Cendrillon | ナノ


▼ :将来の夢


「最終目標は警察学校」
「通過点としては、法学部のある大学かな?」

 菫は大体の予想はしつつも、幼馴染の二人に聞いてみた。進学先はどこにするの? と。
 高校一年の変哲のない放課後。進路希望調査なる書面が配られたある日の事だ。

「という事で、僕とヒロは○○大学だな」
「○○大……やっぱりそっかぁ……」

 挙がった大学名はこの日本では誰もが知るレベルの高い大学だった。
 着実に自分の知る未来へと近づいているなぁ……と、何とも言えない気持ちが菫には湧き上がってくる。
 既にこちらの世界で暮らすようになって十年は経つ。菫はやっとここまできたか……と、どこか感慨深い思いも覚えていた。だが、菫が何より夢見る未来は、今後の働き次第だという事もひしひしと感じていた。

(零くんが、みんなが笑っていられる世界が見たい。守りたい……!)

 菫が夢見るのは誰も欠けない未来だ。黒ずくめの組織の問題も将来に影を落とすが、今はむしろまだ出会っていないが零の心の拠り所になるだろう新たな友人たちの、その悲劇を防ぎたいと思う。ただその思いが年々強くなる一方で、具体的な対策案が思い浮かばないのが菫の悩みの種だ。
 ちょうど菫がぼんやりと、どうしようか……と答えの出ない物思いに意識が飛びそうになったその時だ。景光からも菫の進路について質問が飛んできた。

「そういえば菫ちゃんの進路は聞いた事がなかったなぁ。この高校を選んだのだって、通学しやすくて学力的にも問題なくて、ついでに俺達も行くからとかそんな理由だって言ってたろ? 菫ちゃんはどこ行くつもりなんだ? 一応進学だろ?」
「流石に警察学校までついて来いとは言わないが、特に決まってないなら法学部なら菫も潰しが効くんじゃないか? 検事、弁護士は……菫は興味なさそうだけど」
「法曹関係じゃなくても、法律に強いと就職先は公務員に一般企業と、どこでもいけそうだよな?」

 明確な志望校がないならば……と暗に零と景光は自分達と同じ大学を推しているようだ。しかし、菫は首を傾げつつも一切迷いがない様子で答えた。

「私は――就職、かなぁ……」
「は?!」
「え、菫ちゃん、大学行かないの?」

 菫の予想外の返答に、普段は冷静沈着な二人がギョッとした声を上げ、大きく身体を揺らした。



 * * *



「菫が就職組?」
「え……本当に?」
「何でだ菫。大学に行けないほど頭は悪くないだろ?」
「普通に頭良いじゃないか、菫ちゃんは」

 菫が学力が足りずに就職だと言っている訳ではない事くらいは零と景光も分かっているだろうに、とりあえずそのように言わずにはいられないようだ。しかし、菫は幼馴染達の過大評価が少し辛くもあった。苦笑しながら菫は手を横に振る。

「零くんとヒロくんほど良くないよ」

 謙遜でもなんでもなく、菫の学力は一般人レベルである。もし進学を考えていたとしても、零と景光の進む大学は選べない。前の世界での経験の分が加算され、この世界で幼少からやり直していた上でもだ。

(前の世界の経験値を引き継いでも、零くんとヒロくんについて行くのが精一杯だからなぁ。この高校だって学力的にはギリギリだもの。なけなしのプライドでそんなところは見せないけど!)

