館の中の銃声が止む。
制圧したのだろうか。
静かな廊下を一人で進み、奥の部屋の扉を開ける。
薄暗い部屋の中に窓から嫌に明るい夜の明かりが差し込んでいた。窓が開いている。吹き込む風にレースのカーテンが揺れる。取り逃がしたか?
俺は銃を握っていつでも撃てる体勢で部屋の中へ足を踏み入れた。派手な絨毯が不愉快な気にさせる。濃い赤色のそれは人の血の色と同じに見えたが、暗いから、なのかもしれない。昼間に見れば鮮やかで美しいのだろう。絨毯のおかげで足音が吸収されて周りの音がよく聞こえた。寝室のようだった。大きなベッドがひとつあり、布団が不自然に盛り上がっている。そこにまだ隠れているのか、窓から逃げ出したのを追われないように時間稼ぎをしようとしたのか、あるいはまだ部屋にいて、別のどこかに隠れているのか。
俺は銃を構えて近づく。
手っ取り早く撃ち抜こうかとも思ったが、確信がない。
周りを見回しながらゆっくり近づいていく。布団の盛り上がった部分に銃の先を当てる。ドッ、と何かにぶつかる。それは銃口が突きつけられた弾みで少し揺れた。
俺が引き金を引く寸前に「待って!待って!」と女の声がした。
布団が勢いよく捲れて若い女が顔を出して、「見つかっちゃった」と、奇妙に笑った。この状況で何を笑っているんだこの女。この家の娘?こんなバカみたいなのが?
寝巻きのような服を着ているその女はベッドの上にちょこんと座った。俺はその女に銃口を突きつけたまま目を細める。
彼女は怯えた様子もなく俺をじっと見つめて、銃に手を添えた。
「触るな」
「どうして?私が持ってたら絶対に私に当たりますよ」
「自殺願望でもあるのかお前」
「ないですよ」
いやですね、と彼女は言う。
家の中に突然軍人が押し入ってきて家族女中を皆殺しにされたことで頭が狂ったのだろうか。俺は気味が悪くて早く立ち去りたい気持ちになる。こんなのと会話して何になる。早く殺せ。
「軍人さん、自ら命を絶つのは人間だけだそうですよ」
女が口を開く。
「生き物には生存本能がありますし、自ら死を選ぶのは自然ではないそうです」
誰かに殺されたり、病気で死んだりするのは仕方ないことですけど。と彼女は言う。俺は黙って返事をしない。
「あなたも、今日と同じ明日が来れば幸せだって思うことあるでしょう?それは脳みそが、生き延びた今日と同じ明日が来れば、生き延びられることをわかっているから。人間は、変化を嫌うんですよ」
「…何を言っているのかさっぱり分からんな」
「自死というのは、人間にしかできない、ある意味自然や本能を超越した行為なのかもしれませんよ」
それって、すごいと思いませんか?
彼女は俺に同意を求めるように言い、首を傾げる。
「神様だって、想定していなかったはずよ」
俺の銃を握っていない方の手を彼女が布団の中に伸ばす。俺が引き金を引くのより少し早く彼女の手が銃を横に押し、銃弾は彼女を微かに逸れてベッドを穿った。俺は女を振り払って距離をとってもう一度構え直す。
彼女は取り出した拳銃を自らのこめかみに当てて笑う。
俺は無意識のうちに気味の悪いこの女に動揺したのか、脳がうまく指先に指令を出せず撃てなかった。彼女は形容し難い不快な色を瞳に湛えて俺を見上げていた。
「ねぇ、私は今から神様にも運命にも抗うの」
「あなたにも」
彼女の指が引き金を引く。
(2022.05.10/あした)
自由意思。
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