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「今日お集まりいただいたのはですね」
「はい」
「他ならぬ我らが天使ミズキちゃんのことなんですけれども」
「うんうん」
「いやね、元々カワイイよ?初めて見たときうわ天使マジでいたわと思ったもん」
「私今でもそう思ってるわぁ」
「海行った時なんてあれだ、もう…」
「生きててよかったと思ったよね」
「で、本題に戻りますけれども」
「うんうん」
「最近綺麗すぎない?天元突破してない?」
「それね」
「理由を考えてみたよ」
「考えたことは多分一緒」
「「「恋では?」」」
「「「それな」」」

3人の女子生徒が他に人のいない放課後の教室で額を寄せ合っていた。
女性は恋をすると綺麗になるというのは由緒正しき言い伝えである。3人ともが、最近のミズキについて雰囲気の変化を感じていた。
恥じらう表情だとか、嬉しそうに赤らむ頬は文句なしに愛らしい。恋する女の子って可愛い、ずっと見てたい、とは3人の共通解だった。

「しかしね、あれですよ」
「あれですね」
「不死川先生、死ぬのでは?」
「いや逆にミズキちゃんの好きな人殺しそう」
「こっっっっっっわ」

3人は揃ってぐっと固唾を飲んだ。
以前から彼女らの数学を担当する教師の不死川は、他(の特に男子)には滅法厳しく容赦がない割に、ミズキにはとろけるように優しい。もう大好きじゃん、とはこれも3人の共通解だった。

「気持ちは分かるよ?可愛いもんね?」
「可愛いよ」
「可愛いさ」
「でもいつかはお嫁に行っちゃうっていうさ、ね」
「それ私も発狂するわ、相手の男出て来いっての」
「あんた不死川先生と酒飲みに行きなよ」

とにかく彼女らは、可愛い友達の恋を応援したかった。あと、出来れば死人を出したくなかった。
それとなくミズキから好きな人を聞き出して対策を練ろうということでその緊急会議はお開きになった。
彼女らの可愛い友達とその数学教師が最近付き合い始めたことを教えてやる人間はいない。


翌日の昼休み、3人はミズキと一緒に机に集まってそれぞれに昼食を摂っていた。
多少強引な部分はあったものの、それとなく好きな男の子のタイプにまで話題を誘導した。何せそのパーティの中で3/4が結託しているのだからどうとでもなる。

「ミズキちゃん好きな人いないの?」

3人の内1人が意を決して口に出し、残りの2人は机の下で拳を握り込んだ。
妙に力の入った表情で3人がミズキを見ると、彼女はその桜色の頬を赤らめて目を泳がせた。
かっっっっっわ、と3人の思いがまたひとつになった。

「その反応はいるよね」
「え、この学校の人?」
「同級生?先輩?」
「え、えぇ?うーん…」

ミズキは弁当の箸を下ろしてすっかり困ってしまった。勿論好きな人はいるのだけれど、口外するわけにはいかない。
頬を赤らめて狼狽える様が可愛らしく、3人は徐々に本来の目的を忘れ始めた。

「イケメン!?じゃないと許さないよ!?」
「それは、かっこいい、よ」
「えー!いつから好きなの?」
「んー…いつから、かなぁ」
「いつの間にか的な!」
「う、うん…」
「年上?」
「そ、それは、うん」
「うわーぽい!年上彼氏いそう!」
「どんなとこが好きなの?」

優しいだとか頼れるだとか当たり障りのない内容をミズキが答えると、3人は黄色い声を上げて喜んだ。次第にただの恋バナになってきている。
ミズキは自分が下手なことを言って不死川のことが露見してしまわないかと落ち着かず、食べかけだった弁当の残りを急いで片付けて「花壇の世話があるから!」と足早にその場から逃げた。
ぱたぱたと去っていくミズキを『あー可愛いなぁ』と微笑ましく見送った後、3人は結局ミズキの想い人が年上らしいという情報しか得られなかったことに気付いたのだった。


咄嗟の言い訳に使ったとはいえ花の世話は尽きることがなく、ミズキはじょうろに水を汲んで花壇に向かった。花に直接掛からないようにじょうろの口を土に寄せて水を注いでいった。その手元へふと影がかかり、彼女が顔を上げるとその人物は「久しぶり」と言った。

「錆兎くん」
「おにぎり受け取ったぞ。ありがとう」
「直接渡さなくてごめんね、水遣りありがとう」
「時透に釘を刺された。邪魔立てするなと」
「邪魔?」

じょうろが空になったのを機にミズキは彼に向き合った。中学生だというのに既に彼女よりも背が高く、剣道で鍛錬された手は肉刺だらけで男性のそれだ。

「俺はミズキが好きだ」
「えっ」
「何だ、まるで気付いてなかったのか」

呆然としたままミズキがこっくり頷くと、錆兎は爽やかに声を上げて笑った。

「すまないな、困らせるのを分かってて告白してる」
「…?」
「好きな男がいるだろう」

錆兎の表情には確信が含まれていた。その話し方には最近別のどこかで接したはずだとミズキは記憶を辿り、無一郎のことに思い至った。
自分はそんなに分かりやすいだろうかと懸念しながら、ミズキは小さく頷いた。

「不死川」
「えっ」
「当たりだな。なんだ、あっちの片想いならチャンスもあったのにな」
「え、う、ぁぁ…」

立て続けに図星を突かれて意味のない音しか話せなくなってしまったミズキとは対照的に、錆兎は実に軽快な様子である。傍目には失恋した側とさせた側には見えない。

「あ、あの、錆兎くん、あのね、」
「心配しなくても口外しないさ。苦労もあるだろうが、上手くいくといいな」

この子本当に年下かしら、とミズキは溜息の出る思いがした。無一郎といい、年上を簡単に圧倒してしまう中学生ばかりだ。
ミズキが「ありがとう」と呟いてほんのり微笑むと、錆兎も眩しそうに目を細めた。

「不死川に飽きたり不満があったら、俺のところに来い」
「そんなこと、ならないよ」

錆兎は「どうだろうな?」と悪そうに笑った後、またからりと爽やかな笑顔に戻ってミズキに手を振り帰っていった。
ぼんやりと錆兎の去った方を眺めているミズキのところへ、新たに近付く人間があった。
ミズキは顔を上げて「先生」と呼んだ。

「宍色頭のガキが来てたか」

ミズキがこくんと頷いてから口元に手で囲いを作ると、不死川は足元を覗き込むように背中を丸めて、彼女の前に耳を差し出した。
ミズキは彼に耳打ちをした。

「錆兎くん、私が先生のこと好きって気付いてたの。私分かりやすいのかな、他の人にもバレちゃったらどうしよう」

ミズキの耳打ちを聞き届けると不死川はくつくつと笑い、彼女の頭にその大きな手を乗せた。

「生徒が教師を好きでも責められはしねェよ。むしろお前が俺を好きだって傍目に分かるってのは気分がいいなァ」
「だめ、どんな噂になるか分からないもん」
「お利口さん。ほら、片して教室戻んぞォ。お前のクラス午後イチ俺の数学だろ」
「うん」

ミズキがじょうろを園芸部の備品倉庫に戻すのを待って、不死川は彼女と一緒に校舎に戻ったのだった。





「先生、私先生が好き」
「俺もだ、ミズキ」
「はいアテレコそこまでー不死川先生来るよー殺されるよー」

事の一部始終を窓から見ていた3人は、意外と遠からぬアテレコをして遊んでいた。
ミズキの耳打ちに耳を傾ける不死川の様子は、実際に見た者でなければ分からないけれども、確実に教師のそれではなかった。具体的に何もアウトなことはしていなかったけれど、愛しい感情が遠目にも溢れて見えた。
3人はもう色々察した。

「言われてみればさ、気配はあったよ」
「どんなとこ?」
「さねみんさ、生徒に用事あるときは教壇から呼ぶじゃない?」
「男子が『死刑宣告』って呼んでるやつね」
「ミズキちゃんのときは自分から至近距離まで行くよね」
「あーーーうんそれねぇ」
「うっかり名前呼びしないようにかなぁ、みんなの前で『ミズキ』はマズイよね」
「ミズキちゃん何て呼んでんだろ、『先生』のままだったりして」
「背徳感で興奮するわぁ」
「ちょっと黙ろうか、あと本当あんた不死川先生と酒飲みに行きなよ」

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