Cendrillon | ナノ


▼ #02
 光陰矢の如し。萩原が爆弾の爆発に巻き込まれた事件から4年が経とうとしている。そして再び菫を憂鬱にする事件が間近に迫っていた。

 今回は自分の知る予定通りには事が運ばないだろうと、菫の不安は尽きない。本来は松田が強行犯係に異動するところから、事件は始まっているのだ。


 ・・・ ・・・ ・・・

 原作が始まる3年前。やはり11月7日、爆弾犯から二つの爆弾を仕掛けたとの犯行声明文が警視庁に届く。
 その犯行を阻止する為に松田は1人、爆弾が仕掛けられた観覧車に乗り込む。
 そして、もう一つの爆弾が仕掛けられた場所を知るため、松田は爆弾の解体を断念。
 米花中央病院という答えと思いを告げるようなメッセージを佐藤刑事に送り、殉職。

 ・・・ ・・・ ・・・


「研二さんが健在だから、陣平さんは強行犯係には異動してない。でも多分、爆弾の処理で二人が関わる事になる」

 菫は過去に完成させたノートに記される情報との相違点と、そして恐らくではあるが共通点を上げた。松田と萩原は今も変わらずに爆発物処理班で共に活躍している。ほぼ間違いなく、二人はあの爆弾の処理に携わる事になるだろう。

 しかし、問題は二つの爆弾の内の一つの在処が分からないという事だ。

 否、正確には分かっている。米花中央病院だ。だが、犯行声明文からは米花中央病院という答えが導き出せないのだ。それは松田が観覧車の爆弾の解体に着手したのち、爆発3秒前に液晶パネルに表示される情報なのである。

「せめて暗号の全文を覚えていれば……。もしかしたら暗号にも二つ目の爆弾の場所を暗示した文章があるかもしれないけど……。でも事件の内容は覚えていても、声明文の内容を全部なんて覚えてないよぉ……」

 暗号を時間を掛けて紐解けばあるいは……という希望があるにはあったものの、その一縷の望みも菫の記憶力の前に消え去っていた。

「そもそも声明文の一言一句まで覚えていられるほどの頭を、私は持ち合わせていないんだよね……」

 ノートを書いていた時点で、菫の物語自体の記憶はかなりあやふやではあった。こちらの世界に来る直前の菫は本を読み返す余裕もなく、また例え好きな作品だとしても、その内容がおぼろげになるほど、仕事や人間関係に気を取られ、精神的に追い詰められていたのだ。

「でも、零くんやヒロくんなら、きっと一度読んだ本の内容、ずっと覚えているんだろうなぁ……」

 これが幼馴染たちであれば、間違いなく内容を漏らさずに記憶しているのだろうと思うと、菫は自身の能力の低さを恥じ入るばかりだった。当時、ノートに書き残したものとしては辛うじて、円卓の騎士や72番目、正午と14時に爆発という単語が書き連ねられている。菫の頭の片隅にあったのはそれのみだった。

 松田は送られてきた犯行声明文の暗号から、病院に爆弾が仕掛けられている事までは認識していた。菫も結果として米花中央病院に仕掛けられる事を知っている。

「でも、現状は米花中央病院で、爆弾の解体をしてもらう根拠がないんだよね」

 暗号を見る事が出来れば自ずと分かるのかもしれないが、あの松田が観覧車に仕掛けられた爆弾――爆発3秒前のヒントを見るために亡くなった事を考えると、暗号自体には二つ目の爆弾に関する情報がないのかもしれない。
 というよりも、必ず犠牲者が出るように考えて作られ、二つ目の爆弾に関しては犯行声明文では触れられていない可能性の方が高い。元より確度の高い情報は引き出せないのだ。

「3年後のコナン君が解決する事件も、東都タワーの爆弾のヒントを途中まで見ないと、解決できなかったしな……」

 そうなると、暗号を根拠に米花中央病院というキーワードは求める事ができずに、それを関係者に伝える事もできなかった。

「米花中央病院に爆弾があるって、警察の人にどうしたら自然に伝わるのかな……」

 現状このままでは、爆弾処理に当たる人間が悪魔の選択をしなければなくなる。目の前にある爆弾を解体するか、2つ目の爆弾の在処を知るため爆発3秒前まで解体を中断するかだ。前者は2つ目の爆弾の所在が掴めず、その後の爆発で被害がある可能性が高い。後者は観覧車上という事もあり、爆発からの逃げ場がなく退路もない。
 必然的に誰かの犠牲無くしては、事は終わらないのだ。そして、これが爆発物処理班の松田が関わるとなると、一気に後者の判断へと天秤が傾くのだ。

