Cendrillon | ナノ


▼ ∴ヒロ≒スコッチ
とっても短い。大学生時代の一コマ。


「え、ヒロくん、ヒゲ伸ばしてるの!?」

 留学先から一時帰国し、真っ先に会いに行った幼馴染の片割れの容貌が少し変化していた。
 菫は帰国の挨拶も忘れて、真っ先にそれを指摘する。

「ん? そういや、菫ちゃんはこれ見るの初めてだったか?」
「初めてだよ! 最後に会ったのは留学する前だったけど、ヒロくんのお肌、つるりとしてたもの……。何だか違う人みたい」
「似合わないか?」

 菫の様子に、景光は髭の生えているフェイスラインを指先でなぞりながら、反対に菫に尋ねてきた。

「うーん……」

 菫は思わず首を傾げる。その問いに答えるため、菫はじっくりと景光の顔を見つめた。

(これって……スコッチっぽい? 警察学校を卒業した時にはもう生やしてたみたいだけど、個人的にはやっぱりスコッチの印象……)

 今回景光の顔を見るまでは、髭のない景光が菫にとっての景光だった。
 もちろん髭を伸ばすのを菫は知っている。だが、長い幼馴染期間でその事実は上書きされていた。

 髭のある景光を見て、菫は忘れていた訳ではないが、未来の彼をどこか別人のように認識するようになっていたのかもしれないと気付く。そして今、急激にスコッチの事を意識してしまった菫は、景光に対して一気に知らない人……スコッチの印象が強くなった。

 本音を言えば、見たくない未来を連想してしまうせいか菫は今の景光が少し苦手である。だが、それは未来に対する印象で景光の聞く意味とは違うだろう。
 菫はもう一度改めて景光を見つめ直す。純粋な印象をポツポツと述べた。

「……ヒロくんはヒゲがあると何だろう、大人って感じがする。月並みかな? でもカッコいいよ。似合ってると思う。遊び心がある感じ?」
「ふーん。意外と好印象? 女の子はヒゲが苦手かと思った。というか、前の方が良くなかったのかな」

 菫の言葉を悪いものだとは思わなかったのだろう。景光はどこか嬉し気だ。しかし、最後の発言には菫も否定した。

「そんな事ないよ! 前のヒゲがないのも好きだよ? ヒロくんはお肌がつるっとしてると、端正に見えるって言うのかな? 何だか好青年風だよ。あとはスマート? スーツとか着たら、きっとエリートビジネスマンに見えると思う」

 決して前の状態も嫌いではないのだと菫は力説した。自分で自分の言葉に納得して、菫はうんうんと頭を前後し首肯する。
 だが、そこで低い声が菫の勢いにブレーキを掛けた。

「菫……そろそろ僕の相手もしてくれないか……」

 声の主はその場に一緒にいた、零だった。眉間にしわを寄せ、不機嫌そうである。

「あ……零くん。……ただいま? ヒロくんもただいま、だね」
「はい、おかえり」
「……おかえり。まさか今の今まで無視されるとは思わなかったよ、菫」

 菫の所業を思えば致し方ないのかもしれないが、零の機嫌は簡単には戻らないようだ。

「む、無視してた訳じゃないんだよ? ただ、ヒロくんのおヒゲ、初めて見たから珍しかった、の……」
「ふーん」
「ご、ごめんね。……そういえば、零くんはヒゲとか伸ばさないのかな?」

 話をすり替えるつもりではなかったが、菫がそう聞いた途端、噴き出す者がいた。

「ぷっ!」
「え、ヒロくん、なんで笑ったの?」
「……僕にヒゲが生えづらいからだ」
「いや、ゼロも生えるには生えるんだ。でも、ちょろっとだけなんだよな? 面積に対して分布がまばらって感じ?」
「うるさい。良いんだ、どうせ僕はヒロほど似合わない」

 いまだ肩を揺らしている景光を零が小突いた。何故だか零は恥ずかしそうだ。
 菫からすれば、こまめに手入れをしないといけないだろうから、髭なんて面倒そうだ……と思う。
 だが男性としては例え面倒でも、髭が生えないのは何かしら格好がつかないものなのか? と菫は首を傾げた。



 * * *



 零と景光のじゃれ合いが済むと、菫はある事を景光にねだった。
 それに景光は若干戸惑ったようだったが、菫は一応了承を得る事ができた。相手の気の変わらぬうちに……と言わんばかりに、菫はサッと片手を伸ばす。

「ふふ。チクチクするね」

 菫が手を伸ばしたのは、景光の新たなトレードマークである。
 そろり、と顎のラインを撫でるように菫は触れた。どうやっても自分には持ち得ないものなので、好奇心は尽きないのである。触ってみて思う事は、少し硬いかな、だ。髪の毛などと比べれば芯があるように感じた。

「……菫ちゃんに触られると、なんかソワッとするな」

 どこか居心地悪そうに目をうろつかせながら、景光は顔を赤くしている。

「菫。男性のヒゲから細菌が大量に発見されているのは知っているか? 一説によると、犬の毛より菌が多い場合もあるそうだ」

 そこに零が持ち前の引き出しの広さで雑学を披露した。

「おい、ゼロ! なんでそんな事、今わざわざ言うんだよ。しかも犬よりって……菫ちゃんもそこで手を引っ込めないでくれる?!」

 傷付く! と悲愴な声を上げた景光に、菫は再度……今度は両手を伸ばして謝った。

「えへ、嘘、冗談だよ。ヒロくんは綺麗好きだもんね。そんな心配してないよー」

 向かい合った菫が笑いながら、両手で景光の顔を包み込むように撫でる。

「……」
「ちょっ……ゼロ。これは俺のせいじゃないだろ。自業自得だろ」
「…………」
「怖いんですけど!」

 絶対零度の瞳で睥睨された景光は、名残惜し気に菫の柔らかい手を引き離したのだった。



スキンシップでドキッとすればいい。


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