ピタ、と首元に短剣の刃が当たる。
ゾッと全身に鳥肌が立って、それから今までに味わったことのない感覚で、頭の先から爪の先まで急激に冷えていくのを感じた。尾形さんは膝立ちの私を後ろから羽交い締めにして、首筋に刃を当てたまま耳を噛んだ。彼の歯が耳輪に食い込む。
はだかの肌と肌が触れて尾形さんの体温を背中に感じながら、それでも私は凍えていた。血液が流れ出るように身体の体温が失われていくのを感じて、身震いする。尾形さんが私を片腕で支えているから刃が当たっているだけで済んでいるのであって、彼が手を離せば私はバランスを保てずきっと前に倒れ込んでしまう。短剣の刃が首に食い込むのを想像して、私は必死で尾形さんの腕にしがみつく。尾形さんは吐息を漏らすよう笑って深く腰をうずめる。恐怖の内側から膨れて突き破るような快感が下腹部から鳩尾を締め上げてくる。はっと息を吸うと喉から嬌声と悲鳴の狭間のような音が漏れる。
「おがた…さん、っ」
「…ん」
「いや…っ、怖い、」
尾形さんは不自然に笑って「怖い?」といつもよりずっと低い、ねっとりとした声音で聞き直して、私の答えを聞く前に「生きてると感じないか?」と、耳元で囁く。この人は、何を言っているのだろう?振り向こうにも振り向けない私はただ彼の腰の動きに合わせて息を漏らす。彼が動く度に喉元に短剣が微かに触れる。彼の腕に私の爪が食い込んで、じわりと皮膚を裂く。
「…痛いだろ。そんなに強く掴んだら」
「うっ、おがた、さ…っ、ん、」
「ははっ、お前、怖いのか、気持ちいいのか、なぁ、どっちだ?」
「あっ…ぁ、あう…は、」
「どっちか言えよ」
尾形さんは私の身体を今までよりもっと強く引き寄せて深くまで腰を打ち付ける。くくく、と喉で笑って、尾形さんは私の首元の短剣の刃を皮膚に当てて微かに横へ引いた。一瞬焼けたような痛みが走って薄い肌が一直線に裂ける。じわと温い血が流れて胸元へ垂れていく。尾形さんは短剣を床へ置いて、空いたその手で私の首を掴む。人差し指と中指で傷口を抑えるのと一緒に、親指で頸動脈を圧迫した。喉が潰れて変な音が漏れる。
「…そんな締めつけるなよ、お前、こんなので感じるのか?」
「…あ、ぁ…くっ、ぃ!」
痛い、苦しい、離して。どれも声にならないまま喉の奥で消える。歪んでいる。この人は。尾形さんは耳元で、はぁ、と息を吐いて、私の耳を舐める。擽ったいけれど、彼の吐息が異様に色っぽく、それが耳元で少しずつ荒くなる。尾形さんは私の首から手を離して、羽交締めにしていた腕を緩め、私の肩を押した。私は崩れ落ちるように前に手をつく。腕が震えて上手く体重が支えきれない。尾形さんは私の腰を掴んで引き寄せ内臓を抉るように突き上げる。反射的に腰が反って身体を支えていた腕から力が抜けてがくんと落ちる。額を布団に押しつけて唇を噛む。喘ぐ息が溢れる。
尾形さんの身体が覆いかぶさるように背中に触れ、彼は片手で腰を掴んだまま、もう片方の手を胸に這わせ、乳首を摘んでは指の腹でくにくにと弄んだ。私の身体がびくんと跳ねる度に尾形さんは息を漏らして笑う。
「お前の、腿の内側まで垂れてるぜ。自分で分かるか?」
耳元でまた囁く。ぞくぞくと全身を駆けるように鳥肌が立つ。冷え切っていた身体が徐々に熱をもつ。尾形さんの匂いがやけに官能的で脳がぐるりと眩暈を起こす。
「あっ…ゃ、だ、尾形…さ、ぃ、…も、いく、…っ」
「…おい、まだいくな、もう少し我慢してろ」
尾形さんは身体を起こしながら胸から背中へ手を擦らせ、指先で背骨をゆっくり撫でる。それから私の腰を抱えて仰向けにさせる。私は肘をついて身体を支えて尾形さんの方を見た。尾形さんは一度自身を引き抜いて私の中へ指を入れる。うっ、と声が漏れる。尾形さんの汗で濡れた前髪が彼の頬へかかっているのがおそろしいほど色っぽく見えてお腹の下側が疼くのを感じた。
尾形さんは私の顔を見て黙ったまま人差し指と中指で膣の上側を引っ掻くように何度も抜き差しする。その度に蓄積される快感の波が下腹で脈打って弾ける。びちゃびちゃと水音が部屋に響く。
「あっ…あ、はぁ、…は、ぁ…ん」
尾形さんの蔑むような視線と薄ら笑いに両腕で顔を覆って、目を閉じて顔を背け、声を漏らさないように自分の腕を噛んだ。彼はまだ同じ刺激を続けながら親指で陰核をぐにぐにと転がすように押す。より一層強く快感の波が押し寄せて温かいものが股の間を流れていく。腰がガクガクと震えてお腹が痙攣して、息がうまくできずに何度も空気を吸い続ける。
尾形さんは舌舐めずりをしながら私の体液で濡れた手を引き抜いて、そのまま私の腹を撫でて胸を掴んだ。もう片方の手で、私が顔を覆っていた腕を掴んで退かし、私の顔に自分の顔をぐっと近づけて「俺のも舐めてくれよ」と吐息の混ざる低い声で言い、そっと私の唇を舌でなぞってそのまま口付けをする。唇の隙間に舌を挿し込みゆっくり絡めて吸う。ちゅっ、ちゅ、と、甘い音が響く。
