Cendrillon | ナノ


▼ *曰く付きの宝石 *01
鈴木次郎吉氏は上顧客という話。商品の流れ先ですね。


「あ! 菫さんじゃない! まさかポアロで会えるなんて思わなかったわ!」
「あらら、ふふ……園子ちゃん、久しぶりだね?」

 ドアベルを鳴らして店内に入り込んだ瞬間、菫はボックス席に座る少女と目が合った。鈴木園子――彼女自身というより、その家族と仕事での取引があり、個人的にも顔見知りの少女だ。そして開口一番のいつも変わらぬその明るい声に、菫は頬を緩めて挨拶を返す。
 次いで菫に声を掛けてきたのはポアロの店員、安室であった。

「菫さん、いらっしゃいませ」
「透さん、お邪魔しますね?」
「あら、菫さん、安室さんとも知り合いなの?」

 菫と零が親しげな様子に園子は首を傾げた。

「そうなの。うちの仕事で透さんにお世話になる事が多くて……」
「ええ、園子さん。仕事でよく声をかけられるので、僕と菫さん、結構お付き合いは長いんですよ」
「ふーん、なるほどねぇ」

 園子は菫と安室の仕事内容を思い浮かべ、双方の説明で納得したらしい。二人の関係にさほど疑問はないようだ。

「そうだ、菫さん。良ければこっちで一緒にお茶しません? ねぇ良いでしょ、蘭?」
「私は構わないけど、園子、こちらの方、どなたなの? 紹介してくれる?」
「……菫お姉さん、園子姉ちゃんと知り合いなの?」

 それまで三人のやり取りを見守っていた、園子と共にお茶をしていたらしい初見の蘭と、菫を知るコナンから当然の疑問の声が上がる。
 菫を自分の隣に座らせながら園子は、あら、ガキンチョ、菫さんの事知ってるの? と問い掛ける。それにコナンは、前にポアロで会ったんだ! と何とも子供らしく答えていた。
 それを適当に園子は聞き流しながら、蘭に対し簡単に菫の肩書を紹介する。

「こちらは美術商の鳳菫さん。ご家族で美術品の取り扱いをしているんだけど、商品の説明とか引き渡しとかで、私がお付き合いがあるのはもっぱら菫さんね。次郎吉おじ様の美術品の仕入れ先の一つよ! 鈴木財閥のお得意様なんだから」
「ふふ、逆でしょう? 園子ちゃん。次郎吉さんがうちのお得意様なんですよ。……初めまして、鳳菫です。えーと、もしかして毛利蘭さんですか?」

 菫は向かい合って座る少女に首を傾げて問い掛けた。

「え? 私の事、ご存じなんですか?」
「はい、以前に園子ちゃんから話を聞いた事があります。とても仲が良い大親友だ……って。空手の腕も素晴らしいって聞いてますよ?」

 少女の驚いた様子に、菫からは悪戯っぽい笑みが零れた。目の前の少女は菫が昔からよく知っている、この世界のヒロインだ。
 だが、何の因果か先に知り合っている園子から、菫は確かに彼女についても聞いている。名前などを知っていてもおかしくはない状況ではあった。

「そうなんですね……あ、すみません、毛利蘭です。よろしくお願いします。あの、私の事はあまり堅苦しくなくても大丈夫ですよ? 年下ですし、園子みたいに呼んでくれると嬉しいです」
「そう? ありがとう。それじゃ遠慮なく蘭ちゃんって呼ばせてもらうね? こちらこそ、よろしくお願いします。私の事は好きに呼んでほしいな」
「じゃあ、菫さんで!」

 蘭の言葉に菫は笑顔で頷く。そして蘭の隣に座る少年にも目を向けた。

「コナン君は前にも会ったね。元気だった?」
「うん! 結構すぐにまた会えたね! でも菫お姉さん、園子姉ちゃんの家と取引があるなんて、すごいね?」
「私は商品の受け渡しとかをするだけだからねぇ……。鈴木財閥と取引できるような美術品を入手してるのは、私の家族たちなの。だから、すごいのはそっちかな?」

 名のある取引先との繋がりは菫の力によるものではない。その功績はあくまで家族の二人のものなので、菫は困ったように笑いながら訂正する。

「はい、お待たせしました、菫さん。ご注文のコーヒーです」

 するとそこへボックス席に座る前に、菫が先立って注文していたコーヒーを零が持ってやって来た。

「あ、透さん、ありがとうございます」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
「ねぇ、菫さん! 聞いてよ、あのね……」

 蘭ちゃんともお近づきになれるなんて今日は良い日……と、菫は隠しようもなくニコニコ顔だ。
 またカウンター席ではなく、このボックス席から零の仕事風景を見つめるのもなかなか悪くない……と、菫は女子高生たちの会話に嬉しそうに参加するのだった。



 * * *



 女性三人のおしゃべりがポアロの店内を緩やかに満たしていた。姦しいとまでは言わないが、女性たちの取り留めのない話にコナンは辟易とした様子で若干時間を持て余し気味のようだ。
 他に客もおらず、零は細々とした仕事を片付けながら、その女性たちの会話をまるでBGMのように聞いていた。だがその途中、つい意識を傾けてしまう話題にいつの間にか変わっていた。それは幼馴染が関わる話だった。

