ずるりと頬を生温いものが伝う。
俺は片手でそれを拭う。手のひらにはねばついた血液が糸を引く。なんだ…?これは。どろどろ溶ける様に流れ出る液体と一緒に、ばたり、と、足元に目玉が落ちる。反動で飛び散った血が靴の先を汚した。視野が欠ける。いや、元々無かったのかもしれない。麻痺しているのか痛みは感じなかった。暗闇が半分を覆う。
ふと目を開けると、俺は片手に軍刀を握って、男の肩口に突き刺していた。抵抗しようとする身体を抑え込んで。
男の側には拳銃が転がっていたが手を伸ばしても届く距離ではなさそうだった。俺は男を抑えたまま軍刀を引き抜き、もう一度振り翳す。血が滴って男の顔や身体に落ちる。彼は目を開けたまま俺をじっと見据えていた。なんで、こんなに嬲っていたんだっけ。白昼夢の名残のせいで頭がはっきりしない。いや、どっちが白昼夢なんだ?俺は欠けた視野を認識する。男が俺を押し退けようと力を入れて抵抗する。足をばたつかせるのが鬱陶しかった。なんで人間には手足があるのか?邪魔だな。心臓にちゃんと突き刺して楽にしてやろう。振り翳した軍刀を、思い切り振り下ろした。
「兄様」
勇作の声がする。あぁ、またか。もう話し掛けてこないでくれ。俺は渋々振り返る。勇作は嬉しそうに笑い、俺の肩に手を置く。柔らかい日差しが差し込んで勇作の白い肌を透かす。俺はそっと手を掴んで離し、「勇作殿、目立ちすぎですよ。あまり俺と親しくするのは勇作殿の体裁を悪くするのでは?」嫌味で言ったわけでは無かったが、勇作は少し寂しそうな顔をして、それからすぐにまた笑顔を作る。いや、作ってはいなかったのかもしれない。「そんなのは関係ありませんよ」何者にも忖度しない、己の意思で選択する。それは贅沢な自由だ。俺は勇作の顔を見る。曇りのない瞳が俺の心臓を止める。
身体を揺さぶられて目を開けると、見慣れた顔があった。
俺は不思議と安堵した様な変な気持ちが湧き上がるのと同時に澱んだ曖昧な感情が絡みついて気持ちが悪く不愉快になる。
「尾形さん、だいぶ魘されてました」
「起こすの、迷ったんだけど、苦しそうだったから」
彼女は困った様に報告と言い訳を同時にした。
俺は身体を起こして周りを見回す。和室に敷かれた布団はこれだけで、あとは綺麗に畳まれていた。急に気分が悪くなる。俺が立ちあがろうとするのを彼女が支える。目の前がぐらぐら揺れて全てが溶け合わさるように歪む。
「気持ち悪りぃ」
和室を出ると縁側があり、中庭がある。
俺は彼女に支えられたまま裸足で中庭まで出て、耐えきれずに嘔吐した。砂の上に膝をついて空の胃から胃液だけが吐き戻される。彼女は少し慌てて俺の背中を撫でながら「お水もらってきます」と走ってどこかへ行った。
最悪だ。目玉を抉られたせいなのか、それともくだらない夢のせいなのか、分からなかったがとにかく気分が悪かった。うっ、と何度もえずいて、腹を抑えて蹲ったまま目を閉じる。
もう。何も見たくない。
(2022.04.22/醒悟)
両目を塞ぐ
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