Cendrillon | ナノ


▼ *押しの強い米花の住人 *01
ようやくお出ましの沖矢(赤井)さんです。


 現在、広い洋館に一人暮らしの菫は当然の事ながら家事――掃除や洗濯、炊事などを自分でしなければならない。だが、前の世界での生活も勘定に入れれば菫は相当な年数の経験値があるため、それらはさほど苦手ではない。その日も菫は散歩がてら、日々暮らす上で不足するものを調達に近場の店へと足を運んでいた。

「なんだか今日は込んでるなぁ……」

 昼前という事もあり、店内は午前中でも意外と混雑していた。何やら食料品の特売の広告が出ていたらしく、それも原因のようだ。菫は食料品は後回しにし、日用品のコーナーを先に見て回る。こちらはあまり人がおらず、菫は少し周囲を気にする事が疎かになっていた。
 悠々と警戒もなく歩いていた菫は、そこである意味日常的だが普通ではない出会いをする事になる。


 ドンっ!


「きゃっ!」
「おっと、これは失礼」

 どうやら菫の進行方向から人が来ていたらしい。下の棚の商品を探しながら移動していたため、菫は横にいた男性にぶつかってしまう。

「ひゃっ! あ、こ、こちらこそぶつかってしまって、下ばかり見てて、すみま、せ、ん……」

 ふらついた体勢を直し、傍にいた男性を見上げ、謝罪を途中まで口にし、菫は固まってしまった。

「大丈夫ですか? こちらも前を見ていなくて、すみませんでした」


 ピンクベージュの髪に、メガネ。
 そのレンズの下の目は糸のように細められている。
 そしてハイネックとほんの少しのタバコの香り。


 東都大学大学院工学部博士課程に在籍する沖矢昴である。だがその実態はFBIの赤井秀一だ。

(こ、この人って、沖矢さん! というか、秀一さん! なんでここに? ううん、米花町に住む事になるのは知ってるけど、もうなの?) 

 初めて見る顔だったが、やはり菫には誰だかすぐに分かってしまった。というよりも、これで自分が連想した人物でなかったら詐欺である。

(でも、あれ? 物語だと沖矢さんが登場するのって確か60巻くらいだったよね? それで透さんが75巻くらいで……。あ〜もう! やっぱり色々お話が前後してるね?! 何がいつ起きるか分からない……。それに、そもそも秀一さんがうっかりぶつかるって、あり得るのかなぁ?)

 取りあえず、菫の頭には様々な事が浮かんでは消えたのだった。



 * * *



 実はぶつかった拍子に倒れかけた菫だったのだが、相手に――赤井秀一が扮する沖矢に腕を掴まれていたため、それは未然に防がれていた。しかし、その腕はいまだ掴まれたままである。

「あ、あの、支えてくださって、ありがとうございます?」

 菫は転ばずに済んだ事について礼を述べた。若干疑問形であったのは、どう考えてもこの人物はわざとぶつかってきた筈だからだ。

(え、え……どうしよう? 沖矢さんが秀一さんっていう情報は、本来は知らないものだし、別に共有されてもいないし、これは知らない人として接するのが正解だよね? というか、なんで私にぶつかったのかな? 秀一さんは……)

 戸惑った様子の菫に沖矢は、今気付いたとばかりに手を離す。

「あぁ、失礼しました。女性の腕を掴みっぱなしなんて。怖がらせてしまいましたか?」
「いえいえ、助けてくださったのですし、怖がるなんてとんでもない。でも思いきりぶつかってしまって、どこか痛めてませんか? 大丈夫ですか?」
「それこそ、大丈夫です。あなたのような小柄な女性に当たった程度では、びくともしませんよ」

 長身の彼ならば、大体の女性は小柄にあたるだろう。だが、菫は本当に怪我はさせてないようだと安心すると、最後に一度頭を下げた。

「お怪我がないなら良かったです。本当にすみませんでした。えーと、それでは……」

 菫はそのまま歩き出そうとした。しかしそれに立ちはだかる者がいる。もちろんそんな事をするのは、その場には一人しかいない。

「あの……何か?」

 立ち去ろうとした菫は、沖矢に再び腕を掴まれていた。菫は、もう、なんでなの〜……と逃げきれなかった事に内心では泣いている。それを知ってか知らずか、沖矢は菫に自己紹介を始めた。

