは、胸の高い位置で切り替えがあり、裾がくるぶしほどの丈が長めなドレスである。そして少女たちの華やかな色のドレスに対し、菫のドレスは灰色で露出も控えめだ。
 しかし、コナンの目にはそれが少し異なった色に映った。

「これ灰色っぽいけど、ちょっと違う色かな? でも単純に灰色って聞くと暗そうって思うのに、実際に見てみるとそんな事ないんだね。菫さん、妖精みたいだよ?」

 そのドレスは光沢のある生地だった。ただ同系色のチュールがその生地を全体的にふんわりと覆っているので、光沢が和らぎ淡い色合いになっている。肩から肘までの袖の部分はチュールレースのみで、裾広がりな形状のベルスリーブだ。半透明の生地なため肌をうっすら透けさせる。それがコナンが妖精と称すように、菫をとても儚げに見せた。
 ドレスは歩く度にたっぷり生地を取ったフレア状の裾が広がり、普段菫が履かないような踵の高いヒールとすらりとした足首が露わになる。ふわふわ揺れるチュールと合わさり、軽やかで菫の雰囲気とよく合っていた。

「コナン君、小さいのに褒め上手だねぇ。ありがとう」

 正直、朴念仁の印象が強いコナンからの褒めの言葉に、菫は目を見張り、そして嬉しそうに礼を言った。

「菫さん、確かにコナン君の言う通りですよ。その色も綺麗だし、なんだか涼やかです」
「そうよね。灰色って言っても、原色を使う訳じゃないし。今回のこの色は……アイスグレーって感じかしら?」

 園子が上から下へと視線を落とし、菫の纏うドレスの色をそう評した。灰色に白色や水色を混ぜたような寒色系に近い色だ。だが、灰か、青か、と聞かれたら僅差で前者だと思われる絶妙な色合いである。

「うわ、あまり褒められると照れちゃう……。あ、ほら会場にもう入れるみたいだよ? 中に行こう?」

 菫は自分から話題が移るように、遠くに見えたパーティー会場の入り口が開かれたのを契機に、少し慌てた様子で話を変える。そしてその場から若者たちを引っ張るようにして、移動をするのだった。



 * * *



 ドリンクを片手に、本格的にパーティーが開始するまで菫はコナン達と談笑していた。すると、園子がとんでもない事を口にし、菫は度肝を抜かされる。

「そうだ、菫さんは知らないでしょうけど、こういうパーティーで密かに呼ばれてる名前があるのよー」
「え……私、何かあだ名がついてるの?」

 寝耳に水なそんな情報に、思わず菫の顔も引きつる。何か揶揄われているのだろうかと、何となく嬉しくない想像をしてしまった。しかし蘭はその名前が気になるらしい。

「へぇ? 園子、菫さんは何て呼ばれてるの?」

 友の合いの手に、園子はにんまりと笑って、おもむろに答えた。

「実はねぇ……菫さんってば、シンデレラって呼ばれてるのよ!」
「えぇ?! 何それ! は、恥ずかしくない?」

 思った以上に固有名詞な、その上自分に似つかわしくないあだ名で、菫はひぃっと慄いた。

「シンデレラ? 園子姉ちゃん、何でなの?」
「えぇ……本当に? 居た堪れないよぉ……」
「大丈夫です。きっと可愛い理由ですよ、菫さん」

 気落ちしている菫に蘭が慰めるように声を掛ける。園子が菫を傷つけるような発言をする訳がないと理解しているためか、このあだ名も悪い意味はないだろうと思っている様子だ。
 また園子も、あっさりその理由を口にした。

「菫さんって、パーティーに呼ばれると、型は違うけどいつもグレー系のドレス着てるからね」
「あ、何だ、そういう事なのね。灰かぶりか……」

 菫はどこかほっとしたように呟く。どうやらそのまま見た目からの連想のようだ。多少の揶揄はあるとは思うものの、この程度ならばギリギリ許容出来なくもなかった。しかし、やはりシンデレラは恥ずかしいとも思う。

(うーん、いくらなんでもワンパターン過ぎたかも……。あまり冒険もできないから、いつも同じような物を選んでたけど、手を抜き過ぎだったかな……)