 必然的に下駄を履いているという恵まれた状態でも、幼馴染達と共に行動しようと思えばギリギリなレベルなのは菫が誰より自覚している。
 それも仕方ないといえば仕方ない。如何せんこの世界の人間……特に目の前の幼馴染二人が優秀すぎた。菫は自分の下駄は大した物ではないと、事あるごとに実感させられている。

「でも、えぇ……本当に菫ちゃん、進学しないの?」
「就職が悪いとは言わないが、でも、まだ早くないか?」

 意外なほどに二人が慌てている姿はなかなか貴重な光景だなと、菫は若干他人事のようにその様子を見つめる。

「ヴィオレさん達はなんて言ってるんだ? 菫に大学に行ってほしいと思ってるんじゃないか?」
「そうだよ。あの二人は反対しないのか?」
「あ、そのヴィオレさんとノアさんの仕事の手伝いをしようかなって思ってるの」

 ジワジワと近づいてきている未来への備え。黒ずくめの組織への対策のために菫の代わりに動いてくれている二人の補佐をしたいのだ。
 だが、そんな事をもちろん知らない零と景光は、ヴィオレ達の仮初めの生業を思い浮かべていた。

「あの二人って、美術商……美術品の売買がメインの貿易商とかって言ってたっけ? 今まで詳しくは聞いてなかったけど」
「よく海外に行っているのは知ってるけど、菫もそういうのに興味あったのか?」
「んー……」

 まさか魔術師としての仕事が忙しいなどとは、とても世間に公言はできない。そのため、日本で住むにあたってヴィオレとノアは、日本と海外を行き来するのに不自然でない、貿易関連の仕事だと周囲に思わせていた。

「仕事自体に興味がある……というのとは違うかな?」

 菫は首を捻りながら、何と言えば納得してもらえるだろうかと考えた。

 ヴィオレ達は魔術師としての職務と並行して、黒ずくめの組織関連のあれこれに手を尽くしてくれていた。その上で日本で怪しまれない程度に活動実績を残してもいる。それらしい貿易事業も仕事の合間をぬって二人はこなしているのだ。
 だがそれ故、二人は多忙を極めつつあった。しかし、人手が欲しくとも事情が事情のため、何も知らない一般人を雇い入れる訳にもいかない。かと言ってこの程度の事で、貴重な他の魔術師の手を煩わせる訳にもいかない。その点、自分はうってつけだと、菫は思うのだ。
 
「ヴィオレさん達が忙しいという理由もあるけど、お手伝いしながら私自身もやりたい事があるんだよね」

 手伝いたい気持ちに嘘はない。だが、ヴィオレとノアにほぼ丸投げしている黒ずくめの組織関連の仕事で、自分にもできる事はないかと菫はいつも考えていた。今後、ますます組織関連の仕事は増える筈なのだ。
 ただ自分には特別な力もなく、ヴィオレ達の多大なる協力を一方的に享受している状況が居た堪れない。また何より、零や景光、そして警察学校で出会うだろう彼らのために、菫は何かがしたかった。まだ何ができるかは菫自身にも分かってはいなかったが、それでも大学に費やす時間を他の事に回したいと思うのは焦燥感の現れかもしれない。

「菫のやりたい事って何だ?」
「え……色々! 色々だよ!」
「菫ちゃん濁すね。そんな秘密にする事なの?」
「ぇ……」

 景光が腕を組みながら、何やら考え込み始めた。それに菫は内心顔色を変える。

(ヒロくんの目の色が変わった……これはまずい兆候! 何がそんなに気になったの?!)

 景光に限らず、この洞察力が鋭い幼馴染たちが本気で知りたいと思えば、何だかんだと菫は情報を引き出されるだろう。それは今までの経験から確実だ。二人に掛かれば、菫の秘密が丸裸になる可能性がある。
 ただ彼らは菫を慮って、菫が嫌がる様なプライベートな繊細な情報についてなどは、今まであえて触れるような事はしなかった。しかし、今回は少しそれらからは外れそうな案件だ。追及されたら何を言ってしまうか分からないと、あわあわと慌てる菫に零から声が掛かる。

「なぁ、菫。ヴィオレさん達の負担を減らしたいって言うだけなら、やっぱり考え直した方が良い」
「……そうだね。二人とも喜ばないよ、きっと」

 その問いによって景光の疑問は一旦立ち消えたようで、零からの問いは結果的には助け舟だった。

「でもね、私――……」
「それに、大学を出た方が、後々のためになるんじゃないのか? 一般論だけど」
「そうだよ、菫ちゃん。今はまだまだ学歴が重視される風潮だしさ」
「それは分かる、けど……。うーん、どうしても学びたい事がある訳じゃないから……」