「よろしければお名前を伺えますか? ああ、私は沖矢昴と申します。最近引っ越してきたんです。この辺りに知り合いがいないものですから、つい」
「そ、そうなんですね? えっと、私は鳳菫です。あの、よろしくお願いします。お、沖矢さん?」

 中身が知り合いだと分かるだけに、菫はやりづらさを感じる。ボロが出ないうちに離れたいと、秀一には申し訳なく思うがそんな事を菫は考えていた。
 しかし、そんな菫に沖矢は急接近してくる。物理的にも、心理的にもだ。

「菫さんですね? よろしくお願いします。それで実は、地理があまり分からず困ってるんです。良ければ簡単に町内を案内して頂けませんか?」
「え? それは……構わないですけど――」

 グイグイと押してくる沖矢に戸惑いを隠せないものの、菫は取りあえず頷いてしまう。仕事でもあれば断っただろうが、現状菫は休業中で暇な身なのである。しかもこんな風に真っ直ぐに請われてしまうと、予定もないだけに断れなかった。
 また意外と本当に、ただ道案内が欲しいのかもしれないとも思ったからだ。秀一からすれば自分は知人である点から、変に気兼ねも警戒もせずに頼める部類なのだろうと菫は推測した。

(でも、物語の中でも思ったけど、沖矢さん、ご、強引すぎる……)

 読者の頃ならば苦笑で済むが、当事者となるとかなり面食らってしまう。しかし、こういうキャラクターだと知っているため、菫は何となく受け入れてしまっていた。

「えーと、道案内でしたら、私はこれから時間が取れますよ? 今からで良いんでしょうか? それとも後日にしますか?」
「……菫さんさえよろしければ今日、今からでいいですか? 買い物をした荷物を私のアパートに置いてきてからにしたいのですが、それでも構わないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。沖矢さんはこのお近くに住んでるんですか?」
「はい。木馬荘というアパートですね」
「木馬荘、ですか……」

 菫はそれを聞いて、ぼんやりと現在の状況を把握できた。

(それじゃあ、居候はまだ先なのね)

 菫は木馬荘で起きる事件を思い出す。同時に、少し困ったと思った。

(だとすると、これからアレが起きるんだ……)

 言うべきか言わざるべきか、それが問題だ。頭の中を急激に占めたその問題のせいで、菫はどこか心有らずな様子となってしまう。沖矢は片目を薄っすらと開けてそれを観察しつつも話を切り出した。

「菫さん、私が荷物を置いて来てそのあと合流するのは、行き違いになりそうですよね?」
「そう、ですね……」
「お手数ですが、私のアパートまでついて来てくださいますか? それに菫さんも買い物をされるなら、荷物を一時的に私の部屋でお預かりしますよ?」
「――え、沖矢さんのアパートにですか? あ、でも確かに、私がついて行った方が時間の無駄もないですね。荷物はそんなに多くなさそうなので大丈夫ですけど、気を使ってくださってありがとうございます」

 ぼーっとしている間に、どうやら菫も沖矢のアパートまで足を運ぶ事になっていた。だが、それを不自然に思う事なく、すんなり菫はその提案に同意する。その事に、沖矢は細い目をさらに細めた。



 * * *



 沖矢の案内で木馬荘までの道のりを菫は歩いていた。菫はこの近辺の道案内をするという事で、その日は店で食品は何も買わない事にした。元々早急に必要という物があった訳でもないので、持ち歩いても支障のない軽めの日用雑貨を数点だけ購入する。

「あの……そういえば沖矢さん?」

 歩きながら菫は、やはりそれまで気になっていた事を口にしてしまう。

「はい?」
「その、沖矢さんは引っ越したばかりっておっしゃってましたけど、荷解きは済んでますか?」
「え? ああ、はい。忙しくてなかなか進まなかったですが、先日終わったところですよ。それが何か?」
「そう――ですか。いえ、あの……何でもないです」

 荷物が箱に入ったままなどであれば他に言いようもあったが、助言するには遅きに失したようである。菫は内心残念に思う。しかし、これはもう変に口を出さない方が良いだろうと口を噤んだが、沖矢はその菫の様子に違和感を覚えたようだ。

「うーん、気になりますね。菫さん、あなたは今、何を言いたかったんですか?」
「え、その……あのですね……」

 そう聞かれてしまうとつい、口ごもりながらも菫は口を開いてしまった。やはり避けられるならば、避けたいと思ってしまったのが原因だ。

「えーと……荷解きしていないなら、私物の一部は――趣味のものとか大切な物だけでも、貸し倉庫とかに預けた方が良いですよって……」
「ホォー……何故ですかと聞いても?」
「それは、その……何となく? さ、最近物騒ですから?」