彼は唇を離して私の背中に掌を差し込んで抱き起こして、そのまま自分の股座へ私の後頭部を支えて誘導する。息も絶え絶えのままの私の口に自分のものを捩じ込む。
「ぅぶ、っ…く、」
唾液と体液で湿って、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と下品な音が暗い部屋の中でいっぱいになる。時折息を継ぐのに、はあっ、と空気を吸う音が混ざり、ひどくいやらしかった。
「…ッ、はぁ…、ちゃんと、奥まで咥えろ」
尾形さんは微かに息を漏らして私の髪を掴んでさらに深く咥えさせる。私はめいっぱい口を開けて喉の奥まで異物を呑み込む。えづきそうになるのを堪えて彼の力に逆らわない様に身を任せる。口腔内で抜き挿しされる度に唾液が溢れて口の端からこぼれる。じゅぶじゅぶと卑猥な音を立てて泡が弾けた。
固く閉じた瞼の隙間から反射的な涙が滲み流れて唾液と混ざり合って布団の上にぼたぼたと落ちていく。
尾形さんの動きが徐々に激しくなって私は息ができなくなって尾形さんの腰を掴んで押し返そうとするのに、尾形さんはそれを許すことなく無理やりに私の頭を強く抱え込み、奥まで打ち付けて一瞬動きを止める。私は苦しくて彼の腰を両手で押したまま声にならない悲鳴を上げる。
「ーーー、っ、ん、!」
「……ッ、はぁ、」
尾形さんは私の髪を掴んだままやっと引き抜いて私の顔を無理に上へ向かせる。私は彼の腿に手をついて自分の身体を支えて目を開け、尾形さんの顔を下から見上げる。尾形さんは片方だけ口角を上げて「ひでぇ顔してやがる」と言った。それから私の頬を撫で、口の端からだらしなく垂れる唾液を親指で拭って私の身体を支えながら起こした。それからゆっくり覆いかぶさるように組み敷く。彼がまた私の中へ入ってくる。強張って狭まる私の中でみちみちと肉襞を擦る。
「力抜け、ばか」
尾形さんは私の顎を掴んで腰を深く深く沈める。奥に当たって内臓に鈍い痛みが走る。私は走り回った後の犬のように、ハッ、ハッ、と、生理的な呼吸だけして、あとはもう、何もかも分からなくなる。再び内腿の間を生温い液体が溢れてぐじゅっ、と汚い音を立てる。
尾形さんは私の腰を両手で掴んで何度も激しく打ち付けた。目が回って脳味噌が散り散りに弾け飛んでしまったように私はぐにゅりと歪みながら霞んでいく尾形さんの顔を見つめてだらしなく蕩ける。音にならない悲鳴を喉の奥から漏らして太腿の裏から足の爪先まですうっと硬直して腰が浮く。尾形さんはニィと歪んだ笑みを浮かべていた。私の中で硬さを増してごりごりと膣壁に擦り付けられる彼のものに私の身体は纏わりつくようにさらに痙攣する。
「ぁ、あっ、あ、ぃく、おがた、さん!だめ…っ」
「ッはは…、いけよ、変態」
身体がのけぞってガクガク震える、声も出ずに吸い込んだ空気が悲鳴になる。尾形さんがンッ、と微かに声を漏らす。一瞬の間があって、ずぼ、と私の中から引き抜かれる。腹の上に熱い体液がどろりと零れる。荒い息遣いのまま俯いている尾形さんの額や顎先から、私の身体の上へ、汗がぽたぽたと落ちていた。
彼は目を細めて私を見つめて、そっと首についた傷を撫でながら「痛むか?」と、優しい声音で聞いた。私は「わからない」と答える。尾形さんは、私の鎖骨と胸の上の、乾いて固まった血の痕を爪で引っ掻き、痒いような痛いような感覚がチリチリと肌を這う。
「…あぁ…殺してしまいたい」
彼は、私を見ているようで見ていない曇ったままの瞳で、独り言のように呟く。私はぼんやりする頭で彼の漆黒の瞳に吸い込まれていく。
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何を欲しても、今更もう何も手に入らない。
正しいと思い込ませて進んできた道は、一つ、また一つと、過ちを踏み、手を差し伸べてきた希望や救済を、自らの手で潰し尽くして後には何も残らなかった。どれだけ欲望を殺しても、それは幾度も蘇り、纏わりつく。熱り立つ激情は全てを飲み込んで呪詛となった。どれだけ庶幾っても、時間を戻すことは不可能だったからだ。
彼の渇きは、どうやっても、いつだって、満たされない。私はいつかきっと、彼に吸い尽くされ乾涸びるか、そのまま呑み込まれて彼の中で溶けてゆくのだ。きっと。
(2022.04.07/Eris)
禍のもと。えげつない歪み方の尾形。
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