行きはよいよい
帰りは怖いーー…



かみさまの こども



ーー… ♪



土方の屋敷に出入りしている若い女が、庭の洗濯物を取り込みながら、昔聴いた子守唄を口ずさむ。俺は火鉢に身体を寄せたまま、畳の目を数えながら聴いていた。思い出しては懐かしむような記憶でもないので、愉快不愉快の感情は湧かなかったが、それでも何処か何かに引っ掛かるような、異物感だけは消えなかった。

彼女は庭から洗濯物を両手いっぱいに抱えて帰ってくる。そして、俺のいる広間に入ってくるなり、きゃっ!と小さく悲鳴をあげて急に落ち着きが無くなる。


「お、尾形様…!」


勝手に驚いて耳まで赤くする彼女に、はっ、と笑うと、彼女は恥ずかしそうに俯いてバタバタと慌ただしく洗濯物を畳み始める。歌を聞かれたのがそんなに恥ずかしいか?と呆れながら、ごろんと横になる。



「いつお戻りになられたんですか?」
「お前が屋敷に来た時からずっといたぜ」
「こ、声かけてくださいよ…!もう…」



俺はごろごろしながら彼女の方を見る。彼女はまだ顔を赤くしたままゴソゴソと俺に背を向けるようにして顔を隠そうとしたので、随分上機嫌だったな。と追い討ちをかけるように茶化してやると、彼女は、意地悪しないで下さい、とボソッと言った。



「機嫌が良くて子守唄を歌うヤツは初めて見たな」
「…っ、つい、頭の中で、流れてて…」
「他にも流行りの歌あるだろ」


俺は火鉢に手を当てる。じわりと温く皮膚から骨まで熱がぼうっと響くように伝わるのがなんともいえず気持ちがよかった。彼女はここへ向かう途中の神社で七五三の御参りをする家族を見たのだと話し始める。それをぼんやり眺めていたら、小さい神社で配りきれないから、と、神社の人から千歳飴のお裾分けを貰ってしまって、と。彼女は部屋の隅からいかにもめでたいというような派手な袋を引っ張ってくる。中から紅白の長い棒状の飴を取り出して、「尾形様もおひとつどうですか?」というので断った。



「それで懐かしくなったのか?」
「いいえ、七五三の御参りはしたことがありませんので、どんなものなのか知らなかったんです」
「俺も記憶にないな」
「千歳飴って、存外柔らかいんですねぇ」



彼女はそう言いながらポキンと折って一欠片口に含んだ。それからもう一欠片ほど折って、俺に差し出す。
俺が、大人しく口を開けると、彼女は少しためらったが遠慮がちに俺の口の中へ飴を入れる。ぐにゅ、と独特の柔らかさの変な飴だった。ただ、甘い、砂糖の味がする。



「七つまでは神の内なんだそうです」
「七つまでは神の内?」
「ひとは、七歳までは神様の子どもだそうです。七歳まで生きられなくても、神様のところへ帰っていくだけだと、早くに子どもを亡くした親たちの、悲しみを乗り越えるための優しい言い伝えですね、きっと」
「へぇ」
「私の母は、私が七つになる前に亡くなったので、…私が母の子どもになる前に、母がいなくなってしまったのかもしれないって。ずっと地に足がつかないような気持ちなのは、もしかすると、そのせいですかね」


彼女はそう言って少し寂しそうな笑い方をした。
それはお前が母親の愛情知らずに育ったからだろう。と言いかけて、やめた。俺も…、母親にとって俺も、父親の幻影か、あるいは神様の子どもか、そのようなものだったのかもしれないと柄にもなく思ったからだった。理屈の通らない話は好きではないが、正論が全てでないことも分かっていた。言い伝えや伝説や信仰はそれだ。
俺は身体を起こして火鉢に手を翳す。彼女は洗濯物を畳み終えて、膝の上に置いた手をぎゅっと握っていた。



「寒いのか?」
「あっ、いえ…」



俺が殆ど火鉢を抱きしめているので彼女が寄れないのかと気を遣って歩み寄ったが彼女はただの癖ですと遠慮した。



「不安な時に自分の身体のどこかを触ったり、手を握ったりするのは、自分を安心させるためって昔どこかで聞いた気がします。幼い頃に母親や父親が触れてくれた安心感を頭が覚えていて…」


彼女はそう言いながら、自分の手元に目を落とす。


「自分で自分に、それと同じことをしているんですって」


彼女は右手で左手を包んで撫でている。


「記憶にはないですが、母も、私の手を握っていてくれたのかなって、思うんです」


俺は無意識に前髪をかき上げようと手を額に当て、ふと我に返ってその手を下ろした。彼女はまだ下を向いて自分の両手を愛おしそうに眺めていた。



「こっちへ来い」
「…えっ?」
「いいから早く来い」
「はい…」



彼女は驚いたような怯えたような顔をして、露骨に警戒しながら火鉢を挟んで俺の正面に正座する。俺が手を差し出すと、彼女は困惑したように俺の顔を見上げる。「冷えてんだろ、手」と言うと、彼女は、はっと息を呑んでさっきと同じでまた耳を赤くする。物分かりが良いのか、自意識過剰なのか、際どい危うさだな、と思いながら差し出された彼女の冷たい手を握る。火鉢の熱が俺の手と彼女の手をゆっくり温めていく。
過去に縋らなくたって、やっていける。



(2022.04.25/神さまのこども)


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