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週末になって、不死川はミズキを郊外のショッピングモールへ連れ出した。学校関係者の目を気にしなくてもいい場所で、ミズキは喜んで彼の腕に寄り添って歩いた。
椅子を一脚、スリッパを一足、マグカップや皿、カトラリーをひと揃え、シャンプーやボディソープの類と、不死川は実に小気味よく商品をレジに放った。商品を手に取る度に「どっちが好きだ?」「普段どれ使ってんだ」と聞かれるのを不思議に思いつつミズキは聞かれるまま答えていたけれど、部屋着を選べと言われたところでふと立ち止まった。

「先生、念のため確認なんですけど」
「ん?」
「妹さんが進学でご実家を出るとか、そういう感じですよね?」
「ハ?」
「だってひとり暮らしの準備ほど買うから」
「お前のに決まってんだろォ」
「…えぇぇっ」

『何を今更』という表情の不死川に対し、ミズキはとても狼狽えた。先日電話で誘われた時に「買うモンあるから」と言われた時の印象そのまま、不死川の用事で買うのだろうと思っていたのだ。
あまり値段も見ないでぽんぽん選んでしまって、一体総額いくらになっていることか。
不死川はミズキが金額のことを言い出す前に先手を打って制し、「で、ほら選べ2着ぐらい」とハンガーがずらりと並ぶ棚を指差した。自分のものとなると途端に金額に遠慮を覚えたミズキが値札を捲ろうとすると、不死川がその手を掴んだ。

「遠慮すんなったっていきなり無理だろうがなァ、ちゃんと好きなの選べ。俺ん家で着て見せてくれりゃァ満足なんだよ」
「うぅ…せめて100円ショップなら心置きなく…」
「100均に部屋着はねェだろ」

不死川がくつくつ笑うと、ミズキはあまり見ることのない彼のその表情に見入った後で、少し迷った末にふわふわとした可愛らしい部屋着2着を手に取って彼に示した。

「…これ、とっても好き。かわいい」
「うん、可愛いなァ、ミズキ」
「うわぁぁ怖いよこれいくらするのぉ…」
「ハイ没収、会計してくっから耳塞いで待ってろ」
「なんで楽しそうなの」
「何せ楽しいからなァ」

不死川はいつも通りにミズキの頭をひと撫でしてレジへ歩いて行った。選んだ部屋着は可愛らしい黄色の袋に包まれて帰ってきて、ミズキはその袋をきゅぅっと胸に抱いた。

「嬉しい…先生ありがと」
「ん、いい子」

それまでに買ったものを満載しているカートに乗せるかと聞かれても、ミズキはその包みをそのまま抱いていたがった。
昼食や休憩を挟みつつその後もあれこれ買い込んで、車に戻る頃にはミズキは少々くったりしていた。「着くまで寝てろよォ」という不死川に素直に頷く程度にはくたびれているようだった。
彼は手を伸ばしてミズキの頬に触れ、すり、と目元を親指の腹で撫で、運転席から身を乗り出してキスをした。ほんのりと瞼が下がり気味だったミズキの目が丸く開いて間近の不死川を見た。

「キスした」
「したなァ」
「外なのに」
「知り合いの目がねェからここまで来たんだよ」

ミズキの髪をひと撫でして運転席に戻りながら不死川は、年甲斐もなく浮かれているのは存外自分の方だと自覚した。それを悟られないように余裕のある風を装っているけれど、『前』にしてやれなかった分までと気が急くのを抑えるのは意外に難しいことだと知った。

車が動き出すと程なくしてミズキはとろとろと眠り始め、信号で停まる度に不死川は彼女をちょいちょいと構って遊びながら至極上機嫌に帰宅したのだった。
帰宅して買い込んだ諸々を不死川の部屋に上げ、梱包を解いて然るべき場所に落ち着けると、モノトーンで直線的で素っ気なかった彼の部屋が幾分和らいだ印象になった。そしてそのことを喜んだのは、ミズキよりもむしろ彼の方だった。

「これで他に女はいねェって信用してもらえるかい」
「えっ、そのため?そんな疑ってなかったのに」
「勿論要るから買ったのが前提でも、不安要素は潰しとく性分なんでなァ」
「あ、それっぽい…というかもう、今日だけでいくら使わせちゃったのか…」
「野暮なことァ無しな。ほら、洗濯してねェけど着て来い。他のはすぐ洗濯回せば明日着れんだろォ」
「うぅぅ主婦力…」
「誰が主婦だ阿呆行け」

ぽいと脱衣場に放り込まれて改めて部屋着を広げて見て、その可愛らしさにミズキはしみじみと溜息をついた。そっと確認したけれど当然のように値札は切られていて、不死川の周到さを思い知った。
どちらも捨てがたい中から片方を選んで着替えて出ると、同じく部屋着のスウェットとTシャツに着替えて立っていた不死川が一瞬目を丸くした後つかつかと歩み寄ってミズキを抱き締めた。

「減価償却した…」
「ごめんなさい意味がよく」
「買った分の元は取ったってこと」
「はやい」
「後は利益しか生まねェ」
「先生これ好き?」
「好きしか出てこねェわ」
「ならよかった」

