Cendrillon | ナノ


▼ ・将棋で布石
ウイスキートリオの初めましての話。でも布石って囲碁用語……。


 赤井家がイギリスから日本へと移住してしばらくした頃である。
 菫は持ち運びのできる将棋盤を持って、公園で駒をパチパチと動かしていた。一人将棋をしながら独り言が漏れる。

「中身は私の方が年上なのに、全く勝てない……」

 引越しの後片付けなどがひと段落したという事で、新居へと招かれていた菫は秀一の弟である秀吉から手ほどきを受け、将棋のルールを理解するに至った。秀吉は将棋の優秀な指し手と出会ったようだ。
 そしてその場で赤井家の子供達と勝負をする事になる。勿論、結果は菫の惨敗であった。

「秀吉くんはおろか、秀一さんにも勝てないし。でも、相手が秀一さんの時点で勝てる筈がなかった……?」

 勝負の相手がたとえあの赤井兄弟だとしても、子供の今の時点なら善戦できるだろうかと菫は無謀な想像を一瞬だけした。しかし、やはり相手はあの赤井兄弟である。未来の太閤は当然の事ながら強かった。そして将棋の腕など作中で話に上らない秀一でさえも、現在発展途上中の秀吉とは対等に勝負をしているようなのだ。つまり強い。
 終わってみれば菫は、兄と弟の両者から指導対局をしてもらっていたような様相であった。

「そもそもあの二人に勝てなくても、何ら落ち込む事はないかも? だってあの二人だしね……」

 物語の中でも有数の頭脳を持つ二人である。拮抗した勝負ができると思った事自体が間違いだと菫は思い直す。
 それに負けはしたものの、なかなか楽しいひと時であった。たまに対局を見る側に回る兄弟の片割れが菫に助言をしてくれるので、指し手は菫ながらも白熱する場面もあったのだ。

「全く勝負にならないから、私と指しても面白くないと思うんだけどなぁ……。私も見てる方が好きだし……。でも、練習はしておかないとね」

 取りあえず、次回に会う時はまた勝負をしようと約束を交わし別れて、数日になる。現時点ですでに秀吉たちと菫の腕の差は歴然としており、引き続き駒落ちでの勝負の予定だ。
 菫としては勉強になるが、あの二人にとってはどうだろうかと少し首を捻りつつ、一人でパチパチと駒を進める。

 確かに勝負にはならないが、子供同士の対局はどうしても感情的になりがちだ。負けた方にしこりが残る事が多い。負けても不機嫌そうにならない少女との対局は、強者の二人には得難いものだとは菫も知らない。

 秀吉に借りた将棋の入門書――攻めや守りの陣形が記載された本を片手に、黙々と一人遊びに興じていると、菫のいる公園の東屋へと向かってくる足音が複数聞こえてきた。

「菫! ここにいたのか?」
「菫ちゃんはここで何してたんだ?」
「あ、零くんにヒロくん」
「家に行ってもいないからな。探したぞ?」

 ごめんね、と菫は謝りながら、本を閉じ将棋の駒から手を離した。それに景光が気付くと、次いで零も菫の手元を指差しながら尋ねた。

「……将棋? 菫、将棋なんて指せたのか?」
「何で将棋? ヴィオレさんやノアさんが教えてくれるっていうのもなさそうだよね? むしろあの人達はチェスとかしてそう」

 古い幼馴染の訝しむ声と、もう一人の新しい幼馴染のやはり不思議そうな声に、菫は苦笑した。確かに菫は今まで将棋など駒の名前程度しか知識がなかった。ヴィオレとノアの二人も将棋はしない。

「ヒロくん正解。あの二人にはチェスを教えてもらったよ。こっちは――将棋は別の人が教えてくれたの」
「誰にだ?」

 眉を寄せた零から追及され、ん? と菫は首を傾げながら答える。

「あのね、昔イギリスで知り合った人だよ。男の子の兄弟。だけど最近日本に移住してきたの。年上のお兄さんと、私達と同じくらいの弟さんでね、この前のお休みに遊びに行ったの」
「あぁ、前の日曜、菫ちゃん出掛けてたもんな」
「そう! ……そうだ、零くんとヒロくんは将棋を指した事、ある?」
 
 菫の期待したような表情に、零は一瞬の躊躇のあと、菫の望んだ通りの答えを口にする。

「……ルールは知ってるけど、最近はそんなに指してない」
「ボクも将棋は知ってるよ。ゼロがルールブック見てるのに付き合って、勝負もしたね。今もたまにゼロと指してるよ」
「それじゃあ少しだけ付き合ってくれないかな? また遊びに行く時に将棋の対局の約束してるんだけど、相手の二人がすごく強いの!」

 何でも知ってるとは思っていたが案の定、零も景光も将棋のルールは把握していたようだ。
 菫は一人で指す将棋に少し飽きてきていたため、二人の少年にも付き合ってもらおうと、やや強引に巻き込む。