 理由はもちろん言えない。だが、まだアパートに住んでいるという事は、今後火事に遭うという事だ。結果、秀一の私物は燃えてしまう。そしてそれが秀一の大切にしてた本だと知っているからには、菫も忠告の一つはしたくなってしまったのだ。

「あの、あの! 道案内するって言いましたけど、行先に何かご要望はありますか? 公共施設の場所を重点的にとか、今日行ったスーパー以外のお店の場所とか、お茶が飲める所とか、そういう気になる行先はあります?」

 あまり突かれても困る菫は、慌てて話を今日の本題へと移す。沖矢も話を変えてきた菫にそれ以上言及する事なく、話に乗るようだ。

「そうですねぇ……。今後は自炊もしようかと思っていたので、今日のスーパー以外にお店があるなら知りたいですね? あ、あそこが私の住むアパートの木馬荘です」

 沖矢が指を差した方を菫も見ると、何となく見覚えがあるような建物が建っている。と言ってもその記憶も20年以上も経っているので、正に何となく、だ。
 さほど歩く事なく木馬荘に辿り着き、そのまま菫は部屋の前まで案内される。だが、沖矢は玄関で立ち止まり、扉を見据えたまま部屋の中に入ろうとしない。

「沖矢さん? 荷物、置いてこないんですか?」
「菫さん、聞きたい事が……」
「はい?」

 突然沖矢は振り返る。首元に手を当て、沖矢は菫の耳元まで顔を寄せ、声を抑えて言った。

「こんなに強引に事を運ばれているのに、君の警戒心はどこに行ったんだ?」
「え……」

 それは、それまでと違う声だった。

「菫、俺の事を知っていたな?」

 名前を呼ばれ菫は思わず足を一歩引き、声の主の表情を確認しようとした。そしてそれを見て菫はびくりと震えた。
 それまで細く閉じられていた沖矢の目は開かれている。今、菫は緑色の瞳に見つめられていた。

「こんな所まで来て、これでは男に簡単に部屋まで連れ込まれてしまうぞ?」
「あ……」
「だが、本当に知らない男だったとしたら、ここまで無防備にはならんだろ。俺の知る菫は、男に簡単に名前を教えたり、すんなり家までついて来ないからな」

 その声は秀一のものだった。何故いきなり沖矢から声を変えたのか、菫には理解できない。

「あ、あの、お、沖矢さん?」
「――ですから、私の事を知っているな、と思いました。菫さん、ダメですよ? 知らない振りをするならば、もっと徹底的にしないと」

 再び最初の声に戻った沖矢――もとい秀一は、人畜無害で何の含みもありませんというような表情で、首を傾げてそう言った。



 * * *



「な、何でそんな事言うんですか? ……しゅ……沖矢さん……」

 ギリギリまで知らない振りをしていたのに、結局本人からほとんど言われてしまっている。
 今の自分の発言も結局無駄な抵抗なのかもしれないと、菫は諦めたように一度肩を落とし、辺りを見回す。アパートの周辺に人はいなかったが菫は秀一を引っ張り、その耳元で小さい声で詰った。

「何でばらしちゃうんですか……」

 そう言って菫は困ったように眉を寄せた。だが秀一は、菫こそおかしな事を……と言わんばかりに眉を上げて問い掛ける。

「その言い方はおかしいですね、菫さん。ばらすも何も、あなたはご存じだったのでしょう? 私の事、彼から聞いていましたか?」
「え? 彼って……透さん? 透さんも知ってるんですか? あの、沖矢さんの事……」

 秀一が言う彼は、零の事だろう。零が沖矢の事を承知しているとは初耳であった。本来ならば沖矢が工藤邸に引越し、その後紆余曲折があり、零に秀一だとばれる筈であった。だが現在、零と秀一の関係性は変わっているため何とも言えない。今はどういう状況なのだろうと、思わず菫は首を傾げた。

「フム……情報源は彼ではないようですね?」
「え、カマかけました? という事は、透さんも知らない?」

 やられた! と菫は眉を顰める。その分かりやすい反応にフッ……と、秀一は一瞬笑った。そして菫を宥めつつ部屋に招き入れると、扉には念のため鍵を掛けたのだった。



サザエさんな世界ですので、色々時系列の事考えると混乱してしまいますね。そこら辺は当サイトは適当です。そして結局連れ込む赤井さん。続きます。


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