「――そういえば、菫さん。最近は何か新しく仕入れた商品はないの? 次郎吉おじ様が、このところ菫がうちに来ない! って嘆いてたわよ?」
「菫お姉さんのところ、外商もしてるの?」
「コナン君、難しい言葉知ってるねぇ? でもうん、こういうのがありますよって、お得意先までお伺いするのは多いね」
「菫さん、すごいですね。それじゃあ顧客の人達って、みんな園子の家みたいな所ばかりでしょう?」
「そうなんだよ、蘭ちゃん! どこも普通なら私みたいな一般人が関わる事のないような、上流階級のお客様ばかりでね……。元々は家族が直接取引してたから、すごく緊張しちゃうの」

 菫はやや食い気味に、困ったように眉を下げながら答えた。
 どうやって開拓したのかは分からないがヴィオレ達は太い顧客を持っており、これまで菫はその既存の得意先を周るなどして元曰く付きの美術品を捌いていたのだ。

 はたして組織に対抗する上で役に立っているかは甚だ怪しいのだが、ヴィオレ達から言わせるとこういった美術品を求める層との繋がりはバカに出来ないという事で、菫は現在でも得意先へのご機嫌伺いは欠かしていなかった。だがそれも、最近変化を見せてはいる。

「んもう! それで、菫さん! 次郎吉おじ様が喜びそうな商品、何かないの?」
「あ、ごめんね園子ちゃん。でもうーん……実は我が家、今年は色々と忙しくて。今手元にある商品のメンテナンスも滞ってるんだよね。表に出せるような商品自体が少ないの……」

 そう、美術品自体は在庫があるのだが、これが曰く有りのものばかりなのだ。持ち主が不幸になる……であるとか、周囲の人間が怪我をする……であるとか、そういう類の曰くだ。簡単に言えば呪われた美術品の数々が菫のポケットに眠っている状態だ。

 ヴィオレ達はそういった一般人に害のある美術品を無効化――解呪をしてから、通常の美術品として世間に放出する事を日本での生業にしていた。しかし今は黒ずくめの組織に関する仕事が大詰めなため、解呪が一向に進んでいない状況である。表に出せない商品ばかりが溜まっていた。

「――私は商品の運搬担当だから、基本的に美術品の事はノータッチだし……」

 この美術商の仕事はあくまでヴィオレ達が日本で生活する上での、世間体のための仕事だった。そのため菫が大学で短期留学をしたのを機に、日本を離れたヴィオレ達は手を引いても良い仕事でもあった。だが意外と顧客――美術品を手離したい人間と、質の良い美術品を求める人間の両方――がついてしまい、やめるにやめられなくなっていたのだ。また富裕層とのパイプを残しておくのも有効であるという点から、後年は菫を代理として仕事を細々と続けていた状況であった。

 しかしそれも現在は黒ずくめの組織を優先しているため、日本での美術品の取引をほぼ停滞状態だ。本格的な再開の目途は立っていない。商品に変わり映えがなく、得意先を周ろうにも周れない状況だ。

「何事も家族の都合次第なの。どの美術品も売り物にできる状態にまでメンテをする必要があるんだけど、私の家族の手が空かない事には商品がないんだよね。だから当分は新規の大がかりな取引はないと思うよ?」
「えー、そうだったの……」
「うん。しかも次郎吉さんがここ最近一番に求める物って……アレでしょう? 目玉商品みたいな物がないと、次郎吉さんの所には伺えないんだよね……」
「あぁ、確かに。他の美術品に興味がない訳じゃないけどねぇ……」

 次郎吉が興味を示す美術品は、菫も園子も意見が一致している。怪盗キッドも狙うようなビックジュエルである。

「おじ様、宝石だけは目の色を変えるから……」
「でしょう? 生半可な物は持って行けないの。次郎吉さんが喜ぶレベルの宝石は入手するの、難しくて……」

 菫というよりヴィオレとノアは呪われた品を解呪するにあたり、分け隔てなく美術品全般を扱っていた。そのため、どうしても商品を宝石に限定すると取り扱いの比率は低くなってしまう。その上で、目の肥えた次郎吉の目に留まるような商品を用意するのはハードルが高いのだ。

「あと宝石って、資産価値が絵画とかの他の美術品より分かりやすいから、美術愛好家じゃなくてもすぐに買い手が見つかるし……」
「じゃあ新しい宝石は望み薄なのねぇ……」
「買い手が決まってない宝石だと、今は小さいルースのものとか、そこまで珍しくないアクセサリーばかりだね。次郎吉さんのお眼鏡には適わないと思うな……」

