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彼の身体は確かにそこにあった。
手を伸ばせば届き、私の手よりも少しだけ温かい体温を感じることができた。隣で背中を向けて丸くなって眠る彼を見て、なぜだか急に泣きたくなって、その背中にぎゅうとしがみつく。胸いっぱいに尾形さんの匂いを吸い込んで、息を止める。背中に額をくっつけて、頬で少しだけ彼の背中を撫でる。尾形さんは少し体を捩って、それから私の手の甲に自分の手ひらを重ねた。

「眠れないのか」

尾形さんは振り向かずにそう呟いた。寝起きの少し掠れたような声。戦争のせいなのか、軍人だからなのか、元々持って生まれた性質なのか、分からないけど、彼は私が動いたり声をかけたりすると必ず目を覚ますのだった。彼の眠りを妨げるのは申し訳なくも思ったけれど、そうやって私が不意に寂しくなったり不安になった時に彼がいつも側にいてくれるのは、心強くもあった。

「なんだか、悲しい夢を見たような気がする」

私は尾形さんを後ろからぎゅうぎゅう抱き締めて彼の背中にピッタリ顔をくっつけながら答える。尾形さんはなんだか少しだけ困ったような呆れたようなどちらともとれない溜息を漏らして、気怠そうにこちらへ寝返りをうって身体を向けた。それから半泣きの私の顔へ掛かる髪を後ろへそっと掻き上げて「どんな夢だ?」と聞いた。私は、よく覚えていないけれど、なんだかとても、悲しい夢だった。と言う。目が覚めた時には心がとても寂しくて、悲しかったのだ。どんな夢だったか、思い出せもしないのに。
尾形さんは私の頬を掌で包んで、溢れかけている涙を親指で掬うように拭い、「覚えてない夢なんかで泣くな」と言った。私はそれでもまだ悲しくて、靄がかかって幻のような尾形さんにしがみつき、「いなくならないで」と呟く。彼は、今度こそ呆れたように、吐息を漏らすような笑い方をした。「俺が死ぬ夢でもみたか?」と言った。嗚呼、そうかもしれない。だって、こんなにも虚しくて悲しくて理性で抑えきれない感情、腹の底から押し寄せてくる悍ましく抗うことのできない真っ黒い感情は、きっと、そう。尾形さん、私が死ぬまでそばにいて、わたし尾形さんより先に死にたい。そう言いかけて、言葉を飲み込む。

「いなくならないでね」
「分かったから目を閉じろ」

尾形さんは私を仕方なげに抱き寄せ、私の額に唇を当てて髪を撫でた。私は目を閉じる。
今、彼がそばにいて、私に触れていて、ぬるく、柔らかく、微睡むこの時間のうちに、ずっと留まることができたなら。あるいは、今の今、この幸福な瞬間に死んでしまえたら、どんなに幸せだろうか、と。
私は、またゆっくりと底のない暗闇へ沈む。



(2022.04.08/慟哭)


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