「一人将棋だと私じゃあまり練習にならなくて。私、強くないから面白くないかもしれないけど、ちょっとだけ付き合ってくれないかなぁ……」
「ボクは良いよ? なぁゼロも良いだろ? 元々菫ちゃんを遊びに誘いに来た訳だし、今日は将棋をしようぜ」
「……ボク達だって初心者だから、練習にならないかもしれないぞ?」
「そんな事ないよ。きっと二人とも私より強いよ。零くんもヒロくんも頭良いもの」

 菫はにっこり笑って、そう断言した。



 * * *



 早速二人の幼馴染と対局をした菫だったが、二人との勝負は早々に終わってしまう。分かり切っていた事ではあるが、零と景光もやはり将棋は強かった。駒落ちでもう一度対戦しても良かったが、むしろ菫は二人の対局が見てみたくなり、零と景光に勝負をしてもらう事にした。

「私やっぱり、将棋を指してるのを見てる方が好きだな……」
「まあ、向き不向きもあるしね。菫ちゃんは捻くれてないから、先が読みやすいし」
「読みやすい……。二人に掛かればそうだよね……。まぁ、私も凝った指し方は自分でも出来ないと思う」
「でも菫は、またその知り合いの家に将棋をしに行くんだろ?」
「うん。今まで、滅多に会えなかったしね? あ、それにね、そのご家族、もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだよ? 赤ちゃんと会えるのすごく楽しみ!」

 まだそんなにお腹のふくらみは目立たないが、赤井家の母、メアリーが妊娠中である事も菫の心を弾ませている。先の話ではあるが、いずれ赤ん坊――赤井家の長女である真純とも会う事になるだろう。

「あ、そういえば、イギリスに住んでたって事は、その人達イギリス人だよね? 日本語大丈夫なの?」
「えーっとね、その人達、クォーターなの。日本語も喋れるよ。あ、お母さんがハーフの人だね」

 将棋を指しながらの幼馴染と会話を交わしつつ、菫は赤井家について軽く説明する。だが、その途中で気付いてしまった。

(あっ! ……そういえば零くんとヒロくん、それと秀一さんが子供の今のうちに知り合ってたら、もしかして何か未来で変化が起きる? いい方向に、何か変わったりしないかな? スコッチのヒロくんが、少しでも助かる可能性が……上がらないかな)

 秀一が日本にいる期間は短い。この機会を逃してはいけないのではないかと、菫はまるで天啓が降ってきたような気がした。そう思い付いてしまうと、菫は居ても立ってもいられなくなり、唐突に零と景光に誘いを掛ける。

「あ、あのね、二人とも今度の休みに、今話してた二人の家に行かない? お兄さんの秀一さんと、弟の秀吉くんと将棋をしようよ。零くんとヒロくんも相手がすごく強いから、楽しいと思うの」
「「え?」」
「将棋は多分、弟の秀吉くんの方が強いかな? でもお兄さんの秀一さんも負けず劣らずなんだよ! それに将棋だけに限らなくて、きっとお互いに切磋琢磨できるんじゃないかな?」

 菫の突然の提案に、二人は面食らったかのように目を瞬かせた。そして互いに手を止めると、少し困ったように苦笑を浮かべる。

「知り合ってもないボク達が行っても、戸惑われるんじゃないかな?」
「そうだよ、菫。相手の方が困るぞ」
「でも、相手のお母さんにも友達がいるなら連れて来て良いわよって言われてるの。あと相手は男の子の兄弟だから、同性の零くん達は歓迎されると思うよ!」

 実際に引っ越して間もなく、まだ友達の少ない子供達を気にしてか、菫はメアリーからそのように言われている。

「それに、ちゃんと先にお友達を連れて行っていいか聞いてみるし、大丈夫だと思うよ?」
「でもなぁ……」
「年上の人とその弟さんなんだろ? 弟さんの方はボク達と年が近いみたいだけど、お兄さんの方はボク達みたいな年下の相手は面倒かもしれないぞ」
「そうだね。ボク達も年上の人と話が合うか、ちょっと自信ないな」
「う、それは……」

 確かに菫でも、いきなり知らない年上の人間と会う事になるならば、かなり気後れするかもしれないと思う。二人の言い分も最もだった。
 だが、相手はあの秀一なのだ。菫は是非とも三人にはここで面識を得てほしかった。しかし、何と言えばこの二人の幼馴染と秀一達を会わせられるか、良い口実が思い浮かばず、しどろもどろに二人の言葉を否定した。

「でも、そんな事ないと思うよ……。お兄さん――秀一さん、優しいから。私の事も面倒がらずに相手してくれてたし……」
「知り合って長い菫ちゃんとボク達とじゃ、きっと比べものにはならないよ。ちなみにその人、何歳上の人?」
「さ、三歳……」
「菫、小学生のボク達と中学生じゃ、相手が可哀想だろう?」
「うん、やっぱりゼロの言う通り、弟さんはともかく、お兄さんにボク達の相手をさせるのは、申し訳ないかな?」