ミズキが笑うと不死川も至極嬉しそうに笑った。
その後一緒に夕飯の支度をして真新しい食器で食べ、ミズキは食器を洗おうとしたところを脱衣場に放り込まれて「先に風呂入ってこい」と言われ、見れば浴槽に湯が張ってあった。そういえば台所で彼が給湯器の操作をしていたことに思い当たり、ミズキはもう一度「主婦力」と呟いた。

前日に「泊まる用意してこいよ」と言われて用意してきた荷物から着替えを出してミズキは浴室へ入った。入浴するのだから当然なのだけれど、自宅以外で服を脱ぐというのは何とも心許ない。それでも、頭を濡らしてシャンプーを手に取ると、いつも使っている銘柄を選ばせてくれたおかげで慣れた香りに落ち着くことが出来た。
しばらくしてミズキが風呂から上がりパジャマ姿で部屋へ戻ると、不死川はデスクに向かいノートパソコンの画面を睨んでいた。

「お風呂お先でした」と声を掛けると彼は肩を揺らして振り向いて「うぉ」と声を漏らした。

「何かへん…?」
「ちょい待て今背徳感を消化してる」
「先生今日へんなことばっかり」

ミズキは可笑しそうにくすくすと笑った後、ディスプレイの内容を見ないように気を付けながらチラと画面の方へ目を向けた。

「お仕事?」
「ちょっと仕事触ったけど終いだァ。これは小遣い稼ぎの株」
「はじめて見ます」
「そりゃァな。何か買うか?」
「そんなコンビニみたいに」

指でちょいちょいと招かれてミズキは画面を覗き込んだけれど、どれが何を意味するのか全く分かったものではなかった。彼女が不死川の片腿に座って彼を見上げると、不死川はまたウッと腹を引き絞ったような声を出した。

「ア゛ーーー…いちいち可愛い…」
「うん?」
「まァ適当に2,3選んでみ」
「えぇー…損失出たらどうするの」
「明らかにダメそうなら買わねェから安心しな」

まぁそれなら、とミズキは目に付いた銘柄をひとつ指差してから立ち上がって逃げた。彼女を捕まえ損なった不死川の手はカチカチと多少マウスを触った後で画面を畳み、彼もデスクチェアから立ち上がった。

「風呂入ってくるからテレビでも見てろよォ」と言って脱衣場へ消えていった彼は10分も経たずに戻ってきてミズキを驚かせた。
彼女は習慣にしているストレッチを終えるところで、片脚で立って反対の足を背面から持ち上げてふくらはぎと後頭部が接するほど近付けていた。チューリップのような形になったミズキを見て本日何度目かの「うぉ」が不死川の口から漏れて出た。

「わ、お風呂はやい」
「いや風呂より自分の格好だろ」
「中学の途中までバレエやってて」

ミズキが足を下ろすのを不死川はしげしげと眺めていた。

「体つきからして何かやってそうとは思ってたが、しかし柔らけェな」
「柔らかくっても前に捻挫しちゃったのが悲しいですけど」
「怪我しにくいってだけで怪我しねぇ訳じゃねェよ。…不謹慎だけどあん時は大っぴらに抱き上げたり送り迎え出来て役得だったわなァ」
「あのときはパジャマではなかったけど」
「それもそーか」

不死川が歩み寄って抱き上げると、ミズキはきゃっきゃと笑って喜んだ。「電球が換えられそう」と言って天井に手を伸ばすミズキを「電球はいいからこっち向いてくんねェか」と呼び戻して、不死川は彼女にキスをした。何度か食んで離れてを繰り返した後、ミズキは不死川の頭を抱き締めて「だいすき、私の先生」と言った。彼は抱き上げたまま部屋を歩き、ベッドの上にゆっくりとミズキを下ろした。これは『そういうこと』なのかしら、とミズキは僅かに身構えていたけれど、彼は背を向けてテレビをつけた。途端に画面から賑々しい色と音が溢れた。

「あのね、先生」
「ん」
「えっちなことしないの?」

不死川は盛大に噴き出した後激しく咽た。ミズキが「大丈夫?」と背中をさすると徐々に落ち着きを取り戻し、非常に鬼気迫る表情で彼は振り向いた。口から『シィィィィ』と独特の呼吸音が漏れている。

「あのなァ…本来教え子と付き合ってる時点で懲戒免職モンなんだぞ、数日でそこまでやるわけねェだろ」
「数か月だったらいいの?」
「痛いとこ突いてくんな。とにかく付き合って数日でヤろうとする男は刺せ」
「また刺させようとする」
「大事にする。…手ェ出しといて矛盾してるが」
「先生、だいすき」

ベッドのふちに腰掛ける不死川の背中にミズキがぴったりと寄り添うと、彼が僅かに強張るような感触があった。

「怒ってるわけじゃねェが、言葉と振る舞いに気を付けろ…」
「うん?」
「俺が虎でお前がウサギだとして、喰らいつこうとして地面を掻くのを繋ぎ止めてるのがタコ糸一本だと思え」
「首が締まって痛そう」
「違う、そうじゃねェ…」

がっくりと項垂れる不死川の背中から、ミズキは彼の首をさすさすと撫でた。

「優しい虎さん、はやく大人のウサギになるから待っててね」
「…なるはやで頼むわァ」

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