 派手になりようがなく、ホストや他のゲストの服の色を邪魔しない何かと便利な色であると、菫はこの色を長く愛用していた。だが、変にイメージが付くのであれば少し控えようかという気になってきている。次は別の色にしようと菫は内心決めかけていた。

「あ、ちょっと菫さん。次は違う色にしよう……なんて思ってるでしょ?」

 園子がそれを察知したのか慌てて詳細を語り始める。

「もちろん良い意味よ? そのグレーのドレス、いつもよく似合ってるのよ。前に見掛けたピンクがかったドレスも、菫さんにぴったりだったもの。自分に似合う色の服を着こなしてる人って、ある意味目立つから印象に残りやすいのね。その上菫さんってば、帰るのも結構早いんだから。それが12時に帰っちゃうシンデレラと、余計イメージが被っちゃうのよ」

 悪口じゃないんだから、無理に変える事ないわよ! と、園子は菫の気持ちを翻意させようとする。

「でもねぇ……。灰色で野暮ったいとか思われてるかなって、自分でも考える時があるんだよね。あとほら、シンデレラって必ずしも良いイメージだけじゃないでしょ? シンデレラコンプレックスとか……」
「まさか、そういう意味じゃないと思いますよ?」

 既に及び腰になっている菫の発言に、蘭が困ったように首を傾げる。

「そうよ。シンデレラなんて呼んでるのは、若い男達なんだから。菫さんってば仕事関係の人としかあまり話をしないでしょ? しかも菫さんの顧客って年配の人が多いし? その人達とばかり話してるから、接点がない男どもが話しかけられないのよー」
「ほら、菫さん。違うみたいだよ? 園子姉ちゃんの話を聞いてると、ボクも意地悪な気持ちで呼ばれてるとは思わないけど……」
「う〜ん……」
「菫さんって結構、悲観的なところあるね……」

 芳しくない菫の反応に苦笑していたコナンだったが、ふと疑問がよぎったらしい。

「ねぇ、そう言えば、菫さんはなんで園子姉ちゃんが言うみたいにいつも灰色のドレスなの? 今思えば……私服も灰色が多いよね?」
「え? それは……奇抜な色じゃないし、意外とどんな色とも合わせやすいの。灰色って。でも……そうだなぁ……」
「あれ? 他にも理由があるんですか?」

 菫の中途半端に区切った発言に蘭が問い掛けてくる。園子も続きがあるのかと、あとの言葉を目で催促してきた。それに菫は促されるよう、少し照れたように話し始めた。

「えーとね? 初めは憧れの人が着ているグレーのスーツがカッコいい、良く似合う……って思ったからだった、かも……。真似っこだね……」
「え?!」

 まさかの第三者に憧れての色の選択だったらしいと知り、にわかに園子が色めきだった。

「スーツって事はもしかしなくても相手は男? やだ、菫さんったら浮いた話を聞いた事がないって思ってたけど、実は好きな人いるの?!」
「園子ったら飛躍しすぎよ。……でも、どうなんですか、菫さん?」

 蘭も園子を宥めつつも少し楽しそうな表情だ。だが、菫も多少は人あしらいが出来るようになっている。

「ふふ。秘密。それに女の人だってスーツは着るでしょ? でもね……すごく憧れの人なの。昔からずっと見てた人。だから色だけでもお揃いにしたかったのかも。……うーん、我ながら理由が子供っぽいね」
「えー!! 気になる! 誰よー。絶対男の人でしょ!?」
「でも、昔から憧れてるって事は、年上の人でしょ? 園子姉ちゃんの期待するような相手じゃないような気がするけど? きっと有名人とか架空の人物とかだよ」

 それに、憧れている人の真似をするって、割と普通だと思うし……というコナンの一歩引いた発言に、園子がギロッと睨む。

「そんなの分かんないでしょ、ガキンチョ! 身近な知り合いかもしれないわよ。それに昔って言ったって、どの程度の年の差かにもよるじゃない。もしかしたら渋いおじ様な彼氏がいるのかも!? ねぇ、菫さんそこのところ、どうなの?」