「米花中央病院で、爆弾を見つけたー! って騒ぐべき?」
「まぁ、菫。爆弾が仕掛けられる事件現場に乗り込むなんて、私は反対よ? それに菫に言ってなかったかしら? あの萩原って坊やに貸しがあるのよ?」
「菫が頼めば、彼はきっと快く協力してくれるでしょう」
「はい?」

 いつの間にか現れたヴィオレとノアに驚く暇もなかった。過去に交わされた契約を知らない菫は、二人の言葉に不思議そうに首を傾げた。



 * * *



 来たる11月7日、事件の当日。菫は朝早くから――前日に待ち合わせの約束を取り付け、登庁前の萩原を捕まえていた。そして菫は単刀直入に萩原に確認する。

「研二さん。お願いを一つ、何でも聞いてもらえるって本当ですか?」
「……え?!」

 魔女との契約は萩原の記憶に鮮明に残っている。忘れようにも忘れられそうにない。
 その上、ちょうど4年前の今日だったか……と、ある意味記念日に近い出来事だった故、萩原は普段よりもその貸しの約束を意識していたところでもあった。
 そこへまさか、当の本人から言及を受けるとは萩原は思っておらず、珍しく大きな声を上げた。

「菫ちゃん、それ……知ってるの?」
「え? ええ……研二さんには貸しがあるから、何でもいう事を聞いてくれるわよって聞きました、から?」
「誰に!?」

 追及される事は想定内なため、萩原の疑問に菫は答えを用意している。魔術師の存在が公にならない程度の情報は開示しても良いとの事なのだ。事前にヴィオレとノアから許可が出ている事までは、すんなりと菫は萩原に伝えた。

「ヴィオレさん……私の後見人、養親――母ですね」
「えー!? 母親?! 魔女なの!?」

 らしくないどこか抜けたような萩原の声に、菫は思わず笑ってしまったが、すぐに頭を振って気を取り直した。菫がヴィオレ達が魔術師だと知っているという事は内密だ。分かれば菫に追及があると思われるため、基本、知らない振りをしろと言われている。
 取りあえず菫は魔術師など知らない体で、肝心の萩原に願いを乞うた。

「そ、それより! 私のお願い事なんですけど、研二さんには警視庁に犯行予告のFAXが届いたら、秘密裏に爆弾の解体をしてもらう事なんです!」
「犯行予告のFAX? 何を言ってるの? 菫ちゃん……?」

 不思議そうな萩原に、菫は瞬時に自分の説明の至らなさを反省する。色々と省き過ぎた。

(ダメだ。私、焦ってる。もっと落ち着かなきゃ……)

 理路整然と分かりやすく状況を伝え、速やかに萩原の協力を得ないといけないのだ。菫は息をつき、再度説明を試みた。

「突然すみません。まず今日、4年前の爆弾魔が、2つ爆弾を仕掛けます」
「!? なんでそんな事を菫ちゃんが?」
「今日、米花中央病院と杯戸ショッピングモールの大観覧車で、爆発事件が起こるって、ヴィオレさんから聞きました」

 取りあえずそういう事にしようと今回の事件を機に、菫とヴィオレ、ノアは決めたのだ。

「恐らく犯行予告のFAXも、しばらくすれば届く筈です。爆弾は正午と14時にそれぞれ爆発します。ヴィオレさんがそう言ってました」

 菫はこの世界が本で描かれているとは言いたくなかった。少なくとも、登場人物として描かれている彼らには絶対に、ここが物語の世界であると言いたくなかった。それを察してくれていたヴィオレが提案してくれたのが、魔女であるヴィオレに予知能力があると思わせる事だった。
 また菫が未来が分かるという事実より、ヴィオレが未来を分かるという方が萩原を納得させられる公算が高い。何故なら信憑性がある状況だからだ。

(研二さんは、ヴィオレさんが魔女だという事だけは、その身をもって知っているらしいから)

 萩原はヴィオレの力で助かっている過去を持つため、かなりの確率で信用される下地がある。だがそれを信じてもらえるのは、今は萩原のみだと菫たちは思っている。萩原が松田に魔女の契約ついて話しているかは不明だからだ。
 そのため、今回は最低限の情報開示の下、菫は萩原に貸しの取り立てをしているのだった。

「その犯行予告文は暗号になっています。爆弾の場所を示す暗号です。1つは大観覧車だと分かるんですが、もう1つが指し示す場所は、すみません……予告文からは病院だという事しか分からなかったんです。でも、米花中央病院だという事は確かなんです」

 そう、ここが問題でもある。例え萩原の協力を得られたとしても、理由もなく米花中央病院に爆発物処理班を差し向けられない。

「……それだと、警察は……俺たち処理班は、動くのが難しそうだね」

 萩原は思った以上にすんなりと菫の言葉を受け入れた様子で、現状のままでは行動は困難だろうと菫に告げる。

「はい……。それとなく米花中央病院に矛先を向けてほしいんです。根拠もなく米花中央病院に爆弾があると誘導するのは、とても難しいとは思うんですけど……」
「……いざとなったら、俺が単独行動してでも病院に行くよ。そういう約束だしね? 大丈夫、約束は守るよ」

 菫は申し訳なくて、思わず俯く。もし単独行動をさせる状況になれば、組織に所属する身である萩原は処罰を免れない。

「研二さんに負担を――迷惑を掛けて、ごめんなさい。こんな突拍子のない事を頼んでしまって、ごめんなさい。でも、研二さんにしか頼めなくて……」
「いいんだよ。菫ちゃんの願い事は叶えるって、あの時から決めてたからね。でも、そういえば……この事、陣平ちゃんに言ってもいいかな? 陣平ちゃんにもあの魔女の話はしてあるから、貸しの件も知ってはいるんだ」

 菫は勢いよく顔を上げた。肝心の事を伝えていないと気付いたからだ。
 抜けている事が多すぎると、菫は真っ青になった。

「待って! 今は……待ってもらえますか? 今回、やり方を間違えると……陣平さんが、死んでしまうかもしれないんです……!」
「! ……どういう事? 菫ちゃん、説明してくれる?」
「もちろんです。聞いてもらった方が、たぶん流れが分かってもらえると思います」

 菫はそこでようやく、時系列に今日起こる事を萩原に説明し始めるのだった。



 * * *



 なるべく客観的になるよう気をつけながら、菫は大体のところを萩原に説明する。

 恐らく松田が観覧車の爆弾解体に赴く事。
 正午に爆発する観覧車の爆弾には悪魔の誘いがある事。
 それは爆弾の爆発の3秒前に2つ目の爆弾の在処が表示され、それまで解体はできない事。
 松田はその誘いに乗ってしまい、2つ目の14時に爆発する爆弾の在処の情報と引き換えに、その命を落とす事。

 それらを菫は萩原に淡々と話しながら、心がどんどん冷たくなるのを感じていた。

(怖い。役に立ちたいから、手伝いたいと言ったのは私なのに、今ここにいるのが、すごく……怖い。今の時点で、もう綻びが出てるもの。上手くいかなかったら、どうしよう。恥を忍んででもヴィオレさん達に、もっと協力してもらった方が良かったんじゃないの?)

 前回の萩原の関わる爆弾事件は、菫はほぼ何もする事がなかった。ただ見ていただけだ。それに対して、今回はヴィオレ達の介入がほぼない。萩原への協力依頼も今まさに菫が動いている状況だ。

(……今思えば、先に病院のどこに爆弾があるか下調べくらいはできた筈。それだけでも時間短縮になってたし、そもそも爆弾があるという事で、研二さんも動きを取りやすかった!)