 零と景光の畳みかける声に菫の言い分はかき消される。
 また零たちの言う通り、学歴のあるなしが後に大きく影響するのは菫ももちろん知っていた。だが、今の菫にとっても譲れないものがある。

「私、大学ではできない事をしたいの。まだそのしたい事は、はっきり決まってないけど……」

 譲れない思いではあるのだが、自分の率直な発言を実際耳で聞いてみると、何とも微妙な気分になった。菫は頭が痛くなりこめかみを押さえる。何がしたいのかが明確ではないため説得力に欠けるのだ。

(今のはまずい。まるで大学生が休学して、自分探しのヒッチハイクの一人旅に出る! って宣言するくらいまずい……)

 菫自身もその無謀な発言をした者の家族ならば、考え直すように諭すところだ。
 案の定、零と景光は納得できなかったらしい。

「菫。もう少しそのやりたい事が具体的じゃないと、応援もできない」
「確かにそれなら、大学に通いながらしたい事を探すのもいいんじゃないかって、勧めたくなるよ」
「うぅぅ……。でも、まだ3年生になるまで時間があるから、それまでに探すもの。それにこんな事言ってるけど、まだヴィオレさん達には相談してないから――」
「なら菫、ヴィオレさんとノアさん、今日は家にいるか?」

 今日の夜にでも相談してみようと思う……と菫が全てを言う前に、零がヴィオレ達の在宅の有無を聞いてきた。

「え? 夜はいる、けど……?」
「俺達も一緒に帰るから、連絡しておいて」
「……うん? 零くん?」
「今の時代、どれだけ大学進学が重要か、二人に説明しないといけないからねー」
「零くん、ヒロくんも、本気?」
「「もちろん」」
「えぇー……」

 内心、先生なの? 家庭訪問なの? と菫が思ったのは秘密である。



 * * *



 結果的に、菫は数多ある選択肢の中から外国語大学に進学する事になる。

 菫としては、大学生活の諸々にかかずらうつもりは一切なかった。しかし、ヴィオレとノアも、菫が進学しない事に難色を示したという事もあり、多少の計画変更が生じたのである。
 もちろんこの結末もひとえに、零と景光の説得が大いにあった事は言うまでもない。

 それでも菫は大学生活には憧れも情熱もない。学ぶべき事も思いつかない。そのため、ヴィオレからのギフトと言っても良い堪能な英語をフル活用して、自由時間を捻出できそうな大学に進学を決めたようだ。
 それでも幼馴染二人は大いに安堵したのだが、それはのちに意外な結果をもたらす。


 ・
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「まさか菫が、海外の提携大学への留学生候補になるとは……」
「本当になぁ……」
「良い機会だから行ってくるね! しかも留学期間中の学費も免除なんだって!」

 大学二年の年に交換留学で菫が日本を離れる事になるとは、さすがの彼らにも想定外ではあった。

 また余談だが、菫が日本を離れたという事で、ヴィオレ達が日本に拠点を置く必要もなくなった。現在、黒ずくめの組織は海外が主な活動地域のようで、活動の場所をヴィオレ達も海外に移す事になる。

 だが、菫達の長年住んだ古い洋館が手離される事はなかった。いずれ黒ずくめの組織が日本で大々的に活動をする事と、留学中でも菫は特別に時間を作っては日本に帰国したからだ。

 そして家人のいない洋館の管理は、零と景光に託される事となる。管理を請け負う事と引き換えに、自由に使わせているとの事だった。それをノアから聞いた菫は何となく、近い将来の工藤邸のようだと軽く笑ってしまうのだった。



考察サイトなどを見ると、降谷さん大卒だとちょっと厳しいらしいですね。ですが、「公安はエリートなので、ほぼ大卒」という意見がありまして。それに妙に納得してしまったので、当サイトではそれを採用します(ついでに赤井さんが大卒なのに、安室さんが高卒ってしっくりこない)。


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