戦争が終わると佐一さんは村に戻ってきた。
寅次さんの骨を抱えて。
剣持家の庭先で、おばあちゃんと何かを少しだけ話していたけれど、梅子さんが近づくと彼はそのまま背を向けて、言葉を交わすことなく剣持家をあとにした。
遠くから見ていた私には、何を話していたのか分からないけれど、心がざわざわして、急いで後を追った。
軍帽を深く被って、何かを切り捨てるように再び村を出ていこうとする佐一さんに声を掛ける。
彼は立ち止まって振り返って、昔と同じように笑う。
「元気だった?」
顔の傷には似合わない優しい声で彼は言う。
私がどこへ行くの?と聞くと、佐一さんは言葉を選ぼうとしたのか、少しの間を挟んでから、「北海道では砂金がとれるらしいんだ」と言った。
私がぽかんとしていると、「寅次の頼みでもあるんだよ」と、あいだを埋めるように話す。あぁ、梅子さんのためなのだ、と、私の心に暗く影がさしてゆく。
狭い村だから、梅子さんの目が病気で少しずつ見えなくなっていることは、みんな知っていた。佐一さんが村を去った後、梅子さんがとても悲しんでいたことも。
「佐一さん、ここにいて」
私が言うと、彼は少しだけ驚いたような困ったような顔をして、それから昔と同じように、もう大人になった私の頭をポンと撫でて「また戻ってくるよ」と言った。
佐一さん、軍帽なんて、似合ってないよ。
言おうとして、やめる。
(2022.04.26/もういかなくちゃ)
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