02

ミズキは予知夢を見る。
産屋敷一族は皆優れた第六感を持っていたけれど、ミズキにあってはその比ではなく、彼女は眠る度必ず予知夢を見る。同族から出た鬼を滅ぼすという一族の宿命を、兄の耀哉は不治の病という形で身に宿し、妹のミズキは逃れようのない予知夢という形で引き受けてきた。
そして彼女は陽の光を浴びて目を開けていることが出来ず、朝日と共に眠りにつき、日の入りと共に目を覚まして孤独な夜を生きてきた。


宇髄が「嫁たちからだ」と重箱を差し出すと、両手で受け取ったミズキは鼻先を寄せてスンと小さく鳴らし、「あんこの香り!おはぎですか?」と目を輝かせた。
ミズキの私室に通されておはぎと抹茶を囲むと、宇髄は自分ではおはぎに手を付けず、ふくふくと幸せそうに噛みしめるミズキをゆったりと眺めた。

「美味しい、幸せ…」
「そりゃ良かった」
「天元さんの奥様方はお料理が上手ね」
「手先が器用でナンボの出身なんだよ」

自身や3人の妻たちが抜け忍であることは、隠すつもりも明かすつもりも宇髄には無かったけれど、ミズキは夢に見て当たり前に知っていた。
宇髄は柱就任と同時に耀哉からミズキの予知夢について聞かされ、その場で本人に向かって「派手にキツイな」と思ったままの感想を告げると驚かれたことを鮮明に覚えている。何を驚くのかと聞けば、予知能力のことを告げると大抵の人間が『便利』だとか『羨ましい』と口にするそうで、最初に『キツイ』と言ったのは天元が初めてだったそうだ。
『未来が見える』ことと『未来を変えられる』ことは同義ではないと、当時から宇髄は若いながらにしっかり理解していた。
一見して分かるこの一切戦えそうにない華奢な少女が日々人の死を夢に見続けて孤独な夜を過ごすとは、地獄以外の何だというのか。
それなのに、この世の苦しみを一切知らぬとでもいうふうに朗らかに笑う少女の心の強さを宇髄は見抜き、眩しく思い憧れた。

「天元さんは愛が大きいのね」
「派手に唐突だな。否定しねぇけど」

ミズキは黒文字で切り分けたおはぎを口に運びかけて、皿に戻した。

「持ってきてくれる奥様のお料理がね、たくさん愛されてる味がするの」
「そんなもんかね」
「本当よ。三等分しても奥様たちが満たされるくらいに愛が大きいのね」
「じゃあ四等分してみるかい」

宇髄は自分の容姿が美しいことを自覚して普段から大いに活用していて、この時も大抵の女がぽっと顔を赤らめるかすっかり蕩けてしまうような色気のある視線を送ったのだけれど、ミズキはたんぽぽの綿毛のようにホワホワと笑んで「七等分くらいまで大丈夫そう」と言ってのけた。彼は深く項垂れた。

「お前なぁ、折角派手に佳人なんだからよ、食い気だけで人生終わっちゃ勿体無ぇぜ」
「え、美味しいものは好きだけどお花も好きよ。あと猫ちゃんも好き」
「そーじゃねーよ阿呆」
「あと天元さんも好き」

まるで邪気のない笑顔に宇髄は一度上げた顔をまた深く垂れた。続きを促せば『好き』の項目に彼女の兄や義姉や柱全員が淀みなく上がってくるだろうことは、容易に想像がついた。

「天元さん、食べないの?」
「お前が食えよ。俺はそろそろ行かなきゃなんねぇし」
「そう」

いつも通りの笑顔を崩さずミズキは返事をしたけれど、ほんの一瞬だけ、宇髄の目を貫くように真っ直ぐに見つめて、また安心したように緊張を緩めた。
ミズキは数日前には今日のことを夢に見ていて、今から起こることがどの夢のことかを頭の中で絞り込んだものと宇髄には手に取るように分かった。その上で大きな被害もなく今回の任務が閉じられることを発見して、安堵の表情に至ったのである。けれどミズキは特筆すべき鬼の能力や罠があれば忠告するのみで、死傷者の有無を隊士には洩らさない。『全員無事』と伝えて現場の気が緩めば夢での予定が狂いかねないし、負傷者の数や程度を話せば恐怖から戦えなくなる者が出るためだ。

「いってらっしゃい」

玄関まで出て来てミズキは朗らかに手を振った。
ずっとこんな顔だけをさせてやれればいいのにと宇髄はいつも思うのだ。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -