Cendrillon | ナノ


▼ *犬猿の仲の二人
ケンカするほど仲が良い? 木馬荘火事の翌日あたり?


 安室透としてポアロの買い出しに出た先で、零は不愉快な光景を目にする。

「菫さん、何故その男と一緒にいるんですか……」

 スーパー店内で赤井秀一が扮する沖矢と仲睦まじく歩いている幼馴染を、何の心構えもなく零は目撃してしまった。

「あ、透さん……って、え? ……あれ? 昴さん、透さんに話を通しておくって……?」
「あぁ、すみません。うっかりしていました」

 菫は隣にいる秀一を見上げ不思議そうだ。それだけで大体の理由が知れる。悪びれもせず、朗らかに言う男がひどく憎らしい。零は低い声で問い質さずにはいられなかった。

「沖矢さん、菫さんの仰ってる、僕に通すべき話って何ですかね?」
「実は、先日住んでいましたアパートが火事になりまして……」
「ホォー?」

 FBIが町内の木馬荘に住み始めたとは零も承知していた。火事に遭うとは不運だが、この男ならばどうとでもなるだろうと全く心配する気にもならない。いい気味だと思いながら半眼で秀一を睨み、零は続きの言葉を待つ。

「すっかり焼け出されてしまいまして、住む場所が決まるまで菫さんのお宅に間借りする事になりました」
「あぁ!?」
「ひぅっ!? と、透さん、ちょっとキャラが壊れ……違います、よ?」

 零のドスのきいた声に、菫が思わず小さい悲鳴を漏らす。だが、周囲を気にしてか恐る恐る零を窘めた。

「そうですよ安室さん。菫さんが怯えてますよ?」
「チッ……そもそもあなた、なんで菫さんと知り合いになっているんですか? それに間借りの必要がありますか?」
「ご安心ください。一時的なものです。それと菫さんとは買い物中に親しくなりました」

 刺々しい零の物言いなど効いていない様子で、秀一がしれっと答える。

「と、透さん、昴さんはもう居候先が決まってます。今は相手方がお部屋を用意してくれてるみたいで、その間だけですよ? 準備ができ次第、そちらに移る事になってますから……」

 しかし、そのフォローのせいか零の矛先が菫にも移った。

「元はと言えば、菫さん!」

 菫を引き寄せた零はコソコソと、だが強い口調で叱り始める。

「あなたも、なんで部屋を提供しているんですか!」
「え? え、でも、困っている時は助け合わないと。それに……私がもし同じような事が起きた時に、頼った先で断られでもしたら、な、泣いてしまいそうなので……」

 自分がされたくない事はしたくないという、立派な心掛けである。だが、今回ばかりはそれには零も賛同はできなかった。

「菫さんにその心配はありませんから。それにまず、根本的にこの男が泣く訳がないでしょう?」
「だけど透さん。私の家、部屋だけは余ってますし……」
「仮住まいの一つも手配できない男じゃないですよ。菫さん騙されてますよ!」

 零は菫のその耳元で切々と訴える。しかし、どんな耳をしているのか、秀一はそれを聞き逃さなかった。

「騙すとは人聞きが悪いですね」
「手八丁口八丁で女性の一人暮らしの家に上がり込んでおいて、何をぬけぬけと」
「ホォー、それでは安室さんは彼女の家に一度も泊まった事がないと言えますか?」

 睨み付ける零をやはり秀一はものともしない。むしろその口撃にやり返してきた。

「そ、それは友人として……」
「あるという事ですね? それでは私達は正に50:50でしょう。お互い様な状況かと思うのですが、どう思われますか?」
「くっ……」

 零は二の句が継げなくなったのか口ごもる。秀一も零も背が高いため、菫が上を見上げるようにして潜め声で二人を再度窘めた。

「ふ、二人とも目立ったらダメなんですよね? 人目が……人目を気にしてください! ここはスーパーですよ」

 主婦がほとんどを占めるスーパー内である。零と秀一も音量は下げていたが、大の大人の男たちが一触即発な様子は、当たり前だが非常に目立つ。

「ひとまず二人とも、こっちに来てください!」

 周囲の好奇の視線を引き剥がすように、菫は二人の腕を掴むと人気の少ないコーナーに引きずり込んだ。
 たとえ菫が引っ張ったとしても、相手は現役のFBIと公安で活躍する男達である。菫の力などたかが知れたものなので、菫の腕力というより自主的に二人は人のいない一角まで大人しくついてきた。人気のない場所で菫は零と秀一に向き直ると、きつめな声で注意する。

「取りあえず、話を通すと言っていたのに情報共有をしていない昴さんも、過剰に突っかかり過ぎる透さんも両方いけません! あと、昴さん一人だけに任せないで、当事者の私からも透さんに連絡しておけばよかったですね、すみません……」

