28

至って普段通りに授業を受け、放課後には花の世話をして猫に餌をやり、遠くに目の合った不死川に手を振ってからミズキは帰宅した。彼は他の教員と一緒に歩いていて駆け寄ったりは出来なかったけれど、手を振り返してくれた。
帰宅すると洗濯物を取り込み夕飯を作って食べ、宿題を済ませて風呂に入った。意味もなく丁寧に身体を洗った。いつか先生に触ってもらったりするのかな、と思うと堪らなくなってミズキは風呂の中で「わぁぁ…」と声を上げた。

文化祭後の数日間は夜が深まるほどに目が冴えてしまって、永遠に夜の中でひとりきりでいるような恐ろしい気分だった。けれど昨日、不死川の部屋で彼のベッドでキスをしているうちにふわふわととろけるような気持ちになって、いつの間にか眠っていた。深く眠ることが出来たようで、日中眠気が訪れることはなかった。
現在時刻は午後11時を回ったところ。
今日はきちんと寝られるという根拠のない予感があった。

その時スマホに着信があり、画面に表示された不死川の名前にミズキは急いで応答した。

「…悪ィ、寝てなかったか?」
「さすがに起きてますよ。小ちゃい子じゃないもん」
「そか」
「先生は?今おうち?」
「今帰った」

ミズキは驚いて時計に目を走らせた。23時8分。
いつもこんなに遅いのかと聞けば、飲み会だったのだという。

「キメ学はなァ、学長の計らいで残業が少ねェ」
「ならよかった、楽しかったですか?」
「…朝イチで出勤が遅ェって宇髄にミズキとのことがバレて」
「えっ」
「煉獄と冨岡にも伝わって」
「えぇっ」
「阿呆ほど飲まされて自白を強要されて」
「何ていうか色々大丈夫ですか…?」
「連中俺が前からミズキに惚れてんの知ってっから、他言はしねェ」

「畜生週前半の飲み方じゃねェよ」と呻く不死川は自分が片想いの長さを吐露したことに気付いていない。彼の言う『前』とは正確には前世を指すのだけれど、ミズキには知る由もなかった。ミズキは頬が緩んでしまうのを手でむいむいと押して誤魔化した。

「先生、気持ちわるくない?」
「ん、大丈夫」
「お水飲む?お風呂…は入ったら危ないんでしたっけ?」
「んー…」
「眠い?」
「いや、ミズキの声聞いてたいだけだァ」
「私?」
「何か喋っててくんねェか、5分だけ」

いざ何か話をと言われると言葉が出ず、ミズキが「えっと、うぅん…」と唸ると、不死川は笑った。

「宿題やったか?」
「やったよ」
「数学も?」
「最初にやりました」
「全部分かったかァ?」
「私の数学の先生がね、教え上手だから」
「ん、いい子」
「あのね先生、私も先生の声が好き」
「…そ、か」
「先生の匂いと手も好き。撫でてもらうととっても落ち着くの。上着を貸してもらうとね、先生の匂いがしてどきどきするのよ」
「…」
「…ごめんなさい、嫌だった?」

不死川が黙ってしまったので『さすがに気持ち悪がられたかも』とミズキはにわかに不安になった。不死川の反応を窺おうと待ってみてもまだ沈黙が続き、やっぱりもう一度謝っておこうかとミズキが考え始めたところで彼が濁った唸り声を発した。唸り声が途切れた後で、ぽつりと「クソ、会いてぇなァ…」と独り言のような声がした。

「?先生、嫌じゃなかった…?」
「嫌なわけあるか。ただガキみてェに会いたくなるからあんま言うな…」
「会いたくなってくれるの?嬉しい」
「だァから…ア゛ーーー」
「言っちゃだめ?」

電話の向こうで不死川が頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる音がして、ミズキは笑った。

「…寝られそうか?今日」
「うん、きっと」
「飲んじまって迎えに行けねェからなァ…でも寝付けなかったら電話しろよ、タクシー遣るから」
「大騒ぎだぁ」
「大騒ぎしろよ、一大事だろが」
「…ありがと、先生」
「ん、そういや今度の土曜空けとけよォ」
「うん?特に何もないよ」
「色々買うモンあるから付き合え」
「デートっぽい」
「デートだろどう見ても」
「楽しみ、寝られないかも」
「しくった、忘れろ」
「やだぁ」
「連れてくからちゃんと寝ろよォ」
「うん」
「じゃ、おやすみ。遅くに悪かったな」
「おやすみなさい、嬉しかった」

通話を切り、ミズキは布団にくるまってありあまる幸福感に「ううう」と声を漏らした。
ミズキは布団の中から手を伸ばしてアラームを設定し、天井灯を消灯手前まで落として、不死川の温かい手が頬や髪に触れる感触を思い出しながら幸せな眠りに就いた。


一方不死川は電話を切った後も、デスクチェアの上で前屈みに頭を抱えたまましばらく動けないでいた。
酔っ払いのウザ絡みと呆れられるかと思いつつ、どうしても声が聴きたくなって電話してみれば、『先生の声が好き、匂いと手も好き』である。何やら激しく忍耐力を試されているような気がしてならない。あの娘は自分の声が特別人の感情を揺さぶるということをこれっぽっちも意識していない。
頭骨にとろりと蜂蜜を流し込まれるような心地のするあの声であんな愛らしいことを言われてしまえば、男なんて簡単に落ちる。
深夜とあって隣家を気にして抑えた声は囁くようで、耳をくすぐられて腰がぞくぞくとした。

不死川は膝を強かに叩いて立ち上がり、大股で脱衣場へ入った。
コックを捻ってシャワーを出しながら大雑把に服を脱ぎ捨てて温かくなった湯を頭から浴びた。その場で何度か自慰行為に耽り、ようやく落ち着いたところで身体を洗ってシャワーを止めた。
浴室を出た時には身体は小ざっぱりとしていたけれど罪悪感にちょっと心が折れそうになっていた。
酒入ると勃ち難いって言った奴誰だよ余裕で勃ったわクソと内心で吐き捨てながら不死川は新しい服を身に着け、脱ぎ捨てた一式を洗濯機に放り込んだ。何かもう色々綺麗になれ、と念じて洗剤を少し多めにいれた。

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