 今頃になって、最善とは言わないが有効な手段を思いついた事に、菫は泣きたくなった。

(私はバカなの? 何でこんな事も思いつかなかったの? いったい今まで、何をしていたの……)

 このままでは松田が助けられないかもしれない。菫は縋るように目の前の萩原を見つめた。

 萩原への説明を菫が終えると、萩原が難しい顔で何やら考え込み始めた。菫からの情報を恐らく尋常ではない速さで精査しているのだろう。それから間もなくして萩原は、いくつか菫に質問をしてきた。

「菫ちゃん……爆弾の一つが米花中央病院にあって、それは犯人に知られずに解体しなくていけない、そうだよね?」
「は、はい! 先に病院の爆弾を解体しないと駄目なんです。根拠もない米花中央病院に爆弾という情報だけでは、陣平さんがきっと観覧車で、爆発3秒前に知らされる正確な場所を確認しようとします」
「そうだね。あいつはそういうやつだ」
「はい。でも、病院の爆弾解体も大げさにはできません。犯人は爆弾を遠隔操作できます」

 犯人が爆弾の遠隔操作をできる事を考えれば、病院にある爆弾の解体を知られてはならない。
 今回、観覧車の爆弾が間違いなく犯人にとってのメインの爆弾だ。簡単に発見できる場所に設置はするが、二つ目のサブの爆弾を見つけるためのカギでもあるからだ。

「たぶん二つ目の病院の爆弾は暗号だけでは解けないんだと思います」
「あぁ、悪辣だね。俺たち警察を観覧車の爆弾でおびき寄せておいて、そこで観覧車の爆弾を解体するのか、新たに発覚する二つ目の爆弾について情報を得ようとするのかを、選択させたいんだ。どちらにしろ犠牲者が出る」
「きっとそうです。でも犯人にとっても、病院の爆弾は諸刃の剣でもあります。これが解体されてしまうと、観覧車の爆弾も何の躊躇もなく解体されてしまいますから」

 メインの爆弾を生かすために、サブの爆弾で警察を言いなりにさせたい犯人としては、こちらの爆弾を先に解体されてしまうのは避けたいだろう。

「だから病院の爆弾が解体されたと知られると、観覧車の爆弾が役立たずになる。そうなると犯人が、最終手段として遠隔で爆発させる恐れがあるって事か」

 菫は頷いた。
 病院の爆弾を解体してしまった事が犯人に知られれば、警察をおちょくり、愚弄したい犯人には残される手は一つだ。観覧車の爆弾を解体前に爆発させるのである。そこで解体処理に当たっている警察官を一人でも道連れにできれば、御の字と思うのだろう。

「以前……犯人は仲間が死んだ復讐で、遠隔操作のタイマーを再起動してますよね? たぶん爆弾を作動させる事なんて、直接自分が引き金を引く事なんて犯人にとっては造作もない事なんだと思います」
「うん、間違いない。それで俺も死にかけたからねぇ。……状況は分かったよ。でも、だからなんだね? 一番最初に秘密裏に爆弾の解体をしてくれって菫ちゃんが言ったのは」

 菫が願い事として開口一番、萩原に頼んだ事だ。思わず恥ずかしくなって、菫は両手で顔を隠す。

「あれは……お恥ずかしいです。説明も何もかも省いちゃって、訳が分かりませんでしたよね?」
「まぁ、確かにね。でも……今になってみれば、この上なく俺がすべき事を端的に言っていたと思うよ」

 萩原は菫の両手を顔から外してやると、その目をしっかり見つめて言った。

「病院の爆弾を解体する、それが事件の解決のカギだ。菫ちゃんの願いはきっと叶えるよ。俺の望みでもあるからね。やる気は十分だ。だからまず、俺は急に腹痛になる」
「はい?」

 萩原の発言に菫は目をぱちくりとさせる。

「今から、腹が痛い! 休む! って連絡する。そして米花中央病院に行って、医者に掛かる」
「あ……!」

 萩原が何を言いたいのか、何をしたいのかが分かり、菫は頬を紅潮させた。爆発物処理班を病院に向かわせる方法を見つけられないでいた菫には、思いつかなかった方法だ。

「これなら自由に動けるし、怒られないでしょ? 病院に行って、不審物を見つけましたって報告するだけの簡単なお仕事だよ。だから絶対に12時までに病院の爆弾を見つけて、そして解体してくるよ」