 今あるのはこういうのくらいかな? と菫はポンポンと指輪のケースなどをテーブルの上に出現させた。

「え? わっ何これ?!」
「出た! 蘭、コレ菫さんの手品よー」

 それを初めて目にした蘭が驚きの声を上げる。零から話を聞いているコナンも少し、目を見張っていた。

「うふふ、蘭ちゃん。私、手品が得意なの。これが商品の一部だよ。園子ちゃんも蘭ちゃんも、良かったら見てみて。もちろんコナン君もね?」

 菫は初めて会う人などがいる時は、自分が手品が使えると地道にアピールする事を忘れない。いつでも色んな物を取り出せる人……と印象付けたいのだ。それが、何か突拍子のない物を取り出した時に、菫ならば手品でこういう物も出せるか……という思考に導けるだろうからだ。

「わぁ……綺麗……」
「ええ。どれもなかなかだわ」

 菫に進められるがまま、蘭と園子はまだ枠や台に納まっていない裸石や指輪などを手に取って見ている。

「でも――そうね。菫さんの言う通りかも……」
「これだとちょっと、次郎吉さんには物足りないでしょう? でもビックジュエルは早々手に入らないね……」

 園子はそれらを見て菫の言い分がよく理解出来たようだ。菫も苦笑するしかなかった。

「でも、菫お姉……」
「菫さん。たとえ鈴木相談役のお眼鏡に適わないとしても、宝石なんて高価な物を持ち歩くのは、感心しませんよ」

 コナンの声に被るように、カウンター奥にいた零が少し強い口調で注意をする。コナンも同様の事を言いたかったらしいが、安室に先を越された形だ。

「……うん、そうだよ。菫お姉さん、残念だけどこの辺――米花町は治安が良くないんだからね。宝石なんて気軽に見せちゃだめだよ?」
「う、そうだよね。あ、でも……今ここには透さんがいるから安心だもの」

 あ、もちろん、コナン君もいるしね! と菫は何も心配してなさそうな素振りでそんな事を言う。それには零もコナンも目をパチパチさせた後、毒気が抜かれたように、ハァ……と息をつくしかなかった。



 * * *



「あ、そういえば、菫さんが私物だって言ってたペンダントは? あの大きな紫の石の! 多分アメシストよね?」

 園子のその言葉に、ガチャッと音を立てたのはカウンターの奥で皿を洗っていた零だ。

「! 安室さん大丈夫?」
「お皿、割れませんでした?」
「いえ、大丈夫です。すみません。お話の邪魔しちゃって……」

 口々に声を掛けられたが、零は手を振り大した事はないと謝罪する。

「安室さんが珍しいわね……。あ、それで菫さんのペンダントよ! 次郎吉おじ様がレンタルでもいいから、うちの博物館に飾りたいって言ってたの。ねぇ、菫さん、一時貸与……考えてみてくれないかしら?」
「次郎吉おじさんが博物館に飾りたいって、それも個人の持ち物を?」
「菫さん、そんな物、お持ちなんですか?」

 コナンと蘭も驚いたように菫を見つめた。すると園子がポンッと手を叩く。

「そうよ、菫さん、今は持ってないの? あのペンダント」
「うん? あるよー。……これだね」
「え? 菫さん?!」

 菫の返答に、素で驚いたような、どこか抜けたような声を上げたのは零だった。零は慌ててカウンターを離れ、菫たちが座るボックス席に近づく。

 菫のペンダントといえば間違いなく、あのペンダントである。最後に見た時、壊れてはいなかったが紫の石の損傷は激しいものだった。友人の命を救ったためだ。それが偶然なのかそうでないのかは、零にとってはもはや疑問の対象外である。
 ただ、今問題なのは、その宝石には弾丸が埋まったままである筈という事だ。それを一般人に見せるのかと、特にコナンという少年に見せるのはその好奇心をいたく刺激するのではないかと、零は焦りを覚えたのだ。

「菫さん、それは――……え?」

 零はそれを見て固まった。
 案の定、菫がテーブルの上に出して見せたのはあのペンダントだ。しかし、それは傷一つない、弾丸の欠片も見られない、まるで新品のような状態だった。

(似た石と交換した? ……いや、菫はあのペンダントを殊更大事にしていた。まっさらな石と交換して何事もなかったようにはしない筈。それにあのペンダントは元々、その存在自体が不可解な物だったな……)

 こめかみを押さえながら、零は座っている菫を引き寄せ、コソコソと事実確認をする。小さい声ではあるが、なかなかの詰問口調であった。

「……菫さん? これはどういう事です? あれは以前、割れる直前じゃありませんでしたか?!」
「透さん……これは、実は私もちょっとよく分からないというか……。く、詳しくは後ほど! 今は、ほらコナン君がこっちを見てますよ?」

 菫の言葉の通り、コナンが興味深げに自分達を観察している事に零は内心舌打ちをした。

「……分かりました。今日夜に時間を作ります。家に伺いますから、よろしくお願いしますね?」
「は、はいぃ……」

 零ににっこりと微笑まれて約束を取り付けられ、菫は怯えたように顔を引きつらせつつも、それを了承した。



実は園子ちゃんとも知り合いでした! 宝石が無傷なのはまぁ……不思議な石なので(魔法の言葉)。自動修復してました(適当)。あともう一話、続きます。後日UPします。


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