ぼー、っとする頭で、尾形さんのことを考えていた。
春らしい少し霞んだ白い陽射しがレースのカーテンの隙間からゆらゆらと揺れて、少しだけ開いた窓から土くさいような新芽のような、独特の匂いが吹き込む。


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目覚めて身体を起こすと、なんだかずっしりと身体が重くて頬が熱かった。額の内側で、ごーん、と鐘を鳴らされているような、鈍く長く続く痛みを感じて、あ、お熱かもしれない、なんて思っていたら、隣で眠っていた尾形さんも私が起き上がったのと同時に目を開けて、顔だけこちらへ向けて「お前、なんか顔赤くないか?」と言った。彼は手を伸ばして私の頬を触って「ん、熱っぽいな」と言いながら身体を起こす。半身を起こした尾形さんの肩にそのまま縋るとなんだか少し身体が軽くなったような気がして、気持ちがよかった。

尾形さんは私を抱き寄せるように腕を回して、そのまま額にぺたりと手のひらを当てる。私の体温より少し冷たいその手が心地よくて目を閉じる。ちゅっ、と唇が触れて、私はびっくりしてすぐに目を開ける。尾形さんは目を瞑って暫くそうしていた。閉じた彼の瞼のきわから伸びる睫毛がなんだか羨ましいくらい長くてきれいだ。

「もう少し寝てろ」

尾形さんは唇を離して私の身体を押してベッドへ沈める。それからもう一度軽く唇を重ねて、ゆっくりと起き上がる。私はぼやっとしたまま尾形さんがベッドから立ち上がって身支度をするのを眺めていた。尾形さんは着替えを終えて私に布団を掛け直し、何か思い立ったように流しへ向かって冷えた手拭いを手に戻ってきて、私の額にそれを載せた。ひんやりとして気持ちよくてまた私は目を閉じる。足音が遠ざかって、尾形さんが扉を開けて出て行く音がした。



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どのくらいそうしていたか分からないけれど、気づいたら眠りに落ちていたみたいで、私はまたふと目を開ける。
ぼー、っとする頭で、尾形さんのことを考えていた。
春らしい少し霞んだ白い陽射しがレースのカーテンの隙間からゆらゆらと揺れて、少しだけ開いた窓から土くさいような新芽のような、独特の匂いが吹き込む。尾形さんは、どこへ行ったんだろう。部屋を見渡しても彼の姿はなくて、私は額に乗っかっている、もう温くなった手拭いをひっくり返した。


「目が覚めたか?」


尾形さんの声がして私はもう一度部屋を見渡す。
尾形さんは隣の部屋から何か手に持って入ってきて、ベッドの側まで歩み寄り、私の額から手拭いを取り去って自分の手のひらで私の額を触った。私はまだ寝ぼけてているのとぼんやりするのとで、ただ尾形さんの顔を見詰めていた。

尾形さんは果実の入ったガラスの器を私の目の前に翳した。それからそのまま私の頬にガラスの器をピタリと当てた。冷たくひえた器が気持ちよくて私はまた目を閉じそうになる。


「尾形さん、桃?」
「桃」
「それ、どうしたの?」
「隣のばあさんがくれた」


私は起き上がる。


「尾形さん、それ食べたい」


尾形さんは、ふっ、と少し笑って切り分けられた桃にフォークを刺して私の口元に運ぶ。私は口を開けてねだる。尾形さんはちょっと一瞬何かを考えたみたいだったけど、そのまま私の口の中に桃を一欠片入れる。私はぱくりと食いついて、口の中いっぱいに広がるひんやりした桃の甘さに蕩ける。


「あまい。尾形さん、桃、甘くておいしい」
「そうか。よかったな」
「尾形さんもたべる?あーんする?」
「いや、いい」


そう言って尾形さんは一人でぱくっと桃を口に入れる。
それから私をチラッとみて、もう一欠片私の口の前へ持ってきたので私はほとんど反射のように食いつく。


「うまいな」
「うん、おいしい」


甘くて冷たくて、なんだか懐かしかった。
尾形さんはたまに自分もつまみながら私の口へ桃を運んではなんとも言えない顔で私を観察していた。ふたりでぺろりと完食してしまい、空になった器を尾形さんはベッドの横の背の低い棚へ置いた。尾形さんはベッドの端に腰掛けてから、半身起こしている私の額に自分の額をそっとくっつけて、少しじっとしていた。


「まだ熱は下がっていないな」


額をくっつけたままそう言って、鼻先を鼻先に軽く触れる。それからやんわりと口づけをする。ふわりと桃の香りがする。あまくて、あまい、蜜の味、がする。私はぺろりと尾形さんの唇を舐める。尾形さんは唇を離して「桃の味がした」と言った。私も「尾形さんも、桃の味でした」と言う。

尾形さんはまた私を寝かせて布団をかけて、おでこを撫でる。私はその手を握って尾形さんの顔をじっとみる。


「私のお熱下がったら、一瞬にお礼言いに行きましょ」
「そうだな」


尾形さんは微かに笑って横になった私の隣に身体を寄せた。


「眠るまで居てやろうか?」


私は素直に頷いて、尾形さんの手を両手で包んでぎゅっと握る。尾形さんは答えるように軽く握り返した。


「意地悪じゃない尾形さん、好きですよ」
「いいからちゃんと眠って早く治せ」


春風が吹いてレースのカーテンが揺れる。木漏れ日がちらちらと木造の床に光を散りばめて、尾形さんの顔にも光と影を交互に射していた。桃の甘い香りと、春の新しい香りと、尾形さんの優しくて落ち着く匂いに包まれて、私はとろりと溶けてゆく。



(2022.04.12/水蜜桃)
拍手お礼夢04.12-05.21
拍手ありがとうございます。


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