 そこそこ長い付き合いの園子は、年上の知り合いの恋愛事情がとても気になるようだ。菫の腕にしがみついて答えをねだっている。

「もう、園子ちゃん深読みしすぎだよ……。あっ! 今日のホストの方を紹介してくれたお客さんだ。あそこにいるから、私挨拶してくるね!」

 こういった時の園子は容赦がないと知っている菫は、ちょうど目に入った知り合いをこれ幸いと理由にする。そしてその場を逃げるように菫は離れたのだった。



 * * *



 本日のパーティー参加に至るきっかけを作った顧客と菫はお決まりの挨拶を交わす。そして、その相手から菫は予想外に謝罪を受ける事になる。

「菫さん悪いねぇ。君に紹介したかった方なんだが、何か問題があったようでね? 今日はちょっと時間が取れそうにないみたいなんだよ」
「そうなんですね? でも確かに、さっきパーティーの開始の音頭を取ってからは、主催者の方たちはすぐに下がられちゃいましたものね。何があったんでしょう?」

 菫とパーティーの主催者を仲介する任にもついていた常連の顧客の申し訳なさそうな様子に、菫はとんでもないと否定する。さらに直前に見かけたホストたちの慌ただしい様子に、納得したように首を傾げた。

「私も詳しくは教えてもらえなかったんだよね。まぁ、後日時間を取りたいと謝っていたから、また私から連絡するよ。今日はパーティーを楽しんでいきなさい」

 そう言って立ち去る顧客を見送ると、菫は畏まっていた肩の力を抜く。本日の目的は不達成になるようだ。しかし、本来は美術商の仕事は休業状態なので、そこまで残念な気持ちはない。

 その後、菫はパーティーの招待客で見知った人間がいれば、挨拶をして回っていた。時間にすれば一時間ほどだ。それがひと段落すると、菫にはもうする事がなくなってしまう。

「今日の用件は終わっちゃったも同然だし、もう帰ろうかな――って、こういう態度が灰かぶりって言われるんだよね……」

 時刻を確認すれば、普段よりも帰路につくには早い時間帯である。

「でもこのパーティー、園子ちゃん達以外にほとんど知り合いが参加してないから、居づらいし……」

 仕事ならいざ知らず、知らない人間にはいまだに声を掛けるのを菫は躊躇してしまう。特に目的もないのであれば尚更だった。

「やっぱり帰ろうかなぁ。こんな所在なげに一人でウロウロしてるの、なんだか恥ずかしいというか悲しいし……」

 何となく昔の事を思い出してしまうシチュエーションに菫は落ち込みながら、その足を出口に向けてしまっていた。しかし、そんな菫に声を掛ける者たちがいた。

「やぁ、君一人かい?」
「パーティーでよく見かける子だね?」
「いつも仕事の付き合いで参加しているって聞いていたけど、今日はもういいのかな?」
「は、はい?」

 いきなり三人の男性に話しかけられ、菫は固まってしまう。親しげではあるが、見知らぬ男性たちだった。また、まるで自分を取り囲むように位置取られてしまい、菫は前にも後ろにも動けなくなった。

「あ、あの、はい、仕事はもう終わったので、帰ろうかと……」

 男性たちの距離の近さに菫は怖気づきながら、おどおどと答える。

「以前から君とは話がしてみたかったんだ。美術商なんだってね?」
「そうだな。何か面白い商品があるなら、取引しても良いって思ってるんだよ」
「僕達もそれなりに美術品にはかじっていてね。あちらにパーティー客が休憩出来る個室があるんだけど、そこで話さないかい?」
「え? え……」

 男の一人にいきなり腰へ手を回され、菫はなにやら移動を促されている。自分が返答する前の強引な仕草に、一瞬で菫に嫌悪感が湧き上がってきた。

(や、やだ。怖いよ。どうしよう……)

 しかし、菫は逃げられなかった。キョロキョロと辺りを見回すが、三人の男性が壁になり、この自分の状態を誰も知らない――気付いていないのだ。菫は青ざめた顔で、立ち竦むしかなかった。



続きます。次話以降でちょっとテロもどきに巻き込まれてます(ちょっと?)。テロの話はまぁ、おまけみたいなものです。つまり公安というより降谷さんを出したいだけ……。激しいドンパチのない、案の定ふわふわしたやつです。


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