06

「杏寿郎さんはお日さまみたいね」とミズキは度々口にした。それは陽光の中を行くことのできない彼女の憧れから生まれる誉め言葉だった。

炎柱に就任してミズキを知って以来、煉獄は本部への所用の度に敢えて時間を遅くして、日没から彼が任務に出るまでの短い時間を彼女と共に過ごした。

煉獄はランタンの灯りを頼りに熱心に檸檬の木や花の世話をするミズキを眺めながら、作業の邪魔にならないように、しかし寂しくならないように、ぽつりぽつりと話し掛けた。
ミズキは庭の一角で檸檬の木と、墓に供えるための花を四季折々に自ら育てていた。丁寧に手入れされた植物は月明かりを受けて、心地よさそうに夜風に揺れていた。
ミズキはぱちんと檸檬の実をひとつ鋏で切り取って、縁側に座る煉獄の隣へ戻ってきた。

「杏寿郎さんはお日さまみたいね」
「そうだろうか」
「だってほら、檸檬と同じ色」

ミズキは切り取ったばかりの檸檬を煉獄の髪に寄せた。

「温かくて、光みたいな色」

そう言って眩しそうに目を細めるミズキに、煉獄は「光栄だ」とにっこり笑った。



ミズキと話をしていると煉獄は度々、緊張や重責や懊悩が融けて消えて、心地よく緩まって、眠くなるような気持ちがする。兄の耀哉の声が人を心酔させ高揚させるのに対し、ミズキの声は人を惹きつけ緊張を解かせる。煉獄は炎柱に就任して最初にミズキのことを紹介された場では、他の柱たちがやたらにミズキを猫可愛がりすることに面食らったものだったけれど、今となっては彼自身も他の柱たちと同様だった。

煉獄は傍らに置かれた盆から湯呑を取り上げ、ミズキの淹れたお茶を飲み干して、懐中時計で時刻を確認すると立ち上がった。

「さて、そろそろお暇するとしよう」
「うん」
「次に来る時には評判の羊羹を買って来るから」
「うん、楽しみにしてるね」

本当は陽の光の下を、年頃の娘相応に着飾らせて、甘味処でも小間物屋でも連れて行ってやれればいいのだが、と彼は思った。
陽の光を受けてミズキは目を開けておくことが出来ない。つまり、世話をした花たちが朝露に輝くさまを見ることも出来ない。日の出ている間中、近い未来のことを夢に見て、鬼殺隊の行く末を導く責務を負っている。血筋の因果で大きな責務を負っているのは煉獄も同様だけれど、暗い暗い夜の底でひとり朝を待つ孤独というのがどんなものか、彼には上手く想像することが出来なかった。

しかしミズキはいつも、ほわほわと幸せそうに笑っていた。それは周囲に気を遣わせないための彼女の健気に違いないけれど、大いに救われていることも確かだった。

「お日さまのようなのは、君の方だ」

煉獄が言うと、ミズキはきょとんとして首を傾げた。

「お日さまってどんなもの?」
「日輪は明るいというだけではない。草花を育てるし、人を温かい気持ちにするものだ」
「光栄だわ、とっても」

煉獄がミズキの頭を撫でてやると、彼女は掌の下で眩しそうに目を細めた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -