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ちょいちょいと笑顔で手招きされて、ミズキは僅かに身体を強張らせた。
彼女を手招きしたのが、つい先日不死川と宝飾品店から出てくるところを取り沙汰された胡蝶カナエその人だったからだ。既に不死川から事の経緯は聞いて誤解は解けているとはいえ、身構えてしまうのは致し方ないことだった。
周りに視線を巡らせて人目のないことを確認しつつ、ミズキはおずおずと胡蝶に寄った。
麗らかな日の昼休みのことだった。

「急にごめんなさいね。難しいでしょうけど、身構えないでほしいの」

胡蝶は綺麗ににっこりと笑った。同性ながらミズキが少しどぎまぎしてしまうような美しい笑顔だった。

「不死川くんが一生懸命誤解は解いたでしょうけど、本当に何もないとだけ私からも伝えておきたくて。恋人の貴女には申し訳ないけど、全然タイプじゃないから安心してちょうだいね」

ミズキは少し呆気に取られてしまった。学園随一の美女が結構遠慮なく物を言う人だとは聞き及んでいなかった。
胡蝶は相変わらずにこやかな態度を崩さない。

「彼ね、本当に笑っちゃうくらい、貴女のことが大好きよ。指輪を選ぶのだって、自分の好みだけで選んで貴女に気に入ってもらえなかったらって不安だったのよ。『女ってどんなのが好きなんだ』ってそればっかり。『馬鹿じゃないの貴方が選ぶのよ』って言ってやったわ」
「ば、」

馬鹿って言ったこの美人が今馬鹿って言った、とミズキは衝撃に目を瞬かせた。今更疑っていたわけではないにしても、この分だと本当にこれっぽっちも疑いは無さそうだと実感した。

「だけど結果的に写真が出回って嫌な思いをさせちゃったこと、ごめんなさいね。他の女が選んだ指輪なんて贈られたくないだろうって思うから、あれはちゃんと不死川くんが選んだって伝えておきたかったの」

そのためにわざわざ足を運んでくれたのだと知り、ミズキはやっと緊張を解くことができた。宝飾品店のショーケースを前に美人から馬鹿呼ばわりされる不死川を少々不憫に思い、失礼ながらミズキは少し笑ってしまった。
胡蝶は美しい笑みを深くした。

「ほら、笑った方がやっぱり可愛いわ。貴女とはずっとお話してみたかったの。とっても可愛いんだもの!あと、これ」
「?何ですか?」

胡蝶の差し出した手のひらほどの紙袋を、ミズキは両手で受け取った。それほど重くない、硬い感触の何かが入っている。髪飾りだと胡蝶は言った。

「…あのね、気味悪がらないでほしいんだけど、私初めて貴女を見たときからね、何か贈り物をする約束をしてたような気がしたの。こういう直感って私時々あって、大切にするようにしているのよ」

ミズキは紙袋を開いて中身を手のひらに迎えた。美しい花の髪飾りが、光を受けてきらきらと光った。心臓が震えるような心地がして、ミズキは声が震えないように深呼吸をしてからお礼を口にした。

「気に入ってもらえたかしら」
「とっても綺麗、大事にします」
「よかったわ。プレゼントってそういうものじゃない?相手のことを考えて選ぶことも含めて贈り物なのに、不死川くん分かってないわよね。悲鳴嶼さんならこんなことしないわ」
「悲鳴嶼先生?」

ミズキが聞き返すと胡蝶は「あら」と言って口を押さえた。そこで初めて美しい笑顔が途切れ、目が僅かに迷うような動きを見せた。

「…好きなんですか?」

胡蝶が小さく頷くのを見て、ミズキは彼女のことを可愛らしく感じた。

「…私も、胡蝶先生とお話したいです。お買い物をして、甘いものを食べて、たくさんお話するの」
「素敵ね、約束よ」
「かならず」

小指を絡めてから彼女らは手を振って別れ、ミズキは洗面所に立ち寄ってもらったばかりの髪飾りをつけた。

その日の放課後、ミズキがいつも通り猫に餌をやっていると不死川が現れて、髪飾りに気が付いた。「そんなん持ってたか」と聞くとミズキは嬉しそうに笑った。

「胡蝶先生にもらったの」
「ゲェ…何吹き込まれた」
「ふふ、女同士のひみつです」
「悪い予感しかしねェ…」
「今度お買い物とお茶しましょうねって約束もしたの」
「俺と行けよそれ」
「女子会だもん」

胡蝶がどんな情けない話をミズキに吹き込むことかと不死川は頭を抱えた。
女子会という言葉は男を問答無用で完膚なきまでに締め出す即死呪文のようなものだと彼は思う。それで神頼みに近い感覚でしゃくしゃくと煮干しを齧る猫を見たのだけれど、そういやコイツもメスだわと気付いて彼は改めて溜息を吐いた。

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