 最初は二人を叱った菫だったが、そのあと自分にも非があると頭を下げた。自分達の言い争いに巻き込まれた筈の菫から謝られ、零と秀一はバツが悪そうにそっぽを向く。また頭を上げた菫はさらに零に付け加える。

「でも透さん、私だって誰彼構わず人を泊める訳ではないですよ。ちゃんと人は選んでます。安心してください」

 一度は神妙そうにしていた零と秀一も、菫のその発言に頭が痛そうな表情を浮かべる。

「くっ……菫さんからここまで安心できない言葉を聞く事になるとは……。この警戒心の希薄さは想定外ですよ」
「……菫さん、あなたのご好意に甘えた僕が言うのもなんですが、例え彼が知り合いでも、一応成人男性じゃないですか? ……少し認識というか、意識を改めさせる必要があるかもしれませんね」

 その零と秀一の最後の一言は、それぞれ互いに投げかけていた。
 しかし菫はそれに深い意味があるとは感じ取れなかった。ただ二人が心配しているのだろうと受け止め、そして心外そうに眉を寄せる。

「何でですか。大丈夫です。お二人とも正義の代行人、番人ですものね。全く問題ありません。私は一般的な男性に対して感じる警戒心をお二人には一切抱いてませんし、心配もしてないですよ?」
「全然大丈夫じゃないですよ。さらに言うなら菫さん、その信頼、男からすると全く嬉しくありませんからね……」
「その絶対的信頼を嬉しいというべきか、困ったというべきか悩ましいですね。いえ、もうこの際なら私達を含めて警戒心を持ってくれた方がいいです」

 菫から断言された事に、零と秀一は揃ってため息をついた。



 * * *



「――それで、なんであなたまでポアロに来るんですかね、沖矢さん?」
「ここはコーヒーが美味しいと聞きましたので」
「僕は菫さんだけに声を掛けたんですけどね?」
「おや、ここは店員さんが客を選ぶんですか?」

 スーパーでのひと騒動のあと、菫は零によってポアロへと招かれたのだが、それにはもちろん秀一が同行した。必然的というか、カウンター越しに再び舌戦が開始してしまう。菫はカウンターに肘をつき、両手を組んでそこに頭を押し付けた。

「どうしてこうなるのかなぁ……」

 零と秀一の静かだが激しい口論をぼんやり聞きながら、菫は呟く。景光も健在の今、菫は零と秀一がこのように火花が散る関係になるとは思ってもいなかった。
 先ほどまで一人で店内を切り盛りしていた梓は零の帰還と共に上がってしまい、さらに客が自分達とあとは一人だけである。止める者がいなかった。

「……ねぇ、菫さん。昴さんとも知り合いだったんだ?」
「うん、コナン君。最近知り合ったの。スーパーでよく会うんだよね」

 そしてたまたまポアロに一人で訪れていたコナンが、やりあっている二人の大人を横目に菫に確認する。

「あの二人も知り合いだったんだ? でも……仲悪いみたいだね」
「そうみたいなの……。なんでだろう」

 昔からなんだよね……とも言えずに菫は、実は根が深い話をコナンに相談してしまう。

「ハァ……人間には一生に一人くらい、相性が悪いというか、相容れない何かを感じる苦手な人っているものなのかな? どう思う? コナン君……」

 疲れたように俯いたまま尋ねてきた菫に、コナンは誰かを思い浮かべたのか迷いながらも肯定してきた。

「そうだね……そういう人間が絶対にいないとは言いきれないかな?」
「やっぱりあの二人はそれなのかなぁ……」
「でもあれって、菫さんの取り合いしてるように僕には見えるんだけど……」

 コナンの言葉に菫は頭を上げる。とても心外な事をまた言われたと菫は内心げんなりした。

「まさか。コナン君が言うような意味はないと思うよ。だってよく見て、あの二人だよ?」
「菫さん、本当にそう思ってるの?」
「え、コナン君、あの二人、女性にすごくモテそうって思わない?」
「女性が放っておかないかな……とは思うけど――」

 コナンの同意を得て、菫はそうだよね、と嬉しそうに力強く頷く。そして菫もコナンの言葉に一部だけ同意した。

「コナン君が言う取り合ってるように見えるのは、ほら、あれだよ。おもちゃの取り合い。あの二人の共通するもの? 知り合いみたいなのが現状私なのかな? だから取り合いにしても、おもちゃが欲しいとかじゃなくて、何か気に食わないからおもちゃをあっちには渡したくない、とかそんなのだよ」
「うーん、あの二人を見てると確かに、その考察が全くないとは言い切れない感じはするけど……」

 菫の言い分が理解できなくもないが、それだけでは納得もできないというコナンの様子に、菫はコロコロと笑う。

「ふふ、コナン君も意外と恋愛話好き? でも、あの二人のどちらかが恋愛相手とかって畏れ多すぎだよ。絶対世の中にはあの二人とお似合いの女の人が他にいるよ」
「わかった。あの二人が全く眼中にないんだね、菫さんは」
「それこそ畏れ多いよコナン君。あの二人、私から見てもカッコイイと思うもの。眼中にないなんて嘘でも言えないよ?」
「え? それじゃあ……」

