05

日が暮れて目を覚ますやいなや、ミズキは寝床を飛び出して急ぎ身なりを整えた。
あまねを探し、兄と一緒のところへ詰め寄った。

「お兄様、あまね様」
「何が見えたのかな、ミズキ」
「霞柱になる方です」

ミズキは今し方見た夢の内容を仔細に兄夫婦に話して聞かせ、3人はミズキの見た景色を手掛かりにその夢が現実になる場所を地図上に求めた。
翌朝からあまねが何度もその場所へ出向き、何度目かの訪問で瀕死の重傷を負った少年を連れ帰ってきた。
隠に背負われてきた髪の長いその少年を見た時、ミズキは何度も頷いて夢に見た人物に間違いないことを兄に訴え、兄は彼女の頭を撫でて優しく微笑みかけた。
その日から少年が回復するまで、昼間はあまねと耀哉が、夜間はミズキがつきっきりで介抱した。

ミズキは少年の汗を濡らした手拭いで拭いてやりながら、繰り返し名前を呼び、静かに子守唄を歌った。傷に由来する熱で少年は魘されることが多かったけれど、ミズキが歌えば安らかに眠ることが出来た。
ある時、虫も鳴かない夜の底で少年は目を開けて傍らに座るミズキをぼんやりと眺めた。ミズキは優しく笑った。

「あのね、無一郎くん、心配いらないよ」
「…君、だれ」
「ミズキっていうの」
「僕、名乗ったっけ」
「どうだったかなぁ」
「なにそれ」
「心配いらないよ」

答えになってないよ、と無一郎は言おうとして止めた。ミズキの声を聴いていると春の陽気の下でまどろんでいるような心地になって、憎まれ口は出てこなかった。

「子守唄を歌っているから、もう少し寝るといいよ」
「…うん」

ミズキの声が優しくそよそよと流れるのを聴きながら、無一郎はまた目を閉じて眠りに落ちていった。




「君って夜の間は何してるの」

無一郎が霞柱に就任して産屋敷邸から引き払う最後の夜に、彼はミズキと並んで縁側に座って月を見上げていた。

「お墓の掃除でしょ、花の手入れと、手紙を書いたり、本を読んだり色々」
「ふうん、じゃあ僕にも書いてよ」
「うん?」
「手紙」

ミズキは少し意外そうに目を瞬かせたけれど、にっこり笑って「いいよ」と言った。

「ミズキを忘れないように」

怪我が癒えていくのと引き換えるように、無一郎は記憶を失っていた。耀哉とあまね、ミズキのことは忘れたことがなかったけれど、双子の兄が殺されたことや自身も瀕死の重傷を負ったことは忘れていたし、数少ない記憶ですらどこまで保てるものか本人にも確証が持てなかった。

「あのね、無一郎くん、心配いらないよ」

月明かりに照らされたミズキが微笑むのに無一郎は見入って、忘れたくないな、と思った。
「心配いらない」とミズキは重ねた。

「無一郎くん、すべて思い出せるときがくるからね」

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