 爆弾の発見が早ければ早いほど事は有利に進む。萩原はすぐにでも準備を整え、病院に向かうと言った。

「あ、あと、大観覧車で爆弾解体をする事になる松田さんに、病院に仕掛けられた爆弾は解体しているって連絡してあげてください!」
「オーケー、大丈夫! 任せてよ。あ、でも危ないから、菫ちゃん病院には近づかないでね?」

 萩原は冗談めかし、菫ちゃんが病院に来たら俺、吃驚して手元狂っちゃうかもしれない、と菫に言った。繰り返し、病院には近づかないでと念を押してくる。万が一、菫に危険が及ばないようにするための発言だとは、菫にもすぐに分かった。ただ自分でも、これ以上は欠片たりとも役に立たないのも分かっていた。

「はい、大人しくしています。これ以上邪魔はしません」

 そう言って、困ったように笑うしか菫には出来ない。つくづく自分は人の力を当てにしないと何も出来ないのだと、菫は悲しかった。
 だが、菫の様子に目聡く気付いた萩原は首を傾げる。

「邪魔って……。菫ちゃんさ、自分が役に立たないって思ってるみたいだけど、そんな事ないからね」
「そんな事、ありますよ。全部、人任せです」
「そうかなぁ。結局今回の件はさ、菫ちゃんが中心なんだよね。菫ちゃんが俺に働きかけてなかったら、性質の悪い爆弾で人が、陣平ちゃんが……死ぬんだろ? 菫ちゃんが俺に助けを求めないと、そうなってたんだろ?」
「そうかもしれない、です」
「何もしなければ、本来はそうなる筈だった。菫ちゃんが手を差し伸べなければね。俺は確かに爆弾の解体ができるよ? でも今回は適切な状況、適切なタイミングで俺の力を発揮するには、菫ちゃんがいないと無理だろ?」

 さらに萩原は勝負に例えて言った。自分達は駒だという。運命に抗う勝負をしているのだという。

「俺達はちっぽけな駒。陣平ちゃんの死を覆す勝負を、誰かと――まぁ運命ってやつと勝負しているんだ。この勝負は俺だけでも、菫ちゃんだけでも勝てない。でも駒が2つ揃った時、初めて勝機があるんだよ。どっちかが欠けてでは、俺達の願いは叶わないんだ。だから、自分が邪魔だなんて思わないでよ」

 萩原の気遣いの言葉が菫に染みた。目が熱くなり菫は慌てて俯く。
 そんな菫の頭を萩原は一撫ですると、終わったら電話をするよと言い残し、風のように目的地へと向かって行った。
 萩原の言葉で菫の心は少し軽くなっていた。



 * * *



「もしもし、陣平ちゃん。まだ生きてる?」
「あん? 萩原てめぇ急に休んでんじゃねーよ! 今日はマジ忙しいつーのに」

 萩原は多少の予想外に見舞われながらも、自分に割り当てられた仕事を終えていた。そして目下、菫とひいては自身の心配の種である松田に連絡を取ったところだ。

「あー、あの爆弾魔の犯行予告だろ?」
「なんで、休んでるお前が知ってるんだよ?」
「まぁ、諸事情によりってやつ? ちなみにお前今、観覧車の中? あの爆弾魔の仕掛けた爆弾、確認できてる?」
「いーや、今向かってる途中だ。もうすぐ着く。だが、爆弾は二つ。観覧車は分かっても、14時に爆発するであろうもう一つの爆弾がどこか分からねぇ。犯行声明の暗号で円卓の騎士から、病院ってのは推測できるんだがな……」

 どうやら、菫の話の通りに事は推移しているようだ。その全く嬉しくない順調な進行状況に、萩原は空恐ろしさを心のどこかで感じつつも、望まない運命に打ち勝つべく打開の言葉を口にした。

「あ、それなんだけど。俺今さ、米花中央病院にいるんだよね」
「……へぇ――」
「それで、爆弾見つけたんだよねー。4年前の爆弾魔が仕掛けたやつと癖がそっくりな爆弾」
「……マジかよ」
「マジマジ。ついでに言うと、もう解体も済んでるんだよね。あとは回収するだけなんだけどさ」
「何だよ。じゃあ、とっと回収しとけよ」

 松田はぞんざいな声で萩原にそんな事を言った。二つの爆弾のうち一つが解体済みという事でほんの少し安堵したような様子だった。だが松田の当然の指摘に萩原が懸念事項を伝えた。

「いや、まだ爆弾回収やそもそも解体済みだって事も伏せときたいんだ。この爆弾魔、遠隔操作で爆弾が起動できるだろ?」
「まぁ、前回の例からすると、今回も遠隔は組み込んでるだろうな……」
「だからだよ。14時に爆発する病院の爆弾がもう使えないとなったら、観覧車の爆弾を効果的に使いたい筈だ。つまり警察の解体は阻止したい。解体前に爆弾魔が遠隔で爆発させる確立、高いよな?」

 そこまで言えば、松田も理解は早かった。

「ちっ……爆弾が残り一つなんて気づいたら解体中の警察を狙うって事か。あぁ、そうだな。じゃあ、犯人に病院の件がバレないうちに、観覧車のもとっととバラすか」
「おぉ、頼んだ! ……ところで、じんぺー君に、お知らせがあります」
「気持ち悪りぃ……何だよ」

 話をすっかり切り替えて、萩原は松田に普段の調子で軽く告げた。松田も無関係ではない、核心について。

「俺が病院にいるのって、実は魔女からのあの貸しを、今まさに返している真っ最中だからなんだよねぇ。菫ちゃんにお願いされちゃった」
「は?」

 萩原の発言で松田はすっかり頭の隅にやっていた、貸し、菫、契約、魔女……と古い記憶を引っ張り出す事になる。

「……って事は諸事情によりって、この爆弾事件を知ってたのもそれか? しかも菫も関係あんのかよ」

 松田は目まぐるしい思考の結果、いとも簡単に萩原の伝えたい事を理解する。

「正解! ていうかさ、今回はどうしても、病院にある爆弾を先に解体しないといけなかったんだってさ」
「なんでだよ? そういやなんで爆弾が仕掛けられたのが、米花中央病院だって分かったんだ? あの暗号、解けたのか?」
「詳しくは全部終わった後でね。でも、病院の件はあの例の魔女が、爆弾の場所教えてくれたって感じ?」
「おい、本当に何者なんだよ、その魔女。それに菫との関係は何だ? どうして爆弾の場所を教えてくれる事になる?」

 矢継ぎ早な松田の質問に萩原は苦笑した。自分だって全て分かっている訳ではない、という苦笑でもある。

「あー……聞いて驚け! というか俺もさっき聞いてびっくりしたんだけどね? あの魔女、ヴィオレって言うらしいけど、菫ちゃんの後見人、養親みたい」
「は!? 魔女と親子って事か? というか実在する人間なのかよ、本当に」
「そうみたい。でも、養子じゃ似てる筈ないよねー。ちなみに予想だけど、爆弾の場所が分かったのは、魔女の能力で未来でも読んだんじゃないの? それより、あの魔女が菫ちゃんの母親っていうのが、似合わなすぎて俺には想像できない……というより理解したくない」
「魔女が未来分かるって、占い師かよ……」

 萩原と松田の魔女と菫に関する一切は、疑問と驚きが重なり過ぎたせいか、感覚が麻痺し出したようである。それは萩原だけでなく松田の中でも、通常では一笑に付すであろう話でも異常であるとの認識が薄くなっていた。二人には不可思議な事柄について、耐性ができつつあった。

「まぁいいわ。もうじきモールに着くし、今からちょっくら観覧車の爆弾バラしてくる。取りあえず、仕事が終わったら例の場所な。ついでに菫も呼べ。色々吐かせるわ」
「え、やだ、菫ちゃんを取り調べ? カツ丼食べさせちゃうの? 陣平ちゃん、ひどい」
「うるせぇ、っていうかうぜぇ。お前は気にならねーのかよ」

 松田は菫を追求したい気持ちがあるようだが、萩原はさほどその点については興味がない。

「んー、前にも言ったけど、そこまでは。不思議な人間もいるんだなー……程度で良くない? 好奇心は猫をも殺す、でしょ? 命大事に、だよ」
「お前は中立的というか、傍観的というか……いいさ、俺は俺でやる」
「お手柔らかにね。借りの相手なんだからね」