 コナンが言いかけたちょうどその時、電子音が店内に響く。全ての会話が一瞬止まった。ハッとそれに反応したのは菫だ。カバンをゴソゴソと漁っている。

「この着信音、私のスマホだと思う。……お客さんからだ。透さん、ちょっとお手洗い借りますね。コナン君も、席外すね?」
「うん、行ってらっしゃい」

 菫がスマホを片手にトイレへと消えると、それまでの不穏な会話が中断されたままの二人にコナンは声を掛けた。

「――で、昴さんも安室さんも、どういう知り合いなの?」
「沖矢さんとは、以前一度会った事があるだけですよ」
「そうですね。彼の言う通りです」
「えー、その割には……険悪じゃないかな、二人とも」

 一度会っただけの関係で何故そこまで不仲なんだ……という胡乱なコナンの視線を、零と秀一は綺麗に受け流す。

「それは否定しませんけどね。コナン君、大人には色々あるんだよ」
「そうですよ、コナン君。僕達はこう見えても実は仲が良いんです」
「ふざけた事を言うの、止めてもらえます?」

 秀一の発言に、零は間をあけず否定した。コナンは思わず、そこはさらっと流してあげなよ安室さん……と目頭を揉む。子供らしくない仕草だが良く似合っていた。

「安室さん、あなたはもう少し柔軟に話を受け入れられるようになった方がいいと思いますよ」
「何だと!」

 沈静化しかけたと思われた空気が再び悪くなりかけたので、コナンは話を逸らそうと咄嗟にある質問を繰り出す。

「あーあー……そういえば、ボクと菫さんの話、二人とも聞いてたでしょ? どっちなの? 昴さんと安室さんはおもちゃが欲しいの? それとも相手に渡したくないの?」
「ふぅ……コナン君、その聞き方だと答えが意味するものは結局一つじゃないかい?」

 一度息を吐いてクールダウンした零は、そうコナンへと問い返す。だが、コナンは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべている。

「そうかな? でも菫さん、全然気付いてない――気にしてないね? 彼女、そこまで鈍そうには見えないんだけどな」
「まぁ……それは仕方ないかもしれないね? 彼女の認識はある意味、間違ってはいないから」
「どういう事?」

 本当に疑問に思っているような表情のコナンに、零は苦笑してはっきりとは答えなかった。

「ボウヤ、彼女はある一面しか見ていないし、私達は見せていない。彼女に気付ける筈がないさ」

 気付かせないように、そういう風に振る舞ってるんだ……と沖矢の声が言う。
 赤井を彷彿とさせる喋り方に、一瞬コナンは零を伺った。だが、零はあまり気にしていない様子で、コナンは眉を寄せ訝しむ。かと言って零にそれを深くは追及できないため、問題の発言をした秀一に探りを入れた。

「……昴さん、もしかしなくても安室さんと昔からの知り合いじゃなーい?」
「気のせいですよ、コナン君」
「そもそも昴さんが菫さんと知り合ったの、最近なんじゃなかったっけ?」

 自分の疑問がさっぱり解明されない上にコナンも興が乗ってきたのか、さらに秀一へと切り込んでいく。だが、それを止めるようにコナンへ声が掛かる。

「コナン君、両方ですよ」
「え?」

 コナンは唐突な発言のその主を見やる。何を考えているのか読ませないような、全てを覆い隠すような笑みを浮かべた零だった。

「さっきの質問の答えです。おもちゃが欲しいのか、渡したくないのかっていう質問。両方です」
「ああ、それは僕も同じです。確かに両方です。奇遇ですね」

 その意見にしっかり頷き同調したのは秀一だ。しかし、それの何かが気に障ったらしい。零は笑みを浮かべていたその顔に一瞬で青筋を浮かべ、突き放すように言った。

「あなたって本当に僕をイラつかせる天才ですね」
「意見が合致する事もあるでしょう? 言いがかりではないですか?」
「ちょっと、意見が合ってもこれなの? 安室さんも昴さんも落ち着いてよ……」

 その場を収めようとコナンも口を挟もうとしたが、それは生憎と成功しなかった。確実に再燃した二人の口論にコナンは早々に諦める。何故だか相手をするのがとても疲れる二人というか、組み合わせだと思った。
 コナンはカウンターに突っ伏し、菫さん早く戻って……と心の中で呻いた。



やっぱりケンカにしかならない。でもそのケンカも意識してやっている所あり。ただ降谷さんは途中から必要以上にヒートアップしてしまい本末転倒。それでも夢主の前では、変に意識されないよう示し合わせたかのように、そっち系の話は控えてる二人な感じ(仲良い?)。ちなみにこの時点でコナン君は赤井さんは知ってるけれど、降谷さんについては知らない状態。


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