 あまり乗り気ではない様子の零と景光に、菫は必死に言い募る。

「零くんもヒロくんも大人っぽいから、話が合わないなんて事はないと思うよ。それに秀一さんはすごく頼りになる人なの。きっと二人も会ったら分かってくれると思う! きっといいお友達になれると思う、んだけど……」
「……菫がその人を、すごく評価してるのは分かるんだけどさ……」
「うーん……」

 なかなか良い返事をくれない幼馴染達に、菫は焦って碌に考えもしないまま言葉を重ねた。

「あのね、一緒にいると勉強になるというか、良い影響があるっていうか……あぁ、違うの。こういう言い方だと、秀一さんがただ役に立つ人みたいに伝わっちゃうかもしれないけど、違うの! ただ紹介したいだけなの。本当に秀一さんは頼りになる人で、きっと零くんにもヒロくんにも、秀一さんにとっても、意義深い出会いになるって、三人の助けになるって、思って! それで、それで……」

 菫は途中で自分でも何を言っているのか、何が言いたいのか分からなくなってしまった。

「――……あの、ごめんね。私、訳の分からない事、言ってるね……」

 そしてしまいには、がっくりと意気消沈してしまう。自分が空回りしているような気が菫にはした。こんな風に自分が結びつけるような事でないのかもしれないと、今更ながらに後悔が押し寄せてくる。
 そんな萎れかけた花のようになった菫に、慌てたのはもちろん二人の幼馴染だ。

「えっ……菫ちゃん、そんなに落ち込まないでよ……。あぁ〜もう……なぁ、ゼロ……」
「くっ……分かったよ。菫、そこまで言うなら、良いよ。ボク達も菫がその人達に次に会う時、一緒に行くよ」
「ほ、本当?」

 零と景光の承諾の返事に、まるで水を与えられたかのように菫は顔を綻ばせた。嬉しそうな菫のその様子に、二人は内心大きくため息をつく。だが、了承はしたものの、この幼馴染達は一応逃げ道も用意はする。

「でも相手が了承したらだぞ」
「そうだよ。ちゃんと相手の人にボク達も一緒にお伺いするって、伝えてね? 相手が乗り気じゃないなら、押し付けちゃだめだよ?」
「うん! 今日帰ったら、さっそく電話して聞いてみるね!」

 まるで飛び跳ねそうな菫の口調に、二人には何とも言えない気持ちが芽生える。

「――なんだか、相手も押し切られそうだな……ヒロ」
「ボクもそんな気がする……」

 ニコニコと笑う菫を見て、零と景光は今度こそ実際にため息をついた。最後のあがきで言質はとったが、役に立たなさそうだと何となく想像ができたからだった。



 * * *



 後日、赤井家に三人で訪れ、菫は固唾をのんでその様子を見守っていた。

「何だ、零君。もう降参か?」
「赤井うるさい!」

 しかし、何故か菫の思惑と外れ、景光はともかく、零と秀一は睨み合った猫のようである。

「次は駒落ちでやろうか? 零君?」
「馬鹿にするな! まだ勝負は終わってない!」

 一日の長か、将棋の対局は秀一に分があるようで、零は苦戦していた。

(……う、ん?)

 負けず嫌いの零だ。劣勢で口調が荒くなるのは菫にも理解できた。だが、二人のやり取りを見ていて菫にとっても意外だったのは、秀一のどこか好戦的な物言いだ。

「君は長考が多いな」
「〜〜! 考えてるんだから、黙れ!」

 秀一は終始余裕の態度で、笑みも浮かべていた。友好的な気もするのだが、気のせいか煽っているようにも見えなくはなかった。何故か物語での未来の関係を彷彿させる。これには菫も困ってしまう。本当に仲良くなってほしかったのだ。

(なんでかなぁ……。子供の今なら、何の問題もなく親しくなれると思ったんだけど……)

 首を捻りながら、菫は眉を寄せる。将来への布石として設けた機会であったが、どうも不発に終わりそうな気がしてきていた。

「なんかうちの兄さんが大人げなくて、ごめんよ」
「いや、うちのゼロも無駄にケンカ腰で悪いな」
「でも変だなぁ? いつもはもっと冷静沈着なんだけどな……」
「ほんと、こっちも普段はここまで敵愾心は出さないんだけど……」

 秀吉と景光の二人は苦笑しながらだが、気が合うようだ。こちらはこちらで仲良くなっていた。

(やっぱり年の差が三歳もあると、難しかったのかなぁ……。大人の三歳差ならまだしも、子供同士だしなぁ)

 それぞれを見つめながらウンウンと唸り、菫はそんな的外れな事を考えていた。
 その後、何回か幼馴染と赤井兄弟は会う機会があったものの、結局秀一がアメリカに留学するまでの間に、この二人はついぞ打ち解ける事はなかったのだった。



スコッチに関する確執は存在しませんが、降谷さんと赤井さんは原作とほぼ同じ関係。あれです、降谷さんが赤井さんに絡まずにはいられない。なので、バーボン時もライに結構噛みついてます。ポアロ話でも、沖矢さんが登場したら全力で噛みつくと思われます。


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