 陣平ちゃんにとってもね……とは今は伝えず、萩原は電話口で肩をすくめた。
 そのすぐ後、現場に着いた相方からは適当な挨拶で電話を切られ、すべき事がなくなった萩原はタバコに火をつける。

 松田は現場に乗り込み、今から爆弾処理をするだろう。恐らく問題なく処理できる筈だ。

(陣平ちゃん。菫ちゃんは、俺たち二人の恩人なんだと思うよ? たぶんだけど。借りを返す筈が、また借りちゃった気がするなぁ……)

 なんとなく、あの魔女――ヴィオレが、自分に契約を持ち掛けた理由も菫にあるのではないかと、萩原も気付き始めていた。



 * * *



 ――その後の話。電話にて。

「菫ちゃん、無事に両方の爆弾、解体できたよー」
「! ありがとうございます! 良かったです。お仕事お疲れ様です!」

 正午に起こる筈だった爆弾の爆発のニュースなどが流れていなかったので、成功したのだとは思っていた。だが、本人の口から解体したとの報告を受け、菫はようやく心から安堵の息をつく。

「研二さんも、陣平さんも、怪我はないですか?」
「ないない。病院の爆弾は単純な造りで解体が難しくなかったんだ。すぐ終わったよ。それで速攻陣平ちゃんにも電話。観覧車の爆弾も陣平ちゃんがさっさとバラしてた」

 二つの爆弾の解体は犯人にばれる事無く済んだようだ。犯人は捕まらないが、それは三年後のコナン少年の働きに期待するしかない。

「本当に良かった……。研二さんにはお世話になりました。今度陣平さんにも、お礼させてください」
「別にいいよー。菫ちゃんのお願いは叶えられたし、俺も満足だし。あ、そうだ、病院の爆弾なんだけど……」
「病院の爆弾ですか? そういえば、爆弾は病院のどこにあったんですか? すぐに見つかったんでしょうか?」
「いや、病院に行って、さあ爆弾の場所はどこかなーって調べようとしたらさ……」
「調べようとしたら?」
「いきなり現れた男が、爆弾はあっちですよって、指差す方を探したらあったんだよねー……」
「えぇ!!」

 思いがけない情報に菫は驚愕する。まさか協力者がいるとは思わなかったからだ。しかし、続く萩原の言葉に、思わず乾いた声が漏れた。

「ちなみにその男、金髪碧眼の凄い色男でね。前にあった事あるんだー。夢の中だけど」
「あ、あー……」

 てっきり第三者かと思っていた菫は、金髪碧眼で誰の事なのか悟ってしまう。しかし、ノアが人知れず自分に協力していてくれた事を知り、菫は心が温かくなった。きっとヴィオレも何らかの方法で、自分達をフォローしていてくれただろう事を菫は確信する。

「菫ちゃん、そいつ知ってる?」
「えーと、もしかしなくても、私の知ってる人ですね。ノアさんです。私のもう一人の養親。私の父、ヴィオレさんの旦那さんですよ」
「だよね! 菫ちゃんの関係者だよね! そう思ってた! ……ところで今晩、夕飯一緒にどう? 陣平ちゃんも来るけど聞きたい事があるんだって。付き合ってやってよ。今からメールする場所にあとで来てくれる? じゃ、よろしく!」

 萩原に一方的にそれだけ告げられ、菫は電話を切り上げられてしまった。

「え……うぅ、どうしよう……ヴィオレさん達について来てほしいぃ」

 菫にとってはあまりよろしくない展開だ。何か色々聞かれそうな雰囲気が、ひしひしと伝わってきた。自分に追及の手が及びそうな事に、どうやってやり過ごそうかと菫は一人、肩を落とした。



このあと夢主は単身待ち合わせの店に赴き、後見人たちの助言虚しく結構な情報を爆処組に吸い上げられました(萩はともかく、松に黙秘は通じない)。松田さんの出番少なかったのが心残り。
それよりまず、若かりし頃の警察学校組がきゃっきゃしている話を書けよ、とも思うのですが、まず彼らが助かってないと始まらないというか、楽しい話に手がつかない……。そのうちに警察学校組の学生時代の話を書きたいです。


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